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第一話 ジュリアス

第一話 ジュリアス 12歳



僕は朝食の席で、その騒がしさにウンザリしていた。


「ねぇねぇ、ジュリアス!今日は演習でティレニアまで行くんでしょう?お土産は髪飾りが良いわ」


能天気な妹のソフィアの言葉に強く反論する気力が萎える。


「バカだな、ソフィア。兄さんは士官学校の演習に行くんだぜ。土産なんて買ってる暇なんかあるもんか」


皮肉屋の弟・コンラッドの指摘にソフィアが剥れる。


「コンラッド!お姉様とお呼びなさい!弟のくせに姉を呼び捨てにするなんて生意気よ!」


「フッ、姉なら姉らしい落ち着きを見せて欲しいもんだね。第一、ソフィアだって兄さんを呼び捨てにしてるじゃないか。妹のくせに」


ソフィアの小言を鼻先で笑ったコンラッドに二人の睨み合いが始まる。


勘弁してくれ。


そして更に


「ぼくも『えんしゅう』にいく~!」


「だだだぁぁ~!」


末の弟のフレデリックとまだ赤ん坊のアンが二人の口論に参加するかのように意味のわからない事を言い出す始末。


「アンタこそ偉そうに!ちょっとばかり勉強が出来るからって!」


「ああ、そう言えばソフィアはこの前、家庭教師に『コンラッド様を見習うように』って言われたんだっけ?バカだと大変だね」


「・・・うるさいよ」


ボソッと呟いてみたが、誰も僕の呟きには耳を貸さない。


「あらあら、賑やかね」


食堂に現れた呑気な母の声に、流石の二人の口論も一瞬だけだが止まる。


「お母様!コンラッドったら酷いのよ!」


「ソフィアがバカなだけだよ」


母親への陳情が始まると騒がしさも復活する。


この二人の犬猿の仲さ加減は半端ない。


「まあ、二人とも。早く食事を済ませて笑顔でジュリアスをお見送りしてあげましょうね。演習から戻るのは1週間後ですもの」


優しい母はそう言って微笑んだ。


母は決して激昂して僕達を怒ったりはしない。


だからこそ、僕達はみんな黙って穏やかな仲裁を受け入れるしかないのだ。


優しくて美しい母の笑顔に敵う者はこの家にはいない。




「気をつけてね、ジュリアス」


「いってらっしゃい」


僕は家族に見送られて家を出た。


騒がしい家族から数日の間、離れられる事が嬉しい。


今年、入ったばかりの士官学校で行われる隣国・ティレニアでの演習は初めての遠出で期待と不安に溢れていた。


騎乗したまま進む街道は初夏の日差しと彩に溢れ、演習だと言うのに遠足気分が抜けない。


王都から離れるに従って、街道沿いの人影は消え、建物が減り、自然が多くなってきた。


「道が悪いなぁ・・・」


跳ね上がる泥を気にする者の声に苦笑する。


「昨日、かなり降ったからね」


今は晴れ渡っているが、昨日の雨は風と共に強いものだった。


「泥なんか今から気にしてどうするんだ?演習だぞ」


嗜める声にまたしても苦笑する。


「でも、ブーツが汚れるよ」


士官学校の生徒は、皆、貴族の子弟ばかりで育ちがよいから、多少甘えた言動も多い。


ましてや、入学してまだ3カ月も経っていないから、演習の厳しさなどわからない。


士官学校は国王への忠誠心と愛国心を育み、国の防衛の重要性について学ぶ、貴族の子弟の登竜門となっている。


その成績と実力如何で宮廷や近衛隊・防衛隊への配属が決められて地位も決まる。


僕は一応、公爵家の長男なので、それなりの成果を挙げてそれなりの地位を獲得しなければならない。


両親の為だけではなく、妹や弟達の為にも。


決意を新たにして、手綱を握りしめると、カラカラという音が聞こえた。


『逃げて!』


どこからか声が聞こえた気がした僕は、回りを見渡した。


すると、左側の崖の上から石が転がり落ちてきた。


「土砂崩れだ、早く逃げろ!」


その声に、皆が馬に鞭を入れたが、素早く反応出来たものは少ない。


「うわぁっ」


「ああっ」


隊列は乱れ、僕の馬も騒ぎの大きさに驚いてしばらく走った後に僕を振り落とした。


落馬した僕は肩を強く打って、その痛みに呻き声をあげながら後ろを振り返った。


無事に走り去った者達以外は人馬共に崩れ落ちてきた土砂に埋もれてしまっている。


助かったのか?


そう思いながらも僕は意識を手放した。






目が覚めた時、僕はベッドの上で寝ていた。


ズキズキと頭が痛む。


ぶつけたんだろうか?


そう思いながら起き上ろうとすると、肩が痛んで起き上れない。


ベッドの傍のテーブルには吸い飲みが置いてあった。


『水・・・欲しいな』


まだ朦朧とする意識の中、手を伸ばそうとした。


すると、吸い飲みが近づいて・・・浮いてる?


これは夢なのか?


僕はガシャンというガラスの割れる音と、悲鳴を聞いた様な気がしたが、意識はまた深く沈んだ。






「・・・でも、それはまだ・・・」


「いや、早い方がいい」


意識が浮上して声が聞こえてきた。


これは父の声?


もう一人は誰だろう?


そんな事を考えているとまた意識は深い闇に閉ざされた。






士官学校の演習に向かう途中で起きた土砂崩れから1週間後。


僕は包帯も取れぬ身のまま、馬車に揺られていた。


事故から2日後にはっきりと意識を回復した僕に告げられた事実に茫然となった。


僕は12名の同級生と共に亡くなった事になっていると。


そして、もう二度と家族とは会えぬままにシャノンへ行けと言われた。


それが僕が生き伸びるための唯一の方法だと告げられた。


シャノン・・・聞いた事のない地名だった。


そこは、僕のような『魔物』になった人々が暮らす里だと教えられた。


『魔物』・・・僕はあの事故によって魔物になってしまったらしい。


怪我や病気になった後、魔物に変わってしまう人がいるとも聞いた。


魔物・・・それは人々から恐れられ、憎まれ、追い立てられる人外の者。


まさか自分が魔物になるなんて・・・僕は未だに信じられない。


でも、掌にグッと力を込めるとボゥっと熱が集まるのを感じる。


こんな事は今までになかった事だ。


何かが僕の中で変わってしまったのは確かなようだ。


ただ、それよりも・・・僕は家を出た時に感じた家族への疎ましさを悔いていた。


もう二度と会えないのなら、あんな事を考えるんじゃなかった。


父は威厳に満ちて尊敬出来る人だった、母は優しくて美しい人だった。


両親の仲はとても良くて、裕福な家庭だった。


妹のソフィアは生意気でおしゃまだが、僕を慕って可愛い子だった。


弟のコンラッドは皮肉屋だが、頭が良くて勤勉な努力家だった。


もう一人の弟のフレデリックは僕やコンラッドの真似をしたがって、腕白だった。


もうすぐ初めての誕生日を迎えるアンは皆の宝物で、最初に誰の名前を呼ぶのか皆で賭けをしていた。


煩くても、うっとおしくても、愛しい僕の大切な家族だった。


そんな家族にもう会えない。


もっと大事にするべきだった。


もっと言う事を聞いてやればよかった。


だが、後悔してももう遅い。


国の重鎮である父・ランドマーク公爵の息子が魔物であってはいけない。


僕は家族の為に、自分の為に、家を捨てて名前を捨てて、これからシャノンで生きていかなければならない。


馬車を何度か乗り継いで、僕はシャノンの里に辿り着いた。


「ようこそシャノンへ。ユーリ、これからここが君の家、そして家族となるんだ」


シャノンの里長はそう言って僕を迎え入れてくれた。


ジュリアス・ランドマークとして12年間生きてきた僕は、これからユーリとして魔物として生きていく事になった。




このお話での人物設定


長男ジュリアス 12歳 

長女ソフィア 11歳 

二男コンラッド 10歳 

三男フレデリック 8歳 

三女アン 10カ月 


父アルフォンス 33歳 

母クレア 28歳 


この次のお話は7年後から始まり、主役も変わります。

アレ?次女は?と思った方、彼女が次回の主役です。






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