第三章 幕開け
エンジンの停止とともに、船内の照明が一瞬だけ暗くなった。
それを合図に、ざわめきが一気に広がる。乗客たちが不安そうにざわざわと動き出し、廊下やラウンジは急に緊張感を帯びた空気に包まれた。
青木蓮はすぐに冷静さを取り戻し、持っていたメモ帳を開いた。取材対象としても、このトラブルは見逃せない。
「佐藤さん、まずは乗客たちの様子を観察しよう。何か動きがあるはずだ」
「わかったわ、蓮」
美咲は小さく頷き、すぐに動き出した。
二人は連絡を取り合いながら船内を巡った。豪華なレストランは突然の混乱でテーブルが乱れ、バーでは酔客たちが落ち着かず動いている。だが、蓮が注目したのは、明らかに冷静すぎる数人の乗客だった。
その中に、かつての刑事時代に見たことのある鋭い目つきを持つ男がいた。名前は山崎一樹。大手建設会社の重役であり、今回のクルーズの主要スポンサーの一人だった。
蓮はその男に近づき、声をかけた。
「山崎さん、何か気になることはありますか?」
山崎は冷ややかな目で蓮を見つめたが、すぐに表情を崩し、にやりと笑った。
「こういう時こそ、冷静でいることが何より大事だよ、元警察官さん」
その言葉にはどこか含みがあった。
一方、美咲は乗客リストをもとに、疑わしい動きを見せていた茶色のパーカーの女性、加藤美月に接触した。
「加藤さん、少しお話を伺ってもいいですか?」
美月は一瞬ためらったが、やがて静かに頷いた。
「実は……私はこの船のこと、あまり良く思っていません。何か秘密が隠されている気がして」
その言葉に美咲は背筋が凍る思いをした。
だが、その瞬間、悲鳴が船内のどこかから響き渡った。