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【第2部】第4話:うれしい誤算

 シャルロッテがエジプーシャを攻略し始めた頃、エリオたち主力のアンダルス軍は、聖王国側に与する小国群の中で最大の軍事力を持つ『ルクセン城』に到着した。



「ふん、アンダルスの田舎者どもめ。数ばかり揃えても無駄だということを教えてやる」




 堅牢な城壁の上から、ルクセン城の城主が鼻で笑う。



 彼の自信の根拠は、聖王国から提供された城全体を覆う魔法陣のドーム――最新鋭の防御シールドであった。



 かつてのアンダルスの戦闘データから強度が設計されているこの防壁ならば、数日耐えしのぐことは簡単だ。


 城攻めは、守る側が有利なのだ。


 耐えていれば、聖王国からの大規模な援軍が到着する。そうすれば、アンダルス軍など挟み撃ちにして一網打尽にできるはずだった。




「防壁部分解除! 撃て! 魔法と矢の雨を降らせろ!」




 城主の号令と共に、城壁から一方的な攻撃が開始される。




 だが、アンダルス軍の最前線に立つ一人の青年は、降り注ぐ矢と魔法の雨を前にして、退屈そうに首をポキリと鳴らした。


「まったく、どいつもこいつも聖王国のおもちゃに頼りきりだな」




 彼の名は、エリオ。

 クラウスから戦闘の基礎を叩き込まれた彼から見れば、城全体を覆う防壁など、ツギハギだらけのカーテンと同じだ。




「ふーん、そこが術式の繋ぎ目ってわけね」




 エリオの全身から、バチバチと紫電がほとばしる。


 彼は大気を蹴って空高く跳躍すると、極限まで圧縮した雷の魔力を右手に集中させる。

 


 魔力とクオリアを程よい割合で混ぜ、魔法に対する耐性を無効化した攻撃へと変化させていく。




「――穿て、『紫電一閃ライトニング・ピアス』ッ!!」




 放たれた一条の雷光は、防壁を構成する術式の繋ぎ目を的確に射抜く。




 パリンッ!




 ガラスが砕けるような甲高い音と共に、城壁を覆っていた防御シールドが、いとも容易く消滅する。



「へ……??」



 絶対の盾を失い、さらに眼下に三千の精鋭部隊を揃えたアンダルス軍の殺気を直接浴びた城兵たちは、完全に戦意を喪失した。



「ば、馬鹿な……っ! 城門を開けろ! 降伏だ、降伏するぅぅっ!」



 戦闘開始から、わずか数十分。

 聖王国側で最も力を持つ小国は、一人の雷神の力によって、あっけない降伏を迎えたのであった。




「思ったより早かったな」




 本陣からその様子を見守っていた総司令官のレオニダスが、力強く頷いた。




「このルクセン城が落ちたとなれば、周辺の小国は我々になびかざるを得ないだろう。目標としていた蛮王国との国交ルートの樹立は、予定よりも大幅に早く完了しそうだ」




 アンダルス軍主力は、ルクセン城に入城した。




 一息つき、アンダルスの首脳陣が今後の流れと蛮王国への合流手順を話し合おうとした、まさにその時である。




『あー、あー。テステス。聞こえてますの?』




 エリオが腰に提げていた軍事用の魔導通信機から、ひどく場違いな、優雅で気怠げな声が響き渡った。




「シャルロッテか!? どうした、エジプーシャ軍は? そっちはどうなってる!」



 エリオが慌てて通信機を手に取る。




 単身で三万の軍勢を足止めしているはずの幼馴染からの連絡に、レオニダスもゼファーも表情を引き締めた。




『ああ、エリオ。皆様もご苦労様ですわ。被害? そんなもの、あるわけありませんわ』




「は? じゃあ、敵軍の足止めは……」




『足止めなどという、中途半端なことはいたしておりませんの。先ほど、エジプーシャの王都まで押し入り、王に無条件降伏のサインをさせておきましたの。これで東の憂いはなくなりましたわね。どうです、エリオ。あなたにこれだけの事ができまして?』




 ――ピシッ。




 通信機を握るエリオの思考が、完全に停止した。




 レオニダスもゼファーも、あまりの報告内容に口をポカンと開けて、完全な石像と化している。




「は……?」

『あら? 通信の調子が悪いのかしら。エジプーシャを陥落させましたわ、と言ったのですけれど』





「すぅ~、あのさぁ!!」





 エリオが、通信機に向かって血相を変えて絶叫した。



「お前、たった半日で一国を滅ぼしたのか!? 馬鹿か! 『兵站へいたん』って言葉わかってんのか! 占領した後の食料とか、人員の配置とか、前線が伸びたら後方支援が追いつかなくなるだろうが!!」



 兵站へいたん



 軍事行動において最も重要とされる、物資や人員の補給線の維持である。


 

 シャルロッテが単独で敵国を丸ごと陥落させてしまったせいで、アンダルス軍は本来想定していなかった広大な領土の管理と防衛を、急遽押し付けられることになったのだ。



 だが、通信機越しのご令嬢は、ケラケラと悪びれもせずに笑った。



『へいたん? ああ、ご安心を。道なら、魔導ゴーレムごと吹き飛ばして、とても綺麗で【平坦へいたん】にしてきましたわよ』

「ちげーよ! 道の凸凹の話じゃねえよ! みんながお前みたいに、一人で万単位の敵を相手に無双できるわけじゃないんだ! 前線が広がりすぎたら、お前一人じゃ全方面を守りきれないだろうが!」



 エリオの魂の叫びに、通信機の向こうでシャルロッテが、ふうっと呆れたようなため息をつくのが聞こえた。



『まったく……弱者はつらいですわね。仕方ありませんから、わたくしはエジプーシャの王城で優雅にお茶でも飲んで待っておりますわ。人員の配置などは、エリオたちで適当にやっておいてくださいな』

「お前なぁ……っ!」



 プツン、と無情にも魔導通信は切断された。

 残されたエリオたちは、額を押さえて深い深い絶望のため息を吐くしかなかった。



「……レオニダス。どうする?」

「……ひとまず、早急に蛮王国のカミラ殿たちと合流し、今後の……あのじゃじゃ馬の扱いを含めて、話し合うしかなさそうだな」



 かくして、第一段階となる南東ルートの制圧と、東の強国エジプーシャの陥落は、アンダルス軍の予想を遥かに超える斜め上の速さで達成されたのだった。

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