【第2部】第8話:ドワーフの技術
テオの案内により、エリオとシャルロッテは荒涼とした岩肌が続く山道を登り、複雑に入り組んだ洞窟を抜けた先に広がる巨大な地底空間へと足を踏み入れた。
そこは、蒸気と歯車の音が鳴り響く、ドワーフたちの『隠れ里』であった。
あちこちで稼働している機械は、世界の常識である『魔石』の光を一切発していない。
「すげえ……。本当に魔石なしで機械が動いてるのか」
エリオが周囲を見渡しながら感嘆の声を漏らす。
「もともとドワーフの本国は、ここよりずっと南、聖都からちょうど北西のあたりにあったんだ」
歩きながら、テオが重々しい口調で語り始めた。
「ドワーフは元々、高度な魔石加工技術や武具製作技術をもっていた。それを独占するために、聖王国は真っ先にドワーフの国へ侵攻したんだ。多くのドワーフが反抗したけれど、大勢死んでしまった」
テオは、里の中心部にある施設を示した。
「でも、当時から変わり者はいてね。魔石メインの開発ではなく、魔法に頼らない自分たちの技術を研究し続けた人たちもいたんだ。彼らはドワーフ国でもそんなにいい目で見られていなかったから、ここで研究を続けていた。それが、結果として侵攻に巻き込まれずに済んだってわけ」
その言葉と共に、三人はテオの示した里の中心部にある巨大な工房へとたどり着いた。
そこには、一人の年老いたドワーフが腕を組んで立っていた。彼こそが、この里の長であり、最高責任者のドーランである。
「テオから話は聞いた。カミラ王の使いで、クラウスの教え子じゃと?」
ドーランは長く白い髭を撫でながら、エリオとシャルロッテを値踏みするように見つめた。
「バルガスは、わしの古い友人でな。国外追放になった後、そこのテオを連れてひょっこり現れてな、それから研究の手伝いをしてくれるようになったんじゃ。その時に、クラウスやカミラといった元第四部隊のことを、よく話してくれたものよ」
ドーランは、三人を工房の中に案内すると、エリオからカミラの推薦状を受け取った。
小さな老眼鏡をかけると、マジマジと読み始めた。
「なるほど。この里のことは、やはりバルガスから聞いておったのか。あやつめ、色々気を回しよって……」
ドーランは、手で目頭を軽く押さえた。
「わかった。技術を提供しよう、と言いたいところなのだが……、実はそうもいかんでな……」
「え? どういうこと?」
エリオの問いに、ドーランは工房の奥へ付いてくるように言った。
工房の中央には、複雑な金属の歯車で構成された巨大な球体『動力コア』が鎮座していた。
そしてその周囲には、半透明の黄金色に輝く、分厚い『光の壁』が展開されている。
エリオが、軽く『光の壁』に触れる。
ずっしりとした感触があり、鉄壁の意志を感じる。
「この壁、クオリアか……」
「はい。これが師匠が最後の力を振り絞って残した『結界』です。聖王国側に、この発電技術を渡さないための……」
「発電?」
「発電とは、電気という、機械を動かすための新たな動力のことじゃよ。大地より自然発生するエネルギーを活用し、それを別のエネルギーに変換したものと言った方がいいかの。あの球体が、その技術が詰まっているものだわい」
ドーランは、中心部にある球体を指さした。
「ねえ、なんでバルガスは死んだの? 話が見えないんだけど?」
シャルロッテが、ドーランに尋ねる。
ドーランは、顔を伏せ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「わしらのせいじゃよ。隠れ里とは言っても、完全に秘匿されているわけではない。当然、探そうとした聖王国軍が大勢きたわい。わしらがあのコアに固執したあまり、バルガスは里から離れて、大勢の聖王国軍を一人で撃退した。その矢傷が原因でな……」
「ふーん」
シャルロッテは、興味なさそうにドーランの言葉を聞き流すと、そっと光の壁に触れる。
「つまり、その壁を解かないと、技術を完全に持ち帰ることはできないってことか?」
エリオの問いに、ドーランは重々しく頷いた。
「左様。しかし、バルガス殿のクオリアは最強の盾。いかなる攻撃も通さん。これを持ち帰るには、この工房ごと岩盤をくり抜いて運ぶしか――」
――パリンッ。
ドーランが最後まで言い終わる前に、ガラスが割れるような、ひどく軽快な音が響いた。
「え?」
ドーランとテオが目を丸くする。
「では、これで持ち帰れますわね?」
ため息をつきながら、シャルロッテが黄金の壁を素手で『貫いて』いた。
彼女が気怠げに腕を払うと、バルガスが遺した絶対防御の壁は、呆気なく粉々に砕け散り、光の粒子となって消滅した。
「「なっ……!?」」
テオとドーランの顎が外れんばかりに開き、完全に固まった。
「お、おまっ……! なに、ぶっ壊してんだよ!」
エリオが頭を抱えてツッコミを入れるが、シャルロッテはどこ吹く風である。
「だって、これ持ち帰らないとアンダルスに戻れないじゃない。わたくし、さっさとこんなところはおさらばしたいの」
シャルロッテが動力コアに手をかけながら言うと、我に返ったドーランが慌てて叫んだ。
「ば、馬鹿な! そんな簡単に封印を解いて、もしそれを外に持ち出せば、聖王国が血眼になって奪いに来るぞ! 奴らの軍隊を相手にするつもりか!?」
「あら? それは良いことを聞きましたわ」
シャルロッテは、北部の凍てつく風よりも冷酷で、絶対的な自信に満ちた笑みを浮かべた。
エリオは、またかと言わんばかりの、嫌そうな表情でシャルロッテを見つめた。
「ま、まあ。これでコアは持ち運べるな。これで、蛮王国にいけるな。カミラさんのところなら、じっくり研究もできるから、悪い話じゃないだろ?」
「そ、それはそうなんですが……道中に、聖王国軍に追い付かれやしませんか?」
「あ、そこは大丈夫」
不安になるテオを他所に、エリオは無表情に答えた。
突然の展開に、ドワーフたちとテオは、ただただ圧倒されるしかなかった。
その頃。
ミラジュリア山脈の麓、聖王国の監視砦にて。
『――ハッ! 間違いございません。ドワーフの封印が解け、動力コアはいつでも持ち出せる状態にあります』
通信用の魔導具に向かって報告をしているのは、氷雪鬼の首領・ガルドだ。
密かに聖王国と裏で通じていた『スパイ』だったのである。
「ご苦労だった。お前たちには後で褒美をとらせよう」
『ははっ! ありがたき幸せ……!』
砦の司令部にて、純白の軍服に身を包んだ大柄な男――聖王国の将軍メンデルは、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべていた。
「クックック……これで、新たな進歩が実現するな……」
メンデルは立ち上がり、背後に控える精鋭部隊へと振り返る。
「全軍出撃! ドワーフの動力コアを奪い取るぞ!」
メンデルの高笑いが、司令室に響き渡る。
だが、彼らはまだ知らなかった。自分たちが蹂躙しようとしている相手が、何者なのかを――。




