【序章】脳筋領主の大改革~領地存続のため魔物の強化は必須です~ 【ファンタジー】
冒頭だけです!
いつか長編に格上げされるといいですね!
天井の抜けた埃っぽい大広間に、魔物たちが集まっていた。
毛むくじゃらのものや丸っこいもの、蛇やトカゲ、人間に近しいものもいる。
凶悪な顔つきの魔物たちに囲まれたリゼルオスは、打ち倒した魔物の上に腰掛け、悠々と足を組んでいた。
彼が尻の下に敷いているのは、三メートル近くある二足歩行の巨大な牛だった。
ボロボロの雑巾みたいなものしか纏っていない魔物たちの中で、リゼルオスの存在は異質だ。
金ボタンのついた緑のロングコートに真っ白なシャツを身に着け、仕立ての良いズボンと頑丈なブーツを履いている。身長百八十センチほどで体は引き締まっている。
短い黒髪を撫でつけ、形の良い額を晒しているが、そこにはなぜか下手くそな目玉が描かれており、彼の美貌をほんの少し損ねていた。
彼が鋭い目つきで見回すと、彼を取り囲む魔物たちの輪が少し広がる。
誰かが叫んだ。
「おまえ、人間だろ、つ、強すぎる!」
リゼルオスはピクリと眉をあげる。
「私が? ひどいものだな。本当に私の顔を覚えていないのか。誰も? まったく嘆かわしい」
魔王城へ乗り込む前に、一つ決めたことがある。
ここでは魔物のフリをすること。
設定はこうだ。魔王の討伐とともに眠りについた元幹部。
そう、まったくの嘘である。それも相当雑な。
それでも、リゼルオスが肩をすくめてみせると、魔物たちは落ち着かない様子になった。まさか信じたわけでもないだろうが、最初に強さを見せつけたおかげで、完全否定もできないのだろう。
魔王が勇者にうち滅ぼされてすでに百年が過ぎた。
リゼルオスは人間だし、今年二十三歳になったばかりで魔王の顔など見たこともない。たが、嘆かわしいと思ったのは本当だ。強すぎるから人間だ?
あまりにふざけたもの言いではないか。
業腹ではあるが、ここは勇者の目論見通り動くしかない、か。
リゼルオスは固く目をつぶった。
リゼルオスが王都に呼び出されたのは、半月ほど前のことだ。
勇者――と言っても称号を受け継いだだけのただのおいぼれだが――彼との会話は実に不愉快なものだった。
「魔物たちは人を襲うことを忘れてしまったようじゃわい。もう五年以上報告を聞かない」
「報告なら、あげておりますが」
「作物が荒らされただの、家畜が食われただの、そんなことは国王の耳に入れるまでもないことじゃ」
どうでもよいことと鼻であしらわれ、リゼルオスはテーブルの下で固く拳を握った。
「……人的被害がないことは、よいことではありませんか?」
「いや、それでは困るのだ」
老勇者は口髭を撫でる。
彼の言い分はこうだ。
我が国は、魔物の脅威から世界を守る楔である。それこそが我が国の価値である。だというのに魔物たちが腑抜けになったなどと知られれば、他国は結託して攻め入ってくるであろう。
「魔物たちにはそろそろ自分たちの立場を思い出してもらわねばならない。そこで、卿の出番ということよ」
「では、魔物に、人間の殺し方を教えろというのですか? この私に」
魔物の脅威から世界を守るなどこのおいぼれは言ったが、実際にその仕事を一手に引き受けているのはリゼルオスの治める領地なのだ。
長年の戦いで荒廃した大地を何十年もかけて回復させ、ようやく細々と家畜や作物を育てられるようになったところだ。それを、魔物たちが奪いに来る。
魔物による被害は過去のものではないのだ。
死者がでないのは、領民に被害を出さぬよう細心の注意を払って討伐の計画を立ているからだ。最前線で戦う者たちが、日々の鍛錬をかかさないからだ。
だが、リゼルオスの怒りすらも見世物のひとつと捉えているかのように、勇者はニヤつきを隠そうともしなかった。
「これ、そのようにはっきりと申すでない」
「……ご令孫に地位を譲って、初任務となさるのはいかがでしょうか」
「バカを言うでない! あの子にそんな危険な真似をさせられるか。まあ、地位を譲るというのは、そろそろ考えてもいい頃合いだとは思うがな」
孫馬鹿の顔で、彼は口髭をいじる。
腑抜けているのは、魔物ばかりではなさそうだ。
馬鹿げた話ではある。だが、断れる立場ではなかった。
食糧支援。これを絶たれてしまうのは大問題だ。ここ数年ようやくましになって来たものの、度重なる魔物たちの侵略や彼らの土地から流れ込んでくる毒のせいで、領民が糊口をしのぐことさえ難しいのだ。
リゼルオスが黙考するあいだ、魔物たちは様子をうかがうばかりで行動を起こさなかった。
わかりやすく隙を作ってやったというのに。
本当にどうしようもない。
リゼルオスは魔物たちを見おろしため息をついた。
王都から戻ったその足で単身魔物の巣へ乗り込んでみたものの、想像以上に魔物の弱体化は進んでいた。確かに、これでは弱すぎる。
だがやるべきことは決まった。リゼルオスの目指す未来はこうだ。
魔物が世界の脅威であることを他国に知らしめること。
魔物を食い止められるのは我が領地だけであると世間に認めさせること。
そのためには魔物と領民どちらも鍛え上げる必要がある。
そして魔物の中から強い個体を選び、二つ名を与え、賞金をかける。そうすれば命知らずがやってきて、勝手に被害者となってくれるだろう。
「案ずるな」
リゼルオスは口元に笑みをたたえた。
それを見て、魔物たちが震えあがる。武者震い、もしくは歓喜ゆえの衝動だろう。リゼルオスは満足げに頷いた。
「私がおまえたちを鍛えてやろう」
自分の手に拳を押し付ける。パンといい音がした。
実にやりがいのある仕事ではないか。
領民の安全と、魔物の強化、どちらも諦める気はない。
ガルザイト領はここから異例の発展を遂げることになる。




