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第九話 シャノンの里にて (2)

第九話 シャノンの里にて (2) 別離と再会




馬を走らせていたアーニャが手綱を引いて止まった。


いよいよ・・・あたしは荒い息で、心臓をドキドキさせながら馬を止めた。


アーニャが馬を降りて、あたしに近づいて来るけど、あたしは馬から降りられない。


「ここ?」


あたしの馬の轡を抑えているアーニャは黙って頷いた。


覚悟を決めたあたしは馬から降りて、アーニャの前に立った。


「私は里へは入れない。この森を歩いて行けば、里からの迎えが来るはずだ」


ここでお別れ・・・


「あの、本当に色々とありがとう。アーニャ」


また会えるかな?


たぶん、ダメだろうな・・・彼女はバレンツの皇女様で、魔物だって言ってもちゃんと里の外で生きてるんだもん。


あたしの言葉に頷きを一つ返すと、アーニャは自分の馬に乗って、あたしが乗っていた馬の手綱を持ちつつ走り去った。


『さよなら』は言えなかったし、言わなかった。


アーニャも何も言わなかった。


けど、もしかしたら・・・また会えると思っててもいいよね?


走り去る彼女を見送っていると、小さくなったアーニャが手を振るのが見えた、気がした。


あたしは彼女が見えるはずもないのを知りながら、大きく手を振り返した。


いよいよ、これから、あたしの『魔物』としての里での生活が始まるんだ。


あたしは街道沿いの森へと足を踏み出した。





森の中を夕べ降ったばかりの新雪を踏みしめて歩く。


毛皮の外套と毛皮の帽子を被ったあたしは次第に暑くなって来た。


動いているからかな?


それにしては・・・あれ?


雪が・・・なくなってる?


今日は晴れてるし、そんなに深く積っていた訳じゃないけど、それにしたって、あまり日の射さない森の中だよ?


帽子を脱いで汗を拭いながら、あたしは来た道を振り返った。


遠くに白い雪が見えるけど、あたしの辺りは青々とした草が生えてる。


???


訳が判らず立ち止まっていたあたしに声が掛けられる。


「アン?」


振り返ると、そこには一人の男の人が立っていた。


「・・・お父様?」


いやいや、まさか、そんな。


第一、この人はお父様よりずっと若い。


コンラッドお兄様と同じくらいに見えるもん。


もしかして、このひとは・・・


「ジュリアスお兄様?」


あたしの問い掛けに、その人はにっこりと笑って頷いた。


あたしは無事にシャノンの里からのお迎えに出会えたらしい。





ジュリアスお兄様、もといユーリにまず最初に言われたのは名前の事。


ジュリアスはユーリ、マーガレットはマルガリータ、アンはアンナ。


ユーリにマルガリータにアンナ、ユーリにマルガリータにアンナ、あたしは頭の中で繰り返し覚えようとした。


そして、マルガリータお姉様は里の結界を張っているので昼間は会えない事、まずは里長と呼ばれる人の処であたしの力を見て貰う事などを歩きながら教えられた。


里の近くまで来ると雪が消えていたのは、お姉様の張っている結界は目晦ましだけでなく、里の中の気候も一定に保っているからなのだとか。


そのお陰で、寒さの厳しい土地でかなりの収穫が得られるようになったとか。


さすがはお姉様、すごいわ。


アーニャがお姉様は『聖女』と呼ばれてるって言ってたけど、なるほど~!って感じ!


あたしにもそんな力があるのかな?


あたしの『魔物』としての力・・・双満月の夜に、アーニャに剣で脅かされて無理矢理っぽく現れた力は、あたしはよく見てなかったけど、大きな木を数本折っただけ。


里長の小屋で顔を合わせたツェツィーリアというおばあさんが言うには、あたしの力もお姉様と同様にかなり強いらしい。


でも、その力は性質がかなり違っていて、お姉様が結界を張る事に向いているのとは対照的に、あたしの力はかなり攻撃的なのだとか。


あたしがまだ『魔物』の力に対しての自覚が少ないのは、完全に目覚めていない所為だとも言われた。


うん、だって本当にまだあたし自身が『魔物』として自覚出来てないもんね。


大抵の人は『魔物』の力が現れると、自分の中に熱が集まるのを感じて、それが『魔物』としての力の源になると言う。


そしてその力は感情の昂りと共に高まり易いので、感情をコントロールする術を学ぶ事が大切だと教えられた。


完全に目覚めていないあたしは、更に力の覚醒を促す事も重要だとも言われた。


でもね『攻撃的な力』だなんて・・・なんかヤダな。


あたしもお姉様みたいに強い結界を張れるような力がいい。


そう思ってたら、ツェツィーリアがニヤリと笑った。


まだ繋いでいた手から、あたしの思ってた事を読み取ったみたい。


「嬢ちゃん『魔物』の力は思いの強さが現れるもんさ。自分で成りたい形に力を変化させる事だって出来るさね」


そっかぁ!


あたしにもまだ希望があるってことよね!


「ふぉふぉふぉ・・・この嬢ちゃんは面白い子じゃのう」


どうしてツェツィーリアが笑うのか、あたしには解らなかったけど、里長もユーリも笑ってた。


なんで?


「アンナ、普通はみな、ツェツィーリアに自分の力を見て貰うと素直にそれを受け入れるものなんだよ。それを君は違うものになりたいと思ったんだろう?」


そ、そんなにヘンな事なのかな?


「いや、いい事だよ。里にとっても君にとっても」


里長は優しそうに笑ってそう言ってくれた。





そして、いよいよ念願のお姉様との再会!


マーガレット、いえマルガリータお姉様は想像以上に綺麗になってた。


お母様をそのまま若くした感じで、優しそうで、そして・・・笑顔だった。


「アン、いえアンナ。ここで会えた事を喜んでいいのか判らないけれど、でもやっぱり会えて嬉しいわ」


そう言ってギュッと抱きしめてくれた身体は柔らかくていい匂いがして・・・あたしはお母様を思い出しちゃって泣けちゃった。


「会いたかった、会いたかったの。お姉様・・・生きてるって信じてた」


そう神殿で祈ってた事は無駄じゃなかった。


あたしはお姉様をギュッと抱きしめ返して泣いた。


感動の4年振りの姉妹の再会だもの、一晩中語り明かせると思ってた。


ところがユーリがこんな事を言い出した。


「マルガリータ、アンも着いたばかりで疲れているだろうから、ゆっくり話すのは明日にした方がいいよ」


確かに疲れてるけど、せっかく会えたお姉様ともっと一緒に居たい!


そんなあたしの思惑とは裏腹に、お姉様も「そうね、これからゆっくり話せるわね」と微笑んでユーリと共に、あたしが泊らせてもらう里長の小屋を出て行ってしまった。


そ、そんなぁ・・・


唖然とするあたしに里長はすまなさそうに声を掛けて来た。


「悪いね、アンナ。ユーリは独占欲が強くってね」


へ?独占欲?ってなんでですか?


問いかけるあたしの視線に、里長は言い辛そうに話してくれた。


里長はユーリの実の父親だとか、里長はあたしのお父様のお兄様なのだとか、ユーリとお姉様は一緒の小屋で夫婦として住んでいるのだとか。


何れも直ぐには信じられない事ばかり。


え?里長は伯父様に当たるの?そしてユーリのお父様?


そんな事より!


お姉様とユーリが夫婦ってどういう事?


二人は兄と妹じゃなかったの?


いや、血が繋がってないのはあたしも知ってるけど。


いつの間にそんな事になったの?


ここに来るまで二人は面識が無かったはずだよ!


この4年間でそんな事になったって言うの?


ソフィアお姉様だってまだ結婚してないのに!


マルガリータお姉様はまだ16になってなかったんじゃなかった?


それにユーリの独占欲って・・・あたしは妹なんだよ?


妹に嫉妬するって・・・どんだけ強い独占欲なの?


あたしは驚きと呆れに茫然となりながらも、さすがに旅の疲れがあってか、ベッドに入るとぐっすりと眠れた。





そして、翌日からユーリとあたしのお姉様争奪戦が・・・行われる訳も無く。


あたしはどこかで見た事がある光景が目の前で繰り広げられているのを見ていた。


里に来たばかりのあたしを気遣って、食事を運んでくれたお姉様に当然の如く付いて来たユーリとお姉様の遣り取りは、在りし日のお父様とお母様にとてもよく似ていた。


姿形も似ているから余計にそう思うのかもしれない。


何ですか?あのバカップル振りは?


「マルガリータが作る料理はいつも美味しいね。こんなに美味しい料理を毎日食べられるなんて僕は幸せだよ」


「ユーリがいつも一生懸命畑を耕して美味しい野菜を作って下さってるお陰ですわ。働き者の旦那様を持って私こそ幸せです」


「僕が美味しい野菜を作れるのは、君がこの里の気候を豊かにしてくれているお陰だよ。君の力は本当に素晴らしいね、マルガリータ」


「そんな・・・あなたがいればこその力です。ユーリ」


エンドレス。


あたしは同じテーブルに付いてるもう一人の人物、里長に視線を投げかけた。


『いつもこうなんですか?』


『そうだよ』


無言で交わされる会話。


そして思わずシンクロする溜息と『聞いてられない』と言った無言の抗議の首振り。


今までご苦労なさってるんですね、伯父様。


まあ、あたしもお姉様が幸せなら、文句を言える筋合いじゃないけど。


家に居た頃より、ずっと明るく笑ってるし。


何より、あの頃より、ずっと綺麗で女らしくて・・・色っぽいです、お姉様。


あたしだって、お姉様とは血の繋がった妹なんだから、きっといつかは!





あたしは里に着いた次の日から、早速小さい子に交じって感情をコントロールする方法、つまりは冷静さを保つ方法を教わる事になった。


そして『魔物』についても。


魔物と呼ばれるようになった謂れ、魔物の力がどうして現れるのか、魔物の力の種類について講義を受けた。


あたしが今まで学んで来た事は、貴族の令嬢としてかなり一般的でしかなかった。


それでも、神殿の祭司から読み書きと足し引き程度の事しか教わらない平民よりも高度な教育を受けていると自負していたのよ。


この里に居る人達は、元の位が高い人達もいるけど、半分くらいは平民として生まれ育った人たちばかりだと聞いてる。


だけど、あたしと同じくらいかそれ以上に説明されていく事に理解を示してた。


あたしはちょっと恥ずかしかった。


『魔物』に対する偏見も、アーニャを見てて気づかされたけど、平民の人達を知らずに見下していた事に気づいて。


大きな力を持つとされる人達は、予言の力を持つ人達によって、この里に迎えられるのだとか。


あたしのように。


だから、独自の連絡網を持つ貴族の子女で無くとも、この里に来る事が出来るのだそうだ。


里に居るのは学ぶべき子供達と、力の弱くなってしまった人達、排斥を恐れて外に出ない人達など様々。


学んでいる子供達の中で、あたしは年長の方だ。


何故か訊ねると、ユーリが教えてくれた。


「魔物としての力が出始めるのは小さい頃が多いんだよ。だけど僕達のように事故やふとした切っ掛けで目覚める者もいる。第二次性徴期と言われる時期に覚醒する者もいる。この時期に目覚めるものは力が大きいとも言われてるんだ」


へえ~!


そう言えば、ユーリもお姉様もあたしと同じ年の頃に目覚めたんだもんね。





暮らしは実りの豊かな村と変わらない。


出て来る食事は美味しいし、小屋や服は質素でも、水やお湯も不自由なく使える。


これも魔物の力で大きな街よりも便利に使えるらしい。


お風呂場で、お湯が蛇口から出て来た時にはあたしも驚いた。


家では井戸から汲み上げた水を沸かして人に運んで風呂桶に入れていたのに。


力を上手く使いこなすには、力の遣い方と、物の構成や流れを知る事が重要だと教えられた。


そうすれば、里の中で使われているような役に立つ力を身につける事が出来るのだと。


その為の知識と教養を身につけなければいけないと厳しく言われた。


そうしないと、あたし達はいつまで経っても『魔物』と呼ばれ続け、世界から受け入れられないのだと。


今はまだほんの少しだけど、そうして人の役に立つ力を遣える人達が外の世界に出て行き、『魔法遣い』と呼ばれるようになって来ているのだとか。


あたし達は『魔物』ではなく『魔法遣い』にならなくてはならない。


その為の勉強と特訓をあたしは受ける事になった。


特訓は文字通り、あたしの力の覚醒を促すために、あたしだけに与えられた特別な訓練で、ユーリが担当だった。


嫌な予感はしていたが、彼は優しそうな顔をして厳しい。


「ほら、アンナ。いつまでも自分の身に危険が生じないと遣えない力なんて意味が無いんだよ。自分で思う時に思う形で遣えないと」


ニコニコ笑いながらそう言って、あたしを危険に陥れるのは止めて欲しい。


お陰であたしは、殺気を察する事に長けてしまったじゃないの。


「感覚を研ぎ澄ますのも大切なんだよ」


そう言われても・・・あたしは軍人じゃないから、そんな感覚を研ぎ澄ませても。


「悲しい話だが、今の処一番『魔法遣い』が必要とされるのは軍隊なんだよ」


そ、そうなのか・・・確かにあたし達の力は戦争には向いているのかもしれないけど。


でも、バレンツ帝国の軍隊に入れば・・・アーニャに会えるのかな?


そんな事をちらりと考えたあたしだったけど、やっぱり戦争の道具にされるのは嫌だ。


それではこの世界に受け入れられた存在とは言えないんじゃないの?


戦争で人を殺して人に認められるなんて・・・間違ってると思う。


あたしは厭くまでも人の役に立つ『魔法遣い』になるべく、修業を始めた。


ただ、ユーリの特訓は、もう少し手加減してくれてもいいんじゃないかと・・・思うんだけどね。








これにて第一部を終了。となります。

番外編を幾つかと人物紹介の後、第二部を始めます。




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