長政という男
お市の方として転生した「私」は、いよいよ推しの「浅井長政」と顔を合わせた!
だけど、そこにいたのは私が思っていた長政ではなくて…?
顔をあげた私は、恋焦がれていた浅井長政殿の、『実物』に会うことに!
「あなたが、長政…様?」
開かれた襖から縁に出ている男性は数多くいた。
みんな、魔王・織田信長の妹がやってきたものだから、珍しくてたまらないのだろう。
その中で、三つ盛り亀甲花角の大紋を着ている人物が目に留まる。
『この人だ!』
そう思いながら見上げた顔は……。
『……あれ!?』
瞬間、私の時が止まった。…ように感じた。
私が恋慕っていた『浅井長政』は、お市の方をとても愛していたスパダリで、男らしくてカッコよくて、武将ってイメージだったんだけど……?
「随分と長旅だっただろう。よくぞ参られた」
見上げたそこにいたのは、なんていうか……えっと…。
思っていたよりも色の白い顔をしていて、笑っている目は糸のように細い!?
こ、声は確かに素敵。
低すぎず、高すぎず、ちょうどいい甘さがあるというか……。
いや、そうじゃなくて。
想像していた理想の『浅井長政』じゃないんですけどっ!?
こ、ここまで『お市の方』として生きなきゃと思い、少し『澄まして』いた心の中の私だけれど。
あまりの動揺に、私の心が地になっちゃってる。
こ、こんなにひ弱そうな人が、本当に『浅井長政』なのぉ!?
「あ、ありがとう、ございます」
労わってくれていることには違いないだろうから、私はしどろもどろになりながらそう応えた。
だめよ、動揺しているところを悟られちゃ!
『お市の方』はいつも、凛としてなきゃ!
「到着してすぐで申し訳ないのだが、今宵が婚姻の儀になる」
「はい、承知しております」
それは行きの道中で乳母から知らされた。
まぁ、戦国時代ってそういう感じなのかもしれない。
明日、どうなるかわからない時代なんだから。
「それでは、こちらへ」
不意に差し伸べられた手に、私は目を瞬かせた。
縁に上がる際、私がよろけないようにという配慮なんだと思う。
目の前の浅井長政が、私の理想としていた浅井長政だったなら、その伸ばされた手もめちゃくちゃ嬉しかったに違いない。
だけど、なんだかな……。
なんともいえないガッカリ感に、私の心はずーんと沈んでしまっていた。
いや、失礼極まりない話なんだけどね。
でも、戦国時代に転生してきて、自分が『お市の方』だってことに気づき、かなり動揺しながらも周りのすべてを受け入れてきたのは、ひとえに憧れの『浅井長政』と結婚できるからと、思えばこそだったんだけど。
それなのに……。
そういえば兄上だって、教科書とかで見た『織田信長』の絵より、数倍素敵だった。
あんなヒョロッとした感じじゃなくて、涼やかな顔って言うのかな。
涼やかな顔を表現しようとしたら、ああなっちゃったのかしら。
昔の人は絵心がなかったのね、きっと。
いや、今はそうじゃなくて!
「っ!?」
長政様の手に手を沿えた私は、体が浮き上がるのかと思うほど強い力で引っ張られた!
慌ててよろめいた私の身体は、そのまま長政様の胸へ……。
「も、申し訳ございませんっ!」
「いやはや、それは私の言葉だ。女人相手だと力の加減が……。申し訳ないことをした。どこも痛めてはいないか?」
ちょ、ちょっと待って!?
さっきまで私は地面、長政様は縁にいたからさほどわからなかったけれど、抱きしめられている私の顔は、長政様の胸元にすつぽりと収まる形になっていた。
し、身長高くないっ!?
や、やだっ! これはやばい! も、萌えちゃう!
確か、ゲームの長政様とお市の方も、これぐらいの身長差だった。
長政様に抱きしめられているお市は、その胸にすっぽりと収まっていて、憧れだったのよね。それが今、現実に!
「だ、大丈夫でございます! お気遣い、ありがとうございますっ」
慌てて身を起こした私は、真っ赤になっている顔を見られないように伏せた。
どうかこの赤い顔がバレませんように!
「それならばよかった。では改めて、こちらだ」
体を起こしたはいいけれど、手は繋いだままなのね!?
さっきはあまりにもひ弱そうな長政様に、我ながらそこそこのショックを受けていたんだけど、身長差萌えが待ち受けていて顔を赤くしてるなんて、私ってやつは!
そのまま手を引かれながら長い廊下を歩く。
「道中、何も問題はなかったか?」
私たちの前、そして後ろには乳母やら何やらがぞろぞろとついてきているけど、そんなことはお構いなしに長政様が話しかけてくる。
その優しい声音にドキドキしながら、
「はい。何事もなく小谷まで辿り着きました」
「それはなによりだった。そなたの兄上からも、重々によろしくと頼まれておる故、何かあったら大変故な」
「兄上が?」
「うむ。信長殿はとても妹思いでいらっしゃるようだ。しかし、気持ちはわかる」
「?」
「このように美しい妹御なら、私だとて心配で夜も眠れんだろう」
う、美しい!?
せっかく収まりかけていた私の頬が、また熱を帯びてきた。
なにこの人! こんなにペラペラと口説き文句が口に出せるなんて!
意外と遊び人なの!?
いやでも、さっき私の身体を引き上げてくれた時、力の加減がどうのって……。
女性に慣れていないからこそ、おしゃべりになっちゃってるの?
「とにかく無事でなによりだった。……さ、こちらだ」
しっかりと閉じられた襖。その向こうからは、わいわいと人の声が聞こえていた。
ここで、私は長政様と結婚するんだ!
そう思うと、途端に緊張してきた。
だからか、無意識に繋がれた長政様の手を握りしめていたんだと思う。
「案ずるな。確かにそなたは信長殿の妹御。みな、そなたに興味を示すだろう。しかし、そのどれからも私が守ってやる故な」
「長政様……」
驚いて顔を上げると、そこにはにっこりと笑う顔。
どうしてこんなに私に対して好意的なんだろう。
本来ならもっと、警戒心を持って接してきてもいいばすだ。
なんせ私は、今世の中を席捲している織田信長の妹だ。
正直、この小谷の城も、数年後には兄上に攻め滅ぼされてしまう。
それなのに……。
「そなたは……私の片翼なのだから」
「え?」
『私の片翼』?
その言葉の意味を聞きなおそうとした私だけれど、
「長政様、お市様、おなり」
気づけばにぎやかだった襖の向こうが、シンと静まりかえっていた。
そこへ聞こえてきたのは、私たちの登場を誘う言葉。
私はあまりにも緊張してしまい、乳母に助けてもらおうと後ろを振り返ったんだけど、いつの間にか乳母も姿を消していた。
刹那、サッと開かれた襖の向こうに、私は眩しくて目を眇めた。
「さあ、行こう」
もう一度私の顔を覗き込んで、にこりと笑う長政様。
繋いでいる手が、きゅっと私の手を握りしめてくれる。
「はい」
それに勇気づけられるように、私はその一歩を踏み出したのだ。