EP 3
「異世界のナイチンゲール?」
「こ、ここがルークス様のお家……?」
目の前にそびえ立つ白亜の巨大建造物を見上げ、美月は口をあんぐりと開けていた。
お家、というレベルではない。どう見てもお城だ。
手入れの行き届いた広大な庭園に、警備兵が巡回する高い城壁。
「アルヴィン公爵家の別邸だ。本邸はもっと北にあるのだが、私はここが気に入っていてね」
馬車から優雅に降りたルークスが微笑む。
(別邸でこれ!? 公爵家ってすごすぎる……)
案内された城内は、美術館のように豪華だった。
すれ違うメイドたちが、ジーンズにTシャツ、腰に日本刀という奇抜な格好の美月に驚きつつも、ルークスの連れであるため恭しく頭を下げる。
「客室を用意させよう。湯浴みをして、着替えるといい」
「あ、ありがとうございます……」
美月が恐縮しながら廊下を歩いていると、中庭の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、しっかりしろ! 血が止まらんぞ!」
「誰か酒を持ってこい! 傷口を焼くんだ!」
美月はピクリと反応した。
(血? 酒で焼く?)
「ミツキ殿?」
「ごめんなさい、ちょっと!」
制止も聞かずに、美月は声のする方へ走り出した。
そこは騎士たちの訓練場だった。
一人の若い兵士が腕を押さえてうずくまっている。どうやら模擬戦中に剣が滑り、腕を深く切ってしまったらしい。
周りの兵士たちが、泥のついた布で傷口を縛り、度数の高そうな酒をぶっかけようとしている。
「ぎゃあああ! 滲みるぅぅぅ!」
「我慢しろ! 膿まないようにするんだ!」
その光景を見た瞬間、美月の脳内で「看護学生スイッチ」がバチンと入った。
「やめてえええええ!!」
美月の金切り声に、屈強な兵士たちがビクッとして動きを止めた。
「な、なんだ嬢ちゃん?」
「そんな汚い布で巻いたら、破傷風になっちゃう! それにお酒をかけるなんて、組織を傷めるだけです!」
美月は兵士を押しのけて、怪我人の前に膝をついた。
傷は深いが、動脈まではいっていない。
(消毒液と、清潔なガーゼ、あと圧迫止血用の包帯……!)
美月は視界の隅にあるポイントを確認する。
先ほどのピラーズ討伐が『人命救助(ルークスを守った)』判定になったのか、あるいは『害獣駆除』のおかげか、ポイントが【600P】ほど増えていた。
「お願い、いいもの出て!」
美月は虚空に手をかざす。
「【ランダムボックス】起動! 100P消費!」
「なっ、空間魔法!?」
兵士たちがどよめく中、美月は叫んだ。
「カテゴリー指定! 『医療』、『衛生』、『液体』!」
ポンッ!
小さなダンボール箱が出現する。
中に入っていたのは、プラスチックボトルの『オキシドール』と、個包装された『滅菌ガーゼ』のセットだった。
(よかった、神引き!)
「ちょっと滲みるけど我慢してね!」
美月は手際よくオキシドールを傷口にかける。
シュワシュワと白い泡が立つのを見て、兵士たちが「うわっ、腕が溶けてる!?」と騒いだが、美月は無視した。
汚れを洗い流し、滅菌ガーゼを当て、包帯をきつく、しかし血流を止めない絶妙な加減で巻き上げる。
「……はい、これでよし。あとは心臓より高く上げて安静に。明日また消毒します」
美月が汗を拭って顔を上げると、周囲がシーンと静まり返っていた。
治療された兵士がおそるおそる目を開ける。
「……痛く、ない? いや、ジンジンするけど、さっきまでの激痛が嘘みたいだ」
「血も止まっている……あの白い泡が出る『聖水』はなんだ?」
「あの透明な『魔法の布』は……?」
兵士たちが美月を見る目が、不審者を見る目から、信仰対象を見る目に変わっていく。
その様子を、少し離れた場所からルークスが見つめていた。
彼の瞳は、かつてないほどキラキラと輝いている。
(空間から未知の道具を取り出す『召喚術』……。そして、我々の知らない高度な『治癒の知識』……)
この世界では、怪我は「治癒魔法」で治すのが一般的だが、魔法使いは貴重で、一般兵には回ってこない。
物理的な治療法は未発達で、「傷は焼くか、祈るか」の世界だ。
そこに現れた、理路整然とした治療法。
ルークスの中で、美月の設定が爆速で更新されていく。
『剣の達人』+『異界の知識』+『慈愛の精神』=『東方より来たりし賢者』
「……素晴らしい」
ルークスは歩み寄り、拍手をした。
「ミツキ殿、君は一体何者なんだ? その若さで、これほどの医術を心得ているとは」
「え? い、いや、これは看護学校で習う基礎中の基礎で……誰でも知ってることですよ?」
美月は慌てて手を振った。
准看護師の資格試験勉強中の身としては、これくらい当たり前だ。
しかし、ルークスは深く頷いた。
「『誰でも知っている』……か。君の国では、このレベルの叡智が常識だというのか。なんと進んだ文明なんだ」
「えっと、はい、日本なんで……」
「ニホン……東洋の神秘の国か」
ルークスは美月の手を取り、真剣な眼差しで見つめた。
「ミツキ殿。いや、賢者ミツキよ。どうかその知識を、我が領の兵たちのために貸してはくれないだろうか? 君の力が必要だ」
「け、賢者ぁ!? ち、違います! 私はただの学生で……!」
「謙遜まで身につけているとは。やはり君は、私が追い求めていた『本物』だ」
(全然話が通じてないーーッ!!)
美月は心の中で絶叫した。
兵士たちからは「賢者様!」「ナイチンゲールの再来だ!(意味は知らないが)」と歓声が上がる。
さらに、美月の脳内でピローン♪と音がした。
『善行:適切な治療指導。ボーナスポイント獲得』
ポイントは嬉しい。嬉しいけれど。
ただの看護学生が、公爵家の「最高顧問賢者」として崇められる勘違い生活が、ここから始まってしまうのだった。




