第6話 帰宅後
その後、水城玉緒の「考えておいてください」という言葉を最後に話は終わり、俺たちは喫茶店で解散することになった。
俺は非常に精神的に疲れた状態で帰宅した。
「あーー、土曜日の夕方の気分じゃねーな。」
俺は何に出会ってしまったんだろうか。まるで、RPGゲームの1面でいきなりラスボスの大魔王が現れたかのようにびっくりしたぞ。
ふらふらと自宅の玄関を開け、リビングルームに入る。もう夕方か、母親がキッチンで料理の準備をしていた。妹はリビングのソファでテレビつけっぱなしでスマホをいじっている。
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい、浩二。夕食もうちょっとかかるわよ」
「りょーかい。」
俺の帰宅の挨拶に対して、当然にも妹は無視している。わが妹、相坂詩織は14歳の思春期まっただ中、立派な反抗期だった。なんか、俺だけに当たりがきつい気がしないでもないけど。
「浩二、疲れているみたいだけど、どこか行ってきたの?」
「あー、ちょい高めの喫茶店だなー」
冷蔵庫から飲み物を出しながら、深く考えずに答えてしまう。
あっ、やべっ
「うん? 喫茶店、お友達とー?」
「あ、ああ、高校のダチと行ってきた・・」
ソファの上で、妹が顔を上げたような気がする。
なんでこんな時だけ反応すんだよ!
俺は、気にしないふりでジュースを飲む。
「んーー、お兄ちゃん?」
「・・・・」
とりあえず、無視無視。
「お兄ちゃん!」
「・・・あ、なんだ?」
「友達って、男? 女?」
「あー、どっちだったかなー・・・」
俺は誤魔化しつつ、ジュースを手早く飲んでコップを流しに置く。その後、そそくさと2階の自分の部屋に向かう。
「あー、もう、お兄ちゃん!」
背中に妹の声が聞こえるが、おそらく気のせいだろう。精神的に疲れているから幻聴が聞こえたのかもしれん。なんせ、反抗期の妹は、日常の9割9分、兄である俺に話かけることなどないのだ。
ほんとう、なんで、こういうときだけ話しかけてくるんだよ・・
自分の部屋でゆっくりしようと思っていたら、
「浩二ー、夕食できたわよー」
1階から母親の声が聞こえてきた。そうでした・・・
わが家では、家にいる場合は家族ができるだけいっしょに食べることにしている。今日は父が長期出張で不在なので、母、俺、妹の3名で食卓を囲む。
もぐもぐ、不思議と精神的に疲れているはずなのに腹は減る。かーさんの飯はうまいな、今日飲んだ苦いコーヒーの思い出も洗い流してくれる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「・・・んー、なんだ」
「今日、喫茶店、何人でいったの?」
「あーーー、んーーーと、2名ぐらい、かな?」
「なんではっきりしないの。それで、いっしょにいったの、男、女?」
「んーーー、男、だったかなー」
「その反応、女の子でしょ!」
「・・・そんなの、どっちでもいいじゃん」
「やっぱり女の子でしょ、何でごまかすの!」
何でこんなときに限って元気なんだよ・・・
「大声だすなよ」
「お兄ちゃんが誤魔化すからじゃない!」
「詩織、大声だしちゃだめよ」
「だって、お兄ちゃんが・・・」
「はいはい、それでもよ。浩二、本当に言いたくなかったらいいけど、どうなの?」
まあ、意地はって隠すほどのもんじゃないか・・
「あー、女の、部活仲間とだな」
「え、なになに、彼女?」
母親に怒られたはずなのに、もう元気なってやがる。
「いや、全然。ちょっと、あー、相談に乗ってもらってた」
「彼女じゃないの? 相談って?」
「・・・それはさすがに駄目だな。言うつもりはない」
それはダメだろ。
「えー、なんでよー?」
「お前、クラスの友達に相談する内容、俺に言えるか?」
「・・・・」
そういうことだ。
その後は静かに食事できた。妹はやや不満顔だったが。
・・・・・
食事の後、今日は俺が当番なので皿洗いをする。
後片付けも終わった頃、ふとリビングを見ると、妹がまたソファでスマホをいじっていた。それを横目に自分の部屋に戻ろうとすると、ふと、七瀬や玉緒との会話を思い出した。
『え、家族に相談? いちおう母親とか妹はいるが、こんなこと恥ずかしくて相談できん。いや、ムリムリ、絶対からかわれると思っていたし・・・』
『そう、女の子から、義理とはいえ立派なチョコをもらいながら、自意識~?だか、恥ずかしい~?だか、知らないけど、なにも、何も返さなかった~?』
『七瀬ちゃんは、本当に、あなたのことを心配していました。自意識過剰にせよ、羞恥心にせよ、あなたが過去に犯した過ちについて、真剣にあなたのことを助けたいと思ったのです』
自分自身で勝手に恥ずかしがっているのは、中学生のときに終わったと思っていたんだけどな。
まだ、いろいろなことを妹や家族に知られるのは、恥ずかしいと思ってる、のか?
何で恥ずかしいとか思うんだろうな・・・
すべてを拒絶する意味も必要も、ないんだよな・・
その場で俺はスマホを開き、昨年のSF文芸部の夏合宿の写真を探す。
えーと、これか。
この写真とったときは、まさか、この七瀬にハリセンで叩かれる日がこようとは、思わんかったよ。
七瀬や俺たち1年生の部員がそろって写っている写真をスマホに出しながら、妹の近くにいく。
「詩織ー」
「んー・・・」
顔もあげない。まだ不機嫌なのかよ。
「ほれ、今日いっしょに喫茶店に行ったやつの写真だよ」
詩織はがばっと顔を上げ、こちらに顔をよせる。
「どれ? どれ、どれーー?」
現金なやつだよ・・
「ほい、この集まっている中の、こいつ」
写真のうち、七瀬を指さす。女子にしては身長高いし、姿勢きれいだし、こいつ、写真写りいいな。
「ほっ・・・」
「ほっ?」
「び、美人さんだー!」
「・・・・」
「なになに、背高いし、足長いし、美人だし、なにこれ、なにこれー!」
「いや、だから、今日いっしょにいったやつ」
「お名前は?」
「あー、七瀬。九条七瀬。○○中の出身で、女子バスやっていたってよ。」
「あー、だからこんなに恰好いいんだー、きれいー、九条先輩かー。もー、今にもできる高校生じゃん!」
「・・・・」
できる高校生ってなんだよ。
妹の興奮をしばし待つ。
「あーー、なるほど、このきれいな先輩と、兄がーー・・・」
「なんだよ」
「うん、確かに、彼女じゃないね」
「どういう意味だよ」
「だって、だって、この人だよ、絶対無理じゃん!」
「・・・・」
羞恥心を押さえつけて自分のプライベートを妹に見せた結果、なぜか俺は罵倒される結果となった。
ま、まあ、これで妹が満足すれば・・・いいのか? 何が?
「こんなきれいな人と高い喫茶店で相談、・・・・ふむ」
「・・・?」
「しかも、この時期、2月後半、バレンタインデーの直後!」
「・・・!」
ぎくっ
こいつ、まさかっ!
「分かった、お兄ちゃん! きっとお兄ちゃん、女の子からチョコレートもらえなくて、このきれいな先輩に泣きついたんでしょ! 何とか義理だけでももらえないかって! お願い代として、高い喫茶店のお高いパフェをおごるからって!」
「・・・・」
ああ、妹よ、お前は決して名探偵にはなれんな。合っているようで、全然合ってないよ。なぜか最後だけ少し合っているけど・・・
全然ちがうわ!と言って俺は部屋へ戻った。
七瀬の写真をおねだりされたんで、しょうがなく妹にメールで送った後にだが・・