フィロソフィア：転生したら俺を好きな娘が全員異常に理屈っぽいんだが。（ライト版・挿絵入）

第29話：エピカリアと『恐怖の克服』―勇気とは何かを学ぶ午後―

テオリア女王との会話を終え、テルは王宮の庭を歩いていた。心地よい疲れが体を包んでいる。

石畳の道を歩いていると、一人の女性の後ろ姿が目に入った。背筋がまっすぐで、腰には剣を下げている。

「エピカリア団長！」

テルが声をかけると、女性はゆっくり振り返った。栗色の髪を一つにまとめ、琥珀色の瞳が陽射しに輝いている。以前、女王の前でテルの剣を受けてくれた騎士団長だった。

「あなたは、雷の剣の……」

その声は思っていたより優しかった。

「ナオテル・イフォンシスです。テルと呼んでください」

「改めまして、エピカリア・ケーポスです。みんなカリアと呼んでいます」

カリアは微笑みながら手を差し出した。テルがその手を握ると、騎士の手にしては意外に柔らかかった。

「偶然ですね。女王陛下とのお話はいかがでしたか？」

「とても勉強になりました。頭がまだ熱いくらいです」

カリアは小さく笑った。硬さと優しさを併せ持つ、不思議な魅力のある人だった。

「それはよかった。陛下は対話をとても大切にされていますから」

テルは思い切って聞いてみることにした。

「実は、カリア団長にお聞きしたいことがあるんです」

「なんでしょう？」

琥珀色の瞳がテルを見つめる。

「あの時、女王陛下の前で『雷の剣』を見せましたが、実は剣術は苦手で……」

カリアは静かにうなずいた。

「少しでも剣術を覚えたいんです。特に、突きへの対処法を」

「なるほど」

カリアは少し考えてから、庭の一角へテルを案内した。木々に囲まれた静かな円形の広場だった。

「では、あなたの動きを見せてください」

カリアは広場の真ん中に立ち、剣を構えた。その動きには無駄がなく、長年の経験が感じられる。

「相手が胸を狙って突いてくるとします。僕はこう対処しようと思っています」

テルは剣を少し右に傾け、左胸に小さな隙を作った。カリアがゆっくり剣を突き出すと、テルは左足を後ろに引いて体を半分にし、右から左に剣を振り下ろして相手の剣を払った。

カリアは真剣な表情でテルの動きを見ていた。

「なるほど。理にかなった対処法です」

カリアはテルの近くに歩み寄った。

「一つアドバイスを。構えるとき、もう少し腕を伸ばして。そうすれば、相手の剣先が体に届くまでの時間を稼げます」

彼女は同じ構えをとり、ゆっくりと動作を見せた。まるで舞踊のような美しさがある。

「試してみて」

テルはアドバイス通りに動いてみた。確かに腕を伸ばすことで、相手との間合いが取れる。

「なるほど！こうすれば、相手の剣先が体から離れるんですね」

カリアは満足そうにうなずいた。テルはこの機会に、もう一つ聞いてみることにした。

「もう一つ、質問があります」

「何かしら？」

カリアの栗色の髪が陽の光で柔らかく揺れる。

「あそこに座りましょうか」

カリアは近くのベンチを指した。

「カリア団長は、死をも恐れない勇敢な人だと聞きました」

彼女は少し困ったように微笑んだ。

「人は何でも美談にしたがるものよ」

「僕は……死ぬのが怖いです」

声が震えた。以前見た悪夢、胸を突き抜かれる感覚が蘇る。

「どうすれば、恐怖を克服できますか？」

庭園に静寂が広がった。カリアは目を閉じ、深く息を吸った。

「まず、一つ言っておきたいことがあります」

カリアの声は静かだが力強かった。

「死を恐れないことと、勇敢であることは同じではないのです」

琥珀色の瞳が金色に輝く。

「勇敢さとは、恐怖を感じないことではなく、恐怖を感じながらも正しいと思うことを行う力です」

彼女はテルの方を向いた。

「私たちが恐れるもののほとんどは、現実以上に恐ろしく感じているものです。想像の中の恐怖は、現実の恐怖よりも大きいのです」

カリアの声は心の深いところまで届く。

「死への恐怖も同じです。私たちがいるときに死はなく、死があるときに私たちはいない」

詩のような美しい言葉だった。

「生きているときには死はなく、死が来れば私たちはもういません。だから、死を恐れる必要などないのです」

テルは黙って聞いていた。

「理屈は分かります。でも、もっと具体的に、どうすれば恐怖を克服できるのでしょうか」

カリアは優しく微笑んだ。

「恐怖を克服するためには、現在の瞬間に集中することです。過去を悔やんだり、未来を恐れたりする代わりに、今この瞬間に目を向けるのです」

彼女は庭の花々、青い空を指した。

「さらに、自分の恐怖と向き合い、分析することです。多くの場合、恐怖は想像上のものであり、現実には起こらないことが多いのです」

カリアはテルの肩に軽く手を置いた。その手から不思議な安心感が伝わってくる。

「そして最後に、自分の人生がいつか終わることを受け入れることです。死は必然であり、それを否定しても意味がありません。むしろ、限りがあるからこそ、人生は意味を持つのです」

彼女の言葉は深く胸に響いた。カリアの琥珀色の瞳には、戦場での経験と深い思索に支えられた強さがあった。

「ありがとうございます。とても参考になりました」

テルは立ち上がり、深々と頭を下げた。カリアも立ち上がり、優雅に会釈を返した。

「どういたしまして。恐れることなく、しかし慎重に。生き残ってください」

テルはカリアに礼を言って城を出た。石畳を歩く足取りが、来た時より軽くなっている。

カリアがなぜフィロソフィアの騎士たちをまとめているのか、今なら完全に理解できた。彼女は単なる武芸の達人ではない。物事の本質を見抜く目と、恐怖に支配されない勇気を持った真の勇者だった。

空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。今、この瞬間に目を向ける。これがカリアの言う、恐怖を克服する第一歩なのだろう。

それにしても、テルはいつの間にかよく質問するようになっていた。元の世界では、授業で質問したことなど一度もなかったのに。