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第四話 ルイス 理想と現実

第二部 第四話 ルイス 理想と現実




俺が所属している創造神マトフェイ神を祭る神殿は、総本山がアドリア神聖帝国の帝都・エルベにあるが、俺が生まれたティモールに於いては王都セヴァーンにある神殿が最大で国内での権威を誇っているのは当然の事だ。


俺が神殿へ祭司候補として親に売られるようにして差し出されたのは3歳の時だったらしい。


それが王都・セヴァーンにある神殿だったのは、俺の生まれたハドソン村の子供達に文字やらを教えに来ていた祭司がセヴァーンの所属だったからという単純な理由にすぎない。


貧しい農村には良くある事だと聞かされた。


口減らしの為に子供を神殿に捧げるのは。


それでも、神殿に預けられれば、食い扶持だけでなく教育も施されるのだから、この処置はまだ親が子供を思って、と言われればそうかもしれない。


俺は神殿に来てから、生まれたばかりで間引かれる子供もいるのだと聞かされ、自分の運の良さを感謝するように諭されたが、そう簡単に納得できるほど素直な子供じゃなかった。


でも、周りは似た様な境遇の子供達に囲まれて育てば、文句も愚痴も言っていられなかった。


特に、俺の一つ上には生まれた時から神殿に預けられたとか言う貴族の娘がいた。


貧富の差だけが神殿と言う檻に閉じ込められる原因なのではないとも知らされた。


その子は大人しくて、俺達のような平民出の祭司候補や巫女達と話をしたりはしなかったが、そうでなくともやはり近寄り難く、遠巻きに眺めてるだけの奴が多かった。


何しろ、ずば抜けて綺麗な子だったから。


マーガレット・ランドマークと言うその子は、12になる前に神殿から実家へと戻って行ったが、迎えに来た馬車の豪華さに、身分の違いをまざまざと見せつけられた。


あんな風に迎えに来てくれる親を持った者など俺達の中には殆どいなかった。


大抵の者は神殿の中だけで、受けた教育をその次の世代に伝えて行くだけの繋ぎの役割を果たしていくだけだ。


食うには困らないし、知識は望めば望むだけ得られた。


知識を重ねれば、少しでも外の世界が窺えた。


これは俺の努力と素質のお陰かもしれないが、何を考えてたのかは知らないが、俺を見込んでくれたクレメンスと言う祭司は、貪欲な俺に色々と教えてくれた。


そして知る神殿の闇の部分。


神の使徒で在り、従順な僕である筈の祭司や巫女にも派閥や欲があって、王家との対立や馴れ合い、貴族との賄賂の応酬、そして『魔物』との関わり。


知りたくもない事まで知らされる。


俺はそんなに清廉潔白な人間じゃないが、やはり知り得た真実にはがっかりさせられた。


神殿に祈りに来る奴らが馬鹿に見えて来る。


何も知らないのか?本当に祈る意味と価値があると思ってるのか?


クレメンスは「人は弱い生き物だから、何かに縋りたくなるものだ」と言うけれど、まずは自分で努力して見るべきだろうが。


俺は神に祈る弱い人間が嫌いだった。


そして、役にも立たない『神』とやらを信奉しているように見せかけている自分はもっと嫌いだった。


「ルイスは理想が高いんだね。それは自分を高める意味においては決して悪い事ではないが、時には自分や他人に優しくすることも必要だよ」


クレメンスが俺を評して言った言葉だが、他人はともかく、自分にも優しくしろだと?


自分を甘やかしてどうするんだ?


俺の頑なな態度にクレメンスは苦笑していた。


クレメンスの知識や『魔物』にも寛容な態度は尊敬に値するものがある、と思わなければいけない事も頭では分かっている。


でも、彼の目的の為には手段を選ばないところ、例えば自分の主張を通す為に権力を得ようとしたり、その為には賄賂や王侯貴族との繋がりを強固にしたり、と言った態度はあまり好きになれなかった。


理屈では分かってるんだ。


理想と現実は違うんだって。


でも、嫌だった。


どうしても好きになれなかった。


それでも、そんな態度の俺に、クレメンスは寛大な態度を見せ、傍に於いてくれた。


お陰で巡礼に参加する祭司としてアドリア神聖帝国に何度か行く事も出来た。


帝都・エルベにある総本山で見たモノは、神殿なんてどこでも同じだって事だった。


醜い派閥の争い、賄賂の応酬、信仰なんて単なるお飾りでしかないのも同じ。


おまけにエルベじゃ『魔物』を擁護するどころか、利用する奴らが幅を利かせていた。


『神の遣い』とは笑えるネーミングだが、アドリアの中で納まっている内は俺には口出すつもりもなかった。


だが、そうも言っていられなくなった。


クレメンスから、次の巡礼に参加する予定の祭司の一人が都合が悪くなったので、俺に行けと命じられたのだ。


そして、告げられた本当の目的。


「リアードを見て来て欲しい」


リアード・・・アドリアにある『魔物』の里。


北のバレンツ帝国にも同じ様なモノがあるらしいが、あそこの国には神殿が存在しないので話に聞いた事しかない。


俺だってリアードの名前を知っているだけで場所は知らなかった。


そこに行って何を見て来いと?


それに巡礼から外れても構わないのか?


俺の疑問にクレメンスはただ笑って「君の未来を見て来たまえ」とだけ言った。


俺が神殿の在り方に疑問や不安を感じているのを知ってか、抽象的な言葉で濁したが、アドリアの、いや神殿の未来が見えれば、俺がこのセヴァーンの神殿から去る事を許してもらえるのか?


俺はもう神殿の中のドロドロした謀計を廻らすような中に身を置くのはうんざりだった。


知識を追い求める事と引き換えに、そんなものに巻き込まれるのはごめんだった。


だが、このクレメンスの傍にいれば、何れは免れない事だ。


彼はティモールでも力をつけて来ている『魔物』排斥派との折り合いが悪く、次第に争いは激しくなっていくのが目に見えていたから。


『魔物』を擁護しようとするクレメンスが主張を通すには、アドリアのように『魔物』を利用する事が一番簡単で近道だ。


俺は『魔物』を擁護する気は更々ないが、かと言って排斥はやり過ぎだと思う。


どっちにも巻き込まれたくない。


どこか地方の町か村で畑を耕しながらガキに文字や計算を教え込むだけの方が向いてるんじゃないかと思い始めてた時だった。


アドリアの現実を見るのが嫌で暫く避けていた巡礼の同行だが、最後だと思って参加する事にした。





セヴァーンから出発した巡礼は20人ほど、相変わらず金持ちの年寄りが多い。


滅多に国外に出られない平民にとっては金のかかる娯楽と言ってもいい。


表向きは信仰心の表れなので、清貧を旨とし、豪華な食事や派手な馬車での移動は認められていないが、祭司に袖の下を渡して免れようとする小狡い奴も多い。


お前ら、本当に信仰ってモンを何だと思ってんだよ!


巡礼は本来なら徒歩で行くもんなんだぜ!


それを馬車だ食事だ観光だと、物見遊山と間違えんな!


だが、今更それを言っても始まらない。


俺は苛々としながらティモールの国内にある神殿で少しずつ巡礼の参加者を増やしながら進んで行った。


そしてティモール国内最後の街、エイヴォンであいつらに会った。





「こちらから巡礼に参加させて頂くアンナとアーニャです。宜しくお願い致します」


ペコリと巡礼服を着て頭を下げた若い女、いやまだ少女のような子には見覚えがあった。


アン・ランドマーク。


誘拐された筈の公爵令嬢じゃないか?


マーガレットの妹で、彼女が攫われてから神殿に足繁く通っていたから何度か見かけた事があった。


祭司の間では、彼女が『孤高の巫女』と呼ばれていたマーガレットの妹である事、高位の貴族の令嬢で在る事や彼女の家を襲った悲劇について、面白おかしく噂する者が多かった。


俺も一度だけ神殿で祈る彼女とぶつかった事があったから、顔は覚えていた。


でも、誘拐されて死んだと聞かされていたのに。


生きていたのか?


それに『アンナ』ってなんだ?


一緒にいる『アーニャ』とかいう女は?


じっと様子を窺っていると、怯えたように俺から視線を外す。


俺は不満や怒りをへらへら笑って覆い隠す事をしないので、信者や後輩から怖がられたり、先輩からは叱責を受ける事もあった。


ただ怯えているだけなのか?


それとも後ろ暗い事があるのか?


怪しんでいた俺が次の日に聞かされたのは、二人が巡礼から外れたとの知らせだった。


「どうしてそんな勝手な事を許したんです?」


国境警備には通過した巡礼の顔は知られてなくても、人数は把握されてる。


帰る時に人数が減っていれば問題になる。


あいつら、もしかして国境を超える為だけにこの巡礼を利用しただけじゃないのか?


憤る俺に、先輩の祭司はまあまあと宥める。


「大丈夫だよ。エルベで合流するとか言ってたし、それに第一、私達と一緒でなければ国境は越えられないんだから」


呑気な!


「追いかけて連れ戻します」


俺はきっちり自分の分の旅費を取り上げて、二人の後を追った。


泊った街で、二人が馬を調達した形跡がなかったから、次の街で聞き込むと、案の定それらしき二人連れが馬を調達していた。


慎重なんだか、間が抜けてるのか判らない奴らだ。


俺に見られて怪しまれたと思ったのか?


それとも若い女二人連れで、巡礼の一行で浮いていたからなのか?


いずれにしても、素直にエルベまで巡礼の旅をするつもりではなさそうだ。






二人には意外と呆気なく追いついた。


後を追うのは簡単だった。


馬を交換する街で聞き込めば良かった。


まさか祭司が追ってくるとは考えていなかったのか?


あんな説明だけで納得すると思われていたとは、俺達も舐められたもんだな。


俺が追いついた時、二人は目覚めて出発する直前のようだった。


「行くぞ」と言う声が聞こえて、間に合った事にホッとした。


「大丈夫なの?」


「何がだ?」


「何って、アーニャの身体だよ。3日間、エイヴォンまで馬を走らせて、その後馬車に乗ったとは言え、一晩中歩いて、休みなく一日馬に乗ってたんだから。心配するのは当たり前でしょ?」


「心配は無用だ。一刻も早く辿り着く必要がある」


「そんなに急ぐ必要があるの?」


この会話だけでは目的地までは判らないな、と近付けば、アーニャと呼ばれていた女が脇に置いていた剣を持ち上げて、こちらを見た。


やっと気付いたのか。


アンナと名乗っていた少女は、連れの行動で俺に気付くと「ひっ」と怯えた様な声を挙げる。


「私にもどうしてそんなに急ぐのか教えて欲しいものですね」


エイヴォンまで3日間馬で走り続けたと言う事は、この二人はエイヴォンではなく、別の場所から来たと言う事だ。


考えられるのは・・・まさかバレンツ帝国?


「私達は一刻も早くエイヴォンに戻らなくてはならない。母が心配なのでな。ゆっくりと巡礼の旅に付き合っている暇はないから、抜けたのだ。祭司の方にはそう伝えた筈だが」


アーニャと呼ばれていた女は焦りもせずに冷静に答えるが、今更それを信じろとは、いい度胸をしてるな。


「ではエルベに向かっていると?おかしいですね、方向が違いますよ?」


一方、アンナと名乗っていた少女は、俺の言葉に目に見えて動揺し始め、妙な言い訳まで始める始末だ。


「え、ええ?ち、違うんですか?あ、あたし達、迷っちゃったのかな?どうしよう?」


諦めの悪い奴だな、ここら辺で引導を渡してやらなきゃ分からないのか?


「エルベに向かっているのなら、どうして巡礼の証であるローブを脱いだのですか?そもそも、あなた方の本当の目的は巡礼なのですか?あなたの母上は既に亡くなっている筈ではないのですか?アン・ランドマーク公爵令嬢」


正体を暴いてやれば、公爵令嬢は真っ青になった。


ほら見ろ、俺の記憶は間違ってなかった。


やっぱり。こいつはアン・ランドマークに間違いないんだ。


「い、いやですね、何を仰っているのか判りません。あ、あたしはそんな大層な身分の者ではありませんよ」


往生際が悪いな、声が震えてるぞ。


下手な芝居はいい加減にしてくれ!


死んだ筈の公爵令嬢を睨みつけていると、もう一人が突然、俺の名前を尋ねて来た。


「祭司殿のお名前は?」


俺は一瞬、何の為にそんな事を?と、唖然としてしまったが、隠す理由もないので、渋々答えた。


「・・・ルイス・ハドソンですが」


すると、質問した本人は納得したように頷いた。


「ではクレメンス殿をご存じだな?我々の本当の目的地はリアードだと言ったらご理解いただけるかな?」


この女・・・クレメンスを知ってるのか?


そしてリアードまで・・・すると。


「リアード・・・それではあなた方は・・・『魔物』なのか?」


俺の問いに「そうだと答えたらどうする?」平然と答える女。


『魔物』の話を聞いた事はあっても、実物を見るのは初めてだ。


俺は嫌悪感と恐怖が湧きおこるのを感じた。


神殿で、クレメンスからも色々と話を聞いていた筈なのに、植え付けられた『魔物』への偏見と恐怖は拭いきれていなかったらしい。


「聞いていた通り、我々は急いでいる。黙って巡礼の一行に戻られるなら良し、邪魔をするなら覚悟をして頂きたい」


剣に手を掛けてそう言う女の言葉に、俺は我に返った。


「ち、ちょっと!アーニャ!」


「邪魔をするつもりはないが、目的地がリアードならば私と同じだ。同行させてもらおう」


初めての場所だから不案内だし、丁度いい、こいつらに案内をさせようと思った。


それに『魔物』がどう言ったものなのか、見聞出来るいい機会だとも。


「あたし達『魔物』と一緒でその・・・」


公爵令嬢は恐る恐るといった雰囲気で俺に訊ねて来た。


俺はさっき、一瞬でも感じた恐怖を押し隠す為に憮然と言い返した。


「お前は『魔物』に見えないな」


こいつも自分が『魔物』だと認めるんだ。


でも、それで俺は納得してしまった。


何故、4年前にこいつが突然攫われてしまったのか?


公爵家の娘がどうして攫われたのか?


それはこいつが『魔物』だったからだ。





二人の旅に強引について行く事になると、こいつらは一日中、馬を飛ばして走っていた。

アーニャって女は平気な顔をしてたが、アンナは相当へばってた。


「あたしはあんなに体力がないのよ」


ブツブツと愚痴を溢しながらも付いて来るんだから、体力がない訳じゃないみたいだが。


俺は一日、こいつらと一緒に行動するだけでとても驚かされた。


巡礼の旅では、馬車だったし、素性がばれるのを恐れてか大人しかったが、アーニャはともかく、アンナのお喋りには驚いた。


馬で走っている時は当然、会話などないが、最初は俺の言葉に腹を立てていたらしいアンナも、無口で反応の悪いアーニャ相手に会話を諦めると、俺に話を振って来る。


それも平民のような砕けた口調で。


「ねぇねぇ、ルイス祭司はセヴァーンの神殿の人なの?」


「ああそうだ」


「じゃあじゃあ、マーガレットお姉様を知ってる?12まで巫女をしてたんだけど。ルイス祭司と同じ位の年だから、見た事ぐらいあるでしょ?あ、お姉様は今は20なんだけど」


こ、これが貴族のご令嬢の話し方なのか?


気取ってない、と言えば聞こえはいいが、言葉遣いが乱暴過ぎるんじゃないのか?


「・・・やっぱりお前の姉も生きてるのか?『魔物』として?」


俺は内心の動揺を必死で隠して訊ねた。


「あ・・・ま、いっか。うん、そうだよ。あたしと一緒で12の時に『魔物』の力が目覚めちゃったの」


さっきの下手な演技と言い、今の秘密をポロッと喋る処と言い、こいつは嘘が吐けない馬鹿正直な奴なんだな。


「マーガレット・ランドマークなら神殿の巫女をしていた時、見た事はある。『孤高の巫女』として有名だったからな」


あの姉とこいつは本当に姉妹なんだろうか?


余り似てないが。


「へぇ・・・さすがお姉様!あ、もしかしてルイス祭司もお姉様に憧れてたとか言うクチなの?残念ながら、お姉様はもう結婚しちゃったから諦めてね!」


結婚か・・・ま、生きているなら不思議な話じゃないな。


思えば、彼女が神殿からどんな世界に戻って行ったのか、知識を得ようと思ったきっかけではあったな。


お陰で余計な事まで色々と知らされたが。


「お前の『魔物』としての力は何だ?」


アーニャもそうだが、この二人は『魔物』の力を今まで遣った事がない。


俺は人に恐れられる力とはどんなものなのか?興味があった。


「あたしの力?あ!そうだ!アーニャ!あたしの力を教えてあげるから恋人のことを白状しなさいよ!」


何かを思い出したらしく、突然アンナはアーニャに向かって問い詰め始めた。


だが、激しい勢いで問い詰めるアンナにアーニャは黙ったまま何も答えない。


「もう!ケチなんだから!」


一人で騒ぎ立てて、一人で憤慨していた。


「あ、あたしの力はね、今はちょっと教えられないの。でも、そのうち分かるかもね」


勿体をつけやがって。


しかし・・・攫われる前、正しくは『魔物』として覚醒する前、神殿に祈りに来ていたこいつは公爵令嬢で『孤高の巫女』の妹で、参拝に来るたび話題に上る程だったのに・・・


実体はコレか?


お喋りで噂話が好きで・・・普通の平民の娘と何等変わりない。


現実ってこういうものだと知ってはいたが・・・勝手に理想を描いていた俺達が悪いんだな。


それにしても、最初は俺に怯えていたくせに、隠していた事がばれた途端に俺に対して遠慮なく話しかけて来るとは。


まあ、あの神殿で熱心に祈りを捧げる様な奴だからな。


背は少し伸びたみたいだが、長い焦げ茶色の髪と大きなヘイゼルグリーンの瞳は変わってない。


黙ってれば可憐な公爵令嬢で通るものを・・・口を開けばコレだもんな。


はぁぁぁ・・・辛い現実だ。





「ルイス祭司は『神の遣い』についてどう思う?」


三人でリアードを目指してから2日目の夜。


火の番をしているアーニャがぐっすりと寝込んでいるアンナの傍でそう訊ねて来た。


やっぱり、こいつらの目的もソレか。


「別に俺・・・いや、私はアドリア国内の事ですし、クレメンス祭司からリアードを見て来るように言われただけで」


おっと、つい地が出そうになった。


アンナの能天気な話に付き合わされてた所為か?


「私達の前で取り繕わなくても構わない。アンナがあの調子だし」


いつも無口で冷静なアーニャだが、この時はクスリと少しだけ笑った。


なんだ、髪が白くて目が赤くて無表情だと人形みたいだが、笑うと人間に見えるんだな。


アンナが「恋人について教えろ」って煩く騒いでいるし、こいつも『魔物』でも普通の人間と変わらないのか。


「じゃあ、俺の事もルイスでいい。俺は本当に様子を見て来るようにと言われただけだ。余り地理に詳しくないから、正直、あんた達と一緒に行けたら助かる」


ホントにどうでもいい事なんだ。俺にとっては。


『神の遣い』がどんな奴らだろうと、何をしていようと。


エルベがどんな考えを持っていようとも。


「あんた達は『神の遣い』をどうするつもりなんだ?」


『魔物』としては神殿に利用されてるだけの『神の遣い』は許せるのか?許せない存在なのか?


「私達もお前と同じだ。リアードを見て来るようにと言われた。ただ、アンナをリアードの連中に引き合わせる様にとも言われている。彼女の力が、彼らの考えを変える事が出来るかもしれないと」


おいおい、俺にそこまで話していいのか?


こいつら、人を信用し過ぎじゃないか?


まあ、クレメンスの名前がそうさせてるのかもしれないが。


あいつも伊達に年を取ってないんだな。


「こいつの力ってそんなにすごいのか?」


そうはとても見えないが。


「今、アンナは眠っているが、彼女の力でここ一帯には結界が張られている。だから獣も人も寄って来ない」


そう言えば、昨日の夜も二人ともぐっすり寝ていたな。


俺は念の為にと、朝まで起きてたんだが、山の中だと言うのに獣も近寄って来なかった。


巡礼だって、夜は獣や盗賊が多いから、安全の為に街に寄って宿に泊まるのに。


野宿でこの無防備さは無謀と言えるだろう。


「それがこいつの力なのか?」


俺の問いにアーニャは静かに首を振った。


「いや、結界を張る事は力のある者ならば簡単に出来る事だ。彼女の力はもっと凄い、らしい。生憎と私には詳しく教えてくれないが」


ああ、あのいつも喚いてる恋人がどうのってヤツか。


「あんたの力は何なんだ?」


アーニャはまた首を振った。


「私の『魔物』としての力はもう殆どない。かなり前から弱くなって来ていたが、ここ最近は全く遣えないな」


ああ、クレメンスから聞いた事がある。


『魔物』の力は不安定で、年を取ると消えてしまう者もいるとか。


「なのに『魔物』の為に働くのか?」


「それが私の仕事だからな」


自分の仕事か・・・俺は自分の仕事が嫌いな訳じゃない。


祭司として尊敬出来る人達も居る。


ごく一部だが。


そうなりたいと思っていた時期もある。


だが、自分の器ってものを知ると、それは無理な話だって事も判って来る。


俺はクレメンスのように自分の理想や信念の為に何もかも捨て去る事は出来ない。


神殿や信者の為に奉仕出来るほど懐が広くない。


ムカつく奴は嫌いだし、そんな奴らの為に働かされるのもご免だ。


こんな俺には祭司なんて向いてないんだよな。


きっとこの旅で、俺は厳しい現実をもっと見せつけられる事になるんだろう。


そうすれば、神殿ときっぱり縁を切る事に未練は無くなるんだろうな。


思い切るにはいい機会だったのかもしれない。


ここには俺の夢をぶち壊してくれた存在もあるしな。


俺は夜空を見上げた。


晴れた天空には半分掛けたアモイの月が浮かんでいた。










実はルイスは第一部第五話にチラリとだけ出ていたのでした。

一方的な恋愛フラグが立っていたのでした。


彼も実はまだ少し無自覚ですが、ツンデレになるのかな?

次はアーニャの視点にするべきか?

相変わらず未定です。


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