第十三章 闇
夜の船内は深い闇に包まれ、わずかな灯りだけが廊下をぼんやりと照らしている。
青木蓮は静かに歩みを進めながら、頭の中で松井隆司の言葉を反芻していた。
「多重人格……それがこの事件の鍵か」
蓮の心は複雑な思考の渦に巻き込まれ、混乱と冷静が交錯していた。
美咲は隣で静かに歩き、時折蓮の表情を気遣うように見つめていた。
彼女の瞳は、不安と覚悟が入り混じった光を宿している。
「蓮、私たちはこれからどこへ向かうの?」
美咲の声は微かな震えを含んでいた。
蓮は答えずに、深呼吸を一つ。
「まずは松井の過去を掘り下げる。彼の“もう一つの顔”を見つけ出さなければ」
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二人は船の図書室へ戻り、松井の履歴と事件の関連資料を調べ始めた。
古い新聞記事、過去の警察記録、そして乗客名簿の細部に至るまで丹念に目を通す。
蓮の目は疲れを見せつつも、鋭く情報を読み解く。
「この男、過去に精神科の入院歴がある……だが公式記録には何も残っていない」
美咲はため息をつきながらも決意を新たにした。
「誰かがこの事実を隠そうとしているのね」
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調査を続けるうちに、二人は意外な証言者を見つける。
船の乗組員であり、松井の古い知人であるという女性、遠藤奈緒子だ。
奈緒子は小柄で控えめな女性だが、その瞳には確かな強さが宿っていた。
彼女の話は断片的だったが、松井が船上で奇妙な行動を取っていたこと、そして時折人格が変わったかのような振る舞いを見せていたことを語った。
「彼は確かに、もう一人の自分に操られているようだった」
奈緒子の声は震え、時折目を伏せた。
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蓮は奈緒子の話を聞きながら、心の奥に新たな疑念が芽生えた。
「もし、この『分身』が意図的に作り出されたものなら……」
美咲が静かに蓮の肩に手を置いた。
「蓮、怖がらないで。真実に近づくほどに、私たちは強くなる」
外の嵐は次第に激しさを増し、船を揺らしていた。
だが、二人の心は揺るがなかった。