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親子の絆?

「失礼いたします、父上。長政、市がまいりました」


 小丸に到着すると、その奥にある襖の前で長政様がそう言った。

 中から返事はない。

 中から人の気配はするから、いることにはいるんだろうけど。

 まったく、とんでもなく意固地な人なのかもしれない。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、長政様は深いため息をついて、いきなり襖に手をかけた。


「失礼いたします、父上」

「なっ、なんじゃっ!? わしは返事をしとらんだろうが!」


 そんなことなどお構いなしと言った感じに、長政様は私の手をとって、ずかずかと部屋の中に入っていった。

 そこには上座にいる義父上、浅井久政がいた。

 少しギスギスしている雰囲気が伝わってくるぐらい、なんだか神経質な顔をしている。

 それが私の第一印象だった。


 な、なんか……。本能が言ってる。

 私、この人、嫌い! って!


「我が嫁を連れてまいりました。一応父でありますから、ご挨拶にと」


「い、一応とはなんじゃ、一応とはっ!」


 瞬間、顔を真っ赤にしてギャンギャン言ってくる義父上だったけど、長政様はなんとも思っていないようにすました顔をしている。


 こ、これは…。不仲というよりも、一方的に義父上が長政様に噛みついているって感じかしら。

 いやでも、長政様もチクリと嫌みのような言葉を発しているし。


 不仲説は本当だったみたいね。


 2人のやりとりを見つつ、私は少しだけ姿勢をただし頭を下げる。


「昨夜は慌ただしく、ご挨拶もままなりませんでしたこと、お詫び申し上げます。私は尾張・織田信秀が娘、市でございます。以後よろしくお願い申し上げます」


 これ以上、親子喧嘩が発展しないように、挨拶で2人の会話をぶった切ったってわけ。


「そ、それぐらい知っておるわっ!」


 ふんっ、とそっぽを向いてそう返してきた義父上に、私の目が据わる……。

 このジジイ……って感じ。


「父上、恥ずかしくはありませんか。市は丁寧な挨拶をしましたのに」


「な、なにを!? そもそもこの婚姻、わしは反対したじゃろうが! 信長の妹などと、まさに鬼の血筋としか思えんでな!」


「またその話ですか、父上。私は市以外のおなごは望んでおりません故に、この話は決着がついたではありませんか」


「お前が強引に決着をつけた話じゃ!」


 えっ!?

 さっきより喧嘩が激しくなってない!?

 いや、それよりも!


『市以外のおなごは望んでおりません故に』


 って、ど、ど、どういうこと!?


 私は2人のやりとりを見つめたまま、少しだけ顔を赤くしていた。

 ちょっと待って? 私はこれまで、長政様とお会いしたことがない、はず。

 幼い頃に会ったことがあるとかなのかな。いやでも、市の記憶の中にも、長政様に関する記憶はないって感じてるのね。


 だけど今の長政様の発言は、結婚する前から私じゃないと、って感じじゃない。


 どういうことなの? 私、パニック!


「とりあえず、顔見せと挨拶を致しましたから。今後、こちらに足を運ぶこともありませんでしょう。どうぞお体大切に」


「そ、それが父親に言う言葉かっ!」


「それでは戻ろう、市。ここは空気が悪い」


「長政ああ!」


 後ろで義父上の怒鳴り声が聞こえてはいたけれど、私もそれが耳に入ってこない状況になっていた。

 どうしてもさっきの長政様の言葉が引っかかるからだ。


 義父上の部屋を出て、さっき来た道をスタスタと歩いて帰っているのだけど、行きよりも歩みが速いのは、長政様……冷静なふりをして結構怒っているのかもしれない。


 しかし、本当に仲の悪い親子でびっくりだわ。

 それでも、長政様は将来、兄上ではなくて義父上を取ったのよ。

 だからこそ、兄上に浅井は滅ぼされてしまったの……。


 親子の絆は、やはり血の絆。とてつもなく強いのかもしれないわね。


「気分の悪い思いをさせて申し訳なかったな、市」


「いえ、私は大丈夫でございます。私の代わりに、長政様が戦って下さってではありませんか」


 本丸に戻りながら、さっき琵琶湖を見た辺りで長政様が私に謝罪をしてきた。

 悪いのはどちらでもない。ただの親子喧嘩だろうに、私のことが原因だったから詫びてきたのだと思う。


 そんなこと、しなくてもいいのにね。


「これからは極力、父上とは顔を合わさないようにする。そなたはこの城で、そなたの思うままに暮らせばいい」


 にこりと笑う長政様の目が、糸のように細くなった。

 

 ああ、なんだろう。昨日は私の思い描いていた浅井長政とはあまりにも違う雰囲気に戸惑ったけど、今はこの糸目すらとても安心して優しく思える。


「ありがとうございます、長政様」


 私はにこりと微笑んでそう返した。


 これは本心よ。

 まだたった出会ってまる一日も経っていないけれど、不思議と長政様と一緒だと、気持ちが安らぐし楽しいとさえ思えるの。


 もともと浅井長政が好きだった私だから、一目惚れ、なんて言葉を使うのはおかしいかもしれないけれど、まさにそんな感じなんだろう。


「しかし、私と父上の様子を見て、市は驚かないのだな」



 のんびりとそんなことを考えていたら、長政様の質問!

 おもわず顔面が強張った。


 まさか、歴史が大好きで本で読んだことがあるー、なんて答えられるわけないじゃない。


「え、えっと……やはり私は織田信長の妹ですから。たいていの家門では受け入れがたい存在だと思いますゆえ」


 そこで一度咳払いをする。うん、これしか言い訳の言葉がない!


「長政様は私を受け入れて下さいましたが、他の方までそうとは限りません。そう覚悟をしてこちらに参りました」


 顔を上げて長政様の目を見ながら、私はそう応えた。

 間違いではないものね。


 すると、長政様はまた瞳を細くして、


「市は強いな。私はそなたを見習わなければならないな」


 そんなことを言いながら、また私の頭を撫でてくれたの。

 

 物凄く照れくさくて恥ずかしくなってしまうけれど、この手のひらの大きさ、そして暖かさは嫌いではない。


 ああ、私、少しずつ、本当に長政様を大好きなっていっている。

 憧れの浅井長政ではなくて、今目の前にいる、浅井長政という人物が、好きになっている。


 だからこそ、私は思うの。

 結果的に歴史を捻じ曲げてしまうかもしれない。だけど、私は目の前にいる浅井長政を失いたくないって。


 私の持っている知識で、必ず長政様を守ってみせる!

 改めて、私は強く心に誓った。

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[一言] 更新お疲れ様です。待ってました!
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