EP 6
「決意の家出! 私の道は私が切り開く」(前編)
深夜、アルヴィン公爵邸の中庭。
月明かりだけが照らす静寂の中で、美月は一人、佇んでいた。
身に纏うのは、ルークスが贈ってくれた『紅蓮の甲冑』。
腰には、愛刀『白雪』。
「……ルークス様のお役に立てて、嬉しいはずなのに」
美月は自身の掌を見つめた。
この手から『医学書』を出した時、ルークスは今までで一番喜んでくれた。
この『甲冑』を着た時、彼は「美しい」と褒めてくれた。
「でも、それは『私』じゃない」
私の知識なんて、地球の看護学生なら誰でも知っている普通のこと。
医学書も、消毒液も、私が作ったものじゃない。ただ『ランダムボックス』というスキルが凄いだけ。
もし、私がこのスキルを持っていなかったら?
もし、私がただの無力な異世界人だったら?
(ルークス様は、私を隣に置いてくれましたか……?)
胸の奥がズキリと痛んだ。
答えが「No」である気がして、怖かった。
私はルークス様にとって、便利な道具箱が付いた、着せ替え人形なのかもしれない。
「……っ」
瞳から、大粒の雫が溢れ出した。
ポタリ。
涙が頬を伝い、宙へと落ちる。
その落下する滴が、スローモーションのように見えた。
美月の体が、無意識に動く。
迷いを断ち切るように。溢れ出る不安を切り裂くように。
「――ッ!」
鯉口を切り、抜き放つ。
神速の抜刀術。
いつもなら、宙に浮く塵さえも両断するその剣技。
だが。
ピチャッ。
白刃が空を切った後、涙の雫は刃をすり抜け、そのまま地面に落ちて弾けた。
「……あ」
美月は目を見開いた。
斬れなかった。
止まっている魔獣すら両断できた私が、たかが一滴の雫を斬り損ねた。
「迷ってるから……?」
剣は心の鏡。
父の教えが脳裏をよぎる。
心が曇れば、剣も曇る。
今の私は、ルークス様の優しさに甘え、自分の価値をごまかし、不安から目を逸らしている。そんな半端な心で、剣が振れるはずがなかった。
「……嫌」
美月は夜空を見上げた。
そこには、自分の名前と同じ、美しい月が輝いていた。
凛と輝くあの月のように、自分もありたいと思っていたはずなのに。
「嫌……私、ランダムボックスに負けたくない」
美月は白雪を力強く鞘に納めた。
カチン、と硬質な音が夜気に響く。
「ランダムボックスがあるから、ルークス様のお側にいられる? アイテムが出せるから愛される? ……嫌よ、そんなの」
美月は、身につけていた『紅蓮の甲冑』の留め具に手をかけた。
ガシャン。ガシャン。
軽くて強靭な、最高級の鎧が地面に落ちる。
ルークスがくれた「守り」を、自ら脱ぎ捨てていく。
最後に残ったのは、最初に着ていた動きやすい服と、腰に差した『白雪』一本だけ。
夜風が肌に冷たい。でも、不思議と体は軽かった。
「私は、神上美月。ランダムボックスの付属品じゃない」
美月の瞳に、かつてない強い光が宿る。
「与えられるだけの女は、もう終わりよ」
彼女は踵を返した。
向かう先は自室。
荷物をまとめ、書き置きを残すために。
この家出は、逃げるためではない。
いつか胸を張って、大好きな彼の隣に「対等な存在」として帰ってくるための、最初の一歩なのだ。




