第十四章 客船の夜
夜が最も深く沈み、豪華客船の狭い廊下に響くのは自分たちの足音だけだった。
青木蓮は美咲の手をしっかり握りしめ、ふたりはこれまでの調査で得た断片的な真実を再び胸に刻む。
「松井隆司の“分身”——あの多重人格は偽りじゃない」
蓮の声には確信と焦りが入り混じっていた。
「でも、犯人はその“分身”だけじゃないかもしれない」
美咲が小声で言った。
蓮はその言葉にハッとし、振り返った。
「つまり、操る者がいる……」
⸻
その時、船内に突然非常ベルが鳴り響いた。
赤い非常灯が点滅し、乗客や乗組員は動揺しながらも避難指示に従い始める。
「何が起こった?」
蓮は美咲とともに急ぎ足で非常階段へ向かった。
そこには、混乱の中で身動きが取れなくなった松井が立っていた。
目は虚ろで、まるで別人のようだった。
「逃げるな! 今こそ真実を語れ!」
蓮は叫びながら彼に詰め寄った。
松井の口から吐き出された言葉は、これまでの推理を覆す衝撃の告白だった。
「僕は操られているんじゃない……僕が操っているんだ」
⸻
その瞬間、美咲が蓮に囁いた。
「これは、真の“分身”の罠よ……」
二人の目の前で、松井はゆっくりと微笑み、真の黒幕の影が船内に広がった。
彼が仕組んだ複雑なトリックと、二重人格を利用した巧妙な心理戦——。
だが、蓮はもう一つの秘密を握っていた。
「僕たちも騙されていた……」