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第一話 アーニャ

第二部 第一話 アーニャ




私はバレンツ帝国皇帝・イワン・ペトロービッチ・バレンツの第11子・第五皇女として第二妃を母とし生まれた。


母は生まれた私の瞳の色を見て絶望し自殺したのだと聞かされた。


赤い瞳は『魔物』の証だとされている。


事実、私は『魔物』であった。


けれど、目立つ容姿の為に『魔物の里』であるシャノンに隔離される事も叶わず、力を上手くコントロール出来るようになるまで、家族とは離れて暮らした。


家族、と言っても父は皇帝で目通りは滅多に叶わず、母は亡くなり、他の皇帝の妃達は四人いたが、気味の悪い子供である私には近寄りもしなかった。


同母の第三皇子は私が母を殺したと忌避していたし、他の異母兄弟も同様だった。


ただ、第一妃の子である皇太子と第二皇子だけが私に接してくれた。


この二人の兄と父だけが私が『魔物』である事を知り、五歳の時から軍の幼年学校に入り、軍人として『魔物』の力を役立てる様に鍛えられた。


五年で卒業するべき幼年学校を三年で、その上の士官学校も二年で出た。


その後、シャノンを管理する第二皇子のミハイル兄上の下で極秘任務を命じられていたが、15の時に北部のアンガラで起きた暴動を鎮圧する任務で成功を収めた功で将軍に任じられた。


魔物の力を遣った訳ではなかったが、私の剣の腕はかなり上達していたらしい。


それから私は少しだけ宮廷でも認められるようになったが、家族から避けられている事はあまり変わらなかった。





そしてミハイル兄上から聞かされた、シャノンへの『魔物』の護送任務。


初めてシャノンに関する仕事を与えられて、私は意気込んでいた。


だが、移送プランを提出しても中々認められず、何度も再提出させられた。


兄上曰く、私には同行者への配慮が足りないとの事。


漸く認められたルートで移動し始めると驚いた。


兄上の危惧は当たっていた。


貴族の令嬢というものが、こんなにか弱く腹を空かせるモノだとは思っても居なかった。


お陰で予定が大幅に狂い、野営も出来ずに馬車を一晩中走らせる羽目になった。


それでもランドマーク公爵令嬢は環境に対応しようと必死になっていた。


運動不足を馬車の中での体操で補おうとし、愚痴を溢しながらも私に付いて来た。


ティモールの国境を超える時も、ロープがあるから大丈夫だと思っていたのだが、私が登り始めると「スカートなのに」と溢しながら乗り越えた。


野営の仕方も教えればちゃんと覚えたし、ブツブツ溢しながらも泣き喚いて抵抗する事は一度もなかった。


ただ、馬車の中でしきりに話しかけて来る事には困った。


移動中の馬車の中では話を聞かれる恐れも少ないが、どこで秘密が漏れるか判らない。


知られると困る事には黙秘したが、それを察した彼女は自分の家族に付いてベラベラと喋り始めた。


私は初めて聞く『家族』の話に聞き入った。


優しく仲の良い両親、厳しくも優しい姉と兄。


私が知らない世界だった。


今まで私の前でそんな話をする者も居なかったし、私は彼女の様な近い年頃の娘と話をすること自体が無かったから。


兄上から公爵夫妻のロマンスとやらについては耳にしていたが、仲の良い夫婦と言うものがどう言ったものなのかは知らなかった。


楽しそうに家族に付いて話す彼女だったが、その家族とはもう会えないのだと思い出したのか、時々泣きそうな顔をしていた。


私は何と言って慰めるべきか判らずに黙っている事しか出来なかった。


それでも、里に着けば彼女のもう一人の姉が待っている。


彼女は一人になるわけではない。


もう一人の兄と伯父が里長である場所に向かうのだから。


私はシャノンでも温かく迎えられるであろう彼女が羨ましかった。


同じ魔物で同じ様な年頃で同じ名前だと言うのに。


彼女と私とでは全然違う。


それでも、私は今の場所で生きる事を選んだ。


彼女も新しい場所で生きる事を望んでいる。


彼女にとって過酷な旅を続け、『魔物』の力に茫然となりながらも、彼女は私に付いて来た。


そして旅の終わりに彼女は私に礼を言ってくれた。


私の心の中に暖かいものが込み上げて来るのを感じた。


お前に出会えてよかった、アン。





その後も私は兄上からの任務を遂行し続けた。


それは主に『魔物』の討伐。


この世には危険な魔物の力を人に対して遣う者達が存在する。


その者達の存在が、人々に『魔物』に対する恐怖を煽り、排斥されるのだ。


私は躊躇いもせずに同胞を暗殺して行った。


それには私の力が役に立った。


時にはアドリアやティモールやティレニアと言った他の国にまで出向いて。


そんな時に出会ったのが彼だった。


夜更けとはいえ、ティレニアの王都で追われては人の目が気になって力が遣えない。


仕方なく走って逃げていると、人にぶつかった。


ぶつかった相手は、追われている私に気付き、匿ってくれたのはいいが、その方法に些か難があった。


カップルを装う為に初対面の女にキスを仕掛けるとは、呆れた男だった。


しかも追っ手が去っても私を離そうとはしない。


身体を弄られて煙草臭いキスが延々と続いた。


私は急所に蹴りを入れて彼から逃れた。


彼は私を追ってはこなかった。


初めての口付けがあんな事で良かったのか?悪かったのか?


ティレニアの下級兵士の軍服を着ていた彼に二度と会う事はないだろうし、会わない方がいいだろう。


それにしても、私も自分の性と年を自覚したほうが良いのかもしれない。


今まで私に言い寄る男など居なかったが、無駄に膨らんで来た胸は女を主張している。


兄上も時々『女らしくなれ』と仰るが、私には意味がないものだと思っていた。


子供を持つ事はもちろんだが、結婚をするつもりもない。


だが『皇女』としての役目として、結婚を言い渡されれば従わなくてはならない。


でも『魔物』である私を父や兄が嫁がせるだろうか?


恐らく、そんな事はない。





そして更に暫くして聞かされた、フレデリック・ランドマーク公爵子息の留学。


アンが『一番優しいお兄様』だと言っていた彼がバレンツ帝国へやって来ると言う。


ミハイル兄上が仰るには、彼はティモールの軍情報部に所属しているので、留学を騙って帝国の内情を探りに来たのだろうとの事。


ランドマーク公爵家は『魔物』を数多く輩出してきた為にシャノンと関わりが深い。


その為、常に我が帝国から厳しい監視を受けている。


末息子である彼は妹達の行方を、我が帝国の行っている事を恐らく知らないのだと聞かされた。


もし知ればどうするのか?


アンを連れ去った私を怨むだろうか?


それでも、私はアンの兄に会ってみたかった。


丁度、行われる仮面舞踏会に彼が出ると聞いて、今まで一度も出た事のない夜会に出て見る事にした。


けれど、それは失敗だった。


いくら仮面を被っていようとも、私だと知れるのはあっという間だった。


どこに行っても浮いてしまう私。


姿を見るだけで構わなかった彼を探す事を諦めて帰ろうとした時、ダンスに誘われた。


勇気ある人物だと思えばそれは、ティレニアの王都・アルノで出会った下級兵士。


どうしてこんなところで?


疑問は踊り始めると解けた。


フロアで踊る私達に囁かれる言葉の中に彼の正体があった。


『アンナ殿下と踊っているのはどなた?』

『ご存じありませんか?ティモールから来たばかりのランドマーク公爵のご子息ですよ』

『ではあれが?』

『ええ、外国の方ですからご存じないのでしょう。殿下の噂を』


それだけではあるまい。


情報部に居る彼がアルノに居たのは任務だった筈。


それでティレニアの軍服など着ていたのか。


ダンスが終わると、彼は私をフロアから連れ出し、暗い庭へと誘った。


そして咋に誘いを掛ける。


今度のキスはシャンパンの味がした。


強引な彼の行動に戸惑う。


誰も今まで私を望んだものなど居なかったのに。


アンとよく似たヘイゼルグリーンの瞳が私を誘う。


アンの『優しいお兄様』は私にも優しくしてくれるのだろうか?


彼は手際よく別室を用意させると、そこで器用に私の服を脱がせた。


女性に慣れれているのが判る。


言葉遣いは確かに乱暴でも、仕草は少しも乱暴ではなかった。


初めての私に気を遣ってくれた。


そして熱い吐息で囁く。


ずっと私が欲しかったと、私が忘れられなかったと。


私はその熱に煽られて巻き込まれてしまう。


ドレスに慣れない私の着替えを手伝ってくれた彼が別れ際に気取った言葉を使ったのが気に障って平手を食らわせてしまったけれど。


これは一夜だけの事。


彼にとっても火遊びの一つでしかない筈。





それなのに、彼は私の前に何度も姿を現す。


夜会にさえ出なければ、彼と顔を合わせる事もないと思っていたのに。


しつこく追いかけ回す彼の噂を耳にしたミハイル兄上までもが面白がって彼と引き合わせようとする。


私は怖かった。


彼に会って、彼の情熱に何もかも飲み込まれてしまうのが。


私は『魔物』で帝国の皇女、彼とは立場も何もかもが違い過ぎる。


彼がこの国に居る間だけの事だと割り切ればいい?


彼には任務がある。


いずれ母国に帰る。


戦争という火種を、皇太子とティモール王家の血を引く皇帝の弟の娘との婚約を整えて消し去った彼の任務は終わろうとしていると聞いた。


その間だけなら・・・彼に何も知られずに済む?


私は求められる喜びに身を任す事にした。





「アバジャーユ(好きだ)」


彼が囁く。


「リュブリュー(愛してる) アンナ」


この国の言葉で彼が囁く。


低くて擦れた彼の声に身体が震える。


私もあなたが好きだ。


たぶん・・・愛しているのだと思う。


でも、それは言えない。


ただ、あなたに抱かれる事が嫌じゃなくて、あなたが欲しいとしか言えない。


もうすぐ、彼は帰国する。


そうすれば、この国での一時の恋など忘れてしまうのだろう。


それでも、私には素晴らしい時間だった。


人を愛する事も恋をする事すらないと思っていたから。


これからは彼が生きている世界の為に働く事に生きる意味を見出せるから。





彼は再会の約束も何もせずに自分の国へと帰った。


当然の事だと思いながらも気落ちする自分が情けないと思った。


そんな時に届けられたのは彼からの手紙。


ランドマーク公爵領にて待っているから会いたいと。


公爵領はティモールとバレンツ帝国の国境に接している。


ティモールの王都・セヴァーンからは遠く離れている。


また彼に会える?


私は自分の愚かさを呪いながらも、返事を出した。


兄から休暇を貰って、公爵領へと向かえる日を教えた。





「会いたかった!アンナ!」


再会のキスと抱擁は長く激しく、私が苦しむまで彼は離してくれなかった。


涙が出そうだった。


公爵領で私達は一時も離れずに過ごした。


甘くて切ない3日間だった。


別れる時は必ずやって来るが、彼はまたこうして会おうと言ってくれた。


そして、彼もアンと同じように自分の家族について話してくれた。


仲の良い両親、厳しく優秀な姉と兄、そして可愛いい妹達のこと。


一番上の兄が亡くなった事、妹達が攫われた事、母親が亡くなった事、姉が結婚を目前に事故で亡くなった事。


今では家に父親と兄しか居なくなって、男所帯で寂しくなってしまった事。


楽しかった事、悲しかった事を話してくれた。


私は彼に話す事が出来なかった。


彼の兄も妹も実は生きている事、彼が一番可愛がっていた妹は私が攫った事。


私が『魔物』である事。


私の前で明るく無邪気に笑う彼が、実は寂しがりやで甘えん坊な顔を私に見せてくれるようになったのに、彼が事実を知れば、それが全て無くなってしまう事が判っていたから。


「そう言えば、アンナってのはアンの帝国読みだよな」


彼の言葉にギクリとさせられる。


「妹と同じ名前は嫌なのか?」


私は彼の上の妹と同じ年で下の妹と同じ名前。


アンとの縁があったように彼との縁もあるのだろうか?


「嫌じゃねぇけど・・・やっぱ、同じって意識すっとヤかな?」


「ではアーニャと。親しいものはそう呼ぶ」


アンにも教えた名前。


「うん、可愛いなアーニャか」


ニッと歯を見せて笑う彼が私に身体を擦り寄せて囁く。


「リュブリュー アーニャ」


彼は言葉一つで私を熱くさせる。


この逢瀬はいつまで続けられるのか?


不安を抱えたままで私は帰国した。





それから2・3カ月に一度、私と彼との逢瀬が続いた。


移動する時間を除けば、一緒に居られるのはホンの僅かな間だけだったが、それでも私にとっては幸せな時間だった。


そんな遣り取りをする様になって1年が過ぎた頃、兄から『魔法遣い』を配下に置くようにと言われた。


シャノンの里で訓練を受けた『魔物』の中から、里の外で使える者達を『魔法遣い』として使っているという話は聞いていた。


けれど今まで『魔法遣い』達は軍に所属していても、その力を災害復旧や土地の開墾などに遣っているだけだったのに。


私の配下に置くと言う事は・・・『魔物』の討伐に彼らを使うのか?


今まで私には部下と言うものが存在した事はない。


将軍職は皇族としての飾りのような物で、実質は名誉職の扱いだ。


アンガラでの暴動鎮圧の際も、本隊を後ろに控えさせて、私が遊撃隊として単独で処理した。


困惑する私に兄は『魔法遣い』を引き合わせた。


私は黒い帝国軍の軍服を着た少女を見て驚いた。


「久しぶり!アーニャ!」


それは成長したアンだった。







前半の時間軸が第一部と重なっていますが

アンと出会った時、アーニャは16歳、フレデリックと初めて会った時には18歳、再会した時が19歳、アンと再会した時は20歳となります。

3つ年上のフレデリックはプラス3で考えて頂ければ(手抜きな説明)


もっと愛が欲しいと拍手で頂きましたので、これでも愛を増量して見たつもりですが(まだ足りないかな?)


次は番外編になります。



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