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第12話:ジーナと『弁証法』―対立から生まれる新しい答え―

放課後の生徒会室から、廊下まで聞こえる大きな声。通りかかる生徒たちが不思議そうに振り返った。


「校則は校則です! 靴の色を自由にしたら、学院がバラバラになります!」


「それは極端すぎます! 小さなことで生徒の個性を潰すべきじゃありません!」


テルは重いため息をついて、生徒会室のドアをノックした。返事を待たずに開けると、案の定、エマとミルが向かい合って言い争っていた。


エマは銀色の三つ編みを揺らし、青い瞳を厳しく光らせている。向かいの小柄なミルは栗色のボブカットを震わせながら、負けじと言い返していた。


「何をそんなに言い合ってるんだ?」


テルの声に、二人が同時に振り返る。


「ミルが校則を変えようとしているんです。靴の色を自由にしたいって」


エマが説明した。


「今の校則では、みんな黒い靴を履くことになってます。でも私は、好きな色の靴を選べるようにしたいんです」


ミルが補足する。


テルはテーブルに腰掛けて、二人の話を聞くことにした。窓から夕日が差し込んで、部屋を赤く染めている。


「エマの意見は?」


エマは真剣な顔で話し始めた。


「学院では、みんなが守るべき共通のルールが必要です。靴の色をそろえることで、学院全体のまとまりが保たれるんです」


エマは一歩前に出る。


「みんなが同じ色の靴を履くルールは、学院のまとまりを表しています。自分の好きな色を選べるようにすると、学院がバラバラになってしまいます」


「生徒は『これが好きだから』じゃなく、『これが正しいから』という気持ちでルールを守るべきなんです。制服や靴の色をそろえることで、見た目による差別もなくなります」


エマの言葉が終わると、ミルが前に出た。小さな体だが、声には力がこもっている。


「学校はもっと生徒に自由を与えるべきです。靴の色みたいな小さなことまで統一するのは、『功利主義』の考え方に反します」


ミルの瞳が熱を帯びる。


「生徒が好きな靴を選ぶ自由は、明らかにみんなの幸せを増やします。他の人を傷つけない限り、一人ひとりの自由は最大限に大切にされるべきです」


ミルは窓際に歩み寄り、夕日に照らされた校庭を見下ろした。


「小さなルールで生徒の自由を制限すると、言われた通りにしか動けない人間を作ってしまいます。多様性と個性から社会は進歩するのに、みんな同じにするルールは創造力を損なうんです」


二人の熱い議論を聞いていると、どちらも正しく思えてくる。でも、議論はさらに白熱して、お互い譲らない様子だった。


「喧嘩はやめようよ」


テルが仲裁に入ろうとすると、二人は同時に振り返った。


「喧嘩じゃないわ、議論よ」


二人の声が完璧に重なる。テルはたじろいだ。


「そのとおりだよ」


新しい声が部屋に響いた。みんなが振り返ると、ドアのところに見知らぬ女生徒が立っていた。


銀灰色のショートカットに、鋭い青緑色の瞳。コバルトブルーのマントを羽織った姿は、とても気品があった。背が高く、まっすぐな姿勢が存在感を際立たせている。


女生徒は部屋の中央に進むと、優雅に椅子に座った。


「ただ対立してるんじゃなくて、もっと深く理解しようとする過程。それが議論の本質なんだ」


彼女は静かに語り始めた。


「二人の主張は違うけど、これは白か黒かという問題じゃない。むしろ、両方の考えを活かした、もっと高い次元での解決策を見つけるべき問題なんだ」


女生徒はエマとミルの間に立った。


「学院は確かに集団としてのまとまりを保つ必要がある。でもそれは、単に指示に従うことじゃなく、自由の中で実現されるべきだ」


挿絵(By みてみん)


エマとミルは真剣に聞いている。


「例えば、靴の色については、黒、紺、茶色などの限られた選択肢を用意してはどうかな。これで、秩序と自由の両方が実現できる。これは妥協案じゃなく、より高次の解決策なんだ」


「さらに大切なのは、なぜ特定のルールがあるのかを生徒に理解してもらうこと。『こうしなさい』じゃなく、『これはこういう理由で大切なんだ』と分かるルールなら、生徒はもっと自由に感じられるんじゃないかな」


エマとミルは顔を見合わせ、何かを理解したように静かにうなずいた。部屋に不思議な調和が生まれている。


「ところで、君の名前は?」


テルが尋ねると、女生徒は微笑んで一礼した。


「ジョルジーナ・フレデリカ・ヘンデルです。ジーナと呼んで」


「私はこの学院の生徒会長だよ。テル、あなたについてはもう聞いている。校長から特別に採用された衛兵だね」


ジーナの視線がテルの腰の剣に向けられる。


「さて、靴の色の問題について、私の提案はどうだろう?」




エマとミルは顔を見合わせた。さっきまでの緊張感は完全に消えて、代わりに共通の理解が生まれているようだった。


「確かに...限られた選択肢の中での自由なら、校則の一貫性を保ちながら、個人の選択も尊重できますね」


エマが認めた。


「そして、なぜ特定の色しか選べないのか、その理由を明確にすれば、生徒も納得できるでしょう」


ミルが続けた。


ジーナは満足げに微笑むと、テーブルに座った。


「議論とは対立が目的じゃなく、より高い真実に至る階段なんだ。対立する意見は、お互いを否定し合うんじゃなく、より完全な理解へと導く過程の一部。これが『弁証法』だ」


テルは窓際に立ち、校庭を見下ろした。夕暮れの太陽が建物に長い影を落としている。


「弁証法か...」


つぶやいた言葉が、不思議な余韻を残した。対立する意見から、より高次の理解に至る過程。それは、ただ相手を論破する議論とは全く違うもののようだった。


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