【第2部】第11話:産業革命
ふかふかのベッドの上で、シャルロッテはゆっくりと目を覚ました。
「……見慣れた天井ですわね」
いつも寝ている我が家のベッド。
柔らかなシーツの質感を軽く感じ、身を起こそうとした瞬間、腹部に走った鈍い痛みに彼女は小さく顔をしかめる。
そして、自分がなぜここで寝ているのか――その直前の記憶が、脳裏に蘇ってきた。
『惚れた女のことくらい……心配させろっ!!』
ボンッ、とシャルロッテの顔が一瞬にして林檎のように赤く染まる。
「あ、あ、あんな下品で野蛮な男の言葉で、わたくしが……! それに、乙女の腹部を殴って気絶させるなんて、正気の沙汰ではありませんわ!」
怒りか、それとも別の感情か……。
自分でもよく分からない鼓動の早さに戸惑い、ベッドの上で一人ジタバタしていると、ガチャリと扉が開いた。
「おう、起きたか。いつまで寝てんだよ」
能天気な声と共にエリオが入ってきた。
刹那、シャルロッテはクオリアの弾丸を飛ばした。
「レディの部屋に入ってくるな! この変態!」
エリオはかつてない速さで、部屋の外へ出た。
扉が弾丸によって、粉々になっている。
「ご……ごめん……」
シャルロッテが身支度を整え、土間に向かうとエリオがスープを用意して待っていた。
再び、記憶がよみがえり、モヤモヤがこみあげてくる。
「エ、エリオ……! あなた、よくもわたくしを……!」
「ああ、悪かったな。腹、まだ痛むか? だが、あそこでお前を止めなきゃ、お前自身がぶっ壊れちまいそうだったからな」
エリオはどこか気まずそうに視線を逸らしながら、席に座った。
「べ、別に痛くなんてありませんわ! それより、あなたあの時……!」
「あー! そうだ。今日、ドーランたちの歓迎会があるんだってよ。な、治ったら来いよな!」
エリオはシャルロッテの言葉を遮るように大声で誤魔化すと、逃げるように飛び出していった。
残されたシャルロッテは、バタンと閉まった扉を呆然と見つめ、大きくため息をついた。
そこから数ヶ月の間、アンダルスは文字通り『劇的な進化』を遂げた。
ドワーフの隠れ里から持ち帰られた『動力コア』と、彼ら技術者の到着。
それは、アンダルスという国の特性と合わさることで、爆発的な化学反応を引き起こしたのだ。
アンダルスは、聖王国から迫害され、逃げ延びてきた者たちの集落である。
そこには、異端とされた学者や多種族の職人など、常識に囚われない多様な知識を持つ者たちが大勢集まっていた。
「なるほど! ドーラン殿、この電気というエネルギーは、物理的な回転運動から生み出せるのですね!」
「左様。しかし、ドワーフの里は地底じゃったから、限られた地熱や人力頼みじゃったが……」
「ならば、我が海人族の『潮力』の知識と、風使いの『風力』、さらには錬金術師の『太陽光』を集積するレンズの技術を組み合わせれば、無限に電気が生み出せますぞ!」
ドワーフたちでは到底考えつかなかった、多様な種族・分野のアイデア。
彼らが協力し合った結果、アンダルスにはまたたく間に巨大な発電施設がいくつも建設され、街中に『電気』が普及し始めたのである。
「すげえな……夜なのに、街中が昼間みたいに明るい」
街の高台から、エリオとテオが、眩い光に包まれたアンダルスの市街地を見下ろしていた。
魔石に頼っていた照明や暖房、工場の動力といったあらゆるインフラが、すべて電気に置き換わっている。
「本当に驚いたよ。僕たちドワーフの技術が、こんなに早く実用化されるなんてね」
テオが感嘆の息を漏らす。
「これで、生活や輸送に使っていた『魔石』を、全部軍事と兵站に回せる。エジプーシャに駐留してる軍への補給線も完全に維持できるようになった。……それだけじゃないぞ」
エリオは、眼下で建設が進められている巨大な鉄の道――『線路』を指差した。
「ドーランのおっさんと蛮王国から来た技術者たちが、電気で動く巨大な輸送機『鉄道』の構想を立ち上げた。あれが完成すれば、エジプーシャや蛮王国まで大量の物資をたった数日で運べるようになる」
魔石依存からの完全な脱却。
それは、聖王国がアンダルスに仕掛けていた『兵糧攻め(魔石の枯渇)』という前提を、根本から粉砕することを意味していた。
「しかも、量産された『電気コア』を、西側の周辺国にも無償で提供し始めた。魔石という首輪で他国を縛り付けていた聖王国の連中、今頃きっと青ざめてるぜ」
エリオはニヤリと笑い、北の夜空――聖王国がある方角へと視線を向けた。
「そうだね。世界の常識が、今まさにこの国からひっくり返ろうとしているんだ」
圧倒的な光に包まれるアンダルス。
その輝きは、長く暗い迫害の歴史を打ち破る希望の光であると同時に、世界を裏で支配する魔族たちへの、容赦のない『反撃の狼煙』でもあった。




