第十二章 分身の罠
薄暗い船内の図書室に、蓮と美咲は再び足を踏み入れた。
雨音が窓を叩きつける中、静寂が二人を包み込む。
美咲の手には、先ほど見つけた手紙のコピーが握られていた。
「この船の誰かが、自分の『分身』を使って犯行に及んだ——そう考えるしかないわ」
美咲の声は低く、慎重だった。
蓮は頷き、周囲を見回す。
本棚の影、壁の向こう、閉ざされた扉の向こう——。
「二つの顔、二つの人格……だが、どうやってそれが実現したんだ?」
その時、図書室の奥から物音がした。
二人は一瞬身を固くし、ゆっくりと音のする方向に歩み寄った。
そこには、顔に不自然なほど落ち着きのない若い男、松井隆司が立っていた。
「君たち、また真実に近づいているな」彼の声には、冷たい含みがあった。
蓮は美咲の手をそっと握り締め、警戒を強めた。
「何を知っているんだ?」
松井は微笑み、冷ややかな目で答えた。
「真実は常に二面性を持つ。俺はその一つの顔を演じているだけだ」
その言葉に蓮は戦慄した。
「つまり、お前が犯人だと言いたいのか?」
松井は首を振った。
「犯人は俺の『分身』だ——正確には、俺が演じるもう一つの人格だ。君たちは真実の片割れしか見ていない」
美咲は震える声で言った。
「それは……多重人格?」
松井はゆっくりと頷いた。
「その通りだ。そして、この船の中で、俺の『分身』が動き出した」
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蓮はその告白に動揺しつつも冷静を保った。
「それなら、その『分身』をどうやって捕まえる?」
松井は薄笑いを浮かべた。
「それは君たちがこれから解く謎だ」
二人の間に、緊張の糸が張り詰めたまま、静かな嵐が再び近づいてくる予感が漂っていた。