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【序章】ランドル山脈には、寒さを好む竜が棲む【ファンタジー】

プロローグだけです。こちらの冒頭部分のみノベルアップ+にも掲載しております。

 魔法使いの杖を作ることが、師匠の生業だ。

 おそらくそれは、普通に魔法使いとして生きるより危険な仕事だ。


「今夜は幼獣が出るかもしれないな」

 師匠の呟きをきいて、リーエは震えあがった。


 万年雪を頂くランドル山脈には、寒さを好む竜が棲む。

 彼らは本来、人前に姿を現すことを嫌う。だが、凍えるほど寒い夜なら別だ。

 彼らは歓喜して踊り明かす。冷え切った夜に、月に、星たちに歌いかけるように。


 竜から溢れた魔力は結晶となり、雪原に散る。それが杖の材料となる。


 師匠は竜とよく似ている。

 髪も瞳も、竜たちが持つ銀色の体毛と同じ色だ。肌も怖いくらいに青白い。

 竜の力を浴び続けると、自然とそうなってしまうのだという。


 確かに魔法使いには、白や銀の髪をした者が多い。けれどリーエは師匠ほど綺麗に染まった人を知らない。

 もっと不思議なことに、師匠はもうずっと年をとっていないのだという。

 本当かどうかは知らない。だが、少なくともリーエが知る限り、師匠はずっとあの顔だ。二十代そこそこの取り澄ました美しい青年の姿なのだ。


 リーエはふと手袋のまま自分の前髪に触れた。

 師匠がリーエを採集に連れて行ってくれるようになってから、すでに三年がたった。

 リーエの髪は未だに黒いままだ。


 歩みが少し遅れたことに気付いたのか、師匠がちらりと振り返った。分厚く着ぶくれたリーエと違って、彼はコートを羽織っただけの軽装だ。それでも、ちっとも寒そうに見えない。


「……油断をするなと言ったんだ」

「え?」


 思わず聞き返して、それから慌てて「あ、はい」と付け足す。

 師匠がギロリと睨むので、リーエは縮こまった。


 竜の幼獣は好奇心が旺盛だ。

 人間にもうかうか近づいてきたりする。

 懐くようなそぶりさえ見せるという。だが、幼獣に近づきすぎると親の怒りを買う。

 強烈なブレスで氷漬けにされて何年も、下手をすれば何百年も、そのままということもあり得る。


 もしかしたら師匠なりに、余計なことを言ったと後悔したのかもしれない。

 師匠がいるから大丈夫ですよ、とは言わなかった。そんなことを口にしようものなら、また機嫌を損ねてしまうに決まってる。

 リーエはマフラの隙間から、細く息を吐いた。


 竜に会うためには更に奥まで進まなくてはならない。



 竜の歌は残念ながら人間の耳には聞こえない。けれど彼らが踊っているのは分かる。


「音を立てるなよ」

 竜は寒さに酔いしれている。

 多少の物音で立ち去ってしまうようなこともないと思うが、ここまで歩いてきた労力を無駄にしたくない。

 リーエはなるべく足音を殺したが、どうしたって雪が軋んで音を立てる。師匠は雪原でもほとんど足音を立てないが、いったいどんな技を使っているのだろう。

 林に身を隠しながらしばらく進んだところで、彼はふと立ち止まる。


「お前はここで待っていろ」

 こちらが頷き返すのもろくに見ず、彼は堂々とした足取りで竜のそばまで近づいていく。

 竜に近づくほど良質な結晶が取れることは確実だ。しかしまともな精神の持ち主ならば普通、あそこまで近づいたりはしない。


 だが、不思議なことに、竜の方も師匠に構う様子がないのだ。

 ひょっとしたら竜たちでさえも「俺たちと良く似た奴がいるな」なんて思っているのかもしれない。


 師匠はコートのポケットから杖と小瓶を取り出して、竜のそばで漂う魔力の結晶を回収していく。師匠が杖をひと振りするだけで、導かれるように行儀良くビンに収まっていく。

 その様子を呆けて見つめていたリーエだが、ふと、自分のごく近くでも結晶がキラキラ降って来ていることに気づいた。


 これなら、自分にも採れるかもしれない。

 リーエは林の外に足を踏み出した。

 その時、ふっと影が差した気がして横を見ると、思いがけずすぐそばに竜がいた。大きさはリーエと同じくらい。


 子供の竜だ。

 リーエは小さく息を飲んだ。僅かな動作だったが、相手も驚いて大きく口を開いた。

 そのまま落ち着いて、ゆっくり下がればよかった。

 けれどふと、師匠の言葉が脳裏をよぎった。

 幼獣は肉を食らう。


 リーエは足をもつれさせた。どさりと雪の上に倒れこむ音が、雪原の静寂を乱した。

 師匠がこちらの様子に気がついて杖を振りかざした。

「逃げろ! リーエ!」

 師匠、そう叫んだつもりだった。実際には声にならず悲鳴も静止も喉の奥に引っ込んだままだった。


 師匠の杖から光のつぶてが放たれて、子竜は小さくのけぞった。

 子竜は驚いて走り去ったが、怪我をした様子はない。

 それでも竜たちは怒った。

 彼らは師匠に向けて一斉に怒りの吐息を吐き出した。

 リーエはもう声も出せなかった。結果としてそれがリーエの命を助けた。竜たちは師匠にしか関心を示さなかった。


 リーエは雪の上に倒れこんだまま、耳を塞いで竜の怒りが静まるのを待った。そうするしかなかった。

 リーエは自分を責めた。師匠はちゃんと忠告してくれていたのに。

 竜は師匠の周りをぐるぐると回っている。

 いつまでもいつまでもぐるぐる回っている。


 竜が何をしているのかは分からない。師匠がどうなったのかも、分かるはずがなかった。このままでは、師匠も自分も死んでしまう。そんな思いが頭をよぎる。

 ――イヤだ。

 そう思ったら体がカッと熱くなった。

 何かできないか、必死で竜を睨みつける。


 その時ふっと空が翳った。風向きが変わり、ほんの少しだけれど空気が緩んだ。

 竜たちもそれを感じたらしい。彼らは戸惑うように首を巡らせる。やがて一頭、もう一頭と巣に帰っていく。


 最後の竜が去ってもリーエはすぐには立ち上がれなかった。

 早く師匠の下へ行かなくてはと思う。けれど恐怖で足が震えた。

 もし、師匠に何かあったら。

 不吉な考えを首を振って払う。


 リーエはふらつきながら師匠のもとへ歩み寄った。師匠は雪原に力なく横たわっていた。

「し、師匠……?」

 リーエは師匠のそばにひざまずく。

 師匠の手も顔も冷え切っていた。


「嫌……」

 リーエは彼に抱きついた。手袋を脱いで両手で師匠の頬を包み込む。

「師匠、起きて!」

 何度も何度も呼びかけた。

 すると、信じられないことに師匠は小さく呻いた。


 師匠は咄嗟に魔法を使って自分を守ったのだ。けれど良く見ると杖にはだいぶ負荷をかけてしまったらしい。割れて、中に入っていた枝や木の実が雪原に散っていた。

 それでもまずは師匠の命が助かったことにほっとした。


「よかった」

 呟いたリーエを見て、師匠は顔を歪める。

「逃げろと……ろ」

 リーエは必死で首を振った。

「グズめ……」


 一瞬聞き間違いかと思った。けれど確かに師匠はそう言った。

 リーエはカチンとして「できるわけないでしょう!」と叫んでいた。


「引きずってでも、帰ります。師匠、おぶさってください」

「……はっ」

「は?」

「……自分で歩ける」


 鼻で笑って、彼はふらふらと立ち上がった。

 師匠は強がったが、それでも家にたどり着くなり倒れ、しばらく寝込んだ。


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