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第七話 アン 旅の途中 (2)

第七話 アン 旅の途中 (2) 国境を越えて




誰も見ていない(見られてたら死んでやる!)真夜中に、あたしは今まで生まれ育った国を生まれて初めて(寄りにも寄って不法に)出た。


気力と体力を大きく費やして国境を越え、あたしを迎えに来た人が言ってた『次の馬車』がある場所まで、もしかしたら徒歩で進むんじゃないか?って事には歩いているうちに気づきましたが、目的地に辿り着いた時には既に朝日が輝いてたのはあたしだけの所為じゃないと思う。


あたしはこれでも公爵令嬢なのよ!


いくらお転婆だと言われようと貴族の令嬢の生活をしてきたあたしには体力の限界ってもんがあってね!


どれだけ鍛えてるか知らないけど、男装して軍服を着ているどこかの誰かさんとは違ってね!


あたしは心の中で文句を言い続けながら、男装してる迎えの人と一晩中歩いた。




だから、3台目の馬車に乗り込むと疲労困憊のあたしは直ちに爆睡モードに突入した。


偉いぞあたし!よく辿り着いたあたし!頑張ったあたし!


きっと誰も(約一名の案内人は)慰めも労いもしてくれないと解っていたから、心の中で自分を褒め讃えたっていいよね。





「起きろ」


身体を揺さぶられて覚醒を促されるけど、まだ泥のような眠りの中に居たい・・・い゛!


か、身体が・・・いだい!


痛みで一気に目が覚める。


揺さぶられた衝撃で身体が悲鳴を上げてる。


ギギギ・・・ガコガコ・・・と固まった身体を手足から少しずつ動かしてようやく起き上がる事が出来た。


どうもあたしは非常に妙な体勢で眠っていたみたい。


ゆっくり時間をかけて起き上り、馬車から下りると、既にもう夜。


よく寝た、のかな?


「ここで野営するの?」


あたしの問いに頷き一つで答えた彼女を見て、まだぎこちない動きをする身体で薪を拾う。


あれ?なにかおかしくない?


薪になる小枝を拾って馬車の傍にも取ったあたしは、違和感に気付いた。


「あの・・・御者の人は?」


そう!馬車の周りにはあたしと彼女の二人しかいなかった。


いつもは全く喋らない御者がもう一人いるのに。


「予定の時間に辿り着けなかった場合は馬車だけ置いて御者は帰る事になっていた」


ええ!それって・・・それってやっぱりあたしの所為なの!!


す、すると・・・もしかして(爆睡してたから全然気付かなかったけど)彼女が馬車を走らせてたって事?


「ごめんなさい!!」


ここはもう、謝るしかないよね。


あたしが一人、馬車の中で眠っている間、彼女は一晩中歩き回った後なのに馬車を走らせ続けてたんだもの。


「いや、予定通りに進まなかったのは私の責任だ」


そうだけど・・・心の中では『あんな無茶な行程で予定通りって誰を基準にしたスピードよ!』って不満はあるけど・・・それでもやっぱり。


「あたしが・・・足手纏いになったからだよね」


一番の原因はあたし。


「いや、私も人を案内するのが初めてだから・・・配慮が足りなかったかもしれない」


はい?もしかして・・・今、案内するのは初めてとか仰いませんでしたか?


「すまんが、少し寝かせてくれ。火の熾し方は判るな?食料はこの中だ」


そう言って鞄を差し出すと、彼女はその場に座り込んだまま眠ってしまった。


寝るなら馬車の中とかにすればいいのに。


それでも、空腹なあたしは眠りに着いた彼女の前で、一人で悪戦苦闘しながら火を熾し、お湯を沸かして、干し肉とキャベツのスープを作って食べた(それしか作れないし、知らないもん)


はぁ・・・やっと人心地ついた。


ガチャガチャ騒がしくしていたのに、疲れているのか彼女は一度も目を覚まさなかった。

次第にあたしは心細くなってくる。


だって、もう夜で周りは真っ暗だし、焚火は燃えているけど、剣を持ってて当てになりそうな彼女は眠ってるし、ここがどこだかあたしは知らないし。


そう言えば、国境を越えた事は判ってるけど、どことの国境を越えたんだろ?


目的地はバレンツ帝国領なのかな?と思ってたんだけど・・・ええっと、馬車で走ったのは今まで4日、今は5日目の夜。


バレンツ帝国はティモール王国の北にあるから、4日でティモールの最北まで辿り着いたのかな?


3台目の馬車が置かれていた場所は、国境近くの人気のない場所だったし、馬車が走っている間は寝ていたからどんな処を走っていたのか全然判らないし。


今まで一度も話した事はないけど、御者一人がいなくなるだけで、こんなにも心細くなるんだなぁ。


迎えに来た案内人の彼女は、落ち着いてて剣も使えそうだけど(ただ持ってるだけかもしれないし)まだ若く見えるし(あたしよりちょっと年上なだけに見える)あたしを連れて無事にシャノンに行けるのかな?


さっきの『人を案内するのは初めて』発言はかなりあたしの不安を掻き立てた。


夜空を見上げると、空にはアモイとホデンの双子月が二つとも昇っていた。


そっか、夜でも薪を拾ったり、火を熾す事が出来たのは、二つの月が出てたからか。


アモイもデボンもかなり丸くなってるから明るいもんね。


晴れている夜空に浮かぶ双月に見惚れていると、獣の鳴き声が聞こえた。


い、今のなに?


今まで野営してた時に(と言っても2回しかないけど)獣の鳴き声なんて聞いた事がなかったけど、ここは森の中なんだし、聞こえてもおかしくないよね?


焚火を焚いてるから、こっちには来ないよね?


獣は火を恐れるってコンラッドお兄様が言ってたし。


で、でも・・・もし獣が襲ってきたら!


「・・・すまなかったな」


いきなり彼女がそう言って起きたので、キョロキョロと辺りを窺っていたあたしは少しだけホッとした。


「う、ううん・・・もう、いいの?もっと寝てなくて?」


あたしは火にかけたままのスープの残りを彼女に手渡した。


「ああ、私は大丈夫だ。お前の身体はどうだ?」


あたし?あたしは未だに筋肉痛ですよ?まだ眠いし、お腹だって満腹とは言えないし、もう5日もお風呂に入っていないから汗でドロドロで気持ち悪いし、着替えだってしたいです。


でも、こんなところで彼女にそれを言ってもそのうちの一つも解消されない事はあたしにだってわかってる。


「うん、大丈夫だよ。食事も出来たし」


馬車で走り続けていた時のパンと水だけの食事に比べたら、スープとパンのお食事は大変おいしゅうございましたとも。


「ねぇ、もうここはバレンツなの?」


食事を始めた彼女に問いかける。


今はもう二人だけだから(ティモールからも出たし)彼女も少しは詳しく話してくれるかな?


「いや、ここはティレニアだ」


へ?ティレニア?


ティレニアって・・・ティモールの西にある?


そ、そりゃティレニアの方がバレンツより近いけど。


「お前はティレニア語を喋れるな?」


聞くと言うより確認を取るみたいな言い方だったけど、あたしは素直に頷いた。


「うん」


お祖母様はティレニアの方だったから、勉強しておくようにと言われて来た。


貴族の子女の嗜みとして語学は最優先されるのだ(その割に言葉遣いが悪いと怒られるけどもあたしだって出るとこに出れば!)


「馬車の中でこれに着換えろ。ここで私達は小さな地方領主の息子とその従者として行動する」


と言われて渡されたのはもちろん男の子の服。


「変装するのね!」


ちょっとワクワクする!


「ああ、この格好なら明日の夜は宿に泊まれるかもしれない」


宿!ベッドで眠れるの!!


今までの苦労が報われる時が来たんだわ!


「火の始末をしておくから着換えろ。着替えたら出発する」


ええ?ここで野宿するんじゃないの?


「あなたの身体は大丈夫なの?」


あたしは今日昼間寝てたけど、彼女はさっきほんの少しだけ座ったまま眠っただけだ。


「心配しなくても、私は2・3日くらいなら寝らなくても平気だ」


ホントに?


そう言えば、フレデリックお兄様が士官学校の演習で3日間不眠不休の演習をした事があるって言ってたけど・・・この人は女性なのに軍人並みの訓練を受けた人があるって事なの?


『なにがキツイって眠れねーのが一番キツかったけど、教官たちはヘーキな顔してたからなぁ。鍛えられた軍人ってのは凄いもんだと思ったぜ』


そう言ってたフレデリックお兄様だったけど、彼女は鍛えられた軍人なのかな?




あたしに渡されたのはシャツと少し洒落た上着とズボンとブーツ。


ぴったりなのがなんとなく悔しい!


いいもん!あたしはまだまだこれから成長するんだもん!


あたしは脱いだ服を彼女に渡した時に訊ねた。


「これって・・・あたしの家に送るの?」


攫われたマーガレットお姉様の着ていた服はビリビリに切り裂かれて返されて来た。


あたしも攫われた事になっているなら、これも・・・


家族のみんなにとって、あたしは死んでしまった事になる。


「いや、これは燃やす」


そう言って、消した焚火から取っておいたらしい松明にあたしの脱いだ服を翳して、あっという間に燃やしてしまった。


そして、ご丁寧に燃えたものまで燃え尽きた薪と共に土の中に埋めた。


あ~あ、そりゃ5日間着たままで汚れてるし、家を抜け出した時の為の目立たない平凡なブラウスとスカートだけどさ。


「行くぞ」


従者として御者になる彼女は、黒い軍服を普通のシャツと上着の組み合わせに変え、長い髪を上着の中に入れて鍔の広い帽子を被った。


そうだよね、あの髪は目立つもんねぇ。


今度の馬車にも覆いがついていたが、走り出す前に外された。


やった!今度は景色が少しは見られるのかな?


と、少しでも思ったあたしがバカでした。


何しろ走り出したのは夜なんだから、いくら月明かりが明るくたって、暗くてよく見えない。


おまけに景色は森ばっかりで代り映えがしないんだもん。


走る馬車の窓から外を見ていると、思い出すのは家族で馬車で出かけた時の事。


一年に一度か二度程だったけど、お母様がまだ元気な頃には家族みんなで避暑地に出かけたり、公爵領に出かけたりしてた。


滅多に遠くに出掛ける事がなかったあたしはそれをとても楽しみにしていた。


もっとも、その時の馬車のスピードはこんなに早くなかったし、揺れてもいなかったけどね。


片道だって精々1日か2日程度だったし、途中でちゃんと宿に泊まれたし。


でも、今日は宿に泊まれるのよぉ!!


お風呂に入れるかもしれないし、食事だってまともなものが食べられるかも!


うふふ。


ニマニマと口元が緩む。


浮かれていると、次第に眠気が襲ってくる。


何しろ、今は馬車の中にはあたし一人で話し相手もいないし、退屈してしまうんだもん。


あれだけ寝ても、まだ眠りが足りないあたしは、うとうとしながら馬車に揺られていると馬車のスピードが落ちた。


街だ!街だ!街だ!


ちょっと興奮する。


今まで街に何度入ったって外は全く見えなかったんだもん。


街の馬屋はどこでも基本的に一日中開いているんだって。


それはあたしたちみたいに夜中も馬を走らせる人達がいるから(いや、本来は商人が多いらしいけど)


そう言った人達が馬を交換するの為に休みなく開いているらしい。


もっとも、夜に馬を交換すると割高になるらしいけど。


これは実は、今までに彼女から教えて貰った事なんだ。


無口で無愛想だけど、答えられる事にはちゃんと答えてくれた。


まだまだ世間知らずで物知らずのあたしに教えてくれた事もある。


あたしは馬車が止まっている間に、窓のカーテンを閉めてからいつもの体操をして、耳を澄ませていた。


彼女と店の人との会話は確かにティレニア語だ。


これまた流暢に話してる。


あたしは母国語のティモール語は当然として、喋れるのはティレニア語と挨拶程度のバレンツ語だけしか知らない。


この3つを完璧に出来れば、後はそのバリエーションだからとコンラッドお兄様が言ってた。


彼女はどれだけの言葉を話せるのかな?


本当に不思議な人だと思う。


その後も何度か馬を取り替えて馬車を走らせた。


途中、昼間に立ち寄った街で外套と毛皮の帽子を渡された。


正直、寒くなって来てたから助かった。


今は秋だけど、どうやらティレニアに入ってからは北上しているみたい。


お日様が右から昇って来てしばらくそれが変わらなかったし、やがて日は左へと移ったから。


待望の宿に着いたのは、まだ日が沈み切っていない頃だった。


街に入って(この頃には流石にもう興奮はしなかった)馬を取り替えるだけかと思ってたら、馬車の扉が開けられて「お疲れ様でございます」と彼女が言ってくれたから。


そうそう、地方領主の息子とその従者だもんね。


あたしは『余り声を出すな』と言われていたから、頷くだけで馬車を降りた。


「既に部屋は取ってあります。こちらへ」


馬車はそのまま宿の人が移動させてくれるらしいので、あたしは彼女に案内されるままに後について行った。


きゃー!宿だわ!それもちょっといい感じ!さすがにこの格好では安宿には泊まれないもんね!


それならベッドとお風呂と食事に期待も出来るかも!!


期待していた通り、宿の人がお湯を運んできてくれた。


6日ぶりのお風呂だぁ~!


お湯が薄汚れるくらいになったのは当り前よね。


食事も部屋まで運んでもらった。


ううっ、湯気の出てるシチューだぁ。


久しぶりで涙が出そう。


でも、用意されたのはあたしの分だけ。


「あなたの分は?」


そう言えばお風呂もあたししか入ってない。


「従者が主人と一緒に食事をとるのはおかしい」


そ、そーだけど。


「疲れてるんでしょ?眠ったら?」


でも、この部屋にはベッドが一つしかないんだよね。


他には椅子と小さなテーブルしかないし。


「私の事は気にするな」


そう言われても。


彼女は頑なにあたしの従者の役に成り切った。


お湯を片づけて、食事を下げ、ベッドの用意をする。


ううっ、久々のベッド!!


でも・・・やはりここは彼女に譲るべき?


「あ、あの・・・ベッド、使う?」


ふかふかベッドに未練たっぷりのあたしは、それでも恐る恐る聞いてみた。


「気にするなといっただろう?お前がベッドで眠れ」


おや?


もしかして・・・今、笑いませんでした?


ちょっと苦笑めいてはいるけど、確かに笑ったわ。


「・・・もっと笑えばいいのに」


ポツっと呟いてみたけど、彼女は何も反応を返してはくれなかった。


さっきのは見間違いかな?


それより、ベッド!!


あたしはお言葉に甘えて、そそくさとベッドに潜り込んだ。


もちろん、疲れていた身体はすぐに熟睡してしまった。





翌日、あたしはやはり久々のハムと卵に感激しながら朝食を終えて馬車に乗り込んだ。


うん、やっぱり十分な睡眠と食事を取ると元気になるわ。


馬車の揺れにも慣れたし、昨日はお風呂に入ってさっぱり出来たし、心身ともにもの凄く充実してる!


るんるん気分で馬車に揺られていると、3回目に馬を取り替えた街では馬車も新しくなった。


それで彼女はようやく御者のお役御免となれた。


3日ぶりの同乗者の姿にニコニコしていたあたしに、彼女が怪訝そうに(そんな表情はもちろん見せなかったから、気配だけ)聞いてくる。


「なんだ?」


「え~?だって嬉しいんだもん。やっぱり一人じゃ寂しいよ」


無愛想でも話し相手がいなくちゃね。


「ねぇ、お姉様やお兄様の時も今回と同じところを通って行ったの?」


ハードな旅に何度も疑問に思った事。


お姉様達だってシャノンに向かった時はあたしと同じような年頃だったんだし、何日もただひたすら馬車に揺られ続けるだなんて、きっともの凄く大変だったと思うもんね。


特にあの国境を越えた時の事は・・・思い出したくもない。


「いや、毎回ルートは違っている筈だ」


そっか、バレたら拙いもんね。


ん、すると・・・


「ねぇ、もっと楽に国境を超える方法ってなかったの?」


あたしの声にはちょっとばかり刺が含まれてたと思う。


「あったかもな」


ちょっとぉ!


それなら楽な方法にしてくれたっていいんじゃないの?


か弱いレディにあんな過酷な事をさせるなんて!!


もしかして自分を基準にルートを考えたとか言わないでよね!


あたしは心の中でとっても憤慨してたけど、それを口に出す事はなかった。


だって、流石に馬車の中で眠ってしまった人に文句を言い続けるわけにもいかないでしょ?


彼女が疲れてるのは十二分に知ってたし、休んで欲しかったんだもん。


あたしって優しいわよね。





その後も馬を変えるたびに街に立ち寄ると、彼女は眼を覚ましたけど、少しずつでも休息出来てるならいいな。


7日目となる本日も宿に泊まれるらしい。


今日もお風呂に入れるかな?


宿に着くのは暗くなってからになるらしいけど、ベッドと食事とお風呂があれば、昨日はゆっくり休めたし、我慢出来るわ。


あたしはこの時、旅の目的をすっかり忘れてた。


長い間馬車に揺られたり、たくさん歩かされたり、満足な食事を与えられなかったり、ちゃんと眠れなかったりとあまりにも生活環境が激しく変化したおかげで。


彼女が何のためにあたしをわざわざ迎えに来たのか、その理由をコロッと頭の中から消し去ってた。


それにやっぱり彼女も疲れてたんだと思う。


宿に到着して、あたしより先に馬車から降りた彼女は、暗くなった夜空を見上げて立ち止まり、驚いたように呟いた。


「しまった・・・今夜は双満月」


何を言ってるのか判らないあたしは、そのまま馬車を降りようとしたのに。


「早く馬車を出せ!」


彼女はそう御者に告げると、再び馬車に乗り込んできた。


「ど、どうしたの?」


あそこに泊るんじゃなかったの?


非常に珍しく(表情は変わらないけど)焦っているらしい彼女に訊ねると、彼女はあたしをじっと見ている。


「・・・どこか、身体の調子がおかしい事はないか?」


あたし?


「ううん。別にどこもおかしくないよ」


そりゃちょっとは疲れてるけど。


後はお腹が空いてるだけで(だから育ちざかりなんだってば!)


「そうか・・・」


彼女はそう言ったきり考え込んだように黙ってしまった。


何なの?


「あの・・・今夜は?」


もしかして、また野宿とか?


「この先に小さな街がある。そこに泊る」


よかった、野宿じゃなくて。


でも、どうしてさっきのところじゃダメだったんだろう?


「どうして変えたの?」


あたしの問いに彼女は、さっきからずっとあたしを見たままで・・・睨まれているようで怖いんですけど。


あたし、なにかした?


「さっきの街では何かあった時に被害が大きくなり過ぎる」


「なにかって?」


この質問は無視された。


なによ!


いきなり泊る場所を変えたりして!


その理由だって納得出来ないんですけど!!





馬車は街道に出て、走り続けている。


暗闇の中、馬車に月の光が差し込んでくる。


そう言えば、さっき彼女が『双満月』だって言ってたな。


おとといの夜もかなり丸かったもんね。


夜でも明るい筈だ。


あれ?


満月にしてもこれは・・・ちょっと明る過ぎなくない?


眩しいくらいに・・・ってコレ!


あたしが光ってるの!!


あたしの手が、身体が、ぼんやりと明るく光ってる。


なんで!!!


「止めろ」


あたしの向かい側に座っていた彼女は、慌てるあたしに構わず、そう言って馬車を止めると馬車を降りてしまった。


残されたあたしはどうしたらいいのか判らない。


身体中がこんなに光ってって・・・これなに?なんなの?


彼女は戻ると「降りろ」と言ってきた。


どうやら御者をどこかへ行かせたらしい。


馬が一頭外された馬車の周りには誰もいなかった。


「こっちへ来い」


街道に馬車を止めたまま、あたしはヨロヨロと彼女の後について行った。


暗闇でも自分の身体から発してる光で周りが見える。


「気分はどうだ?」


あたしは首を振った。


身体のどこも痛くもないし、これだけ光ってるのに熱くもない。


さっきまであった空腹感ですら、いつの間にかなくなってた。


「怖いくらいに気分が良い」


そう、もの凄く気持ちがいいくらいに疲れも取れてる。


今朝、満足して宿を出た時のように。


どうしちゃったの、あたし?


今日一日、昨日までと同じように一日馬車で揺られてたのに、こんなに疲れてないのはおかしいよ!


呆然とするあたしに、彼女はいきなり腰に下げていた剣を抜いた。


彼女が剣を抜いたのはこれが初めてだったから、驚いた。


なにするつもりなの?


ちょ、ちょっと!


剣を抜いた彼女は寄りにも寄ってあたしにその切っ先を向けてきた!


殺すつもり?


「やめて!」


あたしは思いっきり目を瞑って、我が身を庇うように両腕で頭を覆った。


すると、身体の底から熱い何かがぐっと駆け抜けて出た。


ドン!と鈍い音がしてからバキバキバキって音が聞こえた。


目を開けると、辺りは暗く、あたしを覆っていた光は無くなっていた。


周りの暗さに慣れて来ると、目の前に居た彼女の姿は見えず、目の前の木が何本か折れているのが見える。


「これでようやくお前も自分が魔物だと理解出来ただろう」


その声は後ろから聞こえてきた。


振り返ると彼女が剣を収めて立っていた。


「魔物?」


あたしが?


茫然としているあたしを彼女は馬車へと促した。





あたしが・・・魔物?


身体が光って、疲れが取れて、あの木を折ったのはあたしだって事?


そんなこと・・・信じられないよ!


だって・・・だってそんな・・・


あ、あたしは・・・魔物なんかじゃない・・・筈だもん。


ちがう、ちがう!ちがう!ちがう!


あたしは御者になった彼女の操る馬車で、小さな街へ入った。


促されるままに小さな宿の部屋に入って、食事が出されたけど手が出ない。


茫然と座り込んだままのあたしに彼女が話しかけてくる。


「最初から言っていた筈だ」


そうだけど・・・言われてたけど、信じてなかったもん。


誰だってそうでしょ?


そう簡単に信じられないよ、信じたくないよ。


自分が世界中から忌み嫌われてる存在の『魔物』だなんて。


「あれは・・・あたしがやったの?」


折れてた木は結構太かった。


ちゃんと数えてないけど、3本以上は倒れてた気がする。


「そうだ」


あたしはもちろん、彼女にも怪我は一つもない。


彼女はあたしの正面で剣を抜いてたはずなのに。


「・・・あなたはどうして無事だったの?」


すると彼女は口元に指を立てて、黙るように無言で示すと・・・消えた。


その場から消えてしまった。


「き」


思わず悲鳴を上げそうになったあたしの口を後ろから押さえる手が・・・


「これが私の力だ」


さっきまであたしの目の前に居たのに、今はあたしの後ろに居る。


これが彼女の『魔物』としての力?


そして、あたしの『魔物』としての力は・・・木をへし折ったってこと?


「双満月の夜に力が強くなる者がいる。お前の姉もそうだ」


だからあたしも?


身体が光ったのもそれだから?


「力を使えば力は放出されてしまう。怖がらせて悪かったな」


あたしに力を使わせるために、わざと剣を抜いたってこと?


「もう・・・寝てもいい?」


なんか・・・もう考えたくない。


あたしはベッドに横になった。


あたしは自分が『魔物』だと言われても信じてなかった。


絶対に違うって思ってた。


それでも彼女に付いてここまで来たのは、マーガレットお姉様に会いたかったからだ。


お姉様が生きているなら一目だけでも会いたくて。


ただ、それだけを思って付いて来た。


なのに、やっぱりあたしは『魔物』で。


あたしが『魔物』だと言う事は・・・もう家には帰れないわけで。


もう二度と、お父様やお母様やお姉様達に会えないわけで。


あたしは、どれほど自分が浅はかで考えなしの子供だったのか思い知った。


ベッドの上ですすり泣くあたしに、彼女は何も言わず、昨日と同じように部屋の床に座り込んで夜を過ごしたらしい。





翌朝、泣きながらもしっかり眠ったあたしは、夕べ取りこそねた食事をしっかり取って宿を出た。


昨日、街道で消えた御者は馬と共に戻り、彼女はまた馬車の中に戻った。


「あと、どれくらいなの?」


泣き腫らした顔が恥ずかしかったけど、あたしは相変わらず無表情で黙っている彼女に訊ねた。


「まだ暫らくかかる」


はっきり答えてくれないのも相変わらずだ。


「そう」


あたしにはシャノンとやらの場所までどれくらいかかるのか、本当はどうでもよかった。


だって、『魔物』になったあたしは、そこで生きていくしかないんだから。


あたしたちを乗せた馬車はひたすら北上し、次の日にはバレンツ帝国の国境へ差し掛かった。





また国境の壁をよじ登らされるのか?と思っていたあたしは(今は男装してスカートじゃないから前よりはましだと思ってたけど)意外な方法で越える事になり、驚かされた。









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