EP 2
「一撃の閃光、公爵令息は見初める」
「ふぅ……ゴミ拾いもいいけど、喉渇いたなぁ」
異世界の森に放り出されて数時間。
美月は額の汗を拭った。
ランダムボックスで出した水筒の水は、もう空っぽだ。
「まずは水よね、サバイバルの基本だし……そうよ、水を探そう!」
美月は耳を澄ませた。
風の音、葉擦れの音、そして……微かに聞こえる、さらさらという清涼な響き。
「あっちだ! 水の音がするわ!」
スカートの裾を翻し、美月は音のする方へ駆け出した。
木々のトンネルを抜けた先、そこにはキラキラと日光を反射して輝く、美しい渓流があった。
「やったぁぁぁ! 水ゲットぉぉぉ!!」
美月は歓声を上げ、河原の岩場へと駆け寄った。
冷たい水で顔を洗いたい。あわよくば飲みたい。
そんな無防備な彼女の足元で、水面が不気味に盛り上がった。
バシャアアアアン!!
「……え?」
水柱と共に現れたのは、巨大な魚だった。
ただし、美月が知る魚ではない。
全身が鋼鉄のような鱗に覆われ、口にはノコギリのような牙がびっしりと並んでいる。
淡水魚型魔獣『ピラーズ』だ。
「ぎゃおおおおおおん!!」
「な、何なの!? この魔獣は!!」
ピラーズが陸に上がり、巨大な尾びれで地面を叩いて跳躍した。
凶悪な牙が、美月の細い首を狙って迫る。
(あ、やられる――)
死の恐怖が脳を支配するよりも速く。
美月の体は、思考を切り離して「反射」だけで動いた。
彼女の左手は、無意識のうちに腰の『白雪』の鞘に掛かっていた。
重心を落とし、呼吸を止める。
世界がコマ送りのようにスローモーションになる。
ピラーズが空中で静止して見える。
鱗の隙間、筋肉の動き、全てが手に取るように分かる。
(――間合いに入った)
美月は極限まで圧縮したバネを弾けさせた。
「無月流居合――」
電光石火の踏み込み。
誰の目にも止まらぬ神速の抜刀。
煌めく白刃が描く軌跡は、まさに一筋の光。
「――『閃光』!」
キンッ!
鋭い金属音が響いた時には、美月は既にピラーズの背後へと抜け、残心をとっていた。
カチン!
鍔のない白鞘に、静かに刀を納める。
その音が合図だったかのように、空中にいたピラーズの巨体が、頭から尾まで真っ二つにズレた。
ドサッ、ドサッ。
二つになった魔獣が地面に落ち、青い血が広がる。
「……はっ!?」
美月は我に返った。
目の前には、スプラッターな光景。
「う、うわああああ! や、やっちゃったぁ……!?」
腰が抜けそうになりながら、恐る恐るピラーズの死骸に近づく。
私、殺生しちゃった? 生き物を?
震えながら観察していた美月は、あることに気がついた。
ピラーズの眉間――真っ二つに割れた頭部の片側に、一本の矢が深々と突き刺さっていたのだ。
「……え?」
美月は瞬きをした。
矢? 私、刀しか使ってないよ?
ということは……。
「もしかして、君……私が斬る前に、もう死んでたの?」
そうだ、きっとそうだ。
誰かが矢で射抜いて、死んで落ちてきたところに、私がタイミングよく居合をしちゃったんだ。
なんて恥ずかしい! 死体相手に本気で抜刀術なんて!
「見事な剣技だ……」
背後から、感嘆のため息混じりの声が聞こえた。
美月が振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
輝くようなプラチナブロンド。宝石のような青い瞳。
森の中には不釣り合いなほど上質な狩猟服を着た、絵に描いたようなイケメンだ。
手には装飾の施された弓を持っている。
「う、美しい……」
青年――ルークス・アルヴィンは、呆然と呟いた。
その言葉は、美月の容姿に向けられたものであり、同時に彼女が見せた神業のような剣閃に向けられたものだった。
けれど、美月は顔を真っ赤にして縮こまった。
(うわぁぁ! イケメン! 本物の貴族様!? しかも『美しい』って、私の勘違い居合を見られてた!?)
美月は慌てて頭を下げた。
「え、えっと……助けていただき、ありがとうございます!」
「……はい?」
「この矢! あなたが撃ってくれたんですよね? おかげで助かりました!」
美月はピラーズに刺さった矢を指差した。
ルークスは目を丸くした。
(助ける? ……俺が?)
確かにルークスは、魔獣に襲われる少女を見て、咄嗟に矢を放った。
だが、彼には見えていた。
矢がピラーズに届くよりも刹那に速く、彼女の剣閃が魔獣を両断していたのを。
矢は、斬られた魔獣の破片に、後から突き刺さったに過ぎない。
(彼女は……自分の技が速すぎて、俺の矢が間に合わなかったことに気づいていないのか? いや、それほど無意識の領域で剣を振るったというのか……?)
ルークスの胸が高鳴った。
子供の頃から物語で読んできた「伝説の剣豪」。
まさか、こんな可憐な少女がその到達者だなんて。
彼の心の奥にある「冒険者魂」と「ロマン回路」が、オーバーヒートを起こしそうになる。
(すごい……本物だ。本物の英雄の原石だ!)
ルークスは平静を装い、咳払いをした。
「……コホン。いや、礼には及ばない。怪我がなくてよかった」
ルークスは優雅な所作で歩み寄り、跪いて美月の手を取った。
「私はルークス・アルヴィン。この地を治めるアルヴィン公爵家の者だ。勇敢で美しきお嬢さん、君の名は?」
「か、神上美月です……」
「ミツキ殿か。森で一人とは危険すぎる。よければ私の屋敷へ招待させてくれないか? 君のような素晴らしい……あー、いや、か弱い女性を放ってはおけない」
(か弱い? 私のこと?)
美月は首を傾げたが、イケメン公爵様の真っ直ぐな瞳に見つめられ、思考回路がショートした。
「は、はいぃっ! 喜んで!」
こうして、勘違いと思い込み、そして隠しきれないロマンを抱えた二人の出会いは、唐突に幕を開けたのだった。




