第3話:「金もない、地図もない、宿すらない」
~野宿より怖いのは、サービス過剰な宿でした~
「ねえ、あの宿……誰もいないのに、なんか妙じゃない?」
ライルが指差したのは、山道の終わりに忽然と現れた真っ白な建物。
二階建ての宿だが、周囲に人影はゼロ。
看板には「歓迎・コホリ村(ほぼ廃村)」の文字。
「廃村って…お前、まさか『誰もいない』=『サービス満点』のパターンじゃないよな?」
セリナが財布を握りしめて言う。
「誰もいないから全部タダってことだよ!最高じゃん!」
ベルはすでに装備の錆びを気にしつつも、食い気味。
「とにかく、確認するぞ!」
ライルが木の扉をノックすると――
ぎぃぃぃ……
「開いたーー!俺は誰も開けてないのにーー!?」
「オートドアか?いや、この田舎にそんな文明あんのか?」
ミミルは眉をひそめる。
◆◇◆◇
中は誰もいなかった。受付には「ご自由に泊まれ。食事・風呂・寝具すべて無料」との貼り紙。
「無料とか逆に怖いって!」
セリナはすでに財布を閉じた。
しかし、テーブルに並ぶごちそうの匂いに、腹が鳴る。
ベルは無言でパンにかぶりつき、ライルもローストチキンを前に目が輝く。
「食っていいのかこれ!?罠じゃないか!?」
「おいしい……これは間違いなく冒険者向けの高級補給品だ」
ベルが冷静に分析。
「で、でも…無料って怖すぎるわ!」
◆◇◆◇
結局、全員が誘惑に負けた。
風呂に入り、布団に転がり、文明のありがたみを噛み締める。
「これが…幸せってやつか」
ライルがぽつり。
ミミルは布団の上に魔法陣を描き「結界つけた。生きてたら褒めて」と言い残して寝た。
ベルは壁の木材をノミで削り始めていた。
「それやめろ!次来れなくなるだろ!」
◆◇◆◇
深夜。
ライルが目を覚ますと、廊下の先で妙な音が。
「ギシリ…ギシリ…スー…ギシリ……」
ロビーを見に行くと、顔のない人影が掃除道具を持ち、床を磨いている。
「お掃除ゴーレム!?これ、絶対ヤバいやつじゃん!!」
慌ててトイレを済ませ、そっと寝床に戻るライル。
◆◇◆◇
翌朝。
「夜中に皿洗ってるゴーレム見たわ」
「俺は風呂場で道具を整頓してた」
「この宿、魔法遺産っぽいな。無人運営してるってことか」
「…全然怖がってないの!?お前らさすがポンコツ冒険者」
セリナはあきれ顔。
「まぁ、無料で食って寝れて風呂も入れて、なんならゴーレムに掃除までされて…悪くない宿だろ?」
ライルは得意げに言った。
◆◇◆◇
そして、魔王城への旅は続く。
「勇者って名乗るのは、倒してからにしてくれよな!」
――ポンコツ勇者ライルの挑戦は、まだまだ終わらない。