番外編 公爵家侍女メアリの呟き その4
以前に拍手として掲載していたものですが、時系列に合わせて本編の間に入れ込む事にしました。
第三者から見たランドマーク公爵家のお話です。
その3の直後から話が始まっていますが、最後の部分が第二部に掛かるのでこちらの位置での掲載になりました。
その4 メアリ40歳・公爵家の慶事
わたくしはご葬儀の間からずっと考えておりました。
もうわたくしも40になりました。
嫁ぐ事など、遠の昔に諦めております。
実家も、もう既に弟が継いでわたくしの居場所などございません。
ですが、今まで公爵家に勤めていた間に貯めた僅かばかりの蓄えはございます。
それを元に田舎に引っ込むか、またどこかで働く・・・のは難しいとは思いますが、奥様の亡くなられた今、お暇を頂くのが筋目かと思いました。
ご葬儀の後片付けなどが済んだら、公爵様に申し上げようと、心密かに決心していた時でございます。
公爵様からこんなお言葉を頂いたのは。
「メアリも色々とご苦労だったね。これからも家の事を宜しく頼むよ。ソフィアがクレアの代りをすると言っても、まだ若いし、知らない事も多いだろうからね」
そうでした。
ソフィア様は奥様が床に着かれてから、お屋敷の事を奥様の代りに取り仕切る事はございましたが、まだお若く、しかも未婚で、いつ嫁がれるのか?判らない状態です。
ご不幸が続きましたから、喪中での慶事は当分控える事になるでしょうが、ソフィア様だけでなく、コンラッド様も奥様を迎えて宜しいお年頃です。
次期公爵夫人になられる方がお見えになるまで、頑張ってみようかと思いました。
わたくしはそれから、ソフィアさまと公爵家の内々の事について色々とご指導差し上げたりと、ご一緒に過ごす時間が増えてまいりました。
ソフィア様もいずれ、どちらかの貴族のご子息とのご婚儀が決まれば、こう言った事を采配するようになるのだからと、花嫁修業の一つだと考えて。
ですが、ソフィア様は以前から来ていた縁談のお話に、どれも乗り気ではいらっしゃらないようでした。
理想が高くていらっしゃるのか?
それとも、奥様がご病気なのを気にしていらっしゃったのか?
ソフィア様も、もう22歳。
そろそろ本気でお相手を探さないと拙いお年頃でございます。
わたくしが幼いコンラッド様から『行き遅れ』と言われた年よりも更に上でございますもの。
そう言えば、コンラッド様はその点に関してだけはソフィア様と諍いをなさいませんでした。
もっとも、お二人も流石にこの年になると口喧嘩など数少なくはなって参りましたが。
「ソフィア様はやはり財産家の貴族へ嫁がれるお積りなのですか?」
ソフィア様は何と申しますか・・・ずはり浪費家でいらっしゃいます。
ドレスや宝飾品をお金に糸目をつけずにお買い求めになられる方でいらっしゃいます。
もちろん、公爵家の財はそれくらいで傾くようなものではございませんが、奥様があまり派手になさらない分、とても目立つ行為でありました。
「そぉねぇ~私に貴族の奥方が務まると思う?」
あまり気乗りのしないお答えにわたくしは『おや?』と思いました。
「ご立派に務まると思いますよ?」
「そうかしら?私はお父様の本当の娘じゃないし・・・無理じゃない?」
わたくしは驚きました。
ソフィア様がそんな事を気にしていらっしゃるとは!
「ソフィア様はこの公爵家の立派な姫君でいらっしゃいますよ?どこに出しても恥ずかしくない、レディーでいらっしゃいます!」
ご養子で在られる事を気にしていらっしゃったとは!
公爵様も奥様も、ご自分のお子様と寸分違わずにお育てになっていらっしゃったのに!
「でも・・・私の本当の親ってすごく貧しい平民だったんでしょ?そんな私が、公爵家の娘として結婚なんて出来るのかしら?」
おのれ!ソフィア様に余計な事を吹き込んだのは誰だ!
公爵領のリチャード様か?きっとそうだ!あのクソジジィめ!
「出自など関係ございませんよ!ソフィア様はこのランドマーク公爵家の一の姫様でございます!公爵様も亡くなられた奥様もずっとそう思ってお育て申し上げて来たのでございますよ!もちろん!わたくし共も!」
憤慨するわたくしにソフィア様は大層驚かれてしまわれましたが、クスッと笑って「ありがとう、メアリ」と仰って下さいました。
それにしても、ソフィア様がそう思っていらっしゃると言う事は・・・もしかしてコンラッド様やフレデリック様も、ご養子で在られる事を気にしていらっしゃるのでしょうか?
今まで、わたくしは奥様付きとしてしかお子様たちに接して参りませんでしたが、それまでお子様たち付きの侍女は何をしていたのか!と大層憤慨致しました。
わたくしはそれから、ソフィア様に奥様がソフィア様を迎えられた時にどれ程喜んでいらしたか、初めての女のお子様を迎えられるにあたって支度や準備にどれ程時間を掛けられたか、おしゃまなソフィア様のご成長をどれほど楽しみにされていらっしゃったか、古参の侍女である故にお話し出来る事をお伝えして参りました。
ソフィア様は最初、とても驚いていらっしゃいましたが、嬉しそうに耳を傾けて下さいました。
ですから、どうか、そんな実の娘で無いなどと申されないでくださいませ。
そんな折でございました。
わたくしが若い侍女達の噂話を耳にしたのは。
コンラッド様がソフィア様のお部屋に夜遅く訪ねていたとか、朝早くにソフィア様のお部屋から出て来たとか・・・それではまるで。
いい加減な噂話をする侍女をわたくしは厳しく窘めましたが、どうやらその噂はかなり広まっているらしく、噂に留まらず、目撃したとはっきり証言する者まで現れる始末でございました。
どうやらその噂は、既に1年近く前から出始めた様で・・・その時期はアンお嬢様が攫われた時期と重なります。
ソフィア様もコンラッド様も既に成人されていらっしゃいますし、そう言ったご関係になられる事はご自身のお考えがあっての事だと思います。
それに、何よりお二人は血が繋がった本物のご兄弟ではないのですから、もし噂が本当なら、それは喜ぶべき事かとも存じます。
わたくしは使用人達に緘口令を敷きました。
その噂が表沙汰になり、お二人の評判を貶める事になってはならないと思って。
そして、その噂が本当であっても、決して邪魔をしたり気付いていない振りをするのだと。
来るべき時が来れば、きっとコンラッド様が慶事としてわたくし達に伝えて下さるものだと信じて。
きっと、今は喪中であることを考えて、公表を控えていらっしゃるのだと思っておりました。
思い返せば、ソフィア様とコンラッド様は幼い頃より諍いが多くございましたが、あれはソフィア様が憧れていらっしゃったジュリアス様に纏わりついていた時とか、ソフィア様が元気のない時などにコンラッド様が厳しいお言葉を掛けていたように記憶しております。
あれはコンラッド様なりの嫉妬であったり、励ましであったのかもしれません。
幼かったし、ご兄弟という括りでしか見ていなかったわたくしの目が節穴でございました。
ソフィア様は多少我が侭でも、お美しいレディーにお育ちになられましたし、時折素直になられるととても可愛らしい方でございます。
コンラッド様も士官学校をご卒業されてから、近衛隊から宮廷の宰相補佐へと最年少でご出世なされた、公爵家の後継ぎとして何の問題もない優秀な方でいらっしゃいます。
ソフィア様が一つ年上とはいえ、よく考えればとてもお似合いのお二人ではございませんか。
それに何より、コンラッド様の元へ得体のしれない貴族の令嬢が新しい公爵家の奥方様としていらっしゃるより、余程良い事のように思えます。
公爵様と亡くなられた奥様のように、愛しあっていらっしゃるお二人がご夫婦になられることが何より一番の事でございましょう。
わたくしは慶事の発表を、日に日に女らしく美しさに磨きがかかるソフィア様のお傍でお待ちする事に致しました。
そして、それは奥様が亡くなられた日から1年が過ぎた後、色々な方面から舞い込んで来るお二人への縁談が増える一方であったある日の事でした。
珍しく、ご家族が全員お揃いの夕食の席で、公爵様がこう仰いました。
「シャンパンを出しておくれ。今日はお祝いだよ。コンラッドとソフィアが婚約する事になった」
そのお言葉に料理人は予め用意しておいた取って置きのシャンパンを出し、使用人達はみな笑顔で給仕を致しました。
そして、みな揃って「おめでとうございます」と申しあげました。
唯お一人だけ、フレデリック様だけが、ご存じなかったようで驚いていらっしゃいましたが、無理もありません。
フレデリック様は今ではご立派な軍人として任務でお屋敷を留守にされる事が多かったのですから。
お祝いのお席でございましたが、思わず零れた嬉し涙を拭っている処をソフィア様に見咎められてしまいました。
「いやね、メアリ。泣かないでよ」
「申し訳ございません。つい嬉しさのあまり・・・お許し下さいませ」
「これからメアリも忙しくなるのだから、頑張ってもらわないと」
公爵様のお言葉にわたくしは大きく頷きました。
「そうでございますね!お二人のご婚約とご婚儀の準備と、大変でございますね」
そして、そう!
「この腕にソフィア様とコンラッド様の赤ちゃんを頂ける日まで精一杯努めさせて頂きます!」
そう申し上げますと、ソフィア様は「嫌ね、気が早いわよ」とお顔を赤くされ、公爵様はとても嬉しそうに「そうだね、待ち遠しいよ」と申されました。
コンラッド様はお恥ずかしいのか何も仰いませんでしたが、フレデリック様は「二人の子供ねぇ・・・どんなんだか想像もつかねぇなぁ」と溢されました。
久方振りの公爵家の慶事に、ご家族はもちろん、使用人一同も喜びに溢れておりました。
ご婚約の発表は恙なく済ます事が出来ましたが、生憎とコンラッド様のお仕事が忙しく、ご婚礼の日取りが中々決まらないまま、1年近くが過ぎようとしておりました。
けれど、婚礼の準備はゆっくりと万全に進んで行きました。
ティモールの宰相を務められる公爵様のお世継ぎのご婚礼ですから、どこにも引けを取らない豪華なものにしませんと!
わたくし共はソフィア様を『若奥様』とお呼びして、準備を整えて行ったのでございます。
その日は珍しく、いつもお忙しいコンラッド様がお屋敷でお休みを取られていた日の事でございました。
既に寝室も公然とご一緒のお二人は若夫婦と申しあげても遜色なく、ゆっくりと休養を取られていらっしゃるお二人を微笑ましく拝見いたしておりました。
もう直に夕食の時間にもなろうと言う頃、コンラッド様が慌てて「メアリ、ソフィアはどこだ?」と若奥様をお探しになられていらっしゃいました。
「先程お庭に出られていらっしゃるのを拝見しましたが」
そうお答えしていた時でした、従僕の一人が慌てて駆けつけて来たのは。
「コンラッド様!若奥様が!ソフィア様が!」
「どうした?」
問い質すコンラッド様に告げられたのは・・・ソフィア様の意外過ぎる訃報でございました。
寄りにも寄ってお屋敷の門の前でソフィア様は迷子の子供を庇って馬車に轢かれてしまわれたのです。
コンラッド様の後に続いて事故の現場に駆け付けたわたくしは、その風景にただ呆然とするしかございませんでした。
冷静にソフィア様のご遺体を運ぶように指示されたコンラッド様を見て、わたくしも泣いている場合ではない事に気付きました。
もうすぐ、もうすぐだったのに・・・わたくしはソフィア様の物言わぬ姿を清めながら、零れ落ちる涙を必死で堪えました。
ソフィア様のご婚礼衣装が出来上がるのも直でした。
真っ白なレースをふんだんに使った豪華なウエディングドレスはとてもよくソフィア様にお似合いでいらっしゃいました。
「これでコンラッドもきっと私に惚れ直すと思わない?」
自信ありげにそう申されていたソフィア様でした。
あれを身に着けるのはもう直ぐだった筈なのに・・・
わたくしはコンラッド様のお許しを得て、そのドレスをソフィア様の棺に入れる事に致しました。
奥様とお嬢様方を全て失った公爵家は火が消えた様に寂しくなってしまいました。
公爵様も急に年をお取りになられた様に老け込まれ、コンラッド様は公爵様をお助けになられながらも、いつもの辛辣さが消え、フレデリック様はお仕事でますますお屋敷から遠ざかるばかりでございました。
わたくしも老体に鞭打つように、気力だけでなんとかお努めさせて頂いている次第でございます。
ランドマーク公爵家は呪われている、などと言った風聞が聞こえて参りましたが、それを否定する気概もございませんでした。
コンラッド様には新たな縁談が持ち上がったり致しましたが、ご本人は全く相手になさらず、このままでは公爵家はどうなるのか?
使用人達も不安を感じずにはいられなくなって参った次第です。
そこへ飛び込んで来たのは意外なニュースでした。
ソフィア様のご不幸の後、公爵領で寝込んでいたリチャード様がお亡くなりになられると、そのご子息のローレンス様が跡をお継ぎになり、公爵家へ引き継ぎの為にお顔を見せになられる機会が増えた頃でございます。
そのローレンス様と共にやって来た御者が溢した噂に、わたくし共は再び奮い立つ事が出来ました!
なんと!フレデリック様が公爵領の別邸を借りられ、どうも密会を重ねられているお相手がいらっしゃるとのこと。
公爵領はティモールの北方にあり、バレンツ帝国との国境に接しております。
御者が申すには、そのお相手とやらは、どうも帝国の方らしいとか。
コンラッド様のご結婚が無理でも、フレデリック様なら!
フレデリック様も、もういいお年頃ですし、士官学校に入られた頃から言葉遣いが少々下世話になられましたが、心根はお小さい頃と少しも変わらない優しい方でいらっしゃいます。
これまで社交界を嫌われて、色々と下々の通うような場所に通われていたようではございますが、ご不幸続きのこの公爵家に残されたたった一人の希望の星でございます!
わざわざ公爵領で密会するのは、きっとバレンツ帝国の貴族の姫君ではないかと推測致します。
何故なら、フレデリック様はソフィア様が亡くなられた後、暫くあちらに滞在されておりましたから。
そこで知り合われた方とお会いしていらっしゃるのではないでしょうか?
わたくしは年甲斐もなく、バレンツ語の本などを取り寄せまして、片言でもお話が出来る様に練習を始めました。
活気の無くなった公爵家を盛りたてる為にも!
フレデリック様!頑張って下さいませ!
この番外編はムーンライトノベルにて連載中の『シャノンを知らない魔物』の話をある意味、別視点で補うために書いたものです。
この番外編は『その5』まで在りますが、最後は最終話が掲載された後に掲載する予定です。