2-17 怪盗陛下の大勝負 〜女王様は帝国の隠し財産を狙う〜
ローゼル王国の女王、カロリーナは困っていた。兄が強大な隣国、グランデル帝国に騙され、国唯一の資産であるアメジスト鉱山を取られてしまったのだ。
アメジストがなければ国は崩壊。しかし取り戻すにはとてつもない額のお金がいる。
窮地に陥ったカロリーナ。しかし彼女は家臣のひょんな一言からとんでもない奇策を思いつく。
「帝国に払うお金なら帝国から盗んじゃえば良いのよ!」
狙うは歴代皇帝の隠し財産。優秀な家臣に亡国の王子様まで巻き込んで、女王様は冷酷な皇帝との騙し合いに打って出る。
昼は王様、夜は泥棒。
怪盗陛下、一世一代の大博打の始まり!
政治、経済、軍事。そのどれをとっても世界の頂点にあるグランデル帝国。
その繁栄の象徴である、豪華絢爛なヴィンゼル宮の奥深くにある一室。そこではぞっとする程の美青年が、年代物のソファで長い足を組み、これまた美しいアメジストに見入っていた。
「いかがでしょう? 皇帝陛下。ローゼル王国産といえどここまでの品はなかなかないそうですが」
「あぁ、素晴らしい! 実に美しい……まるで彼女の瞳のようだ」
彼が信用する唯一にして腹心の侍従。イゴールの言葉に青年ははくっと口角を上げ、今彼が何よりも欲している女性の姿を思い浮かべた。
カロリーナ。愚鈍な兄に代わり、崩壊寸前の王国を立て直そうと必死のローゼルの若き女王。燃えるような赤毛、神秘的な紫の瞳、そして世界を牛耳る皇帝にさえ一歩も引かない度胸。
「……そう、彼女こそ我が妻にふさわしい女。そして彼女もローゼル王国も、もうすぐ我が手中だ」
「しかしながら陛下。陛下でしたらなにも、あのような回りくどいことをせずとも、彼女も彼の国も手に入れられるのではありませんか?」
その言葉に青年はイゴールに近づき、首元のクラヴァットを掴んでぐっと自分の方へ引き寄せた。
「一縷の希望を見つけ、まばゆく輝いた瞳。それが絶望に曇る瞬間こそ至高だと思わないか? ……あぁそれとフェルン公と連絡を取っておけ」
「フェルン公というとローゼルの先王ですか……。しかし彼は使えないともっぱらのっ!」
イゴールの言葉は青年がクラヴァットごと彼を突き飛ばしたことで遮られる。
「いかに愚鈍と言えどカロリーナにとって兄は兄だ。……切り札になるだろう?」
そう言って彼は更に笑みを深めるのだった。
所変わって帝国のお隣、ローゼル王国。ヴィンゼル宮に比べれば随分と質素な宮殿の一室で1人の少女が頭を抱えていた。
「もー! あれだけやったのに全然足りない。あと一万ルベルも必要なんて信じられない!」
「あと城を2つは売らないといけませんな、陛下」
「もう売れるものはみんな売っちゃったわよ、ヨーゼフ」
もはや顔を上げる気力もない。追い打ちをかけるような宰相の言葉に、私は突伏したまま答えた。
こんな姿勢でも私は女王。とはいえ今着ているワイン色のドレスはすっごく古いデザインだし、暖炉の薪までケチったせいで、冬はまだ始まったばかりだというのにすでに肌寒い。
私がどうしてこうもお金に困っているのか。それもこれも全ては馬鹿な兄のせい。
そもそも我が祖国は大きくも豊かでもないの。国土のほとんどが山だから攻め込まれづらいけど、その代わり開発も禄に出来ない。
お隣の帝国では片田舎ですら電灯が灯っているのに、我が王都ではガス灯すら珍しがられる始末。市内を走る王国唯一の路面電車なんて、今だに馬がひく馬車鉄道よ。
そんなこの国を支えてきたのが北部の鉱山で採れるアメジスト。
美しい紫色の宝石は大陸中にファンがいる。私達はこれを少しずつ掘り出しては、加工して生活してきた。
豊かでなくても穏やかな暮らし。けどそれを嫌がったのが私の兄ーー先代の国王ね。
採掘を今よりずっと効率化する。そんな甘言に唆され、兄はグランデル皇室支配下の採掘会社とやらと契約。ところがその契約書には、新たに掘り出された宝石のほとんどの権利が帝国側に帰属する、という一文が巧妙に隠してあったの。
アメジストがなければ我が国の財政はたちまち崩壊。慌てて契約を破棄しようとしたけれど、今度はローゼルの国家予算数年分もの違約金を請求されたらしいわ。
留学中だった私は慌てて祖国に戻ったけど時すでに遅し。この件を理由に兄と、兄に頷くしかしない兄の家臣達を蹴り出して、代わりに父の御世の宰相ヨーゼフや侍従長ダミアンといった旧臣を呼び戻し、女王に即位したのが半年前。
それからあれやこれやと手を尽くしたものの、違約金の支払い期限まであと3ヶ月。お金のあては全くなかった。
「ねえ、ヨーゼフ? やっぱりどこか融資してくれそうなところはないのかしら」
「残念ながら陛下。どの国も商会も、帝国に睨まれるリスクをわざわざ犯してはくれないようでして……」
「やっぱりそうよねぇ」
「いっそのこと王家の隠し財産でも探した方がまだ早い気すらしますな、……無論、冗談ですぞ」
そういうけど目は笑っていないわね。
でもそうなのよ。結構長い歴史があるのだから隠し財産くらいあっても……
「待って! 私、今凄いことを思いついたかもしれない」
突然湧いてきたひらめきに私はバン! と机を叩いて立ち上がる。
そんな私にヨーゼフとダミアンは互いに視線を交わしてそわそわとしだした。
何よ! その顔は。
「あの顔をした時の陛下は昔から大概碌なことをしなかったからな……」
って
「聞こえているわよダミアン」
「これは失礼、陛下。……で、その思いつきとは?」
「フフッ、簡単だわ。帝国に払うお金なら帝国から盗んじゃえば良いのよ!」
自分でもめちゃくちゃなことを言っているつもりはあるが勝算はある。
「前に聞いたのよ。ヴィンゼル宮の地下には、歴代皇帝がとても他国には言えない方法で集めてきた財産が隠してあるらしいの。そんな隠し財産なら盗んでも道理には反しないし、帝国だって表沙汰に出来ないと思わない?」
「しかし陛下。あの帝国に捕まってはどんな目に合うか……」
「それは腹をくくるしかないわ。どっちにしたってこのままじゃローゼルは帝国の支配下よ。そうなった国がどうなるかはよく知ってるでしょ?」
詐欺まがいの方法で財産を奪われ、帝国の傘下となった国はたくさんある。そうした国はすべからく搾取の限りを尽され、国民は帝国の兵にとられて、困窮のどん底にいる。それは数カ月後のローゼルの未来だわ。
そんな気持ちを込めて私は部屋にいるみんなを見渡した。
「ハッハッハ、相変わらず陛下の考えは変わっている。ですが好きですぞ。帝国に一泡吹かせましょう、陛下」
まず、そう言っていつもの小難しそうな表情を崩しながら、右手を差し出してくれたのはヨーゼフ。私の政の師匠でおじいさんのような存在だ。
「もちろん私も協力しますわ。素敵じゃないですか。女王様で泥棒。怪盗陛下の誕生ですわね」
次に力強く右手を握ってくれるのはのは昔っから私のことを支えてくれる侍女エマ。
部屋の2人が私に賛成する中、まだ怪訝な顔を崩さないのが侍従長ダミアン。40手前にして、城の影の実力者と言われる彼は、私にとってはもう一人の兄のような存在だわ。
「ですが陛下に泥棒の経験などないでしょう? 何か計画がおありで?」
「もちろんよ。確かに私は泥棒の経験はないけど、そのかわり女王だわ。私しか行けない場所も、聞けない秘密も一杯ある。これを見て頂戴」
私はドレスの隠しから古い手帳を取りだして、3人を手招きした。
「ほう……革命で紛失したと言われていた、フェレニア王家の王冠を帝国が。……なんでまたそんな話を陛下がご存知で?」
「帝国博物館を視察した時に、館長と宝石談義で盛り上がってね。うちのアメジストも使われているから行方が気になっているって言ったら、こっそり教えてくれたの! 他にもいろいろあるわよ」
ヨーゼフが興味深そうに手帳を覗き込む。そう、この手帳は私が留学中に帝国で見聞きしたことを書き留めたもの。ローゼルが見習うべきこと、見習うべきでないこと、そしていつか役立ちそうな噂話まで。
「それにいかに帝国の使用人や兵と言えど、他国の王族には遠慮があるの。意外と簡単に撒けちゃうことも実証ずみよ」
「陛下は相変わらずお転婆で……」
ダミアンの言葉には言い返せないからそこには反論せず、苦笑いだけ返すとして……
「あとね、来月に陛下の誕生祭で仮面舞踏会が開かれるでしょう? これも好都合だと思うの」
「エマが衣装をどうしようか、と張り切っていましたね。……なるほど、そういうことですか」
仮面舞踏会の日は宮殿で素顔を隠して行動しても怪しまれない。その上皇帝の誕生日は、帝国中で無礼講の大騒ぎが恒例で、深夜にもなれば警備も杜撰になる。
今、私が持っているカードはこのくらい。ダミアンはどう判断するかしら? 私は試験を受ける生徒のような気持ちで、ダミアンの表情を伺う。
しばらく目を閉じて何か考えていたダミアン。けど、その目を開くと、恭しく胸に手を当てながら微笑みを作ってくれた。
「まったく陛下は王女時代から変わらない。……ですがあなたをお支えするのはお父上との約束ですからね」
「ダミアン! じゃあ?」
「協力しましょう。どうせ正攻法など残っていないのですしね」
やった! それでこそダミアンよ。
そんな気持ちを込めて笑みを返し、私はパタリと手帳を閉じた。
「じぁあ、早速作戦会議ね。ヨーゼフ? 悪いけどフレム外相とレンメル財相を呼んでくれる? 彼らも引き入れたいわ。ダミアンは取り急ぎ帝国へ外遊をねじ込んで頂戴。情報収集よ。エマは旅支度をお願い」
矢継ぎ早の指示にも優秀なみんなはさっとそれぞれの礼を取って動き出す。
そんな彼らを横目に私は北向きの窓から見える高い山々に目をやった。
美しいアメジストに支えられた平和な国。帝国になんて渡さないわ!
「怪盗陛下、参上よ」





