番外編 アーニャのあまり平凡ではない性格が齎す日常
拍手小話から下げたお話です。
お楽しみ頂ければ幸いです。
その1 ミハイル殿下の心配事
私はミハイル・イワノビッチ・バレンツ、バレンツ帝国の第二皇子として生まれた。
バレンツ帝国の第二皇子として生を受けた者には、人知れず課せられた重責がある。
それはこの帝国の、いや皇家の黒い歴史である『魔物』の里・シャノンと外とを繋ぐ役割だ。
幼い頃から『魔物』に対する偏見を捨てるように教育され、彼らを匿う必要性を諭され、新たに生まれる『魔物』達を里へと送り、里の存続を陰ながら援助する役目を背負う。
『魔物』は世界中から忌嫌われ排斥されている存在なだけに、危険で面倒な仕事だが、私の他にも各国に同様の重責を担う人々が居る。
文句も言っていられない。
全大陸に知れ渡っている、あの『魔物』が排斥される原因となった話が、我が帝国の王弟が発端である事から、代々バレンツ帝国の第二皇子の責務として受け継がれて来たのだから。
シャノンに因縁浅からぬティモールのランドマーク公爵家からまた一人、かの里へ送らなければならなくなりそうだとの知らせを受けた。
まだ『魔物』として覚醒している訳ではないそうだが、その時が近いとの予言を受けたとの事。
誰に迎えに行かせるべきか、悩んだ私は妹のアーニャに任せようと思い立った。
相手は間もなく12歳になる女の子だし、女性同士の方が相手も安心するであろうし、何より護衛としてアーニャの腕は確かだ。
女だてらに『将軍』にまで登り詰め、『閣下』などと呼ばれて・・・兄上が面白がって剣を教えたり軍の幼年学校にまで入れたりするから、あんなお転婆になってしまったが、本当なら大人しくて優しい娘なのに。
自分が『魔物』である事から、自制心ばかりが強くなって、感情を表す事が無くなって来てしまった。
特に軍に入ってからは尚の事。
兄としては、もっと女らしく、そして感情を少しでも表せるようになって欲しい。
幼い頃に無邪気に笑っていたように。
その為にも、少しでも同じような年頃の女の子達と接するのはいい機会だと思う。
今回のような。
早速その話をアーニャに持ちかけると、妹はティモールの王都・セヴァーンからシャノンまでの移動ルートを作って来た。
シャノンまでの移動方法は発覚を恐れて決まったルートは存在せず、その都度新たな移送ルートが開拓されて来た。
アーニャにも自分でルートを発案させて見た訳だが、それを見た私は頭を抱えた。
「これでは駄目だ」
「何故ですか?」
「アーニャ、伝えたと思うが、今回移送するのはまだ11歳の女の子なんだ。国境を歩いて超えるなんて事が出来るわけがなかろう?それに第一、どうしてタスマンを経由する必要があるんだ?」
「一旦、南下して敵を撹乱するのは戦術の初歩で・・・」
「これは戦争じゃない!何度も言うようだが、移送する相手はまだ11歳の女の子なんだ。必要以上に長い距離を移動させて病気にでもなったらどうする?お前のように体力がある訳ではないんだぞ?」
私の叱責にアーニャは、そうとは分かり辛いが、無表情ながらも困惑している様子が窺えた。
女性に対する女性としての細やかな心遣いとかを期待した私が愚かだったのか?
すっかり身も心も軍人になり果てたか、妹よ。
「内密に事を運ぶ事は最重要事項だが、相手が子供である事、それも女の子であることを十分に考慮して再提出だ!」
そう言って再び出された案を見た時、私は黙って付き返した。
「今回の不備はどの点なのでしょうか?」
冗談ではなく、本当に理解していないアーニャに、私は溜息が零れた。
「あのな、こう考えてみろ。お前の姉達や妹達にコレが出来ると思うのか?」
相手は貴族の娘なんだぞ?
馬車で何日も休まずに走り続けるなど無理だ。
死ぬぞ。
「休息はキチンと取らせて、出来るだけ宿に泊らせるんだ。くれぐれも相手は貴族の娘なのだと言う事を忘れずに!」
けれど、アーニャの建てたプランはその後、何度も再提出をさせる羽目になった。
「・・・いいだろう」
なんとか許せるようなモノを作り上げるのに5度ほど同じ様なやり取りを繰り返し、私はもうウンザリしていた。
「気を付けて、無事に送り届けろよ」
アーニャの『魔物』としての能力や剣の腕前を持ってすれば、妹の無事は確かだと信じてる。
だが、同行する相手の無事は・・・ランドマーク公爵令嬢の運の強さと体力を信じるしかないか?
少々お転婆なところがあるとも聞いているし・・・
ああ、それにしても・・・こんな調子では、アーニャが嫁に行ける日など来るのかどうか?
兄としてとても心配だ。
その2 フレデリックの懸念
アンナと過ごす為に、俺は公爵領の国境近くにある別邸をローレンス伯父貴から借り切った。
帝国でもミハイル殿下の計らいで、彼女と会う事は出来たが、一日中一緒に過ごした事はなかったから、ここで彼女と二人っきりで過ごせる時間がとてもとても楽しみだ。
使用人も管理人も全て立ち退かせ、1週間は一歩も外に出なくても平気なくらいの食料を用意させた。
俺も軍の情報部で鍛えられたから、ある程度の食材が揃っていれば自炊くらいは出来る。
揃えた食材は手間がかからずに食えるものばかりだしな。
第一、モノを食ってる暇があったらヤる方が優先されるだろ?
準備万端で俺は彼女を国境まで出迎えた。
軍服で騎馬姿の彼女は色気が足りないが、それでも久し振りの再会だ。
彼女が苦しがるまで抱きしめてキスをするのは当然だった。
別邸に連れ込むと、早速。
俺はドレスだけでなく軍服だって脱がすのは得意だ。
昼に再会して日がすっかり沈んだ頃になって、流石に腹が減って来た。
「何か食うか?」
仕方なく起きだして台所を漁ろうとすると、彼女が自分で用意すると言いだした。
おお、彼女の手料理!
皇女様の彼女にどれ程のものが出来るのか?
だが、彼女も軍人だし、自炊には慣れているのかもしれねぇ。
期待半分、恐ろしさ半分で待ってると、出て来たのは干し肉とキャベツだけが入ったスープ。
しかもキャベツは手で千切ったような粗さだ。
「・・・これだけか?」
「足りないか?」
いや、パンを差し出されても・・・
食糧庫には卵も、切るだけで出せるハムもチーズもあった筈だが。
取り敢えず、俺は彼女の好意らしきモノの現れである料理?を食ってみる事にした。
うん、まあ、味は悪くはないが。
「私はこれだけで1カ月は過ごせる」
そ、そーですか。
流石は帝国の将軍閣下、質実剛健でいらっしゃる。
次は俺が作るわ、うん。
そして次回は料理人だけでも残そうと思った。
それでも二人で家の中に籠りっきりで、過ごす時間は格別だった。
殆ど裸で過ごしても、すぐに暖かくなれるし、何より度数の高い帝国の酒も用意してあった。
酔った彼女が見てみたい、と思うのは男の性だ。
酒には強い彼女だが、強い酒を飲み続けるうちに、次第に顔が赤くなり、目もトロンとしてきた。
そして始まったのが・・・
「おい!オマエは私にばかりヘンな事を言わせて!男として恥ずかしくないのか?」
説教だった。
絡み酒かよ。
「私だけでなく、オマエももっと言え!」
「なにを?」
「その、つまり・・・ベッドで言うだけではなくて、だな・・・その」
か、可愛い!
「『愛してる』とか?」
「そ、そのような事だ」
うはあ!ツンデレですか?
どうしてやろうか?
めちゃくちゃ可愛いんだけど。
「ベッド以外でももっと言って欲しいのか?」
こくん、と頷いた彼女は酔っているのか妙に素直だ。
自分は言わねぇくせに、まったく勝手な皇女様だぜ。
「いいぜ、いくらでも言ってやる。愛してる、愛してるぜ、アーニャ」
もちろん、言葉だけじゃなくキスも追加してやる。
酔った彼女は瞼を半分閉じて、満足そうに笑った。
笑顔だぜ!おい!
初めて見たかも!
これは・・・説教は勘弁して欲しいが、彼女の本音を聞けるのはいい機会かと、俺は奮い立った。
「なあ、俺にばっかり言わせねぇで、お前も言ってくれよ」
「にゃにをだぁ?」
およ?口調が怪しくなって来たぞ。
「俺の事、愛してるか?」
『欲しい』とは言っても『愛してる』とか『好きだ』とかは言ってくれねぇからな。
ぐらぐらと身体を揺らし始めた彼女は「う~ん」と呻ってしまった。
「言えよ」
素直になってくれよ。
「い~わ~にゃい~!」
ケタケタと笑い出して、パタリと倒れた。
スースーと寝息を立てて寝ている。
彼女は酔うと、絡んで笑って眠るのか・・・使い方を間違うと酷い目に会うなこりゃ。
その3 アーニャの疑問
アーニャはパチっと目を覚ました。
元々寝起きは良い方だ。
隣に寝ている男を見ながら、昨夜の記憶を辿る。
酒を飲んでいた事までは覚えているが、その後の記憶がない。
二日酔い知らずの彼女は頭痛も吐き気も感じないまま、傍目には冷静に、内実とても焦りながらまだ起きない男を見ていた。
何か醜態を曝さなかったか?
恥ずかしい事を口にしたとか?
じっとフレデリックを見ていた彼女は、彼の頬に薄っすらと生えている髭に気付く。
金髪なので判り辛いが、確かに生えている。
いつも綺麗に剃り上げている彼の意外な顔を見た気がした。
これだけ一緒に過ごす事が初めてなのだから当然だとは思いながら。
「ん・・・起きてたのか?」
見詰めているうちに、彼も目を覚ました。
まだはっきりと目を開かない癖に、しっかりと身体を抱き寄せられる。
「頭、痛いとかないか?」
少しくぐもった声で訊ねられる。
やはり酔ったところを見られたのだと思う。
「私は二日酔いなどしない」
答えながら、何をしたのだろう?と不安になる。
「そっか・・・なら」
腰を押しつけられて、顔を胸に埋めて来る。
「朝からか?」
「男のせーり」
聞かされた事がない訳ではないが。
「・・・髭が痛い、身繕いくらいしろ」
頬擦りされるとチクチクと当たる。
「え~!これがイイってヤツもいるんだぜ?」
その言葉に腹が立って、顔を胸から引き剥がす。
「私は嫌だ」
「あ?なに?妬いちゃった?」
「違う!」
「なんだよ~!昨夜はあんなに素直だったのにぃ~!」
昨夜・・・何をしたんだ?
動揺のあまり固まった彼女に、彼はにやりと笑って続けた。
「もっと『愛してる』って言って欲しいって可愛くおねだりしてくれてたのによ」
「う、嘘!」
「嘘じゃねぇーよ!それから俺にも・・・」
アーニャはそれ以上言わせないように彼の口を手で塞いだ。
「もういい!」
ローブを羽織ってベッドから慌てて抜け出した。
「おい!」
呼び止めるフレデリックを置き去りにして赤くなった顔を冷やす為に顔を洗いに行く。
もしかして・・・言ってしまったのだろうか?
ずっと言わないつもりでいた言葉を?
酔った勢いで?
もう彼の前で酒を飲むのは止めようと心に決めた。
少なくとも、酔って記憶が無くなる程には飲まない。
赤らんだ顔が漸く元に戻ってから彼を探すと、寝室ではなく食堂に居た。
咥え煙草でコーヒーと朝食の準備をしている。
「おう、メシの支度出来てるぜ」
さっきまでの揄う様子は見せずに、椅子に座った彼女の前にベーコンエッグとトーストを置いた。
じっとフレデリックの様子を窺っていたアーニャは彼がシャツとズボンに着替えている上に綺麗に髭を剃っている事に気付いた。
私が言ったから?
こんなに早く身支度出来るものなのか?
「ほら、食え」
食事に手を付けない彼女にフレデリックは煙草を消して促した。
「・・・煙草」
初めて会った時のキスも煙草の味がした事を思い出した。
「あ?嫌か?コレとコーヒーが無いと目が覚めた気がしねぇンだよなぁ」
悪りぃな、と詫びる彼に首を振る。
「いや、別に。気にしなくていい」
煙草の味がするキスも嫌いじゃない、とまでは言えないが。
「ふ~ん・・・んじゃ、食後の一服も気にしないか?」
ニヤニヤと笑う彼を訝しがりながらも頷くと。
「そしたら、苦いキスの後での一発もイイ?」
「バカモノ!」
自分の考えていた事が見透かされたようで、アーニャはまた真っ赤になって怒鳴り散らした。
しかし、結局彼の言う通りになってしまい、アーニャは昨夜の自分の醜態について聞く事が出来なかった。
その後もフレデリックは笑ってアーニャの追及をかわし、彼女の疑問は解ける事が無かった。
第二部主人公の一人であるアーニャの本編でカットしたアン護送プランが出来るまでと、フレデリックとの公爵領でのラブラブ・プライベートをこっそり規定に触れない程度で描きました(笑)
この次はやっとアンが主役です。
遅れていて申し訳ありません。