第四章 惨劇の始まり
悲鳴は、甲板のほうから聞こえてきた。
青木蓮と佐藤美咲は走り出した。廊下の壁に掛けられた豪華な油絵の間を通り抜け、人々のざわめきをかき分けて進む。
甲板にたどり着くと、そこには倒れている男性がいた。黒いスーツを着て、顔は青ざめている。周囲には乗客たちが集まり、恐怖と混乱の入り混じった声が飛び交っていた。
「誰か、救急医療班を!」誰かが叫ぶ。だが、蓮はすぐに息を呑んだ。倒れている男の胸にはナイフが深々と突き刺さっていた。
「殺人だ……」蓮の言葉に、人々のざわめきは一瞬で静まった。
被害者は、先ほど山崎一樹が近づいた重役、田辺誠司だった。
動機も手掛かりも分からない。何より、外界と連絡が遮断された密室の船内での犯行だった。
「美咲、警察じゃないけど、僕たちで調べるしかない」
美咲は震える声で頷いた。
船はエンジントラブルで動けない。犯人はこの中にいる。逃げ場はない。
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蓮はまず、被害者の周囲の状況を確認した。
ナイフの刃は新しく、指紋も鮮明。凶器はすぐに特定できたが、持ち主は不明。
乗客たちは口々に証言を始めたが、矛盾が多く、誰も決定的な目撃はしていなかった。
蓮は美咲とともに、乗客たちの動きを監視し、疑わしい人物の情報を整理していく。
「この事件、普通じゃない……。何か隠されている」
蓮はそう呟いた。
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こうして、豪華客船アクア・エテルナ号での殺人事件は、密室の中で静かに、しかし確実に拡大していった。