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第14話:侵入者と『雷の剣』

息を切らせて駆けつけたテルが校庭に出ると、大柄な男が剣を振りかざして、周囲の生徒たちが怯えて逃げ惑っていた。整った芝生の上、青い空の下での騒動は、なんだか非現実的に見える。


男は三十代後半くらい。筋肉質の体に、乱れた髪と無精ひげ、充血した目。服装は質素だが、かつては上等だったものが手入れされていない様子だ。彼の持つ剣は大きくて、刃には使い込まれた跡がある。まさに実戦で使われてきたものという感じだった。


「俺が怖いか! 王立学院だって? 笑わせるな!」


男は怒鳴りながら、生徒たちを追いかけるようにふらつきながら動いている。彼の声には酔いの荒々しさと同時に、どこか悲しみのようなものも混じっていた。


このままでは誰かが怪我をする。テルは一歩前に出て、男に向き合った。


「なんだ、てめえは」


男はテルを上から下まで見ると、言葉を吐きつけた。その目は怒りと憎しみで濁っている。彼の顔には古傷が何本も刻まれているのが見える。


「この学院の衛兵です。お引き取りください」


テルは最大限冷静を装って言った。周囲の生徒たちがテルと男を取り囲むように立ち止まって、息を呑んで見守っている。


「衛兵だと? 笑わせるな」


男は嘲笑うように言った。彼は酒に酔った足取りで一歩前に踏み出す。その動きには、ふらつきながらも剣の使い手の片鱗が感じられた。


「俺は騎士だ。前の戦争で戦った騎士様だよ」


彼は自分の胸を叩いた。その手の甲には、戦いの傷跡らしき痕が残っている。


「だがあの女が国王になって、騎士団は解体された。今や無職だ。文句あるか」


何かを失った人間特有の空虚さが、その言葉の端々に滲んでいる。前の戦争とは、宗教戦争のことを言っているのだろう。戦争後の社会変革で居場所を失った元兵士。彼の境遇に、少しだけ同情する気持ちが湧いた。


「あなたには同情しますが、それは、この学院で乱暴を働いていい理由にはなりません」


そう言いながら、テルは後ろを振り返った。そこには校長の大ジャンヌが立っていた。その姿勢には、まるで盾のような強さがあった。


「大ジャンヌ、下がっていてください!」


テルは声を上げたが、大ジャンヌは引かなかった。逆に、彼女は凛とした表情で、男に向かって歩み寄ってきた。


「男よ。お前の不満は理解できる。だったら、なぜ王宮に向かわない? ここは神聖な学院だ。なぜ弱い生徒たちを狙う?」


大ジャンヌの声は静かだが力強かった。その立ち姿には校長としての風格があった。


「本当に社会を変えたいなら、権力に対して堂々と自分の意見を述べるべきだろう。それが市民としての責任だ。弱い者に剣を向けるのは、真の勇気じゃない」


大ジャンヌは一歩一歩、男に近づきながら語りかけた。


男は無言で大ジャンヌを睨み返した。汗で濡れた額、震える手、顔は引きつっている。


「黙れ!」


突然、男が叫んで、大ジャンヌに向かって剣を振り上げた。太陽の光を受けて、剣の刃が一瞬まばゆく輝いた。その動きは予想より速く、テルは咄嗟に大ジャンヌの前に立ちはだかった。腰のエミールの剣を抜いて、振り下ろされる剣を受け止めようとする。


挿絵(By みてみん)


剣と剣が触れ合った、その瞬間だった。


「うわあああ!」


突然、男の剣が激しく弾かれて、彼自身も後方に吹き飛んだ。青白い光の筋が一瞬、二つの剣の間に走ったような気がした。閃光と共に轟音が響いて、男は地面に叩きつけられてた。


テルは茫然自失だった。何が起きたのか、理解できない。ただ、左手に奇妙な感覚が残っていた。スマホを充電する時のあの感覚に少し似ている。指先から手首にかけて、電流が走ったような温かさと痺れが残っている。


そして気づいた。MagSafe。「体で発電できるようにします」というサンデラの言葉が頭に浮かぶ。剣が導体となって、テルの体内で発生した電気が男に流れたのだ。


テルはゆっくりと男に近づいた。周囲からは驚きの声が上がる。この状況を最大限活かすべきだと判断して、テルは剣を構えながら言った。


「我が名はテル。『雷の剣』の使い手だ。立ち去るが良い」


なぜか時代劇っぽい言い回しになってしまったが、効果は絶大だった。男は恐怖に目を見開いて、よろめきながら立ち上がると、剣を放り出して学院の門へと逃げ出した。


周囲からは拍手が沸き起こって、歓声が上がった。


「すごい!」

「雷の剣だって!」

「テル様、かっこいい!」


少女たちの顔には、恐怖から解放された安堵と、新たな英雄を見つけた興奮が入り混じっていた。


テルは呆然と立ち尽くした。これは偶然の産物なのか、それともサンデラはこれを見越してテルの左手にMagSafeを仕込んだのか。エミールの剣を鞘に収めながら、テルは体が小刻みに震えるのを感じた。


「テル」


背後から呼ぶ声がした。振り返ると、大ジャンヌが微笑んでいた。彼女の茶色の瞳には安堵と誇りの色が浮かんでいる。


「見事だった。私の目に狂いはなかったようだね」


「ありがとうございます。でも、俺はただ...」


言葉に詰まる。この力は偶然見つけたに過ぎないのに、まるで最初から持っていたかのように振る舞っていることに、少し後ろめたさを感じた。


その時、人だかりの外れに小ジャンヌの姿が見えた。彼女は急いで医務室から出てきたのだろう。少し乱れた制服姿で、遠くからテルを見つめている。その薄茶色の瞳には、他の生徒たちとは違う光が宿っていた。まるで何かを見抜いたような鋭い観察眼だ。


「雷の剣...」


周囲の歓声、生徒たちの笑顔、そして小ジャンヌの謎めいた視線。テルは剣の柄を握りしめた。太陽の光を浴びて、剣の鞘が金色に輝いている。この世界での自分の立ち位置が、少しずつ定まってきた気がした。

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