第11話 ホワイトデー 2
無事、伊藤由香里にホワイトデーのお返しを受け取ってもらえてほっとしていると、伊藤が話かけてきた。
「相坂くん。ちょっと、お願いというか・・・相談があるんですけど」
「ああ、いいよ。なんでも相談してくれ」
俺は、ちょっと気が抜けたまま気軽に返事をした。
「15才の私は、相坂くんから素敵なお返しをもらえたわけじゃないですか」
「ああ、そうだな。受け取ってくれてありがとうな」
「今の私、16才の私は、この15才の私にちょっと嫉妬しているんです」
「え? というと?」
「15才の私は、1年遅れたとはいえ、相坂くんから、そのときの気持ちといっしょにホワイトデーのお返しをもらいました。」
「・・・まあ、そうだな」
まさかその時の気持ちを伝えるとまでは思っていなかったが・・
「でも、16才の今の私は、相坂くんから何ももらっていません」
「ん? んん? まあ、そういうことになるのかな?」
「16才の私も、相坂くんから何か欲しいのです」
「・・・」
俺はちょっと考えた後、伊藤に提案してみる。
「じゃ、じゃあさ、この喫茶店のパフェ、おいしいらしいんで、おごるよ。ホワイトデーの遅れたお詫びという形で」
玉緒対策で、幸い、軍資金はたっぷりある。
すると、伊藤は頭を振って言う。
「でも、私、今年は相坂くんにチョコを渡していないので、ホワイトデーのお返しをもらう理由がないんです」
「え? ホワイトデーの遅れたお詫びじゃダメなの?」
「それは、15才の私に対するものでしょう? 今の私が受け取る権利はありません」
「・・・・」
なんか、難しいこと言い始めたぞ。
え、何?
ようするに、過去の自分に対する物はもう受け取ったので満足だけど、今の自分に対する物も、何か欲しいということ?
おい、誰か、「耳を○○せば」の愛読者でもかまわんから、この複雑な女心の対応を教えてくれ!
「・・・」
「・・・」
伊藤が上目遣いでこちらを見てくる。
うむ、何かを期待しているのだろうが、何をすればいいのかさっぱり分からん。
しばし、沈黙が続く。
あー、あー、何か考えろ、とりあえず何でもいいから考えろ。
知恵は現場に落ちているだっけ?あー、最近のことで、何かいい知恵はないか
最近何した?バイトした、その前は、あー、SF文芸部の創設の話きいた、その前は?バイトした、その前は?あー、喫茶店で、七瀬と玉緒と話した、そんで、パフェをおごった・・・
えーと、玉緒にはパフェを相談料として渡した、七瀬には、七瀬には、えーっと・・・
『・・・あ、私はホワイトデーの前払いということで』
七瀬の言葉を思い出す。
そうだ、前払いだ!
「い、伊藤」
「・・・?」
伊藤が頭を傾けてこちらを見る。こいつかわいいな、っじゃなくて、
「ま、前払い、でどうだ?」
「前払い?」
「おう、そうだ、バレンタインデーチョコに対するホワイトデーの前払いだ!」
「・・・どういうこと?」
「おう、それはな、1年前、俺は伊藤からバレンタインデーにチョコをもらって嬉しかった。しかし、残念ながら、今年はもうすでに過ぎているためもらうことはできない。だから、1年後のバレンタインデーで、お前から義理でもいいからチョコが欲しい! チョコを予約するためのホワイトデー前払いとして、ここで、ぜひ、お前に高級パフェをおごらせてほしい!」
「・・・」
「あ、俺にチョコ渡すの嫌じゃなければで、いいんで・・・」
「・・・」
伊藤由香里は、しばし、ぽかんとした顔をした後、急に笑い出した。
クスクス
「っぷ、バ、バレンタインチョコへのホワイトデーの前払いね。そう、1年後の私のチョコが欲しいから、前もって予約ということね・・・」
クスクスクス
伊藤の笑いが治まらない。俺の変な提案にもかかわらず、笑顔になって何よりだよ。
「でもね、相坂くん」
「何だ?」
「ちょっと確認なんだけど・・・」
「おう、何でも聞いてくれ」
「・・・相坂くん、今、彼女っているの? もしいたらチョコ渡しづらいし・・・」
「いや、いないぞ」
「・・・じゃあ、1年後、彼女がいる可能性は?」
「え? い、いや、そりゃ分からんけど。いたら嬉しいけど、でも、いないんじゃない?」
なぜか、ふと妹との会話を思い出した。
『うん、確かに、彼女じゃないね』
『どういう意味だよ』
『だって、だって、この人だよ、絶対無理じゃん!』
「・・・今のところ、できる予定はない、と?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、1年後、チョコを渡しても、問題ない?」
「おう、まったく問題ないぜ! 多分!」
もらえたら嬉しいのは間違いないだろ。
「そう、よかった・・・」
伊藤はほっとした顔で、
「それじゃあ、せっかくなので、前払いとして、相坂くんからご馳走になろうかな?」
「おう、まかしとけ!」
さっそくメニュー表をとろうとすると、横から人影が現れる。
「いやー、遅くなりました! お二人の会話は済んだでしょうか?」
どうやら、玉緒と七瀬が合流したみたいだ。
タイミングよすぎない?
・・・・・・
玉緒と七瀬が合流し、玉緒が伊藤由香里の隣に、七瀬が俺の隣に座る。まあ、高校別に分かれた感じだな。とりあえず、俺がコーヒー、それ以外が紅茶を注文する。
伊藤が話しだす。
「もう、玉緒さん、びっくりしたよ・・・」
「すみません、由香里さん。ちょっとサプライズが過ぎたと思います。ただ、今回については、事前に話すと逆に由香里さんが素直になれない可能性があったため、このような形にしてしまいました。本当にごめんなさい!」
いきなり、玉緒が由香里に頭を下げる。少しびっくりした。
「・・・そうね、いきなり相坂くんに会って、すごくびっくりして、感情のおもむくままにしゃべってしまって・・・」
ん? 伊藤の顔が少し紅潮したように見える。
「ん、こほん、確かに、事前に聞いていたら、このようにはならなかった気がします。相坂くんとは仲直りというか、はい、良い再会になれたと思います。玉緒さん、この場を作っていただいてありがとうございます」
伊藤が玉緒に頭を下げる。
「そうだな、玉緒さん、俺も感謝したい。伊藤と話す機会を作ってくれて、本当にありがとう」
俺も感謝を述べて、玉緒に頭を下げる。
「いえいえ、どういたしまして。本当に、お二人の再会がよいものとなって、嬉しく思います!」
玉緒は本当に嬉しそうな笑顔だった。
そうだよな、この再会がもし失敗していたら、こいつはすごい責任を感じただろう。
それでも、こいつは、二人の友人のために、出来るだけのことをしたかったのだろう。
いい結果になって一番うれしいのは、実はこいつなのかもしれない。
俺も嬉しいよ。玉緒を怒らせる結果にならなくて・・・
・・・
その後、玉緒が、初対面の伊藤由香里と九条七瀬をそれぞれ紹介した。2人は初対面だからか、ややぎこちない感じだったが、話すうちに慣れていくだろう。
「え、七瀬さんが、今回のきっかけだったんですか?」
「あー、そうだな。こいつが、俺が羞恥心のあまりチョコのお返しをできなかったって聞いたら、すごい怒ってくれたんだ。いろいろ大切なことに気付くことができたのは七瀬のおかげだな・・・」
「いえいえ、どういたしまして」
七瀬も嬉しそうに返事する。無事収まって、こいつもほっとしただろう。
すると、伊藤由香里がちょっと黙った後、俺に聞いてきた。
「相坂くん、七瀬って、呼び捨てなの?」
「ああ、そうだな。七瀬って言いやすいしな。九条でもいいんだけど、こいつが浩二って名前で呼ぶのに、俺が名字で呼ぶのも、なんだしな」
「そうですね! 私も浩二くん呼びです! これを機会に、私も玉緒よびでいいですよ!」
「え、た、玉緒さん?」
「水くさいですね、玉緒、でいいですよ。さん、は要りません」
「・・・」
玉緒がじっと俺を見つめてくる。ちょっと目に力が入ってませんか?
「た、玉緒」
「はい!」
玉緒は笑顔だった。こいつ、一応、かわいいことはかわいいんだよな。
「・・・ねえ、相坂くん」
「ん?なんだ、伊藤」
「あのね、相坂くんは、私の1年後のチョコを予約しているんだよね?」
「お、おう、そうだな・・・」
なんだこりゃ、改めて聞くと、めっちゃ恥ずかしいぞ。
何だよ、チョコの予約って。誰が言い出したんだよ。
「伊藤って名字呼びは、水くさいんじゃないかな・・・」
伊藤由香里が、指をもじもじしながら小声で言ってくる。
え、おれ、名前よびしなきゃいけないの? いきなり、この場で?
「・・・」
「・・・」
ち、沈黙が痛い。なぜ、誰もしゃべらない。
玉緒は、にこにこ黙ってこちらを見てるが、なぜか、さっきより目力を感じる。
七瀬も黙って笑っているが、いつもの笑い顔と違う気がする。
「ゆ、由香里、さん」
「さん付けは、水くさいんじゃないかな・・・」
「ゆ、由香里」
「はい・・・」
由香里は嬉しそうに笑った。まあ、笑ってくれるならば本望だよ、もう。
・・・
そういえば、七瀬にホワイトデーのお返ししていなかったな。
玉緒と由香里が話しているとき、小声で七瀬に聞いてみる。
「七瀬、お返し、いつ渡せばいい?」
「んー?」
七瀬は、注文した紅茶を飲みながら考えて、
「ここでいいよ」
え、いいの? まあ、別にいいか。
俺は、カバンからごそごそ七瀬向けのホワイトデーのお返しを取り出す。
「ほいっ、七瀬。チョコありがとう。ホワイトデー5倍返しから前払いパフェ分は引いてる」
「こまかいねー、でも、ありがとう」
にしし、と七瀬が笑う。
やっぱり、泣きそうな顔より、笑い顔のほうがいいな。今回はけっこう暗い顔させてしまったからな。
お返しを見た由香里が、聞いてきたんで、チョコもらったお返しだと言っておいた。
「まあ、俺にチョコくれたのはこいつくらいだったからな・・・」
「ふーーーん」
由香里が何か言いたそうだったが、結局黙ってしまった。
・・・
ちょっと間があいたとき、玉緒が、ぱんっと軽く手を叩いて話し出した。
「さて、それでは、相談料をいただきましょうか!」
「あっ」
そういえば、そうだな。
俺は、メニュー表を出して告げる。
「もう、好きなもん選んでいいよ」
「そうですか、ありがとうございます!」
七瀬が聞いてきた。
「浩二、私は?」
「え、いや、お前は・・・、心配かけて悪かったな。好きなもん選んでいいよ」
すると由香里が不満そうな顔で言ってきた。
「浩二くーん、私だけ、前払いなの、不公平じゃないですか?」
「あーそういえば、そうだな・・・」
じとっとした目で見られる。
「・・・とりあえず、今日は好きなもん選んでくれ、えーと、今日びっくりさせたお詫びということで」
「・・・」
「そんで、今度、ちゃんと前払いをおごります」
「二人のとき?」
「まあ、そうなるだろうな」
じゃあ、しょうがないなー、と由香里は笑って許してくれた。
・・・
注文したパフェを食べた頃、そろそろ暗くなってきたので、帰り支度をする。
「じゃあな、由香里、今日はありがとう」
「うん、またね、あとでSNSで予定送ってね?」
「ああ、分かった」
まず最初に、由香里が帰っていった。
「じゃあ、七瀬、今日はサンキューな」
「どういたしまして、また、部室でね!」
「おう、またな」
次に、七瀬が帰っていった。
そして、玉緒が残っている。
え、なんで?
「玉緒?」
「浩二くん、実は、私怒っていたんです。」
「え?」
「私の大切な友人たちを、傷つけたり、心配させたり、悲しませたり・・・相坂浩二、許すまじ!と思っていたんですが・・・」
「そ、そうか。悪かったな」
「・・・でも、短い間ですが、あなたのことを知ることができました。あなたは、多くの欠点を持っていますが、誠実に他人の意見を聞き入れ、一歩一歩、成長できる人だと思いました。そのうえで、お願いなんですが・・・」
「ん、なんだ?」
「私の大切な友人たちを悲しませた罰を受けてほしいんです」
「・・・ん、分かった」
「ちょっと、背が高いですね、かがんでください」
俺がかがむと、
バシっ
玉緒が右手をふって俺のほっぺたをぶった。
おそらく、こいつは力いっぱい手をふったんだろうが、小さい女子の力だ、あまり強くは感じなかった。
それでも、こいつの強い懸命な想いを感じた気がした。
「・・・もう、二人を悲しませないでください」
少し涙目で玉緒が言った。
「分かった」
目を見つめながら言うと、
「ありがとうございます、すっきりしました!」
玉緒が笑いながら言ってくれた。
「それじゃあな、玉緒。今日はいろいろ、ありがとう」
「どういたしまして、浩二くん、さよならです!」
玉緒が少し歩いてから、こちらを振り返る。
「浩二くん、今日からあなたも、私の友人です! また会いましょう!」
手を振って言ってくる。
俺も苦笑しながら手をふる。
「ああ、またな」
不思議と、こいつとは、どこかでまた会うんだろうな、という気がしていた。