表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/31

【第2部】第3話:令嬢の行軍

 エジプーシャの王都、その巨大な城壁の外部には、既に見渡す限りの軍営が広がっていた。



 整然と並べられた無数の天幕と、待機状態にある数万機の魔導兵たち。

 今朝方、アンダルスへ向けて第一陣となる三万の軍勢が出発したばかりであり、ここに残っているのは、後続として出撃を控えている第二陣の予備戦力であった。



 第一陣が勝利の報を持ち帰るのは確実だと誰もが信じ切っているためか、軍営全体を覆う空気はひどく弛緩していた。

 兵士たちは談笑を交わし、武器の手入れもそこそこに煙草を吹かしている。

 誰一人として、自分たちの足元に死の影が忍び寄っていることなど想像すらしていなかった。



 そんな午後の長閑な軍営に、一人の少女がゆっくりと歩みを進めてきた。



 戦場には不釣り合いな、真紅のドレスを纏った美しい赤毛の女性。

 彼女の背後には、白銀の甲冑を身につけた大柄な騎士が、まるで影法師のように無言で付き従っている。


「おいおい、なんだあれは。貴族のお姫様が迷子か?」

 見張りの兵士の一人が、呆れたような笑いを浮かべて彼女に歩み寄った。

 その顔には、美しい女性に対する下卑た感情と、微かな憐憫が混じっていた。



「可愛いお嬢さん、どうした? ここは軍の野営地だ、一般人が立ち入るには危険すぎるぞ」

 兵士は親しげに声をかけ、シャルロッテの華奢な肩へと無遠慮に手を伸ばした。



 ――その直後。

 何が起きたのか理解するよりも早く、周囲が紅に染まる。



「汚い手で、私に触らないでくださいな」



 シャルロッテが軽く体を躱した瞬間、伸ばされた兵士の腕が、肩から先で一切の抵抗なく弾け飛んでいた。


 剣すら抜いていない。漆黒の『鞘』にクオリアを纏わせただけの、目にも留まらぬ一撃。



 兵士は地面に転がった自分の腕を呆然と見つめ、遅れてやってきた激痛に顔を歪めて絶叫しようとした。



「あ……え?」



 その悲鳴が上がるより早く、シャルロッテは美しい微笑みを浮かべたまま、手にした鞘で兵士の頭部を無造作に横薙ぎにした。


 熟れた果実が弾け飛ぶような凄惨な光景と共に、首を失った兵士の胴体が重々しく地面に崩れ落ちる。



「……なっ! き、貴様ぁっ!!」

 周囲にいた数名の兵士たちが、慌てて武器を抜いて殺到する。



 だが、シャルロッテは長剣を構えることすらしない。



「お戯れは終わりですわ。ゴミ掃除の時間といたしましょう」

「相手はたった2人だ。全員で一斉に攻撃するぞ!」


「あら……?」

 シャルロッテの全身から、濃密な漆黒のクオリアが立ち昇った。

「2人とは、誰のことでしょうか?」

 


 シャルロッテが歩みを進めるたびに、何もない空間から甲冑を着た騎士が次々と現れる。

 その騎士たちは凄まじい殺気を放ちながら、兵士たちに襲い掛かった。



「ひっ、ひぃっ……!」

「ば、化け物だ! に、逃げろぉ!!」

「ま、魔導兵を起動させろ! 早く!」



 一瞬で阿鼻叫喚の世界となった。

 遅すぎる警報の魔導鐘が鳴り響き、軍営が蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれた。



 待機していた魔導兵たちが一斉に起動し、無機質な赤光を瞳に宿してシャルロッテへと押し寄せてきた。

 その数は、ゆうに万を超える。


 だが、シャルロッテは不敵に笑う。

 圧倒的な数を前にして、ワルツを踊るかのようにクルクルと回る。



 彼女は、付き従わせていたクラウスの思念体に一切の指示を出さなかった。

「先生のお手を煩わせる訳には参りません。お下がりください」



 思念体は剣を収め、シャルロッテの背後に整列する。

 四方八方から、一斉にやってくる無数の魔導兵たち。



 シャルロッテはスゥっと息を吐き、初めて漆黒の長剣を鞘から引き抜いた。



「スキル――月下葬送ルナ・レクイエム

 剣閃が煌めき、クオリアを纏った無数の斬撃が発生する。



 フワっと風が巻き起こり、魔導兵たちがピタリと動きを止める。

 シャルロッテが剣を軽く払い、カチンと心地よい音を立てて鞘に戻す。



 ――その時。

 迸る閃光と共に、無数の魔導兵が一瞬にして塵と化した。


 まるで、そこに最初から何もなかったかのように……存在そのものが空間から消え失せる。



「え……」

 物陰に隠れていた兵士が、絶望に腰を抜かして座り込む。



 ゆっくりと、シャルロッテが兵士に近付く。

 死を覚悟した、その時だった。


「あら、まだそんなおもちゃがありましたの?」



 軍営の奥から地鳴りのような重低音が響く。

 シャルロッテは、音の出るほうをじっと見つめていた。



「下がれ! 道を開けろォッ!!」

 仲間の声に奮い立たされるように、倒れていた兵士は巨大な土煙を上げて現れたモノへと逃げていった。



 全高が城壁の半分ほどもある巨大な鋼鉄の怪物――聖王国が開発していた魔導ゴーレムである。



 強固な装甲に覆われたその機体の内部には、十数名のエリート魔術師が乗り込み、その膨大な魔力を直接動力として供給している。

 機体の表面には、幾重にも重なる六角形の魔法陣が常時展開されており、その光はクオリアの波長を強引に反発・相殺する『対クオリア特化』の絶対防御結界であった。



「どこの誰かは知らないが、この魔導ゴーレムの前では無力だ!」

 機体の内部から、指揮官の声が響き渡る。



「コイツの絶対防御結界の前には、貴様のクオリアなど届かん! そのまま肉塊に変えてやる!」



 魔導ゴーレムの巨大な鉄腕が、シャルロッテを虫けらのように叩き潰そうと振り下ろされる。

 それを阻止しようと、背後に控えていたクラウスの思念体が超高速で飛び出し、巨大な鉄腕へと斬りかかった。


 ――しかし。

 思念体の放った極限の圧縮斬撃は、機体表面の多重結界に触れた瞬間、激しい火花を散らして無効化され、弾き返されてしまった。


「見たか! クオリアの対策は既に完璧なのだ! 圧倒的な魔力こそ正義なのだ!」


 歓喜に湧くエジプーシャの兵士たち。

 だが、シャルロッテの美しい顔には、焦りどころか、底知れぬ嘲りの笑みが浮かんでいた。


「……完璧? これで?」


 シャルロッテは、弾き飛ばされた思念体をクオリアの泥へと還元し、自らの足元へと吸収した。

 そして、漆黒の長剣を、ゆっくりと鞘から引き抜いた。



「喜びなさい。羽虫程度が、わたくしの剣技を2つも見られる光栄に……」



 シャルロッテのクオリアタイプは、攻撃と支援の『複合型』。

 元々はバランスで相手を圧倒するタイプであるが、彼女の場合はその概念が通用しない。



 クラウスでも得られなかった最後のピース。

 純粋な『憎悪』により増幅されたクオリアの圧倒的な総量。

 クラウスが自らの命を懸けて残したかった、未踏の領域……。

 


 シャルロッテが長剣を上段に構える。



 刹那、彼女の細い腕から、空を覆い隠すほどの膨大で禍々しい漆黒のクオリアが噴出し、長剣の刃の延長線上へと凝縮されていく。

 それは、空を突くほどに巨大な、漆黒の光刃であった。


「け……計測不能! 絶対防御結界の想定耐久値を超えてます! このままでは……!」

 魔導ゴーレムの内部で、観測兵が恐怖に顔を引き攣らせて絶叫していた。

 計測用の計器がオーバーヒートを起こし、次々と破裂していく。


「絶望のアブソリュート・ディスペア……」


 シャルロッテが長剣を無造作に振り下ろした。


 巨大な漆黒の光刃が、大気を、空間を、そして物理法則そのものを両断して落ちる。

 魔導ゴーレムが展開していた『絶対』と謳われた多重防御結界は、その存在そのものを否定され消滅した。


 物理法則・現象の否定。

 巨大な鋼鉄の装甲も、内部で魔力を供給していた魔術師たちも、指揮官の命乞いすらも――天から地へと引かれた一本の漆黒の線が、それら全てを文字通り『真っ二つ』に切断した。


 切断面から莫大な魔力が暴走し、直後に、魔導ゴーレムは太陽が地上に落ちたかのような大爆発を起こした。

 その大爆発は背後の城壁をも破壊し、まるで城内へシャルロッテを歓迎しているかのような、巨大な一本道を創り出した。


 爆炎が立ち上る中、シャルロッテはただ一人、静かに歩みを進めた。

 もはや、彼女の前に立ちはだかる勇気を持つ者は、エジプーシャの軍営に一人として存在しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ