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第六話 アンナ リアード

第二部第六話 アンナ リアード




情けなくも旅の途中で熱を出してしまったあたしは、アーニャやルイスに多大な迷惑を掛け、折角のアーニャとの取引の材料になる筈だったあたしの力について自らばらしてしまう羽目になった。


まあ、いつまでも隠し通せるとは思っていなかったけど。


それにあたしの力はアレだけじゃないし。


そ、れ、よ、り、も。


ルイスよ、ルイス!


あたしったら、あたしったら!


ソフィアお姉様の事を聞いただけであんなに!


人前で泣いちゃうなんて!


それも、知り合って間が無い男の人の・・・その、胸の中で!!


恥ずかしい~~~!!!


穴があったら埋まりたい!!


そしてそこから二度と出てこないようにしたいよ!


なんて出来る訳もないから、仕方なくあたしは次の日の朝、アーニャとルイスにお詫びをした。


「色々とご心配とご迷惑をおかけしました」


深々と頭を下げたあたしに、アーニャは「気にするな」といつもの調子で淡々と返してくれた。


ルイスには食べ物の差し入れまでして貰ったから「ルイスも・・・ホントにありがとう」とは言ったんだけど・・・まだ恥ずかしくて顔が見れない!


「き、気にするな」と返してくれた声が聞こえたけど。


うう~ん!


神殿の祭事には巫女だけでなく祭司も咏を詠うから、祭司見習いの子供達も巫女と一緒に咏の練習をしていたと、マルガリータお姉様から聞いてたけど、ルイスの咏はもの凄く綺麗で、お母様やお姉様のソプラノの咏声とは違ったテノールで、何て言うか・・・その、上手いのはもちろんなんだけど・・・カッコよかったのよ!


口が悪くて無愛想な祭司だと思ってたけど、やっぱり優しいところもあるんだな。


はっ、でも、あたし・・・声をあげてわんわん泣いちゃったよね?


それって、それって・・・子供をあやすみたいな感じだったのかな?


巫女や祭司見習いは小さい頃から神殿に預けられるから、年長の祭司や巫女の仕事には子守も入ってるって聞いたし。


たはは・・・あたし、これでも16歳の乙女なんですけど・・・


でも、あの泣き方じゃね。


それに泣き疲れていつの間にか寝ちゃったし。


子供と一緒に見られても仕方ないのかな?


うん、そーだ!


ルイスはあたしを子供を宥める様に慰めてくれただけなんだ!


そう思っていれば、少しは恥ずかしさから免れるかな?


朝食を摂ってから宿を出て、馬に乗るとアーニャがこう言った。


「これからは街に立ち寄る事が少なくなるが、休憩は多く取るように努めるから」


あたしは思わず苦笑して「お手柔らかにお願いします」と答えてしまったわよ。


果たしてどれだけ休憩が取れるのか?


体力バカ二人にあたしがどこまで付いて行けるのか?


まだまだ判んないけどね。


「行くぞ」


アーニャの言葉に、あたしは馬の手綱を引いた。


目指すはリアード。


もう一つの『魔物』の里。





アーニャが言った通り、リアードまでの道程は、それまでと違って、街に頻繁に立ち寄って馬を交換したりする事は出来なかった。


何しろ、主な街道から外れて山脈沿いを進む事になって行ったから。


馬が交換出来ない以上、乗っている馬に休憩を取らせなくては進めない訳で、従って我々人間も頻繁に休憩を取れる事になる訳なんだけど。


休憩を取っている間には、馬を休ませるのはもちろんだけど、馬に水を与えたりもするけど、人も休んでいる間は、当然顔を合わせていなくちゃならない訳でぇ。


つまり、ルイスとも顔を合わせてなくちゃいけないのよねぇ。


アーニャはあの通り、無口で会話が少ない人だから、自分から話を振る事は一切しないし、ルイスもベラベラ喋ったりはしない。


そして、あたしは沈黙が苦手だから・・・どんなに気まずくったって、あたしが話し掛けなきゃ誰も何にも喋ってくれない訳よ!


ううっ、頑張れあたし!


「ルイスは幾つから神殿に居るの?」


旅は道連れ、世は情け、だもんね。


一緒に旅をするなら、その相手の事が知りたいと思うのは変な事じゃないよね?


「・・・3歳の時から」


あたしが訊ねると、一瞬変な事を聞くな?って顔をしてたけど、気にしないもん!


「へえ・・・そうすると・・・ルイスって今、幾つ?」


年を知らなければどれだけ神殿に居たのか判らない・・・間抜けな質問だったわ。


「・・・19だ」


ん~と・・・すると16年も神殿に居たのかぁ・・・あたしの年と同じ間。


幼い頃に神殿に預けられるのは、貧しい家が口減らしの為に良くする事だとコンラッドお兄様から聞いた事がある。


ルイスのお家の事を深く訊ねるのは失礼になっちゃうかな?


「へ、へぇ・・・やっぱり、ずっと神殿で咏を習っていた人は上手だね」


えへっ、と考えていた事を誤魔化すように笑うと、ルイスはじとっとあたしを睨んで


「妙な気を遣わなくてもいい。俺の家は貧乏の子沢山な家だったそうだから、俺が神殿に預けられた理由は口減らし以外の何物でもない」


え?え?あたし口に出して言ってないよね?


「ル、ルイスってば、もしかして『魔物』なの?」


考えてる事が判るとか?


「バカ!お前は考えてる事が直ぐ顔に出る!判り安過ぎるんだ!」


そ、そーですか。


それにしても口の悪い人だ。


初めの頃は『私』とか言ってたくせに、すぐに『俺』と言い出して。


まあ、変に気取られても他人行儀で困るけど・・・ってルイスは他人でしょ?


同じ里の人でもないんだし、馴れ馴れしくしちゃったら・・・やっぱり拙いよね?


彼は神殿の祭司だし、リアードまでの旅の道連れと言うだけで。


きっと、リアードに辿り着いたらもう会う事もないかもしれない。


ちょっと寂しいかもしれないけど。


ハッ!この考えまで顔に出てたらどうしよう?


チラリとルイスを窺ったけど、幸いにもルイスはアーニャとリアードまでの道程について話しててあたしを見ていなかった。


ホッ。


アーニャはルイスを信用し切っていないのか、地図を出してリアードの場所を教える様な事はしなかった。


もっとも、目的地は彼女の頭の中に入っているから地図は必要ないのかもしれないけれど。


「リアードはサガルマータの麓にある」


つまり、これからはずっと山沿いを行くってコトですね。


はぁ・・・また干し肉とキャベツスープのオンパレードになる訳ね。


あたしは少し暗くなりながら二人の話を聞いていた。


今は昼食代わりのパンを齧っているだけだけど、夜はこれにスープが加わるだけなんだろうなぁ。


あたしが自炊出来れば済む話なんだろうけど、生憎とユーリからの特訓に明け暮れていた里での暮らしでは、マルガリータお姉様の料理に全て頼っていたので、料理は相変わらずダメダメです。


「食糧は何日分用意してあるんだ?」


ルイスの問いにアーニャは「10日分ほど」と端的に答える。


げげっ!


そ、そんなに遠いの?


あたしの顔を見たアーニャは「街や村に立ち寄って補充出来ない事を考え、往復分に余裕を加えてある」と言ってくれた。


あはは、やっぱりあたしってば考えてる事が顔に出てるみたいね。


それにしてもこれから3日から4日は掛かるってコトだよね~遠いな。


「我々もリアードで歓迎されるかどうかは判らんしな」


アーニャがボソっと溢した言葉にあたしはギクリとする。


確かにミハイル殿下はあたしがリアードに行けば、彼らの考えが変わるとか仰ってたけど、ホントにそう上手く行くのかどうか判らない。


シャノンの里に入ったばかりの頃、あたしは確かに歓迎されていた。


それは同じ『魔物』で、『聖女』であるマルガリータお姉様の妹で、次期里長と言われているユーリの義妹で、里長の姪だったから。


見ず知らずの人達ばかりの『魔物』の里で、あたしはどんな扱いを受ける事になるんだろう?


余所者だと邪魔にされるのか?それとも・・・ヨアンナさんみたいに過大な期待をされても困るんだけど。


余りそうは見えなかったヨアンナさんだけど、彼女自身の予言によると、彼女は余り先が長くないらしい。


だから車椅子もミハイル殿下に押して貰っていたんだろうし、言われてみれば顔色も余り良くなかった。


そんなヨアンナさんが、あたしに話しかけて来た時、彼女は嬉しさで笑顔に溢れていた。


未来が見える彼女にとって、あたしは希望なのかもしれない。


でも・・・でもね、そんなこと言われたって困るんだよぉ。


余り使わないように心掛けているあたしの破壊的とも言える力。


これがこの世を救う力になるって・・・戦争でも起きるって言うの?


鬱々と考え込んでしまったあたしは口数が少なくなってしまい、ルイスは「腹が減ったのか?」とデリカシーに掛ける問い掛けをして来るし、普段は無口なアーニャですら「具合が悪いのか?」と訊ねてくる始末。


ううっ、みんなあたしの事をなんだと思ってるのよ!


未来を憂いてる乙女に対してあんまりな態度だわ!


考えてる事が顔に出易いって散々言っておきながら、肝心の悩みを察してくれないなんて!


ま、無理だと思うけど。


ヨアンナさんの予言をアーニャは知ってるけど、それをどれだけあたしが不安がってるかまでは知らないだろうし、ルイスは予言の事すら知らないし。


二人にあたしの不安を正直に告げて心配させるのもヤだし。


仕方が無いのであたしは色気のないルイスの言い分を選択した。


「具合は悪くないよ。これからの食事を思ってちょっとだけ憂鬱になっただけだから」


お腹が空いてる訳じゃないんだけどね、とも付け加えた。


「あ~!お前達の食事は酷いからなぁ・・・俺の分を少し分けてやるから安心しろ」


的外れの答えを出したあたしにルイスは不気味なくらいに優しい事を言ってくれた。


ルイスは当然ながらあたし達とは別に旅の準備をしてある。


着替えや寝袋はもちろん、食糧も。


もちろん、干し肉やキャベツだけじゃなくて、チーズとかビスケットとかいったものまで用意してあった。


あれを分けて貰えるの?


あたしの気分はちょっとだけ上昇した。


「ありがとう!ルイス!」


喜ぶあたしに、アーニャがポツリと小さな声で呟いた。


「あまり気にするな」


ありゃりゃ・・・やっぱり判っちゃったのかな?


そんなにあたしって顔に出易い?


「ありがと・・・アーニャ」


あたしも小さな声で呟いた。


ルイスもホントはあたしの不安を感じ取ってくれてたのかもしれない。


無愛想だけど二人とも優しい人達だ。


あたしは二人の気遣いに感謝した。





でも、優しい心遣いをして貰ったって、旅の過酷さが和らぐ訳では当然、無く。


騎乗して進む道程は、山の傾斜が鋭くなるにつれて厳しくなり、あたしは何度体力の限界を感じた事か判らなかった。


そして、サガルマータの中腹に差し掛かった時、アーニャが崖の下を見下ろしてあたしに示してくれた。


「あれがリアードだ」


空気が薄く、荒い息を吐いてるあたしは眼下の里らしき集落を見つけた。


万年雪を覆う、険しい山に隠れて存在しているリアードの里。


森に囲まれたシャノンの里とは違って目晦ましの結界が必要無いくらいに立ち入る事が難しい場所に存在していた。


近寄ればそのみすぼらしさも見えて来る。


シャノンは森の緑だけでなく、作物の実りや水も豊かだったのに。


リアードでは、建っている小屋も小さく古く、手入れも満足にされていなさそうだ。


「俺の生まれた村より酷いな」


ルイスの呟きに、あたしは今まで見て来た街や村と比べても確かに貧しさを感じて頷きそうになった。


人の気配すら感じなくて、不安になっていたあたし達の前に、一人の壮年の男性が近付いて来た。


「ようこそ、リアードへ。私は里長のミシェルと申します」


そう挨拶してくれたのは、シャノンの里長であるラウル伯父様と同じくらいの年の人だったけど、とても痩せていて顔色も優れてなかった。


それでも、ミシェルと名乗ったリアードの里長はアーニャとあたしを見て、微笑んでくれた。


「お待ちしておりました。バレンツの皇女様と月の巫女様。そしてセヴァーンの祭司殿」


言葉の最後にルイスの方も見たその人は、きっと予言を受けて知っていたんだろう。


あたしはその笑顔に、期待と歓迎の意を感じて安心すると共に不安も掻き立てられた。


あたしに何が出来るの?


期待に応える事が出来るの?


あたしは・・・あたしはまだ16の小娘でしかないのに。


あたしは、あたしは・・・人を殺したりするような事はしたくないのに・・・


来るべき災厄を救う事って、そんな事・・・人を殺したりするような事じゃないよね?


あたしは震えそうになる手で乗って来た馬の手綱を強く握りしめた。










やっと辿り着きました。

次はルイスの視点からかな?



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