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第九話 ルイス 魔物

第二部第九話 ルイス 魔物




リアードからエルベに辿り着くまで、俺達は3週間も掛かってしまった。


どうしてそんなに時間が掛かったのか?


リアードがある場所があまりにも僻地過ぎて、エルベに続く街道まで出るのに時間が掛かった事もあるが、アンナにプレートや地震の発生原因について叩き込んでいたら遅くなっちまった。


何しろ、街道に出なきゃ街もなくて、馬の交換は出来ないし宿にも泊れないから。


いや、違うな。


俺は怖かったんだ。


アンナを連れてエルベに向かう事が。


俺に彼女を守れるのか?


神殿から、猊下から守り抜く事が出来るのか?


『月の巫女』である彼女を神殿に利用されないように出来るのか?


リアードの奴らは信用出来るのか?


不安で、怖くてたまらなかった。


肝心のアンナは呑気に構えてて、危機感が足りなさ過ぎる。


『大丈夫だよ』って何を根拠にそんな事が言えるんだ?


俺が一緒だから?


そんなに俺を信用するな!


俺は祭司としてはまだまだペーペーの部類で、師匠のクレメンスは神殿の中で名が通っていても、その弟子はエルベの総本山じゃ誰にも知られてねぇっての!


ああ、そうさ!


俺は宛ら伏魔殿のような神殿が怖いんだよ!


自分一人じゃ、とてもじゃないが太刀打ちなんて出来ない事は良く判ってる。


それでも、アンナが行くと言ってるんだ。


行かない訳にはいかない。


だが、恐怖が俺の足を鈍らせる。


お陰で、エルベに辿り着いた時、リアードの長であるミシェルに出迎えられる羽目になっちまった。


「遅かったですね」


苦笑しながら出迎えたミシェルに俺は憮然として言い返す事しか出来なかった。


「こいつの物覚えが悪くてな」


他人の所為にしてはいけない。


案の定、アンナが抗議の声を上げた。


「酷いよルイス!あたしだって一生懸命覚えようとしてたんだよ!」


判ってる、お前は悪くない。


アンナは嫌がりながらも必死で地学の知識を頭に詰め込んだ。


最初、余りやる気のない素振りに大した期待はしてなかったが、アンナは思っていた以上に呑み込みが早かった。


特に記憶力は悪くない。


理論づけに成功すれば、水を吸い取るスポンジの様にどんどん吸収していった。


遅れた原因は全て俺にある。


ミシェルは俺達よりも早くエルベに着いていたらしい。


「どうしてこんなに早く?」


アンナが驚いたのは無理もない。


壊滅したと言ってもいいリアードの里長である彼は、怪我人を含めて残された里の人達を安全な場所へと預ける作業があった筈なのだ。


「簡単な事です。『神の遣い』を呼び戻したのですよ」


成程、神殿に良い様に遣われてるってアノ集団を呼んだって訳か。


聞けばミシェルは予知だけでなく遠話と呼ばれる力も持っているらしい。


そして、彼に案内されるままに向かった先は。


「猊下がお待ちでいらっしゃいます。『月の巫女様』」


エルベの都の中心にある、マトフェイ神殿の総本山、祭司長が居る場所だった。


気づけば俺達はすっかり囲まれていて、黙って従う他に道はなさそうだ。


クソっ!


エルベに辿り着いた途端にこれかよ!


こんなんで俺がアンナを守る事なんて出来んのか?






クソッタレ!クソッタレ!クソッタレ!


俺とアンナを中心に10人以上の奴らが前後左右に囲ってる。


俺一人が抵抗したところでアンナを逃がす隙なんて無い。


「ルイス殿、どうか無駄な事はお考えにならぬようにお願い致します」


しっかりとミシェルに釘を刺されるし。


そうだよな、こいつ等は『魔物』だ。


俺が考えてる事なんざお見通しだよな。


俺達を取り囲んでいる奴らが『神の遣い』なら、こいつ等みんな『魔物』だって事だ。


誰がどんな力を持っているのか判らない。


アドリアに、神殿に刃向かう奴等を討伐している、と言えば聞こえはいいが、所謂反逆者を狩る暗殺集団だ。


アンナはともかく、俺なんて抵抗した途端にバッサリ殺られちまうだろうな。


「我らは望んで手を血に染めた訳ではありませんよ。それに先程も申し上げましたが、あなたが無駄な抵抗さえしなければ我々も無駄な殺生は致しません」


そうですか、それはどうも。


あ~~!!口を利かずに意思の疎通が出来るのは便利っちゃ便利だが、考えがダダ漏れってどうなんだ?


俺はミシェルからこうやって時折、警告と言う名の忠告を受けながら、俺なんかが一度も入った事がない様な総本山の奥へと通された。


神殿の中で祭司や巫女が身に纏うのは、くすんだ灰色の貫頭衣のようなシンプルな服だ。


巡礼の際には祭司も巡礼者も茶色のローブを羽織るが、これは巡礼の際だけと決まっている。


神殿の総本山であるここでは祭司は白い貫頭衣を着ている。


ティモールでは白い貫頭衣は巫女長ぐらいしか身に付けられないものだが、祭司長に近い立場にいる祭司達には白が許されているらしい。


何度かここに来た事のある俺でも白い貫頭衣を着た祭司がうろつく場所まで来たのは初めてだ。


ちなみに俺達を囲んでいる奴等は見事に黒づくめの衣装を身に纏っている。


俺やアンナはごく普通の旅姿のままだし。


周りから当然浮いてるが、誰も俺達を気に止めない。


これもこいつ等の力なんだろうか?


「違いますよ」


またしてもミシェルに俺の考えを読まれたようだ。


「全ては猊下のお力です」


全て?


「こちらです」


漸く辿り着いた大きな扉が開き、ラスボスとのご対面だ。






俺は正直、猊下・・・祭司長が居る場所だから、きっと国王の謁見場所の様に、だだっ広い広間のような空間に紅い絨毯が通路の様に敷きつめてあって、その先に玉座の様な椅子の上で祭司長がふんぞり返っているものだとばかり思ってた。


ところが実際はどうだ?


さほど広くない部屋には大きな円卓が置いてあるだけで、椅子の一つにポツンと一人の少年が座っているだけだった。


え?あれが祭司長?


確かに、以前見掛けた、と思っていた、祭司長らしき奴は長くて白いローブを引き摺っていて、フードを深く被っていたから顔はもちろん見えなかったが、小柄だなとは思ってたけど・・・ガキかよ?


ただ、アーニャのように真っ白な髪に赤い瞳が異様と言えるが。


「お前の発想は些か貧弱だな、ルイス」


声変わり前の子供の様な声が聞こえた。


俺とアンナ以外のミシェルをはじめとした黒い集団は部屋に入ると膝間付いて顔を伏せてるし、アンナもポカンと口を開けてるだけだし、高飛車な物言いをしたのはこの部屋に最初からいたガキしかいないよな。


考えたくはないが、こいつが諸悪の根源である祭司長なのか。


「クレメンスはお前にどんな教育をしたのだ?不遜にも程があるだろう?今はまだ、仮にもお前の上司である儂に対する礼儀がなっとらんな」


声や姿は若くとも、言葉は老成してるなコイツ。


「拝謁を賜り光栄に存じます、猊下」


祭司は神に使える身なので、例えどんなに身分が上の人間に対しても決して頭を下げないのが基本だ。


挨拶をする時は両手を組み、膝を軽く折って腰を下げるだけだ。


睨みつける様な表情の顔を下げずに、祭司としての挨拶をした俺の表情は不遜極まりないものだったと思うが、祭司長は俺の挨拶を鼻で笑い飛ばしてそれ以上の言及をしなかった。


そして、視線を俺から口を開けたままのアンナへと移した。


「お前がクレアの末の娘か・・・あれを王宮に戻したのが正解だったとは」


クレアって誰の事だ?


「・・・お母様をご存じなのですか?」


ああ、公爵夫人の事か。


そう言や、こいつの母親は、昔、神殿の巫女長をしてたとか聞いた事があったな。


元は王女だったとか聞いたし、ティモールの先代国王の母親はアドリア出身の筈だ。


アンナとその姉はバリバリ高貴な血筋ってヤツなのか。


「儂はこの地位に就いてまだ大した月日は経っていないが、こう見えてもお前達の何倍も長く生きている。そこにいるミシェルは儂の弟の息子、つまり甥にあたる」


茫然と祭司長の言葉に反応したアンナの問いに帰ってきた言葉に、俺もアンナも驚いた。


ミシェルはどう見ても40より若くは見えない、例え痩せていて苦労の末に老けて見えるとしても。


その伯父っつたら・・・ゲゲッ!60とか70より上って事か?


老成してんのは言葉だけじゃなくて中身もかよ。


「ルイス、お前の恐怖を捻じ伏せようとして張る虚勢の言葉は煩さ過ぎるな。黙っていられないのなら退室させるぞ」


・・・参りました。


さっきから俺の思考を拾っていたのは、目の前の祭司長で、ミシェルはただそれを中継されて受け取っていただけか。


どんだけ凄い力を持ってんだ?こいつは。


「『力』が強くなければ『猊下』などと呼ばれる身分に成れない事は聞いているだろう?」


祭司長は俺をチラリと見てからアンナに話し掛けた。


アンナもチラリと俺を窺ってから頷いて見せた。


俺はグッと歯を食いしばる様に息を呑んで彼女の傍らに近付き、その手をギュッと握った。


俺には力がある訳じゃないが、誰よりもアンナの傍に居て励ます事ぐらいは出来る。


逆にそれしか出来ないとも言えるが。


祭司長のガキは、そんな俺達を見てフッと笑った。


あ~あ~すみませんね!ガキは俺です!


「代々、祭司長を務める者には強い力が求められる。その為に禁忌を犯し続けた結果、儂の様に成長が止まったり、ヨアンナのように身体が欠損していたりするのも存じておるだろう?」


「ヨアンナさんをご存じなのですか?」


知り合いの名前が挙がって驚いたらしいアンナが叫ぶ。


「あれは子供が産めぬのでバレンツへと遣わしたのだが、お前をここへと導いたのだから十分役に立ってくれた事になるのだろうな。先読みの力もそこそこ使えたらしい」


ヨアンナが誰だか知らないが、使えるとか使えないとか、まるで物扱いだな。


アンナの手が俺の手をギュッと握り返して来る。


祭司長の言葉に憤っているらしい。


「俺までこんな所へ連れて来て、一体、俺達に何の話があるんだ?」


さっさと用件を話せよ!クソジジィ!


「そう急くな。話の順序と言うものがある」


俺は短気なんだよ!


苛々とする俺を前に、祭司長は一息吐く様にゆっくりと卓上の水を一口飲んでから、漸く話を続けた。


「醜く無様を曝しながらも、追い求めた強い力は万能ではないのだ。アドリアの弱小化は進み、神殿の腐敗を許し、災厄を止める力もない。こうしてお前達『月の巫女』に助力を頼まねばならぬ」


おい!それじゃ・・・


「その知識だけは誰よりも豊富な小僧から教え込まれておろう?間もなく訪れる『災厄』の被害を最小限に抑えるべく力を貸して欲しい」


そりゃそうだろうさ、お前達の間ではアンナとその姉の『月の巫女』が救世主だとかなんだとか話題になってるらしいからな。


問題はその後だ。


素直にホイホイと引き受けちまいそうなアンナの手を強く握って引き止め、代わりに問い質す。


「こいつだけにやらせるつもりなのか?」


アンナの力を利用するだけ利用して、その後どうするつもりなんだ?


そこにいる『神の遣い』とやらと同じ様に神殿で飼うつもりなのか?


それとも、ご褒美に解放してくれるってか?


「無論、儂達も出来得る限りの手を貸すし、それなりの報酬も考えてある」


報酬だと?


「来るべき災厄の際に『魔物』であるお前達が救ったのだと広く世間に知らしめ、『魔物』に対する排斥を止めさせるべく努力しよう」


そんな事が出来るのか?


「本当ですか?」


訝しむ俺とは逆に、アンナは期待に瞳をキラキラと輝かせて祭司長を見詰めている。


オイオイ、そう簡単に信じるんじゃねぇよ!


見掛けはガキでも、中身は老獪なジジィなんだぞ!


「本当だ。『魔物』がいつまでも排斥され続ける事は儂達にとっても何の利益も生まぬのだからな」


それは、確かにそうかもしれないが。


「こやつ等『神の遣い』も『魔物』に対する偏見を少しでも無くす為にと考えたのだが、腐りきった権力の亡者に良い様に利用されるだけに留まってしまった」


大いなる力をお持ちの祭司長ですら儘ならないとはね。


いやはや、神殿の腐敗はとことん進んでんだな。


このまま素直にこいつの言い分を信じる事は出来ないが。


「どうやって『魔物』に対する排斥を止めさせるつもりなんだ?」


大陸に、世界中に知れ渡っている事で、各国が共通して取り組んで来ている事だ。


『魔物』に対する恐怖と嫌悪はそう簡単に拭えるとは思えない。


それでも何か打つ手があるのか?


「大切なのは演出とタイミングだ」


俺の問いに祭司長はニヤリと笑いながら、随分と抽象的な答えを返して来やがった。


猊下との最初の謁見は取り敢えずそこまででお開きとなった。


あと10日ほどで訪れる双満月までの間、俺達は神殿に留まる事を許された。


監禁されたとも言えるが。






祭司長と顔を合わせた部屋を出ると、恰幅のいい年配の祭司が、つまりは豚みたいに肥えたジジィがミシェルに声を掛けて来た。


「おや?ミシェルではないか?わざわざ神殿までお主が出向くとは珍しい」


さっきまで俺達は周りに見えてはいなかったようだが、今は見えてんのか?


だが、そのデブは俺やアンナには目も向けない。


ミシェルだけに視線を向けている。


話しかけられたミシェルも慌てず騒がず平然と答えている。


「お久しぶりでございます、ユーグ様。この度はリアードが見舞われました災害のご報告に伺いました次第でございます」


ユーグだと?


確か、エルベにおける魔物排斥派のトップの名前じゃなかったか?


「おお、そうであったな。何とも気の毒な事だ。聞けば里は全滅だと言うではないか?災難であったな。折角『神の遣い』として神殿に仕えられる様になった矢先だと言うのに」


全滅って、何の事だ?


唖然として声を上げそうになった俺を、傍に居た黒づくめの一人が袖を引いて黙るようにと首を振る。


「はい、誠に運悪く『神の遣い』も悉く失ってしまう事態となり、老い先短い私だけが生き残る羽目になってしまいました」


おいおい、おっさん!


ユーグのジィさんには俺やアンナだけでなく黒づくめの野郎どもまで見えてないのか?


「生き残ったお主だけでも精一杯猊下に仕える事こそが亡くなった者達への供養ともなろうぞ」


言ってる言葉こそ殊勝だが、顔が笑ってるぜおっさん!


そんなに『魔物』が減った事が嬉しいのかよ!


俺はムカムカしながらも黙って豚が立ち去るのを見送った。


「気にする事はありませんよ、ルイス殿」


ミシェルは俺達を部屋に案内してから、そう言った。


ああ、判ってる。


腹黒い祭司長様は神殿に巣食う奴等まで、この際に一掃するつもりなんだろ?


「それよりも乱暴な方法でここまでお連れした事をお許し下さい。あなたが神殿に対して不信感を持っていらっしゃる事を存じ上げていたものですから、不意打ちに近いやり方でしたが猊下に直接会ってお話を聞いて頂ければ、と思ったものですから」


そう言った彼は、改めて俺とアンナに対して深く詫びてくれた。


「いや」


そう言われると・・・強い不信感を持っていた俺が悪いみたいじゃないか。


「我々を信用するのは難しいかもしれませんが、リアードであなたと巫女様が里の者達にして下さった事は、生涯忘れぬご恩と感じております。それは私だけでなく、ここに居ります『神の遣い』として働いて来た者達全てが同様に」


ミシェルの言葉に黒ずくめの者達は黙って俺とアンナの前に膝間付いて頭を下げた。


「俺は何もしてない。救出出来たのはこいつの力があればこそだ」


アンナはともかく、俺には礼を言われる筋合いはない。


「そんな事無いよ!ルイスだって一生懸命頑張ったじゃない?」


お前は黙ってろ!


俺は黙ってアンナを睨みつけたが、アンナは気にする事もなくニコニコと笑ってやがる。


怒りを削がれた俺はミシェルに向き直って話題を変えた。


「あんたは祭司長が言ってた『魔物に対する排斥を止められる』って話を信じてるのか?」


こいつ等『神の遣い』ですら成し得なかった事なのに?


災厄を利用するにしても、そう上手く事が運ぶのか?


「あの方は派手なパフォーマンスがお好きですから。上手く行くかどうかは判りませんが、これ以上悪くなる事だけは無いでしょう」


そうだろうか?


「それより、今日はもうゆっくりとお休み下さい。長旅でお疲れでしょう」


今まで散々疑って、内心では酷く怯えていただけに下手で親切な態度が不気味に感じる。


ミシェルと『神の遣い』達は俺とアンナを部屋に残して出て行こうとしたが、思い出したようにこう付け加えた。


「そうでした。猊下が『仮にもここは神殿内であるから“おいた”はやめておくように』と仰っておりましたよ」


「するか!」


怒鳴り返した俺に大笑いを返したミシェルだったが、残された俺はアンナから問い質される事になった。


「“おいた”ってなあに?」


無邪気な顔して聞いて来るヤツに何が出来るってんだよ!






アンナは『神の遣い』達からも個別にリアードでの救出作業について礼を言われたらしい。


中には瓦礫の中から救い出した婆さんの息子の感謝があったらしく、感激していた。


お前は単純でいいな。


俺は『災厄』の被害を最小限に留める事ぐらいしか考えてなかったが、『魔物』でもある祭司長は『魔物の未来』についても考えていたらしい。


俺みたいな若造には及びもつかない考えだ。


踊らされてるのは否めなくとも、奴の指示に従うのが一番なのか?


信じていいのか?


不安は拭い切れないが、此処から逃げ出したところで俺達だけで出来る事には限界があるのも動かし難い事実だ。


今の俺に出来る事と言えば、アンナの傍に張り付いていざって時にはこの身を呈してでも守る事ぐらいだ。


「そう言や、お前の姉貴はどんな役割なんだ?」


神殿に祭司長の不思議な力で他の祭司達からは見えない様に守られて滞在してから2日後にアーニャから知らせが届いたらしい。


鳥を使った通信手段だとかで。


それを読んでいたアンナに訊ねると、意外な答えが返って来た。


「ん~これによると、お姉様は帝国内での災厄の被害を防ぐためにシャノンから力を遣うんだって」


シャノンから?


そんな遠隔操作が可能な力なのか?


「何でもヨアンナさん、あ、バレンツ帝国にいる予言者なんだけど、彼女によるとお姉様の力は遠く離れた場所にでも届くんだって。第一、お姉様はシャノンの里から離れるのは難しいし、ユーリがそれを許す筈もないだろうしね」


アンナは朗らかにそう言ったが、俺は疑わしいと思った。


アンナの姉、マーガレット・・・今はマルガリータだったか?・・・それがそんなに強い力を持っているなら、アンナだってエルベに居なくても構わないんじゃないのか?


双満月の時の二人の力がどれだけのものなのか?俺は知らないが、そんな事が出来るなら、アンナがここに滞在する意味は何だ?


祭司長が言ってた『演出』の為か?


何をやらせるつもりなんだ?あのクソジジィは!


一日に一回は顔を合わせる祭司長は、相変わらずのらりくらりと話の要点をずらしてばかりで、はっきりと具体的な案を切り出さない。


俺の苛立ちは募る一方で、胃が痛くなりそうだ。


「まあ、そう苛立つな。心配せずとも上手く行く」


どこから来るんだよ、その自信は!


アルビノのガキは不敵に笑って俺を見据えて来る。


「儂にも未来は見えるが、予知の力とは不思議なもので、幾つもの道が分れる様に幾つもの可能性が存在し、はっきりと確かなものが見えて来るまでには時間が掛かる」


相変わらず話の途中で一息ついて水を飲んでは中断する。


次第に慣れて黙ったままで続きを待つ事も覚えた。


「今回もお前達がエルベに到着するまで災厄から無事に抜け出せるかどうかは判らなかった。それはルイス、お前が此処に来る事を迷っていた為だ」


鋭く見透かされた俺は拳を握りしめた。


アンナには聞かれたくない話だが事実だから仕方ない。


「未来には不確定要素が多過ぎるのだ。お前がエルベに来る事を躊躇って、セヴァーンへ戻った場合、神殿に二度と近づかない場合、アンナを置いて逃げ出す場合、何れの可能性もあった。その選択次第で幾らでも変わってしまう」


俯いた俺の拳にアンナの手がそっと添えられる。


「お前の選択と勇気に感謝するぞ、ルイス」


俺は・・・俺はただ流される儘にここまで来たようなもんだ。


感謝される謂れはない。


此処まで来た一番の理由はアンナがそれを望んでいたからだ。


「今でもまだ災厄に関しては完璧とまでは言えないが、救われる確率は上がっている。それにはお前が大きく起因しているのだぞ、ルイス」


なんで俺が?


「儂の見た未来にお前が出て来た事は今までなかった。クレメンスの弟子の名を聞いた時も、お前がエルベに巡礼と共に来た時ですら。お前が儂の予見に出て来たのは、リアードに辿り着いた時が初めてだった」


俺が?リアードに?


「リアードでの災害の直前になって初めて『月の巫女』の傍に立つ者の姿が見えた。それがお前だ。その事によって災厄回避の確立は上がり、魔物の未来も見えて来たのだ」


おい!それって・・・それって、俺が自分の未来を確信した時の事か?


まさか、クレメンスはこの事を予言して?


あいつも魔物の力を持ってるってのかよ?


ううっ・・・完璧に踊らされてるよな、俺。


傍らのアンナは祭司長の言葉を理解しているのかいないのか?


首を傾げて話を聞いている。


深く理解してくれなくてもいいぞ!


俺が恥ずかしいだろうがっ!


しかし、災厄に於ける演出の全貌を聞かされた時の俺の恥ずかしさと言ったら、その時とは比べ物にならないくらいの代物だった。






ああ、確かに猊下は派手好きでいらっしゃるともさ!


俺がアンナに叩き込んだプレートの動きを抑える仕組みは被害を抑える効果があるが、地震に伴う津波への対処は住民を避難させる以外にない。


それは神殿が動けば容易い事だ。


だからこそ祭司長へ話を通さなくてはならない事を覚悟していたのだが。


だからって、だからって・・・高台に避難した奴等にあんなド派手なパフォーマンスを見せつけなくたっていいじゃないかぁっ!!!


どーして津波を抑えるアンナの姿を人々に見せつける必要があるんだ!!


その傍らに俺が居る必要性はどこにあるっ!


その上、その上・・・その場で咏まで詠う必要性の有無に至っては最大の疑問だっ!!!


どーして?どーして俺が?


アンナは月の巫女で救世主でも、俺は力なんぞ一欠けらも持って無いんだぞ!


俺は派手好きな祭司長へ訴える為に、心の中で叫び続けた。


だが、俺の叫びが聞き届けられる事は無かった。


双満月の夜。


輝く二つの月の下で、俺は人生最大の恥を掻く事となった。






唯一の救いは、全てを終えた後のアンナの衒いのない純粋な称賛だけだった。


「凄い!凄い!ルイスって本当に咏が上手いよね!!あたしまで咏が上手くなったみたいに聞こえたもん!本当に最高だよ!最高にカッコイイよ!ルイス!」


ま、惚れた女にここまで褒めちぎって貰えれば・・・


いやいや、それとこれとは別だ!


もう俺は二度と人前では詠わないと誓った!


人生最大の黒歴史だ!


硬く硬く封印するしかない!!


絶対に!絶対に!


・・・家族の前以外では、詠わないと誓った!






「ルイス・・・そんなに恥ずかしがらなくたっていいのに」


呆れた様なアンナの言葉にも耳を貸さない。


いいんだ、俺は当分、人前には出ないと決めたんだ。


祭司は綺麗スッパリと辞めたし、新たにリアードの里として派手好き猊下から与えられた場所はエルベから遠いし、人の噂も75日だ、あの恥ずかしい噂が消えるまで絶対に里からは出ない!


「ええ~!でも、噂が消えちゃったら魔物が排斥されなくなるのは難しいんじゃないの?」


アンナの疑問は尤もだ。


だが断固拒否する!


『聖地を襲った災厄から奇跡を齎した月の巫女と祭司』だと言われて歓待されるなんて御免だ!


各地を回って奇跡の力を再現しろとか、魔物の力が奇跡であるとアピールしろとか、派手好き腹黒祭司長の要求は無茶苦茶だ!


俺は祭司長に何度も何度もアレっきりだと言った筈だ!


「俺は絶対に里から出ない!」


最悪、俺に与えられた小屋に篭城だってして見せるからな!


俺は見世物じゃないんだ!


「噂を広めるならお前だけでもいいじゃないか!」


説得しようとするアンナに俺はそう告げたが、誰が授けた悪知恵なんだか素直に引こうとはせずに切り返して来る。


「だって・・・ずっと一緒だって言ってくれたのに」


お前!それは卑怯だぞ!!






こうして俺は、派手好き腹黒陰険祭司長の思うが侭にアンナと共に恥掻きワールドツアーに出る羽目になった。


あれだけ固く誓ったのに・・・


アンナが俺が思っていたよりもずっと派手好きで目立ちたがりだったのが敗因か?


お陰で、俺が切望していた新たなリアードの里での人目を避けた静かな暮らしに落ち着くまでそれなりの年月を要する事になった。


大陸って広かったんだな・・・


「ほらほらルイス、現実逃避してたって終わらないよ?」


そうですね。








アンナとルイスのお話はこれで終了です。

ご不満は色々とございましょうが、これで終わりです。


最後はアーニャ視点のお話になります。

もう少しだけお付き合い下さいませ。



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