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【第2部】第10話:告

「質問しているのは、こっちよ。もう一度聞くわ。なぜ、邪魔したの? エリオ」



 シャルロッテの声音は、絶対零度のように冷たかった。



 背後に顕現していた巨大な『狂気の女神』は消え去ったものの、彼女の身から立ち上る漆黒のクオリアは、未だどす黒い憎悪を孕んで揺らめいている。



「……いい加減にしろよ、シャル。お前、自分が今どんな顔してるか分かってんのか」



 エリオは風槍を構えたまま、悲痛な顔でシャルロッテを睨みつけた。



「あいつはわたくしの獲物です。先生を……愛する人を奪った憎き魔族……! 千万回殺して、永遠に絶望を与え続けても足りないのに!」

「だからって、あんな外道と同じレベルまで落ちてどうする! ただの殺戮マシーンになるのが、お前のやりたかったことかよ!」

「黙りなさい!!」



 シャルロッテが、漆黒の瘴気を斬撃に変え、エリオに向かって放つ。



 ガギィィィンッ!!



 エリオは咄嗟に風槍を旋回させ、暴風の防壁で斬撃を弾き飛ばす。

「くっ! 重い……!」

 だが、その圧倒的な重圧にエリオの体は数メートル後方へと削り飛ばされた。



「邪魔をするなら、あなたでも斬ります……! わたくしの絶望は、誰にも邪魔させない!」

「一人で全部抱え込んで、一人で世界を相手にするつもりかよ! ふざけんな!」



 エリオが地を蹴り、シャルロッテの懐へと肉薄する。



 純粋な力とクオリアの総量では、シャルロッテが圧倒的に上だ。まともに打ち合えば、エリオとて数合で塵にされるだろう。


 だが、エリオはクラウスから徹底的に叩き込まれた『機動力』と『技術』の全てを注ぎ込み、シャルロッテの凶刃を紙一重で躱し、いなし、巧みに立ち回っていく。



「先生が殺されて、憎いのはお前だけじゃない! 俺だって、今すぐ聖王国を更地にしてやりたいくらい、腸が煮えくり返るほど憎いんだよ!」



 激しい金属音が響き渡る中、エリオの魂からの叫びがこだまする。



「あなたにわたくしの気持ちなんて分かりません! 放っておいてください!!」

「放っておけるかよ!!」



 エリオの槍と、シャルロッテの黒刃が真正面から交差する。



 凄まじいクオリアの衝突で火花が散り、エリオの腕の筋肉が悲鳴を上げた。

 だが、ここで引くわけにはいかなかった。



「俺だって……俺にだってな!!」



 死の淵に立たされた極限状態の中で……。

 エリオは、ずっと胸の奥底に隠していた本音を、血を吐くような声で叫んだ。




「惚れた女のことくらい……心配させろっ!!」




 ピタリ、と。

 その瞬間、世界から音が消えたかのように、シャルロッテの動きが完全に止まった。



「……え?」



 狂気と憎悪に染まりきっていた深淵の瞳に、琥珀色が戻る。



 突然突きつけられた、場違いすぎる『告白』。



 怒りでも、悲しみでもなく、純粋な『驚き』が、彼女の心を支配していた絶対的な憎悪のクオリアに、ほんの一瞬だけ、明確な綻びを生ませた。



「(――今だッ!)」



 シャルロッテの刃から圧が消えたその刹那、エリオは身を沈めて斬撃を躱し、彼女の懐へと完全に潜り込んだ。

 そして、風を纏わせた槍の石突きを、手加減なしでシャルロッテの鳩尾みぞおちへと叩き込んだ。



「カハッ……!」



 肺から空気を強制的に吐き出させられ、シャルロッテの目が白黒と泳ぐ。



 クオリアによる防御を忘れた無防備な肉体への痛恨の一撃。いかに規格外の存在といえど、これには耐えられなかった。



「あ……な、た……っ」

「わりぃな」



 恨みがましい視線を向けながら、シャルロッテの体から力が抜け、そのまま前へと崩れ落ちる。

 エリオは風槍を放り投げ、気を失った彼女の華奢な体をしっかりと抱きとめた。



「……こんな卑怯な手、使わせるなよ。馬鹿野郎」



 静寂を取り戻した荒野に、エリオの小さな呟きが溶けていく。

 彼はシャルロッテを抱き上げると、ドワーフたちとテオが待つ方角へと、ゆっくりと歩き始めた。

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