表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

EP 8

「失意の公爵、荒野の美月」(前編)

翌朝。

アルヴィン公爵邸は、いつになく爽やかな朝を迎えていた。

小鳥がさえずり、執事たちが朝食の準備に追われている。

ルークスは執務室で、優雅に紅茶を啜りながら書類に目を通していた。

(今日の予定は……ああ、国王陛下への謁見の準備を進めなければ。ミツキ殿を紹介すれば、彼女は間違いなく宮廷の華になる)

彼は疑っていなかった。

自分が敷いたレールの上を歩くことが、美月にとっての幸せであると。

バンッ!!

静寂を破り、執務室の重厚な扉が荒々しく開かれた。

普段は沈着冷静な老執事が、髪を振り乱し、血相を変えて飛び込んできたのだ。

「わ、若様!! 大変でございます!!」

「どうした、セバスチャン。騒々しいぞ」

ルークスは眉をひそめ、カップを置いた。

「朝からそんなに慌てて。ミツキ殿ならまだお休みか? 彼女は寝起きが悪いからな、もう少し寝かせてあげるといい」

「ち、違います! ミツキ様が……ミツキ様が、お部屋にいらっしゃらないのです!!」

「……何?」

ルークスの動きが止まった。

「散歩にでも出たのだろう。庭を探したか?」

「探しました! 庭も、裏門も、どこにも……! お部屋に残されていたのは、あの『紅蓮の甲冑』と……この手紙だけです!」

執事の震える手には、涙で滲んだ羊皮紙が握られていた。

ルークスは無言で立ち上がり、手紙をひったくった。

嫌な予感が、背筋を駆け上がる。

震える指で封を開き、見慣れた、けれどどこか頼りない彼女の文字を目で追った。

『ごめんなさい、ルークス様』

『貴方の事が大好きだから……』

最初の行で、心臓が跳ねた。

だが、続く言葉が、彼を地獄へと突き落とした。

『貴方が好きだと思っているのは、私の「ランダムボックス」なんです。私じゃない』

『私は「神上美月」として、貴方を振り向かせます』

「…………」

ルークスの手から、力が抜けた。

手紙がハラリと床に落ちる。

「そ、そんな……」

否定したかった。

私は彼女を愛している。彼女の笑顔を、彼女の声を。

だが、脳裏に浮かぶのは、自分の言動ばかりだ。

『でかしたぞ、これで我が国の医学は進歩する』

(彼女自身ではなく、医学書を褒めた)

『紅蓮の白雪姫だな。君にはずっと滞在してほしい』

(彼女に鎧を着せ、飾り立て、自分の所有物のように扱った)

『君は何もしなくていい』

(彼女の意思を、行動を、全て奪っていた)

「俺は……ただ、美月殿が大切で……傷つかないように……」

言い訳が、虚しく口の中で溶ける。

美月の笑顔の裏にあった、寂しげな瞳。

昨日の晩餐会での、乾いた笑い。

なぜ気づかなかった? なぜ、「君はどうしたい?」と一度も聞かなかった?

「嫌……確かに……俺は……ランダムボックスを……見ていたのかもしれない……」

「賢者」という肩書き。「異界の道具」という利益。

愛しているつもりで、その実、彼女の能力ギフトに溺れ、彼女自身(美月)を見ていなかった。

ルークスは膝から崩れ落ちた。

床に手をつき、拳を叩きつける。

「糞ッ!!」

ガンッ! という鈍い音が部屋に響く。

完璧貴族の仮面が砕け散り、ただの愚かな男の顔がそこにあった。

「馬鹿だ……俺は……本当の馬鹿だ……!!」

失って初めて気づく、あまりにも大きな代償。

ルークスの慟哭どうこくが、主のいなくなった屋敷に響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ