2-23 512回目の転生
異世界512回目、これが最期の転生。そんな異世界は。
「やあ」
「…………」
「君はこれで511回目の死を経験した訳だ。でもあれだね。今回は長かったねぇ〜……」
「…………」
「そう悲しそうな顔をしないでおくれ…」
「……なぁ、神様」
「…ん?」
「……神様、頼みます…もう、やめてください…」
「何をかな?」
「俺を……転生させるのを……!」
「……」
「もう限界です…もう世界を救うのも、馬鹿みたいに長生きするのも……もうやだ…もう、頑張りたくない…頑張れない。早く──」
「おっと、その言葉はダメだよ。かはは、昔、勇者だった時はあんなに元気で正義感溢れていた君が、もうこんな姿を晒してくれるとはね…かはは」
「仲良くなった仲間も、妻も、子供も、みんな俺が転生して寿命を全うする度に…別れていく…もう、無理だ。心が、もう…」
「なるほどな。まぁ無理もないか。人類最高と評した君だが、その限界値は511…と」
「……あぁ、もう世界を救うのはこりごりだ……スローライフを過ごすのも、疲れた。もう、生きるのが…もう…」
「面倒かい?」
こくりと、彼は頷いた。
「なればこそ、温情をかけよう。君の転生は次で最後だよ。次終われば真の終わり、もう何もない。…あぁ、ちなみに君は輪廻転生を解脱した者、もう生者としてこの世に生を受けることは一生無いけど、いいかい?」
「全然いいぞ…」
「うわぁ、即答か。ま、いっか…それじゃいつも通り送るけどいいね?」
「……頼む」
彼は、頭の中にモヤがかかるような状態で生きていた。どうもパッとしない日常。
そんなある日、彼は不慮の事故により命を落とした後、神に転生をさせてもらった。適当に生きていた彼は最初はそれはそれは努力した。次の生涯は本気で生きると誓っていたからだ。そうして、天寿をまっとうし、その後また生き返った。
最初の方は違和感を感じたが、三度目の人生ということで努力した。そして神に聞いた。
「何故、こんなにも生を与えてくださるのですか」
「君が世界を救ってくれるから」
精神に異常を来すのに、そこまでの時間はかからなかった。そうして、現在がある。
神はモヤがかかったような存在で、どれだけ頑張っても目視できなかった。そんな怪しいものに頼っている自分が情けないと感じつつも、彼は、自称神の、力の赴くままに、何度目か分からないが、再び転生をした。
「さて、これでよかったんだよね…?」
何かが、聞こえた気がした。
◇
時を同じくして、奇しくもその世界では死者が出ていた。不幸ながらも、その男性の頭部に傷はそこまで無い。しかし、大きな鉄塊に轢かれた彼は、身体中の骨折、及び内臓器官の大きな損傷があり、辛うじて生きている状態だった。
「ぐ、ぁ……」
彼は車に轢かれたのだ。
その男性が命を引き取ると共に、あるひとつの魂がそこへ入り交じった。
彼である。
彼はその体内に入り、突如として激痛に見舞われる。とはいえ肉体的な痛みでは無い。脳の器官は停止しているからだ。魂が傷んだのだ。そして、己の身体が生命活動していないことを悟った。
だから、傷を癒した。無詠唱高等魔法【治癒】によるものである。
だが、停止した心臓や脳が動き出す訳では無い。なので、自身へもうひとつ、大昔に覚えた術をかける。
すると、男は飛び跳ね、その道路へ立った。
「……全く…なるほど、今回は転生というよりも転移か」
彼は自身の肉体強度を調べる。素の肉体強度は大した意味をなさないが、見た目という意味で気になった。
歳はおおよそ、三十に満たない、スーツを着た成人男性、特徴はない。
「最初からこれか。全く、面倒な転移を……」
道路から歩き出す彼は、しかしこんな境遇に幾つも相対していた経験がある。大方、この手の人類がある程度発展した世界では、このように瀕死から歩き出すのは奇異に映る。よって、大衆が騒いでいる。そんな様子がさまざまと見え、彼は瞳を開けた。
しかし。
「…は」
驚くべき事に、目の前には誰一人として存在しえなかった。見えたのは、空中に、ひとつ。
「でけぇ」
彼が体験した中でも、指折りサイズの、隕石が、この星へと落ちてきている最中であった。
「なんだ、これは」
世界のピンチ、そう名目打たれて飛ばされた世界は幾つかあるが、初手からこの規模の危機は遭遇した事が無かった。
彼は考えた。隕石の大きさからして、この世界の人類が死力をつくしたが、軌道を逸らせなかったという事だろう。
そして、もうひとつ彼は確信した。
使える。
今まで旅をしてきた、過ごしてきた人生におけるあらゆる能力、それは膂力であり経験であり、そして全ての受けた生の力である。
「最期ってのは、そういう事か」
彼は、かつて大魔神と呼ばれる存在と七晩たたかった末に手に入れた【神剣】を、これまた別の世界で手に入れた【亜空間箱】から取り出す。
「ふぅ」
都会と言うほど都会ではないその場所は、道路が続いているだけであり、周りは平野であった。
であれば、と彼は刀を構える。
「……」
511巡ってきた世界の内、破壊に特化した能力を取り上げていく。
「──【運操作】」
何番目かも忘れた世界にて取得した様々な力を発揮し、彼は飛んだ。
隕石に肉薄する。高温、だけでなく、あらゆるものを奪い取る隕石の破壊に対する防御、己が持つもを全部利用する。持てるもの、全部を。
「【閃光】」
彼は隕石を攻撃した。決して一個人ではどうしようも無い次元のものを、何とかしようと、彼は攻撃した。そしてそれは、恐ろしい威力となって、隕石に通用した。幾多の世界を救った彼の渾身の攻撃が、人類に光明を見出したのだ。
少しして、隕石が散った。彼の斬撃により、巨大な隕石は散った。それでもなお降り注いでくる隕石を斬る。
それと同時に、各地から爆弾が発射された。そういった事態に備えていたのか、とにかく、街への被害をなくそうと言う企みだろうか。もともとそう想定されていたのか、分からないが、わかる必要は無かった。なぜなら彼は世界を救えば良いだけなのだから。
彼が地面へと着地する頃には、隕石の影響はかなり無くなっているようだった。そして、やはりと言うべきか、数刻して、多くのメディアが彼の元へと駆けつけた。一躍有名、こういった事態に慣れていた彼は冷静に記者に受け答えをした。言語に関しては、その場で何とかした。彼のあまたの経験から来るものである。
隕石を破壊及び無力化したという功績から国から報奨金が送られ、住む場所にも、生活にも困らなくなった。ひとつ驚いたのは座った便座が暖かくなるというものだった。511の異界を旅してそれに出会ったのは初めてであった。
それから数日して、彼はその世界の、その国の警察から感謝状を渡された。
「では、これを」
老齢の、歴戦のと言うべき白髪の老人から感謝状を受け取ろうとする、その時だった。地面が、ぐらりと揺れたのは。
赤黒い、とでも形容しようか。グロテスクな見た目のそれが地面を割って出現しだした。一部からは白く発光する亀裂のようなものが見えた。生々しく、生きているようであった。
そしてそれは、喋った。ものすごい低い声で。
『くくくく、人類よ、私は巨獣、貴方達を滅ぼす者!』
「……あぁ、そういう」
この時にして初めて彼は理解した。これは、そういう世界だったのだ。
常に世界の危機に瀕している世界、彼はそんな面倒な世界を託されてしまったのだ。
「まぁ、でも。やりますか」
どうせ最後だしな。そう思って、彼が拳を合わせた時、目の前で巨獣が爆散した。
「」
『私は異界からの転移者也!この星は私が征服する!』
「………」
彼は引き攣った笑みで空を見上げた。青く、曇りの一点もない澄渡る空だった。