EP 9
「最悪の出会い? 皮肉屋リアス登場」
ガタゴトと揺れる乗り合い馬車の荷台。
美月は膝を抱えて、遠ざかる公爵領の方角を見つめていた。
「ルークス様……怒ってるかなぁ……」
書き置きを残してきたとはいえ、夜逃げ同然の行動だ。
優しかった彼を傷つけてしまった罪悪感が、チクリと胸を刺す。
でも、戻るわけにはいかない。
「そもそも『ルークス様と対等になる』って、具体的にどうすればいいの?」
美月は腕組みをして考え込んだ。
剣の腕を上げる? いや、もう十分強い気がする。
知識をつける? ランダムボックス頼りじゃ意味がない。
「う~ん……とりあえず、お金よね! 自立の第一歩は経済力!」
まずは日銭を稼がなくては。宿代も食事代も、ルークス様のポケットマネーではない、自分のお金で払ってこそ「自立した女性」だ。
「冒険者ギルドに行けば、私でもできる依頼があるかも。皿洗いとか、薬草取りとか、ゴミ拾いとか……!」
そうこうしているうちに、馬車は目的地の宿場町に到着した。
「着きやしたぜぇ、お嬢ちゃん」
「あ、ありがとうございます!」
御者に小銭を払い、美月は降り立った。
そこは、国境付近にある『荒くれの街・ゼルセス』。
ルークスの治める美しい街並みとは違い、道の至る所にゴミが落ち、昼間から酒の匂いが漂う、活気と暴力の街だ。
「うっ……空気が悪い」
美月は鼻をつまみながらも、街の中心にある『冒険者ギルド』の看板を目指して歩いた。
ギルドの重い扉を押し開けると、むわっとした熱気と男臭さが押し寄せてきた。
昼間からエールを飲む荒くれ者たち。武器の手入れをする戦士。
美月のような清楚な格好の少女は、場違いにも程があった。
(ひえぇ……怖い……帰りたい……)
美月は震える足で、なんとか受付カウンターへと向かった。
そこには、ぴょこんと長い耳を生やした可愛らしい女性が座っていた。
「い、いらっしゃいませぇ~! 冒険者登録ですか?」
「あ、はい!」
受付嬢のルルナは、ウサギのような赤い瞳をパチクリさせて微笑んだ。
兎耳族だ。
「では、こちらの用紙にお名前のご記入を~」
渡された羊皮紙に向かい、美月は羽ペンを走らせる。
『氏名:神上 美月』
『年齢:20歳』
『希望職種:お嫁さ……』
「はっ!?」
美月は慌てて線を引いて消した。
(危ない! つい本音が!)
『希望職種:皿洗い、ゴミ拾い、雑用全般』
書き直していると、背後からドカッとカウンターに手をつく男がいた。
酒臭い息が美月の首筋にかかる。
「おい! 姉ちゃん、ここらじゃ見かけねえ上玉だな!」
「ひゃっ、ひゃい!?」
振り返ると、筋肉隆々のオークみたいな男(人間)が、下卑た笑みを浮かべていた。
いわゆる「テンプレ的なゴロツキ」だ。
「へっへっへ、冒険者なんざ危ねえ仕事はやめて、俺の隣で酒をつげよ。たっぷりと可愛がってやるからよぉ」
「え、えっと、結構ですぅ……」
美月が引きつった愛想笑いで後ずさる。
受付嬢のルルナが、長い耳を逆立てて身を乗り出した。
「ちょっと! ギルド内でのナンパや乱暴は御法度ですよ!? 衛兵呼びますよ!」
「あぁん? 黙れ、獣人が! 家畜風情が人間に指図してんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
ゴロツキが凄むと、周囲の客たちも見て見ぬふりをした。
ルルナが怯えて耳を伏せる。
「あ、あの! やめてください! 彼女は悪くないです!」
美月が勇気を出して止めに入ろうとした、その時だった。
「……おい」
地を這うような低い声が、ゴロツキの背後から響いた。
「あ?」
「邪魔だ。後ろがつかえてるんだよ、三下」
ゴロツキが振り返ろうとした瞬間。
ガゴォンッ!!
鈍く、かつ硬質な破砕音がギルド内に響き渡った。
ゴロツキの後頭部に、未開封のワインボトルが深々と叩きつけられたのだ。
「ぐ、はっ……」
ゴロツキは白目を剥き、何が起きたのか理解しないまま、その場に崩れ落ちた。
赤ワインが、まるで血のように床に広がる。
その背後に立っていたのは、黒いロングコートを纏った灰色の髪の男――リアスだった。
彼は割れた瓶の首を無造作に放り捨てると、気絶したゴロツキをゴミのように足で退かした。
「ちっ、安酒か。硬すぎて手が痺れた」
リアスは美月とルルナの方を一瞥もしないまま、ダルそうにカウンターへ書き終わった依頼書を放り投げた。
「討伐完了だ。さっさと報酬をよこせ」
その目は、「助けた」という温かい感情など微塵もなく、ただ「邪魔な障害物を排除した」という冷徹な実利主義の色をたたえていた。
(な、何この人……怖いけど、強い……!)
美月はポカンと口を開け、目の前の「最悪で最強の男」を見上げていた。




