第9話 金曜日、九条七瀬
次の日の金曜日の放課後、俺はS文の部室にいた。
だんだん外が暗くなり、他の部員が帰っていく中、ぺらぺらと読みかけのSF小説を読む。
「おー、浩二。俺もう帰るけど、まだ残る?」
「はい、もうちょっといるんで、カギ閉めやっておきますよ」
俺以外の部員がいなくなった後も、しばらく本を読んでいると、
がらっ
「・・・浩二、まだいたんだ」
固い表情で、七瀬が入ってきた。
「おう、まあな。くると思っていた」
「・・・・」
「喫茶店での話だがな、玉緒さんに返事する前に、お前にも話しておきたかったんでな」
「・・・そう」
七瀬が近くの席に座る。少し俯いている。
「まずな、七瀬、まずはお礼を言わせてくれ。いろいろありがとう、感謝している。」
「・・・」
「お前が、中三のときの俺の間違いを指摘してくれなかったら、ずっと俺は気づかないままだったと思う。俺が自分の羞恥心を言い訳に、あいつ、伊藤由香里のこと全然考えていなかったこと、もしかして傷つけたかもしれないこと。あいつは、おそらくあいつなりの勇気を出していたのに、俺は全然それを思いやれなかった。そんなことを七瀬は俺に気づかせてくれた」
「・・・ううん、そんなことない。今思えば、勝手にその伊藤さんに感情移入して、浩二に強くあたってたのかもしれない」
「それでも、だ。それに、俺が女心が分からないので勉強しろと言ってくれた。まあ、いまだに分からないんだが、少なくとも、自分と違う考え方でも理解しようと思えるようになった。恥ずかしさだけで他人との交流を拒絶するのはもったいないってな。」
「・・・それもお節介だったかなって」
「・・まあ、多少難解なのは相変わらずだが」
耳を○○せば、とか、いまだに分からん。
「おかしいところは、これからもお節介してほしい、と思う」
おずおずと、七瀬が顔を上げる。
「あ、あの、浩二、玉緒ちゃんに、浩二の昔の話を勝手にしてごめんなさい」
七瀬は泣きそうになりながら話す。
「あのとき、浩二の話きいて、私すごい怒ったでしょ。勝手に伊藤さんに感情移入してしまって、きっとすごくすごく傷ついたんじゃないかって、思って。それに、浩二もさ、あのときはまだ気づいていなかったけど、いずれ、それに気づくんじゃないかって。10年後、20年後、それに気づいたとき、浩二はきっと傷つくだろうって。でも、ずーっと後で、それに気づいても、もうどうしようもない状態で、そのまま後悔し続けていくんじゃないかって・・・」
「・・・そうか」
「何とかしたくて、必死に考えたの。1年前ならば、何とかなるんじゃないかって。伊藤さんはエクレア女学院に行ったと聞いて、私の中学校のときの友人がどこに進学したか必死に思い出して、そうだ、玉緒ちゃんもエクレア女学院にいったはずだって。それで、思わず、玉緒ちゃんに連絡とってしまったの」
「玉緒ちゃんと久しぶりの挨拶したあと、ひょっとして、伊藤由香里さんという人を知らないか聞いてみたら、知っているって。仲いい友人だって。それを聞いたら、これで何とかなるかも、って思ってしまって」
「最初は、浩二の中三のときの話はするつもりはなかったんだ。何とか誤魔化して、浩二と伊藤さんを会わせようと玉緒ちゃんにお願いするつもりだったんだけど。私の必死な態度で、玉緒ちゃんに隠し事があるってばれちゃって、結局ほとんど話すことになっちゃった」
「・・・まあ、玉緒ならば、しょうがないだろう」
だって、あいつ、そういうこと鋭そうだし。誤魔化すのは、多分無理だろう。
「玉緒ちゃんは本当に責任感があって、他の人の失敗を言いふらすような人じゃないから、と思ってしまったんだ。でも、勝手に浩二のことを話してしまったのは、駄目だったと思う。ごめん、もっと落ち着いて考えて、浩二に相談してから、とかすればよかったかも、と後で思った」
「・・・いや、俺のことを考えて、動いてくれたのはありがたいことだと思う。まあ、玉緒に俺のことを話してしまったことについては、今度からは・・・配慮してくれると嬉しい」
「・・・うん、今度から気を付ける。」
七瀬はまだ泣きそうな顔をしている。
「おいおい、七瀬、俺はお礼を言っているんだぞ。そんな暗い顔しないでくれ。俺は感謝している、ちょっと、あー、玉緒については仲良すぎて、おもわず話しすぎちゃった、とかいうやつだろう。玉緒もいいやつみたいだし、七瀬の大切な友人だったんだろう、紹介してくれてありがとう」
「・・・うん、玉緒ちゃんは本当に、大切な友人なんだ」
「そうそう、それで、七瀬は、相変わらず俺が変な自意識過剰で女心が分からなかったら、ハリセンで頭たたいてくれていいんだ」
「・・・ハリセン? なによ、ハリセンって。私が暴力的な女みたいじゃない」
「いーや、七瀬はいいやつだぞ。たとえ、ハリセンを持っていてもな!」
「・・・なによ、それー」
くすくす
少しは元気でたみたいだな。
・・・
「さて、それでは七瀬、玉緒から受けた提案だが、」
「・・・うん」
「ありがたく受けようと思う。贖罪の証になるか分からんが、おれが伊藤に謝りたいと思う気持ちは間違いない。謝って、1年遅れだが、ホワイトデーのお返しもしたいと思う。あちらが受け取ってくれるかは分からんが。」
「うん、うん。・・・頑張って」
「おう!」
「ちなみにだがな、七瀬。もし仮に、の話だが」
「うん、何」
「・・・この伊藤との再会の結果、もしも万が一、玉緒さんがお怒りになったら、助けてくれるか・・」
俺は超真剣な表情で七瀬にお願いした。
七瀬は一瞬ぽかんとした顔の後、笑いながら言った。
「っぷ、もう、真剣な表情で何いうかと思ったら、何よ、それー。玉緒ちゃんが、そんなに怖いのー? 大丈夫よ、玉緒ちゃんは優しい女の子なんだから、変なことしなきゃ怒らないってー」
「・・・そうか」
「なんで、あんなかわいい子がおっかないのよー、もー、変な浩二ね」
「・・・そうだな」
ああ、玉緒と同じ中学校の男子生徒でなければ、この恐怖は伝わらないかもしれないな。
七瀬よ、お前も少しは男心を学んだほうがいいんじゃないか?
・・・
七瀬と話をした後、玉緒に、伊藤由香里と会えるようセッティングをお願いした。
玉緒は快く引き受けてくれた、と思う。
「なるほどなるほど、了解しました! 後ほど、再会する場所と時間を改めてご連絡します。ちなみに、財布の中身は十分ですか? はい、大丈夫、と。分かりました、それでは・・」
・・・なんで、財布の中身を気にするんだろう。
ひょっとして、玉緒にも何かお礼の品を渡さなければならないんだろうか?
” 当然ですよね? ”
俺の心の内なる玉緒がささやいた気がした。
まあ、こちらは、すべてが終わったあとに玉緒に聞くとしよう。
あ、七瀬にもホワイトデーのお返ししなきゃな、5倍返しから前払いのパフェ分を差し引いて、と。
・・・
それから数日後、水城玉緒から連絡がきた。
日時は3月14日の放課後、場所は、例の喫茶店とのことだった。