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第五話 アーニャ 魔法遣い

第二部第五話 アーニャ 魔法遣い




再会したアン、いやアンナは背が伸びて少し大人びていた。


気安く私に声を掛けた事を悔む素振りを見せていたし、以前は片言しか話せなかったバレンツ語も随分と流暢になっていた。


けれど、中身は余り成長していないようだ。


お喋りな処は変わらないし、私に訊ねて来る事も相変わらずレベルが低い。


もっと任務に対しての疑問とか・・・まあ、あのミハイル兄上の抽象的過ぎる指示では訊ねる事も難しいと思うが。


アドリア神聖帝国と我がバレンツ帝国は、表面上は国交がない。


何故なら、我が帝国ではマトフェイ神を信奉していないからだ。


原則としてアドリアは自国の柱であるマトフェイ神の神殿を持たない国との繋がりを持たない事になっている。


バレンツ帝国は神殿の在り様に異議を唱える者達によって興されたので、神殿を帝国内に据える事は出来ない。


ただ『魔物』の存在に関してだけ、密かに連携を取る事があった。


それでも国交がない国との間に国境の砦が存在しないので、隣接しているとは言え、帝国からアドリアに入るには他の国を経由しなければならない。


経由するティモールのエイヴォンまで馬を飛ばして3日で到着した。


アンナの体力は相変わらずなさそうだったが、それでも文句を言いつつも私について来た。


大した進歩だと思う。


エイヴォンから巡礼に上手く合流出来たし、上々の滑り出しだったのだが、その巡礼の中で私達があんなにも注目されるとは予想外だった。


高齢者が多い中、私達はしばしば話し掛けられ、黙りこむ私と違い、アンナは困った様に一つ一つに律儀に答えていた。


巡礼参加の目的を尋ねられて「母の病気回復を祈願する為です」と答えたアンナに、私は思わず問い掛ける様な視線を投げかけてしまった。


知っているのか?


それともまだ?


にっこりと私に笑い返して来たアンナは少し寂しげで悲しんでいるようにも見えたし、それら全てを乗り越えた様にも見える笑顔だった。


母親が亡くなった事を知っているなら、その後の事も知っているのか?


もう一人の姉が亡くなった事も?


フレデリックが「もう家には親父と兄貴と俺だけでむさ苦しくってさ」と寂しげに言っていた事をどう伝える?


亡くなる前に婚約をしていた事も伝えるべきか?


私には上手く伝える事が出来なくて、ただ黙っているしかなかった。


アンナは馬車に同乗していた祭司からの視線が厳しい事に怯えていたし、これ以上巡礼者達から質問攻めにされてアンナがボロを出すとも限らなかったので、私達は国境を超えると直ぐに巡礼から離れる事にした。


リーダー格の祭司に急ぐので巡礼から外れる旨を話すと、あっさりと承諾を得られた。


袖の下を渡しただけでこんなにもあっさりと・・・聞いていた神殿の腐敗は進んでいるらしい。


本来ならば嘆かわしい事なのだろうが、私にとっては物事がスムーズに進む喜ばしい事でしかない。


私は命令された事を速やかに遂行する事だけを考えていれば良いのだから。





巡礼が泊っていた街から徒歩で次の街まで移動し、そこからまた馬を走らせる事にアンナは少し不満気だったが、それでも付いて来た。


不眠不休が少し続いたので一晩野宿をしてしまったのだが、その為に祭司の一人に追いつかれる羽目になった。


まさか巡礼から離れた私達を追って来る者がいたとは、予想外であったが認識も甘かったのかもしれない。


神殿の祭司ならば、賄賂だけで操れると侮っていたのかも。


若い祭司はアンナの素性までもを言い当てた。


彼がアンナを凝視していたのも疑われていたからだったのか?


私は祭司の名を訊ねてみた。


突然の問いに若い祭司もアンナも唖然としていたが、名乗った祭司の名前に私は聞き覚えがあった。


ミハイル兄上が連絡を取り続けているティモールの祭司・クレメンスが「若いが知識に貪欲で、真面目で融通が利かないが、将来に期待が持てる祭司だ」と言っていた祭司の名と同一であったから。


案の定、リアードの名を出すと、彼は、ルイスと言う名の若い祭司は私達を『魔物』だとまで推察した。


成程、聞いていた通りに頭の回転は悪くない。


彼の推察を否定せずに様子を窺えば、何やら考え込んでしまった。


邪魔をするのか?と剣に触れて問えば、私達に同行を求めて来た。


彼もリアードに用があるのか?


クレメンス祭司も『神の遣い』に思う処があるのだろうか?


私はルイスと言う祭司の同行を黙認した。


それは、これから起こる事への不安があったのかもしれない。


アンナの力はどのようなものなのか?


予言された『大きな災厄』をマルガリータと共に回避できる力だとヨアンナ殿が言ったそうだが、そんな大きな力では私に何が出来るのか判らない。


クレメンス祭司の下に居た彼なら、何か力になってくれるのだろうか?


『魔物』ではないルイスに何が出来るのか?


それでも私はルイスに自分の受けた命令や、力が無くなっている事までも漏らしてしまったのは、やはり不安だからなのだろう。





思わずルイスに色々と溢してしまった翌朝、出発しようと火の始末をしていると、ルイスの大声に驚いた。


「お前!熱があるぞ!」


見れば、確かにアンナが少し赤い顔をしている。


「え~!平気だよぉ~」


間延びした声を出しているアンナの身体はふらついている。


ルイスと同じように額に触れると、確かに熱い。


ここまで無理をさせ過ぎてしまったのか?


私は今回も気が回らなかったのか?


「取り敢えず次の街まで移動する。乗れ」


アンナを私の馬に乗せてルイスにアンナの馬を引いて貰うように頼んだ。


彼が気付かなければ、私は気づく事すら出来なかったかもしれない。


「・・・ごめんなさい」


アンナは私の腕の中で小さな声で呟いた。


謝らなければならないのは私の方なのに。


この子は自分が足手纏いになる事を気にしていたのに。


私の部下として配属されたとはいえ、アンナは軍人としての訓練を受けた訳ではないのに。


馬を走らせている間中、後悔の念が私を襲う。


近くの街で宿を取り、アンナを休ませて医者に見せる。


「過労から来る風邪でしょう。ゆっくり休んで栄養のあるものを食べさせれば大丈夫ですよ」


医者の診断を聞いたアンナはすまなさそうに「ごめんなさい」とまた謝った。


「気にするな。ゆっくり休め」


全て私の責任だ。


アンナの力がどれほど巨大であろうとも、体力は普通の少女と変わらないのだ。


4年前にもミハイル兄上にあれほど言われていたのに、私はこう言った事に気が回らない。


私はただ落ち込むばかりでアンナに付いている事しか出来なかったが、ルイスは滋養の在りそうな食べ物を調達して来てくれた。


「お前がいてくれて助かった。ありがとう」


「いや、別に」


ルイスは無愛想だが、私などよりは余程気が利いて役に立つ。


フレデリックの大切な妹なのに、私は彼との事を追及されたくないばかりにアンナから目を逸らし過ぎていたのか?


私はアンナの傍から離れずに濡れたタオルを取り替えると、アンナはそれに気づいてにっこりと笑った。


「ごめんねぇ。あたしの所為で予定が狂っちゃうよね。でも、もう少ししたらすぐに治るから」


「気にするなと言った筈だ」


私の言葉にアンナは首を振った。


「もうすぐホデンが昇るから・・・そしたら治るよ」


ホデン?


今は昼だが?


「・・・ホラ、あたしの力って月の影響を受け易いから。昼間でも月が昇れば大丈夫なんだよ?アモイは半月でもホデンなら今は満月だし」


ああ、確かに。


初めてアンナが力を遣った時も、疲れがなくなったと言っていたな。


アンナが言った通り、昼過ぎには彼女の体調は驚くほど回復した。


以前のように身体が光ったりはしなかったが、それは彼女が自分である程度の力をコントロールする術を身につけたからなのだろう。


「これがお前の力なのか?」


ルイスはアンナの劇的に程の回復ぶりに呆れた声を挙げていた。


「そうだよん!凄いでしょ?」


ベッドから起き上がったアンナはそう言って得意そうに胸を張った。


「もっと凄い事も出来るんだよ?アーニャ、手を出して」


言われる儘に手を差し出すと、アンナは私の手を握って目を閉じた。


すると、不思議な事に私の身体の中に一瞬だが熱が駆け抜けた後に、今までの疲労感が無くなっていた。


「ルイスも、ホラ」


唖然としている私を余所に、アンナはルイスの手も握り、彼にも私と同じような事を施したようだ。


「・・・これは?」


茫然として自分の手を見詰めているルイスに、アンナは微笑んで答えた。


「これがあたしがこの4年間で手に入れた力だよ。月が・・・特にホデンが満月の時なら自分だけじゃなくて他の人にも力を分けてあげられるの。どう?凄いでしょ?」


大変だったのよ~これが出来るようになるまでは!


そう零しながら、アンナはその苦労を思い出したのか、拳を握りしめていた。


「だから、病気になったり疲れたりした時はあたしに言ってね?」


「・・・ホデンが満月の時だけとは、便利なんだか遣えないんだか判らんな」


自信満々に片眼を瞑って見せたアンナだったが、ルイスの容赦ない一言にぐっと詰まった。


「・・・でも、人の為になる力が遣えるようになれたんだもん。期間限定でも」


ぶつぶつと溢すように漏らした言葉に私は思わず笑みが込み上げてきた。


この子は『魔物』の力を人の為に遣いたかったのか。


私が見たのはアンナが力を遣って木を倒したところだけだったが、破壊ではなく人を癒やす為に遣うとは、彼女らしい。


「ねぇねぇ、アーニャ。あたしの力を披露したんだから、恋人のこと・・・」


「私はその条件を飲んだ覚えはない」


あれだけ黙秘して無視し続けた事を持ちだすとは、呆れた事だ。


「ちぇっ!ケチ!」


膨れたアンナに苦笑しそうになるが、彼女が元気になった様で良かった。


「今日は一日、大事を取ってここに泊まろう。ルイスが食べ物を調達して来てくれたしな」


「うわあ!おいしそう!ありがとうルイス!」


アンナから無邪気な笑顔を向けられたルイスは「別に、これくらい・・・」と焦っていたが、アンナはそんな彼の表情を気にも留めずに、早速、調達された食べ物に手をつけていた。


相変わらず食い意地の張った子だ。


だが、元気で明るい処は4年前と少しも変わらない。


お喋りで好奇心旺盛な処も変わらないが。


『魔法遣い』として私の処に来たアンナは『魔物』の力をコントロールする術を学んで、少しだけ成長した姿を私に見せてくれた。


けれど、彼女の本質的な物は少しも変わっていないように見える。


『魔物』になっても以前と変わらないアンナが私は羨ましいと思う。


それは実の姉や義兄が同じ里に居る周りの環境の所為なのか?


それとも彼女自身の元々の性質なのか?


やはり後者なのだろう。





「アンナ、『魔法遣い』としての力はその治癒の様なものだけなのか?」


元気に「ごちそうさまでした!」と食べ終えたアンナに問うと、アンナはムフフフと厭らしく笑って「アーニャが恋人に付いて教えてくれたら教えてあげる!」とまたあの話を蒸し返して来た。


まだ諦めていないのか?


些か呆れながら私が何も答えないでいると「もう!アーニャってば頑固なんだから!」と剥れてしまう。


どちらが頑固なのだか判らない。


「そんなに人の恋人が気になるのか?お前も下世話な奴だな」


ルイスも呆れたように呟いた。


「だって、気になるよ。アーニャってばもの凄く綺麗になったんだもん。初めて会った時に比べて凄く女らしくなったし。どうしてなのか理由を知りたいのは女の子の性だもん」


そう言うものなのか?


私はそんなに変ったのだろうか?


綺麗で女らしい?


ミハイル兄上からは未だにもう少し女らしくなれと言われるのだが。


「女は好きだな、そんな話が」


ルイスは呆れて溢していたが、アンナはその言葉に大きく頷いた。


「当り前でしょ!恋バナは乙女の潤いだよ!」


拳を握りしめて力説するアンナを見て、ルイスは私に視線を投げ掛けたが、私は肩を竦めて賛同に疑問を投げかけた。


私はアンナの言う処の乙女とは規格が外れていると思うから。


「ただの好奇心だけじゃないよ。あたしはみんなに幸せになって欲しいと思ってるんだもん。マルガリータお姉様はユーリとラブラブで心配の必要はないけど、アーニャもそうだけど、ソフィアお姉様だって早く結婚出来るように神殿で祈ってたくらいなんだから!」


アンナのもう一人の姉の名前が出てきた事に、私はちらりとルイスを窺った。


セヴァーンの神殿にいた彼はもう一人の姉の事に付いて知っているのだろうか?


「あ~!お前の一番上の姉貴か?・・・確か、婚約したとは聞いた事が・・・」


言葉を濁すルイスは知っているようだ。


「え?ホントに?凄いわ!ソフィアお姉様もやっと結婚出来るようになったのね!」


何も知らないらしいアンナは喜んで、やっぱりあたしのお祈りって効くのねぇとはしゃいでいた。


ルイスは事実を告げるべきか悩んでいるようだった。


知らないままで済めばそれでいいと思っていたが、アンナも里から出たのだから何れは知る事だと、私は真実を告げる事にした。


「お前の一番上の姉は婚約したまま事故で亡くなったそうだ」


2年前に馬車に轢かれたそうだ、と告げるとアンナは唖然としてから引き攣った笑顔を見せた。


「そ、そうなんだ・・・ダメだなぁソフィアお姉様ってば。せっかく婚約出来たのに事故に遭うなんて・・・そっか・・・もういないんだ・・・」


今にも泣き出しそうなアンナに、私はルイスと視線を合わせて二人で部屋を出て行こうとした。


彼女を一人で泣かせる為に。


そっと立ち上がって、ドアを開けると、アンナは必死で笑顔を浮かべようとしながら「ね、ねぇ、ソフィアお姉様は誰と婚約したのか知ってる?」と訊ねて来た。


「お前の義兄のコンラッドと婚約していたそうだ」


言い淀むルイスに代わって私が淡々と答えた。


「へ、へぇ・・・コンラッドお兄様と・・・あの二人ったらいつの間にそんな事になってたんだろ?コンラッドお兄様ってば、いっつもソフィアお姉様と喧嘩ばっかりしてたのに・・・あ、あれは好きな子を苛めたいってヤツだったのかな?」


泣かないように、明るく、無理矢理笑顔を浮かべながら呟いていたアンナだったが、ポロリと涙が一粒零れると、必死でそれを拭い始めた。


「あれ?・・・ああ・・・もう!」


私達の前でごしごしと頬を擦って涙を隠そうとしていたアンナだったが、そんな事はしなくてもいいのだと私が止めようとする前に、ルイスが彼女の傍に足早に近づき、アンナを抱きしめた。


「無理しないで泣け」


アンナはルイスの胸に顔を押し付けたまま、声をあげて泣き始めた。


私はそのまま部屋を出て、そっと扉を閉めた。


扉の向こう側からはアンナの嗚咽に交じって、ルイスの歌声が聞こえてきた。


そう言えばルイスは祭司だった。


マトフェイ神の神殿の祭司は、巫女と共に祭事で咏を詠うのだと聞いた。


私が傍にいるよりも、余程慰めになるだろう。


私は宿を出て街を彷徨った。


フレデリックに会いたい、と思いながら。





私が日が沈んでから宿に戻ると、アンナは泣き疲れたのか眠っていて、ルイスは「どうして俺を置いて出て行ったんだ」と怒っていたが、顔が少し赤かった。


取り敢えず「すまない」と謝っておいたが、プリプリと怒っていた彼はそのまま自分の部屋へと戻って行った。


瞼を腫らして眠るアンナの寝顔を見ながら、それでも私には彼女を慰める術を持たない自分の選んだ方法を悔む事はなかったが、アンナを慰める事が出来ればと思った。


ルイスがしたのは泣いているアンナの顔を隠すように抱きしめて、咏を詠って慰めて・・・私には咏など詠えない。


ただ抱きしめるだけでもよかったのだろうか?


泣かせるような原因になった事を冷たく告げた私が?


私にはルイス程上手く慰める自信が無い。


「すまなかったな」


私は眠るアンナの髪を撫でながらそう呟く事しか出来なかった。





次の日の朝、まだ腫れた瞼でアンナは「色々とご心配とご迷惑をお掛けしました」と言って私達に頭を下げた。


「気にするな」


私の言葉にアンナは「ありがと」と笑ってくれた。


「ルイスも・・・ホントにありがとう」


泣いたのが恥ずかしいのか、アンナはルイスと視線を会わせずにそう告げたが、ルイスも少し顔を赤くしながら「き、気にするな」と返していた。


「これからは街に立ち寄る事が少なくなるが、休憩は多く取るように努めるから」


リアードは山沿いの里だから、間に街は少ない。


馬を交換する事も出来なくなるから、まめに休みを取らなくてはならなくなる。


それは馬の為だけでなく、アンナの為にもなるだろう。


「お手柔らかにお願いします」


アンナは苦笑していた。


「行くぞ」


騎乗した我々3人は、アドリア神聖帝国の中にある『魔物』の里、リアードを目指して旅を続ける。









次はルイス視点・・・と思っていたのですが、アンナ視点の方がいいかな?

遂にリアードへ到着いたします。

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