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第八話 アン 旅の終わり

第八話 アン 旅の終わり 再び国境を越えて




旅を始めて7日目の双満月の夜、あたしは『魔物』としての力を発揮した。


それまで『魔物』としての自覚が少しも無かったあたしは(だって『力』なんてそれまで少しも無かったんだし)今更ながらに『魔物』として多少の(全部はまだムリ)自覚を持って、大人しく迎えに来た彼女に言われるまま馬車での移動を続けていた。


だって『魔物』になったからって、お腹は空くし、眠くなるし、ずっと馬車に座り続けていれば腰も痛くなるのは前と全然変わらないんだもん。


『魔物』になったら有無を言わさず殺される。


幼い頃から言い聞かされて来た事が、あたしを大人しくさせた。


あたしは死にたくない。


シャノン、とやらに行けばそこで生きていく事が出来る。


お父様やお母様やお姉様やお兄様達家族ともう二度と会えなくても。


あたしは自分で生きていく事を選んだんだ。


馬車の中で迎えに来た彼女にシャノンについて尋ねると、シャノンの里では人里で暮らしていけるように『魔物』としての力を隠したり、コントロールする術を学ぶのだと言う。


それなら上手く行けば、いつか家族に・・・会えなくても遠くから姿を見るだけでも出来るようになるのかな?


大丈夫!あたしはやれば出来る子だもの!


シャノンの里で頑張る!


8日目は相変わらず一日中、馬車を走らせ、それでも夜は宿に泊る事が出来た。


二日ぶりのお風呂に入ったあたしは、前の晩とは違い、食事もたっぷり取って、ぐっすり眠った。





そして9日目に馬車を3度目に馬を取り替えた時、馬車を変わるようにと指示を受け、馬車を降りると、そこには・・・


「こっ、これに乗るの?」


「そうだ、早くしろ」


指示された馬車は、なんと言うか・・・一言で言えば豪華だった。


今まで乗って来た馬車はずっと黒い箱型の4人乗りの馬車ばかりで、飾り気のない地味なものだった。


目立たないように移動するのだから当然だと思っていたし、疑問にも思わなかった。


でも、今度のこれは豪華過ぎて目立つんじゃないの?


だって、金の縁飾りが付いてるし、家紋まで入ってるよ?


この紋は・・・見た事あるような・・・どこのだっけ?


「早く、乗れ」


考え込んだあたしは、促されて渋々馬車に乗り込んだ。


そして馬車の中で着替えるように言われた。


渡されたのは召使いのドレス。


迎えに来た案内人の彼女は、初めて会った時と同じような黒い軍服に着替えている。


「今度はどんな役?」


「お前は私の侍女と言う設定だ」


ああ、そう言えば彼女はバレンツの出身だと言ってたっけ。


そうすると、今度はちゃんと正面から入る事が出来るのかな?


偉そうなもの言いと言い、結構な身分の人だとは思ってたけど、やっぱり貴族だったのね。


「バレンツとの国境が近いの?」


「ああ、日が暮れる前には着くだろう」


それでも、昨日彼女は『まだ暫らくかかる』と言っていたから、馬車の旅は続くのかな?


乗り換えた5台目の馬車は、豪華なだけあって、それに見合った優雅さで進んだ。


つまり、スピードが落ちたってこと。


ガタガタと派手に揺れていた今までと違い、コトコトと進む馬車の揺れは眠りを誘う。


うとうとしていると馬車が止まった。


はにゃ・・・寝惚け眼で顔を上げると首が痛い。


この旅では、筋肉痛との戦いが多くて大変だ。


首を回しながら揉んでいると、彼女が「黙っていろ」と一言だけ告げた。


言われた通りに、少し緊張しながら姿勢を正して座っていると、『臨検を行う』と言うティレニア語の声が聞こえてきた。


慌てたあたしは、真っ青になって「どうしよう」と呟いたが、彼女はいつもの無表情で「落ち着け、大丈夫だ」と宥めてくれる。


そう言われても・・・


馬車の扉がノックされて、『失礼します』との声が掛けられる。


「どうぞ」


慌てふためくあたしを余所に、彼女は冷静にそう答えた。


ええ~!いいの?


「国境での臨検を行わせていただきます。通行許可証の提示を」


扉を開けた兵士が敬礼をしてからそう言った。


そ、そ、そう言われても・・・あたしはじっと固まったように俯いている事しか出来ない。


けど、彼女は何やら懐から書類を取り出すと、何故かあたしに渡した。


こ、これ、あたしが渡すの?


恥ずかしながら、少し震える手で捧げ持つように兵士に渡した。


すると、兵士はそれを読み上げて確認し始めた。


「アンナ・イワノヴナ・バレンツ殿下と侍女・ヨアンナと御者・カルル3名。目的はアルノへの外交の為の訪問」


え?え?ええ?


あたしは兵士が読み上げた内容に、そりゃもうびっくりした、なんてもんじゃなかった。

アンナ・イワノヴナ・バレンツ?!


差し返された通行許可証を受け取りながらも動揺を隠せない。


「荷物も開くべきかな?」


彼女の言葉に、兵士は敬礼して一歩下がった。


「いえ、その必要はございません。失礼いたしました。本来であれば皇家の紋章の馬車をお引き留めする権限が我々にはございませんが、是非一度、日頃ご尊敬申し上げる閣下のお顔を拝謁したいと思いまして。ご無礼ご容赦下さい」


兵士の言葉があたしの耳にも届いてたけど、あたしの頭の中ではさっき聞かされた名前が何度も繰り返し響いていた。


アンナ・イワノヴナ・バレンツ・・・バレンツ帝国第五皇女の名前。


「お目にかかれて光栄でございました。殿下」


「ご苦労」


茫然としているあたしを余所に、馬車の扉は興奮している兵士の手によって閉じられ、馬車は再び走り出した。


「アンナ・イワノヴナ・バレンツ殿下?」


あたしが恐る恐る訊ねると、彼女は黙って頷いた。


偽名、って事はないよね。


皇家の姫君を騙るのは大罪だもの。


それにさっきのティレニアの兵士だって、あっさり納得してたし。


『閣下』って呼ばれてた・・・彼女が着てるのはバレンツの軍服なの?


そー言えば、お兄様達からバレンツ帝国の皇女の中に15で戦果を挙げて将軍に任じられた姫君が居るって聞いた事があったような・・・


それが彼女?


あ、あたし・・・今まで散々彼女にタメ口きいちゃったし、従者の役回りまでさせちゃったよ!


いくら彼女が言い出した事とは言え、知らなかったとは言え、これは・・・非常にマズくない?


「・・・これまでのご無礼、ご容赦下さいませ。殿下」


走る馬車の中だったから跪く事は出来なかったけど、まずは謝らないと。


あたしだって一応公爵令嬢としての教育は受けているから、それなりの相手にはそれ相応の態度で接する事だって出来るのよ!


「気にするな。私とお前はそう浅からぬ縁がある。私の叔父にお前の母の姉が嫁いだ事を知らんのか?」


そ、そー言われれば、そんな事を聞いた事があるような・・・


「これまで通りの話し方で構わん。私は気にしていない」


いや、それもどうでしょう?


知らなかった今までならともかく、知った今となっては・・・


「でも、ここはもうバレンツ帝国内ですし」


武勇に優れて名を馳せている(らしい)彼女の、いやアンナ殿下のご尊顔を一目見たいと兵士が馬車を覗きに来た後は、あたし達を乗せた馬車は一度も止まる事無く、無事に国境を越えた。


今、走っているのはバレンツ帝国の領土だ。


あたしを知っている人は居なくても、殿下を知っている人はたくさん居るだろう。


それに今のあたしは殿下の侍女と言う役回りらしいし。


「私は普段からあまり人に下肢付かれる生活を送っては居ない。皇帝の子供は15人もいるし、私は第五皇女で皇帝にも皇位にも縁がない。何と言っても『魔物』であるしな」


そ、そうだった・・・すっかり忘れてたけど、彼女は『魔物』だったんだっけ。


うう~ん・・・取り繕ってもいまさら、なのかな?


「では・・・遠慮なく。ええっと・・・殿下の事は何とお呼びしたら?」


あう、敬語は意識すると簡単には直せないかな?


「アンナで構わんが・・・里でのお前の名前と同じだな。アーニャでいい」


ああ、そう言えば。


あたしはシャノンでアンナと呼ばれるとか言われてたっけ。


「あたし達、同じ名前なのね」


おかしくなって思わず笑ってしまった。


皇女と公爵令嬢・・・いや、今のあたしはただの魔物だけど、生まれた国も育ちも違うのに、同じ名前で同じ魔物で同じ馬車に乗っている。


「不思議な巡り合わせだね」


「そうだな」


優雅な馬車は、コトコトとのんびり走っている。


あたしは口元が緩んだまま、初めてこの旅が楽しいと感じていた。


その日は優雅な宿に泊まり、優雅な食事を堪能出来た。


素晴らしい一日だった。





そして旅を始めて10日目の朝。


ええ、あたしがバカだったわ。


あの優雅な旅が続くと信じていたなんて。


朝食を済ませて宿を出ると、あたし達の目の前に居たのは馬、だけだった。


「乗馬は出来ると言っていただろう?この方が早く着く」


そ、そりゃ出来ますけどね、乗馬くらいは。


で、でもそれは精々1時間くらいの間の事で、馬に乗って旅をするほど慣れてませんよ、あたしは。


今朝、また男装するように新しい服を渡された理由はコレだったのか。


外套や帽子やマントなど、やけに防寒に徹した服装だと思ったけど。


この軍人オタク!昨日のあたしの笑顔を返せ!


心の中で詰りながらも、あたしは騎乗した。


北国のバレンツ帝国はもう冬で吐く息も白い。


革の手袋に包んだ手で手綱を握って、先行するアーニャを追いかけた。


さ、寒っ!


もう、一体シャノンの里ってどこにあるわけ?





人一人が騎乗するだけでも、やはり馬は交換しなくてはならない。


但し、馬車に比べると負担は少なくなっているから、交換の時間は延びる。


4回ほどの交換であたし達は今夜の宿に到着した。


「どうしてそんなに急ぐの?」


あたしはヒリヒリと痛むお尻に薬を塗ってもらい、悴む身体を暖めてからやっと人心地ついてアーニャに訊ねた。


「もうすぐ雪が降り始める。そうすると移動にもっと時間がかかる」


へ?もう?


だってまだ・・・そうでした。ここはバレンツ帝国でしたね。


雪かぁ・・・雪が降ったら・・・馬での移動はもちろんだけど馬車ですら動かせなくなるほどバレンツでは雪が降ると聞いている。


雪に覆われた冬が長く続くバレンツ帝国は、だから領土が広大でも豊かとは言い難いと聞いた事がある。


「まだ先は長いの?」


「いや、天候さえ持てば明後日には」


おお、アーニャがやっと初めて残りの行程について教えてくれた。


もっともあたしにはその時間でどこに辿り着くのか全然判らなかったけど。


しかし、あと2日もこの苦行が続くのか・・・


いやいや、後2日よ!


今まで10日も辛抱してきたあたしよ?


後2日くらい我慢出来なくてどうするの?


でも、今日一日であたしのお尻は酷い事になっていた。


「走っている時に腰を浮かせろ」


アーニャは簡単に言ってくれたけど、そんな体制は長時間持つ訳がないでしょ!


馬を替える時に鞍の上に毛布を敷いたり、色々と施してはみたけど、慣れてないから筋肉痛ともまた仲良しこよしになっちゃったし。


あたしの体力がないのか?アーニャの体力が異常なのか?


後者だと思いたい。


あたしは普通だもん、たぶん。





次の日の朝、あたしはまだ残る筋肉痛にギクシャクとした動きを見せながら騎乗した。


「降るかもしれんな」


アーニャの呟きに釣られてあたしは空を見上げた。


どんよりと曇った空は少し薄暗いほどだ。


「急ぐぞ」


うえええ~!


あたしは心の中で悲鳴を上げながら必死でアーニャに付いて行った。


でも、やっぱり経験の差は如何ともしがたく、次第に遅れてしまった。


「もう少しだけ頑張れ」


アーニャはあたしを迎えに来た人だ。


あたしをシャノンまで送り届けなくては意味がない。


ドン臭いあたしを置いて一人だけ先に行く事は出来ないのだ。


「・・・ごめんなさい」


あたしは疲れと情けなさで涙が零れて来た。


「お前は頑張っている。もう少し先の街で宿をとろう。そこまで頑張れ」


あたしは彼女の励ましに頷きだけを返して馬を動かした。


もう、身体中が痛くて走らせる事は出来ない。


昨日の半分の時間しか馬を走らせる事しか出来ないまま、あたし達は宿で休んだ。


「ごめんなさい」


宿で温まりながら、あたしはアーニャに謝った。


雪が降り始める前に到着しようと頑張っていた彼女の足を引っ張ったのは事実だから。


「いや、お前の身体ももう限界に近いし、明日には間違い無く到着するから安心しろ」


え?ホントに?


この調子で明日着くの?


驚くあたしにアーニャは平然とこう告げた。


「当初の予定とは違う入口から入る。多少危険だが、ここからは近い」


もしもし、ひょっとして当初予定していた里の入口って、ここからもの凄く遠くて、遠回りするつもりだったわけですか?


ティモールとティレニアとの国境越えと言い、今回の入口の場所と言い、アーニャは安全を考えるあまりに同行者の体力と言うものを軽視していませんか?


「・・・なんでも物事を自分を基準に考えないで欲しい」


自己中、と言うのでもないんだろうけど・・・何と言うべきか、ある意味世間知らずなのかな?


ポツリと呟いたあたしに、アーニャは初めて詫びてくれた。


「すまんな、今後は気を付ける」


今後っていつの事?


そして誰に対して?


この次に彼女が人を案内する時、それはあたしじゃないわよね?


これほど意味の無い謝罪って初めてだわ。


「ははは・・・そうしてあげて」


あたしは数々の憤りを全て飲み込んで、乾いた笑いを浮かべた。


明日には彼女との旅も終わる。


長く長く苦しかった旅が。


「アーニャ、色々とありがとう」


苦しくて大変だったけど、それでも彼女が一緒に居てくれて助かった事は一杯ある。


あたしが泣いていた時、黙って傍に居てくれた事とか。


馬車の中で話し相手になってくれた事とか。


あたしが知らない事を色々と教えてくれた事とか。


十分感謝に値する事を彼女はしてくれた。


「いや」


相変わらず感情を出さないアーニャの答えは素っ気なかったけど、あたしは嬉しかった。


そして、旅の終わりをほんの少しだけ・・・寂しく感じた。





翌朝、目が覚めると外は銀世界だった。


夜のうちに雪が降り始め積ったらしい。


雪は静かに降り積もるので気づき難いのだそうだ。


それでも、空は晴天。


馬が歩き辛いほど降り積もってもいない。


「行くぞ」


アーニャの声にあたしは頷いた。


これから、これからマーガレットお姉様に会えるんだ。


4年振りに、亡くなったとされていたお姉様に。


あたしはその事だけを考えるようにした。


アーニャとの別れを考えないようにしていた。






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