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番外編 公爵家侍女メアリの呟き その1と2

以前に拍手として掲載していたものですが、時系列に合わせて本編の間に入れ込む事にしました。


第三者から見たランドマーク公爵家のお話です。

その1 メアリ16歳・若様のご結婚




わたくしはメアリ・カスケード。


カスケード男爵の娘として生まれ育ったわたくしは、この度、ランドマーク公爵家で侍女として働かせて頂く事になりました。


これはもう男爵家の娘としては大出世でございます!


我がティモール王国に貴族は数あれど、公爵家は3つしかございません。


その一つであるランドマーク公爵家に勤める事が出来るのは、貴族の娘として栄誉であり、誇れるステータス。


なので当然、公爵家で侍女として勤めているのは侯爵家や伯爵家のご令嬢ばかりが多い中、男爵家の娘であるわたくしが採用されたのは晴天の霹靂!


アドリアとの国境にあると言う大陸最高峰のサガルマータに登頂を果たしたような気分でございました。


わたくし達侍女を取り仕切るマティルダさんは厳しい方でございましたが、真面目に働く者には正当な評価を与えて下さる方でもありました。


恥ずかしながら、我が男爵家は余り豊かとは言えず、いえ正直に申し上げるとかなり貧乏で、市井の平民と変わらぬ暮らし振りでございましたので、侍女の仕事は慣れたもので辛いとは思えませんでした。


それが幸いしたのかマティルダさんから高い評価を頂き、な、なんと!公爵様のご子息、アルフォンス様付きの侍女の一人に加えさせて頂く事になったのでございます!!!


これはもう、侍女仲間から僻みや嫉みを受けて当然の大出世!


何しろ、アルフォンス様は近衛隊で隊長に任ぜられたばかりの19歳の美青年で、貴族のご令嬢の憧れの的、お婿さんにしたい貴公子ナンバー・ワンの方でいらっしゃいます。


おまけに、お傍に付いて窺い知るのは、アルフォンス様は本当にお優しい方だと言う事。


公爵家の使用人は、執事や従僕・侍女を始めとして、料理人や庭師に馬番や下働きの者まで、貴族出身の者から平民出身の者まで数多くの使用人がおります。


わたくし達、使用人同士の中でも、勤めている仕事の内容や出身によって態度が違う事が在るのは当然でございましたが、アルフォンス様はそういった使用人を差別することなく、みな平等に気さくに話しかけて下さるようなお方でございました。


わたくしはもう、ご尊敬を通り越して、陰ながらお慕い申し上げるようになったのは言うまでもございません。


ですが、それは年若い侍女がみな同じに感じている事でもございました。


お年頃でいらっしゃるアルフォンス様には毎日のように縁談が参りましたが、何故か一つもお受けにならず、ご婚約者もいらっしゃらない状態。


不躾ながら、お傍に居るのをいい事に、一度お訊ね申し上げた事がございました。


「若様はご結婚なさらないのですか?」


するとアルフォンス様は少し寂しそうに笑われてこう仰いました。


「私はまだ若輩者だからね。結婚なんてまだ当分出来ないよ」


これを侍女仲間に報告いたしますと、侍女の一人が「若様はきっと心に決めた方がいらっしゃるのよ。でなきゃ降るように舞い込んでくる縁談を断るなんてしやしないわ」と言い。


また一人は「きっと身分が違いすぎるんで悩んでいらっしゃるのよ。なにしろ未来の公爵夫人ですもの」と言い。


更にまた一人が「もしかして、あたし達の中にいるかもよ?」と言い。


またまた一人が「いや、もしかして若様は女に興味がないのかも?」と言いました。


もちろん、最後の一人は仲間達から非難轟々でしたが。


ですが、そういった意見が出るのも無理からぬ事でした。


何しろ、アルフォンス様がわたくし達侍女に夜伽を命じたり、女性をお屋敷に連れ込んだりなどと言う事をなさった事が無かったからです。


貴族の若者としては、それは異常ともいえる潔癖さでございます。


もしかして・・・若様の思うお相手はわたくしかも・・・と侍女の皆が淡い期待を寄せたのも当然の事でした。


時折、気鬱そうに溜息を吐かれる様など物憂げで、侍女達のハートを鷲掴み取りでございました。





それから1年程して、公爵である旦那様が突然、心臓の発作を起こして急逝されてしまわれました。


当然の事ながら、一人息子であるアルフォンス様が若干20歳の若さで公爵位を継がれる事になられたのでございます。


突然の不幸とお祝い事が続いてお屋敷がバタバタとしている時でございました、奥様がお倒れになったのは。


奥様の興し入れと同時に公爵家に勤め出したマティルダさんが仰るには、奥様はアルフォンス様の上にもう一人ご子息をお生みになった事、その方がお小さい頃に落馬して亡くなられた事、それ以来お優しい奥様はずっと悲しみから抜け出せていなかった事。


今回の公爵様の訃報に悲しみが耐えきれなくなったのではないかとの事でした。


奥様は暫くして起き上がれるようになると、ご実家の侯爵家の別邸へと引き籠われてしまわれました。


女主人を失ってしまった公爵家は精彩を欠いてしまいましたが、新たに公爵となられたアルフォンス様を盛り立てようと、使用人一同で張り切ったものでございます。






そんな折に降って湧いたのがアルフォンス様と第三王女・クレア殿下とのご結婚。


ご縁談ではなく、ご結婚です。


わたくし共は大慌てで婚礼の準備と新しい奥様の受け入れ準備を行う事となりました。


侍女達は、きっと若過ぎる公爵への後ろ盾として王家から王女様がご降嫁なされるのだと口を揃えて噂したものです。


そうでも思わないと、やっていられないのが実情でございましたが。


わたくしはアルフォンス様から直々に新しい奥様となられるクレア様付きになるようにと申し付かりました。


「メアリはクレアと年が近いから、何かと教えてあげて欲しいんだよ。君は有能な侍女だし」


そう言われてはお断りする事も出来ませんでした。


そして興し入れの日。


使用人一同が並んでお出迎えする中、アルフォンス様はクレア様を抱き抱えてお屋敷にお入りになられました。


あの時のアルフォンス様の嬉しそうなお顔と、恥じらう花嫁の清純なお美しさに、わたくし達侍女は、これが政略的な結婚などではなく、アルフォンス様が心から望まれたご結婚なのだと心で涙致しました。


お幸せそうなお二人に使用人一同は心から拍手申し上げてお出迎え致しました。





新しい奥様のクレア様は王家の出でいらっしゃるのに、神殿で10年もお過ごしでいらっしゃった所為か、少しも気取ったところが無く、奥様付きとなったわたくしにも気さくにお声を掛けて下さいました。


ご自分の侍女をお一人もお連れにならなかった事も不思議でしたが、わたくしに向かってこう仰いました。


「わたくしが公爵家の事を学ぶにはこちらの方に窺うのが一番だと思いましたので、宮廷からは誰も連れてまいりませんでした。色々と教えて下さいね、メアリ」


そう言って微笑んだクレア様の愛らしさと言ったら・・・わたくしは一目で新しい奥様の虜になってしまいました。


アルフォンス様のお心を掴まれたのも当然です!


これだけ優しくてお美しい方ならば、憧れていたアルフォンス様の奥方として申し分ございませんとも!


もちろん、新しい奥様に心酔したのはわたくしだけではございませんでした。


他の侍女も従僕も料理人も庭師も下働きも、終いには執事のマイケルさんや厳しいマティルダさんまでもがクレア様の笑顔の虜になっていきました。


もちろん、アルフォンス様を狙っていた諦めの悪い侍女などもおりましたが、わたくしがクレア様に近づかせませんでした。


マティルダさんと図って、さっさと片付けてしまいましたとも。


新しい公爵夫妻を迎えた公爵家は活気づき、後はお世継ぎがお生まれになるのを待つばかりとなりました。


普段のご夫妻の熱々ぶりを拝見すれば、それは間もなくだと誰もが疑いませんでした。


だって、あまりの公爵様の熱愛ぶりに、給仕をしている途中で皿を割る粗相をする者が続出する始末でございましたから。


恥ずかしながらわたくしも2回ほど皿を割り、お茶を零した事が3回ほどございました。

ですが、奥様に妊娠の兆候は現れず、痺れを切らした公爵家の親戚が養子の話を持ち込んだのだそうでございます。


まだお二人ともお若いし、仲が良い夫婦ほど子供が出来難いものだと申しますのに、あまりにも性急な話に使用人一同は憤慨致しておりました。


それでも、お優しい奥様は親戚に責められる公爵様を気遣って、養子のお話を受け入れられたそうでございます。


「ねえ、メアリ。子供が来れば、この家ももっと賑やかになるわね?」


嬉しそうにしていらっしゃるクレア様が不憫な気が致しました。


本当ならご自分でお生みになられたお子様をお育てになられたいはずなのに。


わたくしもお二人のお子様をお育てするお手伝いが出来るものだと、とても楽しみにしておりましたのに。


自分の婚期を逃す事すら気にせずに。


それでも、多くの兄弟を抱えて育ったわたくしは、クレア様のお役に立てる事がきっとある筈だと信じて、生涯、奥様にお仕えする決意をした次第でございます。





その2 メアリ21歳・公爵家の子供達



生まれて間もないジュリアス様が公爵家に引き取られたのは、アルフォンス様とクレア様がご成婚されてから1年程経った頃でした。


可愛らしい赤ん坊に夢中になられた公爵ご夫妻に、不満を感じていた使用人達も次第に新しい住人に夢中になっていきました。


何しろ、ジュリアス様は手の掛からない赤ん坊で、夜泣きもしなければ愚図る事も少なかったのです。


クレア様のご母堂に所縁の血筋だと伺っておりましたが、成長するに従って公爵様に似ていらっしゃるようでもあり、公爵家の後継ぎとして末が楽しみな利発なお子様でいらっしゃいました。


そして、ジュリアス様が2回目のお誕生日を迎えられようとする頃、先代公爵様の妹様のご婚家の所縁でいらっしゃる、1歳になられたばかりのソフィア様が引き取られました。

ソフィア様が初めて公爵家にお見えになられた時、わたくし共はそのみすぼらしさに驚かされました。


何しろ着ている服はボロボロで身体も薄汚れていたからです。


それでも、クレア様は大層嬉しそうなご様子で、幼いソフィア様を抱き上げ、歓迎なさいました。


わたくし共はそのご様子に自分達の浅慮を恥じたものでございます。


更に、ジュリアス様4歳、ソフィア様が3歳になられる頃、やはり先代公爵の妹様の所縁のコンラッド様がいらっしゃいました。


わたくし共も更に驚かされました。


それはまだ2歳のコンラッド様の身体には痣や傷がたくさん残されていたからでございます。


わたくしも貧しい育ちではございますが、親から謂れのない暴力を受けた事などございませんでした。


平民の貧しい者の中には、自分の子供にそう言った仕打ちをする者がいると聞いた事はございましたが、目の当たりにしたのは初めてでございました。


そう言った仕打ちを受けた所為か、コンラッド様はなかなか馴染めず、わたくし達に口を聞く事もなかったので、知恵が遅れているのかと心配されましたが、公爵様や奥様が優しく話し掛け続けるうちに次第にお言葉を話すようになりました。


ただ、それはわたくし達にとっては少しばかり辛辣なものでありましたが。


「メアリは21にもなってまだ結婚しないの?行き遅れ?」


2歳児の喋る言葉ではございません。


そして更に、女の子である事から些か甘やかされたソフィア様との絶えないケンカには閉口いたしました。


「それは私のご本よ!返しなさい!」


「まだ全部自分で読めない癖に、僕は読めるからって僻むなよ」


「生意気よ!弟のくせに!」


お互いに口が達者な所為か、すぐに始まるケンカは頻度が高く、一番上のお兄様であるジュリアス様が間に入られても、中々鎮まる事はございませんでした。


ですが、奥様が「みんなで仲良くしましょうね」と仰って、お子様たちに歌をお聞かせになられると、流石のお子様たちも静かに聞き入るようになったものでございます。


何しろ、神殿で巫女長を務められていた奥様のお歌は素晴らしく、ご家族全員のみならず、屋敷の者たち全てが聞き惚れてしまうくらいでしたから。


奥様も公爵様も、お子様たちに怒鳴ったり、厳しい体罰を与えたりすることは一切ございませんでした。


その為、ソフィア様などは些か我が侭で、コンラッド様の辛辣さは厳しさを増してしまいましたが、ジュリアス様はそれを良いお手本になさっているようで、益々行く末が楽しみな若様へと成長なさっていらっしゃいました。


そして更に更に、コンラッド様が引き取られて間もなく、生まれたばかりのフレデリック様が引き取られました。


こちらはなんと、公爵様の叔父上でいらっしゃるリチャード様所縁のお子様とか。


毎年、公爵家にやって来ては、厳しいお言葉をわたくし共使用人だけでなく、お子様たちや公爵様にまで投げかける、大変評判の悪いクソジジィ、いえ、ご老体でいらっしゃいます。


それでも、久方ぶりの赤ん坊の登場に、公爵夫妻やお子様たちも夢中になり、わたくし共も血筋は関係なく、歓迎する事に致した次第でございます。






そして、そして、フレデリック様がよちよち歩きをなさる頃、漸く待望の公爵ご夫妻の間に赤ちゃんがお出来になったのです!


使用人一同は大喜びでした!


お子様たちも生まれて来るのを楽しみになさって、皆様でお名前を考える程、仲睦まじいご家族でいらっしゃいました。


たくさんのお子様たちに囲まれて、仲の良い公爵ご夫妻に仕える事の出来るわたくしは幸せ者でございます。




ですが、幸せと言ったものは長く続かないのが世の習いでございます。


奥様が間もなく産み月を迎えられようとする頃、使用人達の間で妙な噂が立ち始めました。


「奥様がお生みになられたお子様は神殿に預けられる」などと埒もない事を。


わたくしは憤慨する余り、つい奥様にその噂について話してしまいました。


笑い飛ばして下さるものだとばかり思って。


ですが、奥様は寂しそうに笑われて「実はそう言うお話があるの」と言われてしまわれたのです。


巫女長であった奥様がお生みになられるお子様を神殿が欲しがっているとの事でした。


そんな!


わたくしの公爵ご夫妻のお子様をお育てするという野望が!


いえ、奥様や公爵様のお気持ちは?


けれど、わたくし共使用人がいくら反対しようとも、上の方々が決められた事に抗える事など出来ません。


深夜、女のお子様をご出産された奥様のお手元から、マーガレットお嬢様は神殿へと連れ去られたのでございます。


去っていく馬車をお屋敷の門からお見送りしながら、いつまでもお嬢様の泣き声が聞こえていたようでございました。


辛い出来事に襲われた公爵家でございましたが、上のお子様方は気が沈みがちな公爵様や奥様を励まそうと、元気を出されていたのが健気でございました。


ソフィア様とコンラッド様の喧嘩も少なくなり、お仕事でご不在の公爵様の代りに、昼間はいつもお子様たちが奥様のお傍についていらっしゃいました。


お子様方は、みなさま本当に良いお子様たちでございます。


「メアリも元気出してね。いつかはお嫁に行ける日も来るよ、たぶん」


コンラッド様の辛辣さは相変わらずでございましたが。


わたくしだって!


実は誰にも話したりは致しませんでしたが、お子様たちの家庭教師の方と少しばかり・・・そのいい雰囲気になった事もございました。


けれど、その方はご実家のご両親が急病になり、里へ帰られる事になりました。


その方も別れ際に何か言い辛そうになさっていらっしゃいましたが「お元気で」とだけお伝えすると「あなたもお元気で、メアリ」と言って下さいました。


たぶん、あの方は里に帰られるとご両親の薦められる方とご結婚なさるのでしょう。


一度、里に戻ると都には帰らず、そのまま郷里で結婚する者が多いと聞きました。


あの方は平民でわたくしは曲がりなりにも貴族の娘です。


一緒になれるはずもございませんでした。


唯一、と言っていいわたくしの淡い思い出でございます。





そして公爵家の皆さまは、神殿の預けられたマーガレット様のお傍に少しでも近くに、と毎月、神殿へご家族揃ってお出かけになられるようになりました。


いつか神殿からお戻りになられる日が来る、と使用人一同を含め、願っておりました。


その願いが、別の形で叶えられる日が参りました。


奥様がまたご懐妊されたのでございます。


ジュリアス様が士官学校にご入学なさろうとする前の年の事でございました。


公爵家のご家族が、これで8人目を迎える事になるのです。


お生まれになったのは、アンお嬢様と名付けられた、公爵様によく似た元気な赤ん坊でございました。







この番外編はムーンライトノベルにて連載中の『シャノンを知らない魔物』の話をある意味、別視点で補うために書いたものです。


ですから、本編が始まる前の公爵夫妻についての話が長かったりしています。


ちなみにメアリは公爵夫人クレアの一つ上の設定です。

この番外編は『その5』まで在りますが、最後は最終話が掲載された後に掲載する予定です。



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