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番外編 公爵家侍女メアリの呟き その5


以前に拍手として掲載していたものの続きです。

第二部第十話とリンクしています。


第三者から見たランドマーク公爵家のお話です。


その5 メアリ45歳・公爵家の未来




フレデリック様の慶事という、僅かな希望を持ち始めて2年ほど経った頃の事でございました。


最悪の事態が公爵家を襲ったのは。


それまでも、バレンツ帝国で大きな地震が起こったり、アドリアに津波が起きたり、周りの国では色々と災害に見舞われる事が多い時期ではございました。


その為、公爵様もコンラッド様もいつもお忙しく、お身体を壊されるのではないかとご心配申し上げておりました折の事でございます。






その日は朝から嫌なお天気でございました。


どんよりと曇って、今にも雨が降り出しそうで。


フレデリック様は長期のご出張とかでご不在でいらっしゃいました。


きっと、公爵領にいらっしゃるのだと噂する者もございましたが、わたくしもそうではないかと思っておりましたけれども、表向きは『お仕事』となっておりました。


公爵様とコンラッド様が寂しくお二人で朝食を済まされ、宮廷へといつものようにご出廷なさって間もなくの事でございました。


降り出した雨にずぶ濡れになった警官が、公爵様とコンラッド様の訃報を伝えに参ったのは。


最近、増えているとは耳にしておりました。


農作物の出来が悪く王都への出稼ぎ者が増え、不況の煽りで失業者も増大している為か、強盗や夜盗の類いがセヴァーンを横行していると。


ですが、まさか、そんな大変な世の中を少しでも楽にしようと働いていらっしゃる公爵様達が暴漢の手に掛かるなどとは、思ってもおりませんでした。


この世に神はいらっしゃらないのでしょうか?


こんな非道な真似をお許しになるなんて。


知らせを受けた、執事のマイケルさんが引退されて後を引き継いだロバートは、まだ不慣れな為か些かうろたえ気味で、わたくしが色々と指示を出す羽目になりました。


まずは、フレデリック様に至急連絡を取り、お戻りいただくように手配し、お戻りに合わせて葬儀が出来るように手配の準備を済ませ、ご親戚にお知らせしなくてはなりません。


わたくしは今までになく、冷静に対処しておりました。


それは、心のどこかで、公爵様もコンラッド様も奥様やソフィア様の元へ逝かれた事に安堵していたからかもしれませんし、お二人が長い悲しみと苦しみから解放されたのではないかと思ったからかもしれません。


奥様が亡くなられて5年、ソフィア様が亡くなられて3年が経っておりましたから。





フレデリック様は7日後にお戻りのご予定を切り上げて2日後にはお戻りになられ、ご葬儀は滞りなく済ませられました。


遂に公爵家はたった一人、フレデリック様だけが残される事になったのでございます。


その後、慌ただしくフレデリック様が公爵位と共に宰相の地位を引き継ぐべく準備が始まりました。


ティモール王国の宰相位は3つある公爵家が代々務める決まりだそうでございます。


公爵様が宰相になられてまだ5年余りでございましたので、他の公爵家で宰相を引き受けられる事が出来る方がどなたもいらっしゃらなかったそうでございます。


公爵領の管理を任されていらっしゃるローレンス様もしばらく滞在なされて、色々とお手伝いをされていらっしゃいました。


流石に軍隊で鍛えられたフレデリック様も、その厳しいスケジュールに音を上げられる事も屡ございました。


「あ~!めんどくせぇなぁ!!どーしてこんなに後から後からやる事が出て来るんだ?コンな事、平気なツラしてやってた親父や兄貴が信じられねぇや!」


軍人から政治家へと、急に転身する事になったフレデリック様にとっては慣れぬ事ばかりで、愚痴が漏れるのも致し方ない事なのかもしれません。


「公爵なんて、俺には一生縁がないもんだと思ってたのによ・・・人生、何があるか判んねぇもんだよな」


ご家族を全て亡くされてしまったフレデリック様は、お寂しそうにそう呟かれました。


そして「こんなにきっちりキレイに纏めとくなんざ、兄貴の細かい性格が出てるよなぁ」と苦笑されてもおりました。


わたくしは少しでも明るい話題をと思い、こんな事も申してみました。


「フレデリック様、わたくし最近、バレンツ語を習い始めたんでございますよ」


「あ?なんで?」


もう!察して下さればいいものを!


「『はい』は『ダー』で、『宜しいですか?』は『モージュナ?』で宜しいんですよね?」


未だにこんな言葉しか覚えられませんでしたが、それでも勉強は続けていたのです。


バレンツよりお見えになられるであろう未来の奥方様の為に。


フレデリック様が公爵位を継がれて、噂の方が興し入れになれば、活用出来る日も夢ではありませんし。


そうです!公爵様が奥様とご結婚なさったのも、先代公爵様が急病で亡くなられて、公爵位を引き継がれたそのすぐ後だったのですから!


新しい奥様をお迎えする準備もしておいた方が宜しいのでしょうか?


「時に、フレデリック様。ご結婚のご予定はどうなっていらっしゃるのですか?」


ついつい、待ち切れずに伺ってしまったわたくしの言葉に、フレデリック様はゲラゲラと下品な笑い声を大きく立てられました。


「なんだよ、俺の行状は全部知れ渡ってるってワケなのか?メアリの情報網も侮れねぇなぁ・・・そういや、ガキの頃も俺が悪戯で隠した兄貴達や姉貴のモノを一番に探し当ててたもんなぁ」


またお小さい頃の事など持ち出して誤魔化すお積りなのでしょうか?


「フレデリック様は隠し場所がいつも同じところでございましたからね。簡単でございましたよ」


本当は探し易い場所にわざと隠されたと言う事も存じ上げておりますよ。


特にアンお嬢様の物などは、お嬢様が泣き出される前に見つかる様に気にしていらっしゃった事もございましたね。


本当に言葉遣いは悪くなってしまわれましたが、ご兄弟の中で一番お優しい方でいらっしゃいました。


そんなフレデリック様がお迎えになられる奥方様ならば、どれほど素晴らしい方なのでしょうか?


わたくしはとてもとても楽しみにしておりました。





そして、全ての準備を整えて、フレデリック様が新たなランドマーク公爵になられて暫く経ったある日の事。


お仕事でバレンツ帝国へと向かわれていたフレデリック様はお戻りになられると「結婚が決まったぜ」と告げられました。


急な事に驚くわたくし共に知らされたお相手は・・・アンナ・イワノブナ・バレンツ・・・な、なんと!バレンツ帝国の皇女様でございました!


てっきり帝国の貴族のご令嬢だとばかり思っておりましたのに。


まさか、皇女殿下で在らせられるとは・・・


いいえ、それとも公爵領で密会されていたお相手は別の方だったのでしょうか?


「いや~!皇女サマと結婚なんてぜってー無理だと思ってたんだけどさ。公爵になっちまったから、もしかして・・・と思ってたら、なんとかなっちまった!世の中ってどう転ぶかホント判んねぇもんだなぁ」


ガハハ、と豪快に笑うフレデリック様は、それでもとても嬉しそうにしていらっしゃいました。


「しかし、それでは帝国から皇女様付きの侍女がやっていらっしゃいますね?わたくしなどはお暇を取らせていただいた方が宜しいかと存じますが?」


わたくしのバレンツ語も一向に上達致しませんし、ここが引き際でございましょうか?


「なに言ってんだ?この家の事はメアリが一番よく知ってんだろ?お袋だって姉貴だって、みんなメアリを当てにしてたんだからさ」


優しいフレデリック様は嬉しい事を仰って下さいます。


「あいつも皇女様ってガラじゃねぇから、きっと侍女なんて連れてこねぇぜ?大丈夫!あいつはティモール語も達者に喋れっから。もうヘタクソなバレンツ語なんて勉強する必要もないぜ?」


言葉遣いはともかく、口が悪い処はコンラッド様の影響でしょうか?


こうしてわたくしは、3人目の公爵様と3人目の公爵夫人にお仕えする事になったのでございます。





暫くしてお見えになられた新しい奥様、アンナ様は、マーガレットお嬢様が生きていらっしゃれば同じ年の、アンお嬢様のお名前をバレンツ語にすれば同じお名前といった不思議なご縁を持たれた方でいらっしゃいました。


白に近い銀髪と赤い瞳は『不吉』だと申す者もございましたが、美しい方でいらっしゃいました。


フレデリック様とお並びになられると、よくお似合いのお二人でございました。


心配された言葉も、フレデリック様の仰った通りに問題なく、流暢なティモール語を話され、わたくしにもお声を掛けて下さいました。


「フレデリックから公爵家の事はあなたに聞くようにと言われている。私は軍人上がりで帝国の者だから、知らない上に不慣れな事が多いが宜しく頼む」


帝国では女性の軍人も居ると伺った事がございましたが、まさか新しい奥様がそうだとは・・・


わたくしは些か唖然となりながらも、率直に申し伝えて下さった新しい奥様に少しばかり引き攣った笑顔を向けました。


「帝国とは違った習慣などもございましょうが、何なりとご遠慮なく、わたくしにお申し付け下さいませ、奥様」


そうです!新しい奥様は帝国の方なのですから、ぶっきら棒な喋り方や硬い表情は慣れていらっしゃらない上に、きっと緊張なさっていらっしゃるだけなのでございましょう。


わたくしは自分と他の使用人たちにも強く言い聞かせて、新しい奥様の為に働く事に致しました。


けれど、新しい奥様の喋り方や硬い表情が緊張などではなく、それが元々のご性格とご気性なのだと気づくのに時間はかかりませんでした。


言葉遣いは軍人でいらっしゃった所為でございましょうし、表情が硬いのも同様の理由からかもしれません。


ですが、それに慣れてしまえば、新しい奥様は軍人であったが故に、質素を好み、無駄を嫌われ、真面目で勉強家でもいらっしゃいました。


一生懸命、公爵家の気風に慣れようと努力される様は、手をお貸しするのに何の躊躇いもございませんでした。


少しずつではございましたが、新しい奥様はティモールとランドマーク公爵家に慣れ親しんでゆかれたのでございます。


公爵位だけでなく、新たに宰相の地位まで得られたフレデリック様もお忙しそうにしていらっしゃいましたが、ご夫婦の仲は・・・表面上は余りよいとは申せませんでしたが、新しい奥様付きの侍女が申しますには、湯浴みの際に拝見した奥様のお身体に、その・・・お二人の仲の良さが良く窺えたそうでございます。


その調子であれば、後はお二人のお子様がたくさん増えて、以前のような活気のある公爵家に戻る日も夢ではないのだと思いました。


わたくしも年を取りましたが、新しい公爵ご夫妻のお子様たちなら、何人でも追いかけ回して見せますとも!





そんなある日の事でございました。


わたくしは不思議な夢を見たのでございます。


新しい奥様のアンナ様に手を取られて、どこかへ参りますと、そこにはお若いアルフォンス様とクレア様がいらっしゃいました。


お二人ともお幸せそうで、にこやかに笑っていらっしゃいました。


わたくしも若い頃に憧れて、見ているだけでも幸せになれる懐かしい光景でございました。


そして、わたくしに向かって微笑んで下さったのでございます。


「メアリ、僕達は幸せに暮らしているから安心しておくれ」


アルフォンス様がそう仰ると、クレア様はお歌を歌って下さいました。


公爵家のご家族や使用人達がみな聞き惚れたクレア様のお歌でございました。


わたくしは涙が零れて来るのを止める事が出来ませんでした。


公爵家に仕えてもう30年を超えました。


その間に辛く悲しい事も多々ございましたが、嬉しい事や楽しい事も多くございました。


わたくしは今まで公爵家にお仕えして来た事を後悔した事は一度もございませんでした。

幸せな人生であったと断言出来ます。


こんな不思議な夢を見るとは・・・もしかしてお迎えが参ったのでしょうか?


「あの世で見たかったものが見られるとは、わたくしは幸せなのかもしれません」


そう呟くと、ここへ連れて来て下さったアンナ様が怒ったような低い声でこう仰いました。


「何を言う。あなたはまだまだこれからも公爵家に必要な人だ。あの世に行くのは当分先にしてもらおう」


公爵家のみなさまは今まで何度もそう仰って、わたくしを度々引き留めて下さいました。


人に必要とされる事は生きている意味がある事で、生きる甲斐にもなります。


「ありがとうございます。奥様」


そうですね、わたくしにはまだやる事が残されていると、必要だと仰っていただけるのなら、アルフォンス様やクレア様の元へ行く事は叶いませんね。






「それに、彼らは生きている。何を勘違いしたのか知らないが、あれはユーリとマルガリータ。いや、ジュリアスとマーガレットだぞ?」


え?


ジュリアス様とマーガレット様?


生きて・・・生きていらっしゃったのですか?


わたくしは奥様のお言葉に耳を疑いました。


「ほ、本当ですか?」


「ああ、もちろんだ。アンナ・・・アンも生きている」


会わせる事は出来ないが、と仰られましたが、そのお言葉だけでも十分でございます。


「・・・お元気で・・・お幸せでいらっしゃいますでしょうか?」


あの健気で可愛らしいお嬢様は。


あふれる涙を堪える事が出来ないわたくしに、奥様は力強く答えて下さいました。


「ああ、元気で幸せそうだ。あの子はどこに居ても立派にやっていける子だ」


そうだろう?と問い掛ける奥様のお言葉にわたくしは何度も何度も頷いて応える事しか出来ませんでした。






目が覚めると、そこはわたくしの寝室で、夢にしてはとてもリアルで、泣き腫らした眼が夢か現か定かではございませんでしたが、夢だとしても素晴らしい夢でございました。


朝食の席で、わたくしは奥様に「ありがとうございます、奥様」と一言だけ告げました。


すると訝しんだフレデリック様から「何やったんだ?アーニャ」と問い質されてしまいましたが、奥様は慌てず騒がず、たった一言だけ、こう仰いました。


「ちょっとした魔法を遣っただけだ」


もしかして、フレデリック様はご存じないのでしょうか?


ジュリアス様にマーガレット様、そしてアンお嬢様までがお元気で生きていらっしゃる事を?


いえいえ、あれは奥様がわたくしに見せて下さった魔法。


幻でございます。


それでも、年老いたわたくしにとっては何よりの魔法でございました。


アンお嬢様はずっとマーガレットお嬢様が生きていると信じて神殿に通い続けていらっしゃいました。


昨夜の出来事は、例え夢でも素晴らしい出来事でございました。


信じ続けるに値する出来事でございます。


どこかの地で、ジュリアス様とマーガレット様とアンお嬢様が元気で幸せに生きている。


そう思う事が出来るだけでも、わたくしはこれからも頑張って生きていける事が出来ます。


このランドマーク公爵家で。


新しい公爵ご夫妻と共に。


まだまだ続いて行く公爵家の歴史を出来るだけ長く見守り続けて参りたいと願う所存でございます。
















これは随分と前に書き上げてしまったので(最終話よりも前に)後から辻褄を合わせる為に修正を施す羽目になりました。


アーニャに瞬間移動の力を遣わせる為に最終話でマルガリータに力を貰う羽目にもなったし。


本編では誰も一度も触れていませんが、メアリは公爵家の人々からとても愛されている人なのでした。


この後も考えていない訳ではありませんが、これで終了とさせていただきます。


拙い作品ですが、読了お疲れさまでした。

評価やお気に入り登録と共に深く感謝いたしております。


ありがとうございました。


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