第九章 閉ざされた証言
豪華客船アクア・エテルナ号の内部は、一層不気味な静けさに包まれていた。
エンジントラブルによって航行不能となり、外界との連絡も途絶えたまま、乗客たちはお互いに疑心暗鬼を抱えていた。
蓮は船内の狭い廊下を、美咲の隣で歩いていた。
彼女の手は温かく、穏やかな微笑みが彼の心に一筋の光を投げかける。
だが、その瞳には今なお緊張の色が隠せなかった。
「蓮、このままではみんな不安でいっぱいになるわ」
美咲がぽつりと呟いた。
「真実を早く明かさなければ。私たちが動かなければ誰も助からない」
蓮は頷き、深呼吸を一つ。
「わかっている。次は、目撃証言を集める必要がある」
彼らは被害者の周囲にいた乗客を一人ずつ訪ね、話を聞くことにした。
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最初に訪れたのは、細身で目つきの鋭い若い女性、松井咲子だった。
彼女は事件当夜、被害者の安藤啓一と口論していたという。
「彼、何かに怯えていたみたい……」
咲子の声は震え、指先はカバンの持ち手をぎゅっと握りしめていた。
「でも、理由を教えてくれなかったの」
その目はどこか遠くを見つめ、秘密を抱えていることを暗示していた。
蓮はその微妙な動揺に気づき、さらに詳しく問いただす。
「何か隠しているのか?」
咲子はしばらく沈黙した後、震える声で答えた。
「……あの日、あの男が誰かと会っているのを見たの。密かに、船の図書室で」
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蓮は美咲と目を合わせ、図書室へと向かうことに決めた。
薄暗い照明が並ぶ書棚の間を歩く二人の足音だけが響き、空気は冷たく乾いていた。
美咲が手にした懐中電灯の光が、一冊の古ぼけた日記帳を照らし出す。
「これ……?」
蓮が手に取ると、そこには被害者たちの秘密が綴られていた。
密かに交わされた取引、裏切りの痕跡、そして不正の告発。
ページをめくるたびに、プロジェクト・オリオンの闇が深く浸透していく。
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「犯人はこの中の誰かに復讐を誓った」蓮は呟いた。
「しかし、それだけではない。もっと深い動機が隠されている」
美咲は彼の肩に手を置き、力強く言った。
「蓮、一緒に真実を暴きましょう。私たちは絶対に負けられない」
外はまだ雨が降り続いている。
豪華な内装も、この密室の闇には何の役にも立たなかった。