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第2話 高一の冬

高校一年生のある冬の日、くもり空の寒々とした風景を窓の外に見ながら、俺は暖房がきいた部室にいた。

ぺら、ぺら、部室に置いてある本を読んでいるが、けっこう難しくて頭に入らない。

ただ、こんなふうに、放課後まったりと本を読んで過ごすのは嫌いじゃなかった。


中学生のときはサッカー部に所属していたが、よくつるんでいたサッカー部の同級生が別の高校に行ったことや、それほど熱心に運動をする気もなくなっていたことから、高校では文化部に入ることに決めていた。少し知的に見えつつ、それでいて、ある程度ゆるく活動できそうなところはないかと探した結果、「SF文芸部えすえふ ぶんげいぶ」という部に入ることになった。


SF文芸部、略して「S文えすぶん」は、もともとSF研究会と文芸部の二つの部があったところ、いろいろ事情があって数年前に合併してできたものらしい。そのときのなごりからか、部室には立派な二つの本棚があり、一つにはSF系の本がぎっしり入っており、もう一つにはそれ以外の本が入っている。


今はそのうち、SF系の本を読んでいるんだが、いろんな用語が出てきて分かりにくい。

これ、ひょっとしてきちんと用語や登場人物をメモしながら読まないといけないんだろうか?

まあ、でも急いで読む必要があるわけでもないしな・・・

とか思いながら、部室でまったり過ごしていると、


カチャ

「おはよーございまーす。あれ、今日は浩二こうじだけ?」

「おお、おはよー。放課後だけどな」


同じ部員かつ同級生の九条七瀬くじょうななせが入ってきた。

こいつは中学校のときはバスケ部に入ってけっこう活躍していたそうだが、高校生になったら運動以外も頑張ってみたいとのことで、知的な部活を探した結果、S文にたどりついたそうだ。なんとあさはかな。


バスケのエースだったからか、背も女子にしては高めで、髪はショート、性格もさっぱりしているやつだ。たまたま同じクラスで同じ部に入ったということで、入部当初はこいつから話かけてきて、運動部の話で盛り上がるうちにそれなりに話すようになっている。


「ふーん、先輩とかもいないのか」

それは残念、とごそごそとカバンをあさると、

「ほい、浩二」

ひょいと何かを渡したあと、近くの席に座った。


「んあ?」

見ると、それはカラフルにラッピングされた箱だった。


「いちおう、義理だかんねー」

「お、おう」


そうか、今日はバレンタインデーか。

義理とはいえ、まさかこいつからもらえるとは。

「まあ、さんきゅー、な」


「どういたしまして、ホワイトデー、よろしく~」

「・・・ホワイトデーか、たしか3倍返しとかだっけ?」


「いやいや、浩二くん、その情報は古いよー。今は、5倍返しが相場だよ~」

「え!まじかよ、今はそんなことになっているのかよ。」


「そう、まじまじ、法律にも書いているよ」

「俺は、日本国憲法で、男女は平等だということを学んだ気がするんだが・・・」


「何事も例外はあるんだよ、きっと」

「そ、そうなのか・・・」


まあ、こいつには部活でいろいろ世話になっているしな。

いいやつだし、ご、5倍返しくらいしょうがない、のか?

・・・俺、今月の小遣いまだ残っていたっけ?


「っていうかさー、浩二、他にもチョコもらったことあるでしょ?」

「いや、今年は初めてだぞ。多分、最初で最後、いや、女子の先輩たちにもらえるかも・・・。あ~、今日は先輩たちがいない!」


「まあまあ、それはご愁傷様。」

「いや、まあ、しょせん義理だからな・・・。3倍ないし5倍はきついから、それはそれでいいか」


「中学校のときとかどうだったのよ」

「いや、中学生のときこそ、男たちしかいないサッカー部だったし、女子との縁は・・・

ああ、そういえば、中三のとき一個だけもらったな」


「へ~、どんな感じでもらったの?」

「あ~、それはな・・・」

俺は、1年前、中三の冬にチョコをもらったときのことを話すことにした。


・・・・・・・


「そんな、ちょっとほろ苦い思い出が、バレンタインデーにはあるんだ・・・」


俺の話が終わると、七瀬は急にだまりこんだ。

徐々に顔が険しくなっている気がする。


「どうした、怖い顔して」

「・・・・浩二くん、あの、私、ちょっといろいろ思うところがあるんだけど・・・」


「あるんだけど?」

「ちょっと、そこの床に正座してくれないかな?」


「なに、そこに正座しろ? え、なんで?」


「いいから!!」

「ひゃ、ひゃい!」


なんだか分からないが、七瀬はひどくお怒りらしい。普段大人しいやつほど怒るときは怖いというが、ひょっとしてそれなのかもしれない。

まあ、この部室はいつも掃除していてきれいだし、少しぐらい正座しても大丈夫か・・・

ぺたっと床に正座する。


げ、冷たい!

そうだよ、今は冬だった


正座した後、おそるおそる七瀬のほうを見ると、ごそごそと部室の用具棚で何かを探していた。

まあ、5分くらい正座していたら、こいつも落ち着くだろうとじっとしていることにした。


やがて七瀬は、大き目の画用紙をもってきて机の上にひろげ、平行に折り始めた。


何やってる?

・・・・ああ、これはハリセンか、懐かしいな。ちっちゃいとき、よくこれで遊んだな


ハリセンが出来ると、それを持って七瀬は正座している俺に近づいてくる。

「浩二くん!!」

「は、はい!!」

思わず正座しながら背筋を伸ばすと、


「こんのーー、ばかちんがーーー!!!」

ばっちーん!


七瀬に思いっきりハリセンで頭を叩かれてしまった。

っ痛たー!


頭に受けた衝撃にゆれながら、俺は七瀬に話しかけた。

「ちょ、ちょっと、待て、七瀬。暴力はいかん、暴力はいかんぞ。」


っふー、っふー、鼻息もあらく七瀬は答えたきた。

「っ、・・・・暴力はいけないのは分かっているんだけど、思わずやってしまった。ごめん」

「・・・・」


「でもね、あんたね、あんたはそれ以上のひどいことをしたのよ!分かってる?」

「・・・ひどいことというのは、俺の、1年前の話のことか?」


「そう、女の子から、義理とはいえ立派なチョコをもらいながら、自意識~?だか、恥ずかしい~?だか、知らないけど、なにも、何も返さなかった~?」

「あ、ああ・・」


「あ、あ、あんた・・・やば、考えるだけで、またぶっ叩きたくなってきた・・・」

「お、お、落ち着け、七瀬。いや、俺も悪かったとは思っているんだ・・・」


「いーや、あんたは分かっていない。たとえ義理でも、女の子がどんな思いでチョコをあげるか、それを無視されて、どんなに傷ついたか・・・」

「いや、無視したわけではなく、ホワイトデーに何も返さなかっただけだが・・・」

「なお悪いわ!」

「はい、すいません!」


あまりの七瀬の剣幕に、正座のまま土下座してしまった。

そうか、人は、こんなときに土下座するのか。人生初めての土下座に自分ながらびっくりしてしまった。


「いーい、浩二くん、あなたは、女子の気持ちをこれっぽちも分かっていない」

「まあ、少し自覚はある」


「申し訳ない気持ちはあるの?」

「・・・そうだな、思い返せば、1年前のときは自分の罪悪感のことしか考えていなかったが、七瀬に言われてみると、相手のことをほとんど考えていなかったな・・・すまん」

「私に謝ってもしょうがないでしょ・・」


はあ、とため息をつきながら七瀬は席についた。

ちょっと落ち着いたかな、と判断した俺も、こっそり自分の席に戻ってみた。


ぎろっと七瀬がにらんでくる。

怖いよ、七瀬。高校生なのに、女上司に怒られるサラリーマンの気持ちを分かってしまった。

父も、こんなシチュエーションに出会ったことがあったのだろうか。

なんか、すごいせつない。サラリーマンって、大変だな・・


「しょうがない、浩二、あんたには女の子の気持ちが分かるように、と、く、べ、つに指導してあげます!」

「ありがとうございます!」

条件反射で答える。こいつ、同級生なんだけど。


「・・・まずは、そうね、あんた、電子書籍でマンガとか読んだりする?」

「まあ、家にタブレットがあるからな。小遣いためてポイントセールのときとか買ったりしている。最近は弁護士の漫画を読んで知性が少し向上することができたな」


「あまり知性が向上したようには見えないんだけど。まあ、ちょっと待ってね」

スマホを取り出し、なにか操作し始める。

「この、中学生で精神年齢がとまったような奴には、中学生くらいの話がいいか・・・」


七瀬さん、なにか、失礼なこと考えていない?


少しの時間のあと、七瀬はおもむろにスマホの画面を見せてきた。

題名を見る。

「耳を○○せば?」


「うん、まずはこれを読んで、女の子の繊細な気持ちを学びなさい」

「これ、少女マンガか?」

「えー、そうよ」

「・・・・ちょっと、恥ずいんだけど」


「何か?」

「・・・いえ」


「ちゃんと感想きくからね~」

「・・・・おう」


「感想は、今日が水曜日だから、来週の月曜日あたりでもいいよー」

「おう、わかった」

まあ、マンガ一冊くらいいいだろう。自分のスマホを取り出して該当の電子書籍を探す。


「ちなみに、浩二さー」

「おう、なんだー」

俺は、スマホを見ながら返事する。


「中学校の仲良かった子とか、その子とか、この高校に来ていないの?」

「いや、俺がいた中学校はごく普通のところだったからな。この高校、一応、県でもいいほうの進学校だろ? 俺のクラスでも来たのは数名くらいだな」

「ほかの子は?」

「俺がよく話した奴は、隣の○○高校とか、○○工業高校とかだったな。」


「・・・チョコくれた子は?」

「あー、あいつは、確か・・・エクレア女学院とかに行ったはずだ」

「やば、お嬢様学校じゃん」

「そうそう、実は結構いい家だったのかもな。または、けっこう優等生だったので、そういう枠で行ったのかもしれんが」

「・・・ふーーーん」


俺がスマホで七瀬ご推薦の電子書籍を見つけてチェックを入れる頃には、もう外は暗くなってきた。

「もうこんな時間だな。じゃあ、そろそろ今日は帰るわ」

「はいはい、宿題忘れないでね、来週提出だよー」

「うーい」

けだるい返事をした後、俺は帰り支度をしたあと部室から出る。


こんな宿題、生まれて初めてだ・・・

なんでこんなことになったんだっけ?


俺は悩みながら帰路についた。

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