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覚醒する咆哮

「…ふざけるな」

犬飼の口から、か細い声が漏れた。

「ふざけるなよ、クソ野郎…!」

目の前には、倒れた相棒。背後には、ほくそ笑む巨悪。そして、全てを終わらせようと迫る怪異。

犬飼の脳裏に、これまでの全てが走馬灯のように駆け巡った。生意気で、人を人とも思わないような態度で、それでも、いつも自分の無茶な捜査に付き合ってくれた、たった一人の相棒。

『お前が憑かれて、私の仕事部屋にまで霊を連れてこられたら迷惑なだけだ』

『せいぜいチンピラに刺されて殉職しないことだな』

『行くぞ、駄犬。首輪を付けて、しっかりついてこい』

憎まれ口ばかりだった。だが、彼女は、自分を庇って倒れた。

時が止まった「助けたい、助けなきゃ。」

今、この瞬間に俺にできる事、なくね?あんな奴に俺が何したって勝てるわけがないじゃ無いか…でも…でも-------「男には、いつか腹括らなきゃならん時が来るんじゃい!!!うぉおおおおぉおおおぉー!!」

犬飼が、恐怖ながら心の底から叫んだ、その瞬間。

彼の内側で、何かが弾けた。血の奥深くに眠っていた、遠い先祖の記憶と力が、奔流となって溢れ出す。犬飼の口が、彼の意識とは関係なく、荘厳な響きを伴う言葉を紡ぎ始めた。

「――高天原たかまのはら神留かむづます…」

それは、古式の祝詞。あらゆる穢れを祓い、神々を鎮めるための、神聖な言霊。

「な、なんだ…?」

拝島が怪訝な顔をする。声喰い様は、犬飼から発せられるその「声」を、いつものように喰らおうと口を開けた。

だが、その瞬間、声喰い様の全身が、内側から発光するように激しく痙攣した。

「ギ…ギギギ…!?」

祝詞は、声喰い様にとって猛毒だった。喰らえば喰らうほど、その身を内側から浄化し、焼き尽くしていく。

犬飼は、まるで何かに憑かれたかのように、祝詞を紡ぎ続ける。

「…諸々(もろもろ)の禍事まがごと・罪・けがれらむをば…はらたまきよたまへと…まをこときこせと…」

声喰い様の体が、徐々に崩れていく。その闇の中から、無数の光の玉――これまで喰われてきた人々の魂が、解放されて天へと昇っていく。その中には、制服姿の少女や、若い男、そして寄り添うように昇っていく中年の男女の姿もあった。

「馬鹿な!私の神が!ただの人間の声に!」

『あ、あやつが。た、ただの人間だと、思うなよ。ざまあ!!』憐が瀕死ながら言い捨てた、拝島が狼狽える。犬飼は、祝詞の最後の節を、天に届けとばかりに叫んだ。

「――かしこかしこみもまをすッ!!」

言霊の光が爆発し、声喰い様の体を完全に貫いた。断末魔の叫びすら喰われ、邪神は光の粒子となって霧散した。

静寂が戻る。

呆然と立ち尽くす拝島の前に、犬飼はゆっくりと歩み寄った。その目には、もうドタバタ新米刑事の面影はなかった。

「拝島。お前を、殺人及び死体遺棄、麻薬取締法違反、その他もろもろの容疑で、逮捕する」

犬飼が拾い上げた鉄パイプが、拝島の顔面に叩き込まれ、巨悪はあっけなく闇に沈んだ。

エピローグ

数日後。警視庁内の医務室。

ベッドの上で目を覚ました憐は、窓の外をぼんやりと眺めていた。そこに、ぎこちない足取りで犬飼が入ってくる。

「…目が覚めましたか、神凪さん。体は…」

「…なぜ、助けた」

憐は、犬飼の方を見ずに、静かに言った。

「私の計算では、お前を見捨てて私が離脱するのが、被害を最小限に抑える最適解だったはずだ。なぜ、あんな無駄な真似を」

犬飼は、少しだけ笑って、彼女のベッドの横にフルーツの盛り合わせを置いた。

「相棒を見捨てる刑事はいませんよ。それに、僕はあなたに借りがありましたから」

「…借り、だと?」

「ええ。僕の家のWi-Fiルーターを破壊されずに済みましたからね」

憐は、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに顔を真っ赤にして、ぷいとそっぽを向いた。

「…ば、馬鹿犬が。勘違いするな。これは借りだ。必ず返してもらう。お前の給料三ヶ月分の労働で、私の身の回りの世話をさせてやるから、そう思え」

「ええっ!?それはあんまりじゃ…」

「うるさい!決定だ!」

ツンとした態度は変わらない。だが、その声には、以前のような冷たさはなかった。

二人の奇妙な関係は、まだ始まったばかり。

そして、東京の闇に蠢く次の怪事件が、このドタバタなコンビを待ち受けていることを、まだ誰も知らない。


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