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第二話 マーガレット (1)

第二話 マーガレット 11歳



私は生まれる前から、正確には母のお腹に居ると解った時から神殿に預けられる事が決まっていた。


それは母が降嫁した王の妹で、結婚する前は神殿の巫女をしていたからだそうだ。


だから私は生まれ落ちたその瞬間から、神殿の祭司の手に委ねられ、育てられてきた。


神殿には私と同じような立場の子供達が数多くいた。


そしてその出自に関わらず、国を支える祭司として、巫女として教育を受ける。


成長して、そのまま祭司として神殿に仕える者も多いが、女の子は初潮を迎えると巫女としての役割を終えるので、親が迎え入れてくれれば家に帰る事も出来た。


私は12歳になる少し前に初潮を迎え、父と名乗るランドマーク公爵と対面を果たす事になった。


父親は優しそうな人で、私を見て涙ぐんでいた。


「マーガレット・・・大きくなったね。この日を待ち侘びていたよ」



私は恵まれているのだそうだ。


貧しい家から連れてこられた子供の中には、引き取ることを拒む親も数多いと聞いた。


だが、厳しい規律の神殿の中で育ってきた私には戸惑う事が多かった。


母は父と同じように涙を浮かべて迎え入れてくれた。


そして、私の兄弟達。


姉のソフィア、兄のコンラッドとフレデリック、妹のアン。


今まで一度も会ったことのない家族に私は戸惑い、どう接していいのか分からなかった。


両親や姉は外出が多く、兄達は士官学校とやらに通っていて不在がちだった。


従って、まだ幼い妹のアンだけが私と一緒に居てくれた。


「お姉ちゃま、お姉ちゃま」と屈託なく私の傍に居てくれた。


アンのお陰で、私は神殿とは違う、大きな屋敷での裕福な生活に少しずつ馴染むようになった。




不在がちな家族とはいえ、朝食と夕食には出来るだけ家族が揃うようになっていた。


大きなテーブルで父が感謝の祈りを奉げてから食事が始まる。


父の向かい側には母が座り、その両側に子供達が座る。


そして父の右斜め前の席、私の二つ隣の席はいつも空いていた。


子供は五人だから、来客用に空けてあるのか?と思っていたが、一つだけ、というのもおかしい。


来客用の食堂はまた別に存在するし。


ある日、その日の出来事を報告し合う家族の揃った夕食時に私は疑問を口にした。


「フレデリックお兄様の隣が空いているのはどうしてですか?」


それまで談笑していた家族の声がピタリと止んだ。


「あそこはね、ジュリアスお兄ちゃまのお席なんだよ」


アンの無邪気な声に、父がはっとしたように気付いて私に教えてくれた。


「そう・・・マーガレットには伝えていなかったね。お前にはもう一人、お兄さんがいたんだよ。事故で・・・亡くなってしまったがね」


沈んだ父親の言葉に「そうですか」と私は答えてしまった。


兄弟といった存在に不慣れな私は、顔も知らない兄がもう一人いると聞いても、そしてその兄が既に亡くなっていると聞いても、何の感慨も受けなかった。


だが、そんな冷めた反応は姉の不興を買ってしまった。


「随分と冷静なお言葉ね。神殿で育つと感情がなくなるものなの?悲しいとか思わないの?」


姉の言葉は一部が正しく一部が間違っていた。


私があまり感情を現さないのは神殿で育ったからではないと思う。


神殿では、私のようではなく、感情豊かな者達もいたから。


「ソフィア、言い過ぎだぞ。マーガレットはジュリアス兄さんを知らないんだから、仕方ないだろ」


コンラッドお兄様の言葉にソフィアお姉様は睨み返して反論なさった。


「だって、この子は私達の前で笑いもしないじゃないの!いくらずっと神殿で離れて育ったとはいえ、少しも打ち解けないなんて!私達の事を家族と思っていないのよ!」


家族と思っていない、と言うよりは『家族』の概念が分かっていないのだと思う。


けれど、それを口にして姉を怒らせるのも・・・と黙っていると、無邪気なアンが口を出した。


「マーガレットお姉ちゃま、笑うよ?このまえ、一緒にお歌を歌ってくれたとき、笑ってたもん」


アンの言葉に皆は驚いた顔をした。


私は恥ずかしくなって俯いてしまった。


あの時は・・・庭でアンと遊んでいて、アンが覚えたばかりの歌を歌ってくれたのだが、それはまだうろ覚えで、つっかえたところを教えるように歌っただけなのだが。


「みんな、昼間いないんだもん。ずっといっしょにいればお姉ちゃまが笑うところ見られるよ」


アンの言葉に誰も何も言い返さなかった。


昼間、アン以外の人が居ないのは当然だと思う。


皆、忙しいのだし、私はそれを不満に思った事はない。


「言われちまったな~!いくら俺や兄貴が学校にいってて親父やお袋が忙しくたって、姉貴ぐらいは家に居て妹たちの面倒をもうちっと見てやってもいいんじゃね?」


フレデリックお兄様が背を後ろに反らせて、腕を頭の後ろに組むといった些か行儀の悪い恰好で呟いた。


彼は日頃から口の悪さを姉や兄に窘められていた。


どうやら士官学校で友人に影響された下町言葉らしい。


「わ、私は別に遊んでいる訳じゃ・・・」


ソフィアお姉様は視線を逸らせながら呟く。


「そうだね。マーガレットはまだこの家に来たばかりなのだから、私達がもっと一緒に居てあげなければ馴染める筈もなかったね」


父の言葉に私は恐縮してしまって「いえ」と小さな声で答える事しか出来ない。


俯いてしまった私の手を母がそっと握ってくれた。


「そうよね、ごめんなさいね、マーガレット。まだ不慣れなあなたを一人にしてしまって。せっかく戻ってきてくれたのに、母親失格ね」


母の言葉に私は首を振った「いえ、私が・・・」


もっと積極的に馴染もうと努力しない私がいけないのだと思います。


俯いた私は顔を上げる事も、全てを言葉にすることも出来なかった。


「これからはさ、もっと俺達もマーガレットもお互いに一緒に居られる時間を増やして、ゆっくり慣れてきゃいい話じゃねぇの?まだまだ時間はこれからたくさんあるんだからさ。俺や兄貴だって休みに入りゃもっと家に居る事になるし」


な?と私の顔を覗き込むように見詰めて来たフレデリックお兄様に、私は顔をゆっくりと上げて視線を返した。


そして、おずおずと他の人達の顔を見渡せば、お父様は微笑んで頷き、ソフィアお姉様は「あ、明日は予定がないから家に居るわ」と仰り、コンラッドお兄様は黙って食事を続けていたけれど、アンは「ええ~!お姉ちゃまと遊ぶのはあたしが一番先!」と手を挙げてくれた。


「そうそう、もうすぐマーガレットのお誕生日だったわ。パーティの準備をしなきゃ」


お母様が思いついたように両手を合わせて楽しそうに微笑んだ。


「何が欲しいか考えとけよ?」


フレデリックお兄様にそう言われながら頭をポンポンと叩かれた。


誕生日のパーティ・・・ってするものなのか。


それはこの家が裕福だからなのか、神殿以外の家庭では普通の出来事なのか、私にはまだ分からない。


それでも、私を迎え入れてくれたこの家族に馴染むためにも、喜ばなければならない事は解っていた。


コクン、と頷いて、私は少し強張った笑顔を家族に向けた。


私の家族・・・神殿では、その中に居るもの全てが家族だと教えられたが、毎日自分の務めを果たすのに追われていた。


与えられる服と食事と寝る場所に感謝して、自分個人の事など考えた事もなかった。


欲しいもの・・・何を欲しがればいいのか?


それすら私には解らない。





次の日、朝からソフィアお姉様が部屋に来て、着るものを指示され、着替えると鏡の前に座らされて髪の毛を弄られた。


「もう12になるのなら、自分の身形は自分で整えて気をつけなくちゃ駄目よ。長い髪を垂らしたままなんて怠慢だわ」


そう言って、高い位置で髪を一つに纏めてから垂れ下がった髪をもう一度結び大きなリボンで結んだ。


「ほら、こうすれば少しは大人っぽく見えるでしょ?」


鏡の前で首を捻って斜め後ろを見ようとしていると、お姉様が手鏡を渡して下さって後ろを見る事が出来た。


「ね?マーガレットはお母様に似たまっすぐで綺麗な黒髪なんだから、綺麗にしていなきゃ」


そう言ったお姉様は栗色のふわふわとした髪を上半分だけ一つに纏めただけで、髪が緩やかに広がって華やかな感じがしている。


「・・・ありがとう・・・ございます。・・・お姉様」


髪の毛を他人に弄ってもらうなんて・・・初めてかもしれない。


人の手が頭に、髪に触れて梳かれるというのは案外気持ちのいいものだった。


「ねぇ、まだぁ~!」


お姉様に支度をしてもらう間、アンは部屋の隅で待たされていたが痺れを切らしたようだった。


「もう、煩い子ね。どうしてじっと待ってられないの?」


これだからお子ちゃまは・・・と呟いたお姉様にアンは不貞腐れて唇を尖らせた。


「だってぇ・・・ソフィアお姉ちゃまなんて今まであたし達といっしょに遊んでくれなかったくせにぃ・・・お兄ちゃま達に言われたからって・・・ズルイ!」


「ズルイって・・・失礼ね!私は貴重な時間を割いてあなた達と一緒に過ごしてあげているのよ?お姉様の言う通りになさい!」


窘めるお姉様にアンはまだ不服そうだった。


「でもぉ、お部屋の中だけじゃつまんないもん」


「お転婆ね。もう少し待ちなさい、後はお化粧をするだけだから」


そう言ったお姉様は化粧道具を取りだした。


私は化粧などした事がなかったので驚いた。


「そんな、そこまで・・・」


神殿では祭事の時以外に誰も化粧などしていなかった。


「これも女性の嗜みよ」


そう言ってお姉様は私が鏡の前から立ち去ることを禁じた。


眉を整え、軽く頬と唇に紅を乗せられていると、アンがポツリと疑問を口にした。


「そう言えば、どうしてマーガレットお姉ちゃまだけが神殿にいたの?あたしもソフィアお姉ちゃまもお兄ちゃまたちも行かなかったのに?」


その問いにお姉様の手が一瞬、ピタリと止まった。


そして、また手慣れた手つきで化粧を施していく。


「それはね、マーガレットがお父様とお母様の本当の娘だからよ」


「え?あたし達は本当の娘じゃないの?」


アンはソフィアお姉様の言葉に驚いていた。


勿論、私も。


「アンも同じよ。マーガレットと同じ、お父様とお母様の娘。でも、私やコンラッドやフレデリックは違うわ」


「どうして?」


アンの追及にソフィアお姉様は「もう少し大人になったらね」と交わしてしまったが、庭に出て走り出したアンが傍から離れると、私にこっそりと教えてくれた。


「あなたはもう12になるのだから、知っていても構わないでしょう」


そう言ってソフィアお姉様は私に教えてくれた。


お母様は身体が弱くて子供が産めないだろうと言われていた事。


それで両親の遠縁から子供が引き取られた事。


亡くなったジュリアスお兄様とソフィアお姉様とコンラッドお兄様の年が近いのはそのせいな事。


でも、フレデリックお兄様を引き取って間もなく、お母さまに子供が出来た事。


それが私。


そして、王家の血を引き、巫女であったお母様の子供を神殿が攫うように引き取って行った事。


「あなたは私達と違って正真正銘ランドマーク家の娘なのだから、何の気兼ねもせずに振舞っていいのよ」


ソフィアお姉様はそう言って私の頬を優しく撫でた。


言われて見れば、お姉様とお兄様達はあまりお父様やお母様に似ていない?


髪や瞳の色も違う。


「でも、私よりもお姉様達の方が長くこの家で過ごしているのですから、私よりもこの家の家族らしいです」


私の言葉にお姉様は首を傾げてしまわれた。


上手く・・・伝えられないけれど。


「フレデリックお兄様が仰っていたように、家族として長い間過ごしていればその・・・」


血の繋がりとか、本当の親子とかは関係なく、家族なのではないかと思ったのだが。


私の足らない言葉でもお姉様は推察して下さったのか、にっこりと微笑んで下さった。


「そうね、これからゆっくりと家族になっていきましょう。マーガレット」


お姉様に両手をギュッと握られて、私は恥ずかしくなって俯きながら「はい」と答えた。







このお話の人物設定


次女マーガレット 11歳 

長女ソフィア 18歳 

三女アン 8歳 

二男コンラッド 17歳 

三男フレデリック 15歳 


父アルフォンス 40歳 

母クレア 35歳


次はお誕生日パーティです。


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