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第八話 アンナ 予測

第二部第八話 アンナ 予測




リアードの里を襲った地震は甚大な被害を里に齎した。


あれだけ派手に大地が揺れたのだから当然だけど、家具や食器が豪華でも見かけがボロボロの小屋は、やっぱりきちんとした土台まで修復されてはおらず、呆気ない程簡単に崩れ落ちてしまった。


下敷きになった人達を救出する為にあたしは力を遣いまくった。


ええ、あたしが本来持ってる『攻撃的な力』ってヤツはあたしをとんでもない力持ちにさせるんですよ、奥さん。


崩れ落ちた瓦礫を力で次々と投げ飛ばし、下敷きになっていた人達を救いあげた。


里長のミシェル様が言っていた通り、リアードに残されていた人達はお年寄りと力を失った人達ばかり。


満足に動けるのは、外に居たあたしとルイス、そして辛うじて自分の小屋に結界を張ったミシェル様の小屋に居た里長とアーニャだけ。


アーニャだって・・・リアードに来るまでに聞かされた話をあたしは思い出していた。


殆ど失われてしまったと言うアーニャの力。


でもさ、潰れた小屋から人を救い出すのに、アーニャの力って役に立つの?


確か、彼女の力は瞬間移動ってヤツでしょ?


なんて、彼女の傷を抉る様な事が言える訳もなく、あたしはただ黙々と瓦礫の撤去作業に没頭した。


余りにも没頭し過ぎてルイスから「こら!おまえはどこに投げてるんだ!もっと周りを良く見ろ!」と怒鳴られたけど。


ゴメンなさい。


ミシェル様の力は何と『予知』だそうで・・・だからひ弱な感じがしたのか(これも口に出しては言えないけど)・・・力仕事には向いていない。


必然的にあたしとルイスが瓦礫の撤去に当たった。


それにしても、いくら力があるからって、16の乙女にさせる事じゃないと思いませんか?






「もう大丈夫ですからね、もうちょっとだけ頑張って下さい!」


あたしは瓦礫をポイポイと放り投げながら、埋もれている人に声を掛けた。


年老いたその人は上半身は上手い具合に瓦礫の隙間に入り込み、足だけが下敷きになっている状態だった。


それでも苦しそうだったけど。


リアードの里にある小屋は、土台を石で固めているけど、基本的には木造。


だから瓦礫は殆どが木の柱や板なの。


それでも圧死から逃れられるのは運がいいとしか言いようが無いけど。


「私の事はもう放っておいて・・・どうか他の人を・・・」


ええっ?ちょっと!おばあちゃん!


「・・・死にたいって事ですか?」


あたしは思わずムッとしてしまった。


「私はもう老い先も短い。この先役に立つとも思えません。だからどうか・・・」


「ダメです!」


あたしは大きな声でおばあちゃんの言葉を遮り、瓦礫を除去するスピードをMAXにレベルアップした。


「死にたいなんて!あたしが許しません!人は役に立つからとか、役に立たないからとか、そんな事を生きる理由にしちゃダメです!」


そりゃあ、人の役に立ちたいってあたしも思ってるけど。


「生きて行くのは自分の為です!綺麗なものを見て嬉しいと感じたり、美味しいものを食べて幸せだと感じたりする為に生きているんです!生きていれば人に役に立つ事は幾らだってある筈です!人の役に立って、嬉しさや幸せを感じるのだって、本当は自分の為でしょう?」


自己欺瞞だと罵られたっていいけど、役に立つって、必要とされるって事は結局そう言う事でしょう?


「生きていれば絶対に誰かの役に立つ事は出来る筈です。魔物の力が遣えなくたって、年を取ったって、生きていれば・・・絶対に!」


あたしは涙をボロボロと溢しながら叫んだ。


だって・・・お母様やソフィアお姉様は、このおばあちゃんよりもずっとずっと若いのに死んでしまったんだよ?


病気や事故は仕方ない事なのかもしれないけど。


二人が生きていれば、お父様やコンラッドお兄様は悲しまずに済んだ筈だよ!


もちろん、ユーリやマルガリータお姉様もフレデリックお兄様もあたしも!


生き延びる可能性があるのに、自分から生きる事を諦めてしまわないで!


涙だけでなく、恥ずかしい事に鼻水までも垂れ流しながら、あたしは瓦礫を投げ続けた。


そしておばあちゃんの身体の上から全ての瓦礫を取り去った後に、あたしは手を差し伸べた。


「立ちあがって下さい。そして生きて自分が出来る事をして」


茫然となりながらも、おばあちゃんはあたしの手を取ってくれた。


足が圧迫されていたおばあちゃんが立ち上がる事は、当然ながら無理な話だったんだけど、ルイスがおばあちゃんを抱き上げてくれた。


「お前、励ますにしても無茶苦茶言うな・・・ま、大方は正論だけどな」


呆れたルイスの言葉を聞きながら、あたしは袖口で涙と鼻をごしごしと拭った。


「生きる事も死ぬ事も本人が選ぶ事だ。人が強制する事じゃない」


無理強いをするなと釘を刺されてあたしは反論に詰まった。


そうだけど・・・そうだけどさ。


救護所と化したミシェル様の小屋へとおばあちゃんを運んで行ったルイスを見送りながら、あたしはそれでも間違ってない!と拳を握りしめた。


そして、もっと多くの人を救い出すべく、新たな瓦礫の山に向かった。







地震が起きる前、リアードに居た里の人は20人程。


地震の時に無傷だったのがあたし達を除くと5人、軽傷で済んだのが5人、おばあちゃんの様に下敷きになった人が10人、助からなかったのが2人。


「気に病む事は在りません。あなた方が居なければ半分も助からなかった筈です」


ミシェル様はそう言ってくれたけど。


助けられなかった人が居た事が悔しい。


落ち込むあたしをルイスは小突いた。


「お前は何様だ?『月の巫女様』はたった一人で全ての人を救う事が出来ると思ってんのか?」


「だって・・・」


力が遣えるのはあたし一人だったのに・・・ホデンが満月であれば、きっともっと・・・


「思い上がりもいい加減にしろよ!お前は出来る限りの事をしたんだ!『魔物の力』が万能じゃない事は誰だって知ってる!もしそうなら、お前達がこの世界で迫害される訳が無いだろ?」


そうだけど・・・


あたし・・・思い上がってたのかな?


月の巫女だとか、世界を救うだとか言われて?


過信は隙を生む、ってユーリからも厳しく言われたけど。


そんなつもりじゃなかったけど・・・やっぱり、思い上がってたのかな?


「落ち込む前に治療の手伝いをしろ!出来る事をしてから悩め!」


ルイスに突き飛ばされる様にして、あたしは怪我をした人たちを手当てしているアーニャを手伝った。


「気にするな」


アーニャは一言だけそう言って慰めてくれた。


彼女が言った言葉の対象がルイスの言葉じゃない事はあたしにだって判ってる。


助けられなかった人達の事をいつまでも悔む事は、確かに意味が無いのかもしれない。


目の前で苦しんでいる生きている人達が居るんだし。


でも、あたしは・・・


「巫女様」


あたしは治療に集中出来ないまでも、怪我をした人の傷口を消毒していると、後ろから声が掛けられた。


誰か?と振り返れば、それはさっきのおばあちゃんで。


「あ・・・さっきは」


勢いで偉そうなコトを言ってしまったのを思い出したあたしは、恥ずかしさに顔が赤くなる。


謝るべきかな?


謝るべきだよね。


「さっきは・・・」


生意気な事を言ってスミマセンでした。と謝るつもりだったのに、それをおばあちゃんに遮られた。


「先程は助けて頂いてありがとございました。救って頂いたのに、失礼な事を申し上げてしまい・・・本当に申し訳ございません」


「そんな!謝るのはあたしの方で・・・」


謝られるなんて・・・


「いえ、巫女様の仰られた事が正しいのですよ。今まで長い間、どんなに辛い思いをしても生き延びて来たのに、ここで自棄になるとは・・・お恥ずかしい限りです」


そっか・・・アーニャやミシェル様はこの里の人達は『飽いた』と言ってたっけ・・・


『魔物』として長い間生き延びて来たという事は、それが隠された里の中で在っても、辛い思いに耐えて来たことの証に他ならない。


だからこの里は、リアードは自ら滅びの道を選びつつある、って言うことなの?


でも、それは・・・


「巫女様のお言葉で目が覚めた思いです。ありがとうございました」


あたしの言葉が?


余計な御世話じゃなかった?


そっか・・・やっぱりそう言われると嬉しいよ。


あたしは漸く落ち込みから立ち直れそうになった。


「元気出して下さいね・・・そうだ!ルイス!咏を詠ってよ!景気のいいヤツを一発!」


うん!イイ考えだわ!


ルイスの咏はとっても綺麗で、とってもカッコよくて、元気が出るもんね!


怪我をしてる人達の慰めになると思うんだ、絶対!


「は?お前はいきなり何を・・・」


呆れたルイスの言葉を無視して、あたしは立ち上がった。


「みなさん!ここにいるルイスはそうは見えませんが、これでも神殿の祭司なんです!彼がみなさんの為に詠ってくれるそうですよ~!」


神殿の祭司、という言葉に里の人達は少しざわついた。


あ、そっか・・・リアードは神殿の人達に・・・


あたしって空気を読まな過ぎ?


焦ったあたしだったけど、ルイスは里の人達のざわめきを気にする事も無く立ち上がって詠い始めた。


ルイスの咏が始まると、ざわめきも消えた。


そうでしょ?彼の咏は凄いんだから!


あ、これ知ってる。


マルガリータお姉様から教えて貰った事のある咏だ。


あたしは詠うルイスと一緒に小さな声で詠い始めた。


すると、それに気付いたルイスは詠いながらあたしを呼び込む様に何度も手を振る素振りを見せた。


え?もしかして・・・あたしにも詠えってコト?


ええ!ダメだよ!!


必死で首を振るあたしに、ルイスは首を振り返して来る。


そんなあたし達のやり取りに気付いた里の人達はあたしに注目し始めた。


「アンナ、詠えるなら詠ってみろ」


アーニャの一言って、数が少ないだけあって重みがあるんだよね。


あたしは溜息を吐いて、詠い始めた。


すると、ルイスの詠う旋律が変わった。


あれ?


これって・・・


そっか、神殿の祭事には祭司と巫女が合唱するんだもんね。


諧調になってるのかぁ・・・へぇ。


あたしはルイスと一緒に詠いながら、お姉様から教えられた発声や息継ぎを思い起こしていた。


この咏は春の祭事で詠われる咏。


辛い冬を越えて訪れた春を祝う咏。


草木の芽ぶきを喜ぶ咏。


励ましとしてはバッチグーな選択かも。


あたしはルイスの声につられるように、高く高く詠った。


どうか元気を出して、と願いを込めて。


すると、身体から熱い思いが込み上げて来る。


そうだよ、生きる事を諦めないで、辛い事に立ち向かって欲しい。


あたしに出来る事なら何でもするから。


だから、早く傷を癒して、生きていって欲しい!


最後の一節を詠い終えると、その場は静けさに包まれていた。


「おい、お前・・・」


ルイスの唖然とした声に閉じていた目を開くと・・・アレレ?なんであたし、光ってるの?


アレ?ホデンは今、欠け始めている筈だよ?


双満月でもないのに?


第一、月はもう沈んでる時間じゃなかった?


首を傾げるあたしに、里の人達は歓声を上げ始めた。


「おお、さすがは『月の巫女様』!痛みが消えた!」


「ああ・・・このような奇跡がこの目に出来るとは!」


「やはり貴女様こそが我々を救って下さるのですね!」


いやいやいや、ちょっと待って!


これは何かの間違い・・・ではないんだろうな。


あたしの身体から発せられている光は、何故か怪我をしている人達へと投げかけられている。


あたしが意図している訳でもないのに。


いや、詠っている時に確かに願った事ではあるけど。


うう~ん・・・ヨアンナさんが予言した事ってコレなの?


まあ、これで里の人達が立ち直ってくれるのなら、嬉しい事ではあるんだけど。


何だか末恐ろしくなって来るよ。


あたしの力ってどれだけ凄いの?


茫然としているあたしを拝み始める里の人達・・・勘弁してよ!


あたしは生き神様じゃありませんから!


縋り付く様にあたしに寄って来る里の人達から、ルイスが救い出してくれて、あたし達はその場から逃げだした。






里で一番大きな瓦礫の影に隠れて、あたしはほっと息を吐いた。


「ありがと、ルイス」


あちこちと身体を調べたけど、もうすでに光は消えていた。


う~ん・・・瓦礫を散々ポイ捨てした後だと言うのに、この爽快感・・・これは双満月の時に力を遣った後と良く似ている。


「あれが・・・お前の本当の力なのか?」


ルイスの躊躇いがちな言葉にあたしは苦笑する。


そりゃ驚くよね、あたしだって驚いたもん。


「う~ん・・・本当の力とはちょっと違うかな?あたしもこんなのは初めて見たから」


咏を詠って力が出るなんて・・・そう言えばツェツィーリアが神殿での咏は本来、魔物が力のコントロールをする為の方法だと言ってたっけ。


だからお姉様から教えて貰ったんだけど・・・教えて貰った時には一度もあんな事にはならなかったのにな。


「あたしの咏って言うより、ルイスと一緒に詠ったからかも知れないよ?あんな風に諧調したのは初めてだったし・・・自分で言うのもなんだけど、すっごく綺麗だったね」


そう、自画自賛する訳じゃないけど、ルイスと一緒に詠った咏はとても綺麗で素晴らしかった。


あたしってば巫女の才能があるのかも!


お母様もお姉様も巫女を務めていたんだし。


ハイテンションのあたしは調子に乗ってつい、こんな事まで口にしてしまった。


「来るべき『災厄』の時もルイスと一緒に咏を詠ったら大丈夫なのかも!」


もちろん、言った後であたしは酷く後悔した。


ルイスは魔物なんかじゃないし、あたしの力を恐れているかもしれないし、『災厄』なんかに関わり合うのはゴメンだと思っているかもしれないのに。


だって、あたしの言葉を聞いたルイスの表情が、もの凄く険しかったから。


「ゴメン・・・あたし・・・」


取り消そうとしても一度口から出た言葉は取り消せない。


あたしのバカバカバカバカバカ!


「もう戻っても大丈夫だよね?」


気まずくなったあたしは立ち上がって戻ろうとした。


あたしってば、ルイスが厳しい事を言ったって、それでも優しいから甘えてた。


リアードに着いて、里長に抗議してくれた事や、寒い中あたしを慰めてくれた事に。


彼が無愛想でもさり気なく優しいって事が段々と判って来てたから。


ルイスは神殿の祭司で普通の人間で、あたしとは全然違う立場の人なんだと言う事を忘れてたよ。


彼があたしに二度も詠ってくれた事をいい事にすっかり頼りにしてしまってた。


「アンナ」


へ?


ルイスがあたしの名前を呼ぶとは珍しい。


思わず立ち止まって振り返っちゃう程に。


「俺の咏が本当にお前の役に立つと言うなら、『災厄』の時であろうと、それ以外の時であろうとも、いくらでも一緒に詠ってやる」


え?


「いや、咏だけでなくとも、俺がお前の傍に居て少しでも役に立つのなら、これらからもずっと一緒に居てやる」


ええっと・・・それって・・・


「そ、それって・・・祭司として?」


こら!あたし!赤くなっちゃダメだってば!


妙な期待なんかしちゃダメだよ!


ルイスはマルガリータお姉様に憧れてたんだよ!


お姉様は誰だって憧れるような美人だから当然だけど。


あたしは妹とは言え、お姉様とは似てないし、美人じゃないし、お喋りでルイスだって旅の途中で散々呆れてたじゃない?


いっつもルイスはあたしをバカにした様な目で見下してたじゃない!


でも・・・地震が起きた時、ルイスはあたしを抱きしめてくれてたよね?


あれって『災厄』に怯えてたあたしを慰める為だけかも・・・


でも『お前は一人じゃない』って言ってくれてた。


それって・・・それって・・・


あたしの傍に居てくれるってコト?


恥ずかしくて赤くなる顔を隠したくて・・・隠し通せる訳もないけど・・・俯いたあたしの耳に届いた言葉は。


「俺は元々、今回の巡礼が済んだら祭司を辞めるつもりだったんだ。あんな胸糞悪い神殿に戻るつもりはない。くだらない事を言わせるな!」


・・・それって答えになってないよ、ルイス。


顔を叛けてあたしよりも先に戻ろうとするルイスを追い掛けながら、彼の言葉の意味を突っ込んで聞くべきなのかどうか迷う。


でも、どんなにしつこく聞いたって、きっとルイスははっきりと答えてはくれないんだろうな。


だって、足早に歩くルイスの後姿・・・黒い髪から覗く耳が赤い。


ちぇっ!


乙女としてはここで一つ、劇的でロマンチックな言葉の一つも貰いたいところなんですけど、彼が相手じゃ期待するだけ無駄なのかな?


それでも・・・それでもルイスはあたしに咏を詠ってくれた。


あたしが泣いている時に、あたしが励まして欲しい時に、あたしがねだった時に。


ルイスは優しくて素敵な咏を詠ってくれた。


その咏はどんな言葉よりもあたしを優しく包んでくれて、励ましてくれた。


態度や言葉は素っ気なくても、彼の咏があたしを支えてくれた。


あたしはルイスに走って追いつくと、彼の手をそっと握った。


恥ずかしくて彼の顔は見れないけど。


「ルイスが嫌じゃなきゃ・・・一緒に居て欲しいな」


出来ればずっと・・・とまでは言えなかったけど。


ルイスは何も言わずにあたしの手をギュッと握り返してくれた。


それが彼の答えだと思ってもいいんだよね?


あたしはルイスの手を黙ってギュッと握り返した。






それからのルイスは・・・何だか凄かった。


『予知』の力を持つミシェル様に彼の見た『災厄』の詳細を聞いてから、ルイスは自分なりの予測を立てた。


「ここの山脈には活断層が、エルベの都がある海岸線にはプレートの境界が存在する。今回の活断層の動きにプレートの動きが誘発される可能性がある」


ルイスは地図を広げてリアードがある場所とエルベのある場所を指示したけど、地図には『かつだんそう』とやらも『ぷれーと』とやらも載っていない。


あたしは彼の言葉の半分も理解できない。


ちんぷんかんぷんだ。


「つまり、ここで起きた地震の影響でエルベでもここと同じか、それ以上の地震が起きる可能性があるって事だ」


それって・・・


「リアードの里長が『見た』のが今回の地震と似ている事から、恐らく『災厄』とはエルベで起こる地震に間違いないんだろうな」


エルベで起こる『災厄』・・・あたしはまだ行った事が無いけど、エルベはアドリア神聖帝国の都だ。


マトフェイ神殿の総本山がある場所だし、人や建物がリアード以上にたくさんあるのは当たり前で・・・


「問題はエルベは海の傍にあるって事だ。大きな地震は津波を引き起こす」


つなみ?


「海水が恐ろしい勢いで引き、その反動で都を飲みこむような勢いの大きな波がやって来る事だ」


それって・・・それって・・・


「エルベの都は全て海に飲み込まれてしまうだろう」


あたしはもちろん、ミシェル様やアーニャも一言も返せない衝撃だった。


「エルベだけじゃない。プレートは北にも繋がっている」


ルイスが地図で指し示したのはエルベの北、そこは・・・


「バレンツ帝国にも被害が及ぶのか?」


アーニャの呟きにルイスは頷いた。


「この辺りは切り立った崖が多いから津波の被害はないかもしれないが、地震が連動して起こる可能性は高い」


ルイスが示した場所はバレンツ帝国の北東部でエニセイやシャノンからは遠いけど、これだけ広い範囲で今回みたいな大きな地震が起こると言うのなら『災厄』と呼ぶに相応しいのかも。


「肝心なのはその時期だが・・・」


ルイスはあたしをチラリと見た。


「『災厄』を救うのが『月の巫女』であるのなら、次の双満月の可能性が高い。月の満ち欠けと地震については関連性を謳う者も多い」


潮の満ち引きに関連があるんだろうが、とルイスは呟いたが、月の巫女と呼ばれるあたしにはさっぱり判らない。


「凄いね、ルイス。『魔物』じゃなくても予知が出来るなんて」


感心したあたしがそう漏らすと、ルイスは不機嫌そうに眉を顰めた。


「活断層やプレートは以前、地下を視る事が出来た『魔物』が発見したものだ。それが大陸に齎す影響や被害や予知について調べたはその後の研究者たち。俺は神殿にあった資料をもとに里長の予知と照らし合わせただけに過ぎない」


知識があれば誰にでも出来る事だと言い放つ。


「だが、その知識を持つ者は稀だ。お前が私達と此処に居た巡り合わせに感謝するべきだろうな」


アーニャの言葉には流石の捻くれルイスも黙った。


「『災厄』の時期と被害の大きさが具体的に予測出来たならば、それに対処する術もある筈だ。私は帝国に戻り、兄上に伝えるつもりだが、どうする?」


アーニャの問いは、あたしだけでなく、ルイスやミシェル様にも投げ掛けられている。


「私はリアードの長として神殿を説得するべきでしょうな。出来れば猊下に奏上して一刻も早い対処を願い出ましょう」


やる気になったミシェル様は躊躇いが無いみたいだ。


「俺は・・・祭司として最後の仕事をするつもりだ。エルベで」


うん、そーだね。


ルイスならそう言うと思ったよ。


「お前はどうする?アンナ?」


アーニャの言葉にあたしはにっこりと笑った。


「ミシェル様とルイスと一緒にエルベへ行くよ」


本当なら、アーニャの部下であるあたしは、彼女と一緒にバレンツへと戻らなきゃいけないんだろうけど。


「次の双満月まであと一月とちょっとしかないんだよ?エニセイまで戻ってからまたエルベまで行くには時間が足りないよね?」


アーニャお得意の強硬軍にあたしが耐えられるかどうかって言うのは別にしても。


「閣下のお許しが頂ければ、自分はこのままエルベに向かいたいと思います」


あたしは軍人らしく、アーニャの前で最初で・・・もしかしたら最後になるかもしれない敬礼をしてみた。


「許可する」


アーニャはクスリと笑ってそう言ってくれた。


「但し、無理はするな。必ず生きて帰れ。シャノンではお前の姉と義兄が待っている」


「はい!」


「私も・・・お前とはこれで最後にしたくは無い」


アーニャ・・・


「あたしも!あたしだって最後にするつもりはないよ!また絶対に会えるよね?まだ恋人のコトだって教えて貰ってないんだもん!」


「・・・お前はそればかりだな」


呆れたアーニャの呟きにあたしは笑った。







ルイスやミシェル様が予測した『災厄』が実際にはどんなモノになるのか判らない。


『月の巫女』に何が出来るのかも。


エルベの神殿や祭司長が素直にあたし達の言う事を信じるのすらも判らない。


『神の遣い』と呼ばれる人たちがどうなってしまうのかも。


リアードで起きた地震に、あたしは何も出来なかった。


崩れた瓦礫を退かしただけだ。


助けられなかった人もいた。


エルベはアドリアの都でリアードの里とは比べ物にならないくらいの人達が住んでいる。


『魔物』に対する偏見だって強いだろう。


あたしはまだ、実際に『魔物』であるからと、この身に迫害を受けた事すらない。


それなのに、あたしに嫌悪感や恐怖感を持つ大勢の人達を助けられるのか?


不安の種は尽きない。


それでも、あたしは自分で出来る事があるなら最善を尽くすべきだと、ヨアンナさんの予言を聞いた時から、少しずつではあるけれど、覚悟を決めた。


ルイスがずっと傍に居てくれると言ってくれた事は大きな後押しになった。






ミシェル様は里の人達を安全な場所へと批難させてからエルベへ向かう事になったので、あたしとルイスは一足先にエルベへと向かう事になった。


移動手段はもちろん、ここまで運んでくれた馬に乗って、である。


「エルベまで、お前にみっちりとプレートについて講義してやる。しっかりとその頭に叩き込め!」


うへえ・・・お勉強ですか?


「力を遣うにしても、その構造を理解しておくことは大切だと思う」


ああ、うん。


シャノンの里でも散々教えられたよ。


物事の構造を正しく理解してこそ、力の遣い道が判るって。


「・・・お手柔らかにお願いします」


ルイスって厳しそうだよね・・・『こんな事も判らないのか!』とか『お前はどれだけバカなんだ!』とか言われそうだな。


「俺は・・・お前がエルベに行くと言うだろうと思ったからあんな事を言ったが、本当は神殿へ顔を出すべきかどうか悩んでる」


ポツリと呟いたルイスの言葉に驚いた。


あんな事って・・・『祭司として最後の仕事をするつもり』って言った事?


そう言えば、ルイスは神殿の事をかなり激しく非難してたよね。


祭司を辞めたいと思う程に。


「だが『災厄』を最小限のものにするためにも神殿に話を通さなくてはならないだろう。お前をエルベで守れるかどうか、正直不安だが・・・」


うう~ん、確かに神殿の人達があたしを『月の巫女』をどうするつもりなのか?全然判らないから、危険がないとは言えないよね。


でもね


「あのね、ルイス。この間、あたしが言った『守りたいモノ』の中にはルイスだって入ってるんだよ?」


それに


「ずっと一緒に居てくれるって言ってくれたでしょう?二人で一緒に居れば、きっと大丈夫だよ!」


「おまっ・・・」


ルイスは言葉を詰まらせて呆気に取られていた。


「能天気な奴だな」


呆れた様にそう呟いてたけど、ルイスは笑ってた。


あたしも満面の笑みを返す。


そしてあたし達はエルベの都へと向かった。












お断り★文中での地震の誘発について、活断層での地震とプレートの境界での地震に関連性があると言った説は私の単純な発想であり、地球上における事実や理論を無視しています。

この世界は地球とは全く別の存在ですから「そんなこともあるのね」と広いお心で受け止めて頂けば幸いです。


そして『諧調』とはハーモニーのことです。

妙に小難しい言葉を遣って申し訳ありません。


さて、最後まであと二つ(増えてしまいました)です。

もうしばらくお付き合いください。

次回は・・・ルイスかアンナの視点になると思います。




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