2-10 マテリアルカナ
科学が支配する現代にて、錬金術がオカルトの一種として滅びず、形を変え『現代錬金術』として残った世界でのお話。
生き残る過程にて独創性を捨てざるを得なかった現代錬金術は、なんでも出来るが専門には及ばない器用貧乏な伝統技法程度の価値しかなかった。
そんなある日、突然錬金釜の中に創られた錬金世界『プリマ・マテリア』へと迷い込んだ主人公たち。
古代から時が停まったようなその世界には、滅びたはずの古代錬金術が未だに残っていた。
日本にあるアトリエ『マテリアルカナ』と、錬金世界『プリマ・マテリア』を行き来し、それぞれでしか入手できない素材と技術を混ぜ合わせ、まったく新しい錬金術の技法を編み出していく主人公たち。
彼らが生み出した新しい風は、やがて両方の世界を巻き込む大嵐へと発展していく。
――― 錬金術
それは『想い』を『形』へと変える技術。
――― 錬金術
それは『素材』を『調合品』へと変える技術
『素材』と『調合品』は錬金術の概念の元、常に等価であり、故に『奇跡』が介在する余地は存在しない。
だが、
錬金術の調合において、極稀に『素材』よりも価値の高い『調合品』が完成することがある。
しかし、錬金術の概念の元、これらは確実に等価であり例外は無い。
であるならば。目には見えずとも。耳には聞こえずとも。手には触れられずとも。確実に『それら』は存在しているのだ。
故に、こう言い替える事も出来るだろう。
――― 錬金術
それは『想い』を『形』へと変える技術
◆◆◆
ドガァァァァァン!!
昼下がりの気怠い空気をぶち壊す、けたたましい爆発音が道路に木霊する。
道行く人々は何事かと周囲を見渡すが、音の発生源が『その店』だと判明すると途端に興味を失い元の行動へと戻っていく。
薄情だと思うかも知れないが、彼ら彼女らとて人の心はちゃんとある。近くで爆発が起これば心配もするし、野次馬根性だって湧いてくるものだ。ただ……そんな感情が枯れる程に定期的に爆発が起こっているだけで。
はぁ、とため息を吐き『その店』。『マテリアルカナ』へと入る。
日本じゃ珍しい錬金術店であるマテリアルカナだが、今日も今日とて店内に客の姿は無い。代わりにあるのは工房への扉の隙間からモクモクと漂ってくる黒い煙と、
「あーもー!なんで上手くいかないのよー!!!」
幼馴染の雄叫びだけだった。
「おーい。叶奈~。生きてるかー。まぁそんだけ叫べりゃ元気か」
工房への扉を全開にし、立ち込める黒煙を外へと追い出しながら声を掛ける。
「あ!有兄!いらっしゃい!今ちょっと散らかってるけど!」
「見りゃ分かるよ。随分と派手に大失敗したな」
工房から出てきたのは、金茶の髪を煙で煤けさせた少女だ。
俺の一個下でありながらちょいちょい中学生と間違えられるチビで、下手をすれば小学生と間違えられることもある。化粧っ気が無いのもあるが、言動が子供っぽいのもあるだろうな。いつ見ても高校かお店の制服姿だし、高確率で全身煤けさせてるし。
「むー。今日こそは上手くいくと思ったんだよ。こう、ビビビッと錬金術師的直観が降りてきて、ね?」
「ね。じゃないが。どーせ調子に乗って素材を入れ過ぎたんだろ。新しい錬金釜に変えてから一度も成功してないんだろ?もっと簡単な錬成から始めたらどうなんだ」
「分かってるんだけどこう、錬成してたら徐々に自分が抑えられなくなって、ね?」
「ね。じゃないが。軽く片付けはしておいてやるから、シャワー浴びて着替えてこい」
「はーい……」
トボトボと店の奥の居住スペースへと向かう叶奈を見送って、店の看板を『CLOSE』にしてから煤に塗れたアトリエの掃除を始める。
『お母さんが遺した店を守りたい』加奈の想いは立派だし、可愛い幼なじみの願いだ。俺だって出来る限り手を貸したいと思う。だけど……
「やっぱ、今どき錬金術なんて流行らないよなぁ……」
――― 錬金術
それは『素材』を『調合品』へと変える技術。
土塊から金塊を造り出し、無限の命を与える石を生み出し、人間をも創造する、そんな神の御業を再現しようと生まれた技術。
だが、そんなものは過去の話だ。それらを可能としたかもしれない古代錬金術はとっくの昔に衰退し、消滅した。
きっかけは産業革命だと言われている。機械制工場の登場により、安価で品質の良い品物が市場に溢れた。一度の錬成で何日も掛かる事がある古代錬金術では、生産速度も価格もまったく太刀打ちが出来なかったそうだ。
オマケに術士の技量やコンディションでも品質や性能に大きな差が出るとなれば、他の職人技術と共に衰退していくのは避けられない。
ただ、当時の錬金術師達も指を咥えて衰退してく錬金術を眺めていた訳ではない。生き残る為に彼らは機械化の長所を真似する事にした。
すなわち、レシピの統合、共有による調合品の『規格化』と、錬金釜の改良による『品質の一定化』を行ったのだ。そうして産まれたのが、叶奈も使っている現代錬金術だ。
乾坤一擲の策である現代錬金術の導入は、結果から見れば成功とも言えるし、失敗とも言える。
何もしなければオカルトの一種として消滅していたであろう錬金術が『伝統技法』として現代まで残った事を思えば成功だろう。だが、調薬も裁縫も金属加工も、それぞれの専門に頼んだ方が早いし安いし確実だ。錬金術は完全に時代遅れの技術になってしまった。
皮肉な物で21世紀の現代から見れば。それなりの品をそれなりの品質で作れる現代錬金術より、術師の腕次第で何でも作れる古代錬金術の方が価値があるのだ。
「あーるにぃ!おまたせ!」
「おわっとと、おい叶奈。危ないから飛び付くなっていつも言ってるだろ」
シャワーを浴びて、シャツとホットパンツのラフな格好に着替えた叶奈が、後ろからおんぶされるように抱きついてきた。
危ないからやめろと言ってるのに、叶奈の飛びつき癖は中々直らないんだよなぁ。幾つになってもまったく成長していないから問題ないが、一応JKのはずなんだがなぁ。
「ごめんごめん。それよりどう?私良い匂いしない?ちょっと嗅いでみて!ね?」
「ね。じゃないが。……叶奈。性癖は人それぞれだが、人に迷惑を掛けるのは関心しないぞ?」
「へ?……違う!違うよ!新しいシャンプー錬成してみたの!商品にどうかなって!」
「あぁ、なるほど。……すんすん。確かに、ちょっといい匂いな気がするな」
「……なんだか、ちょっと恥ずかしいね。えへへ」
風呂上り以外の理由でちょっと顔が赤くなった叶奈が、くっついていた俺の背中から離れた。恥ずかしがるならやらなきゃいいのにな。
にしても、いい匂いのシャンプーか。まぁ、悪くはないが……
「錬金術で作る必要は無くね?」
「うっ!それはそうだけど!商品開発を頑張ろうという私の努力は認めてもいいんじゃない?ね?」
「ね。じゃないが。……まぁ、そうだな。叶奈はいつも頑張ってるよ」
「やった!有兄に褒められちゃった!褒めるついでによしよししてもいいんだよ~?ぎゅってするのでもありだと思わない?ね?」
「ね。じゃないが。まったく、幾つになっても甘えん坊だな叶奈は」
「ふへへ~」
差し出された叶奈の頭を撫でまわしつつ、ふと時計を見る。今日はアトリエに来たのが遅かったのもあり、そこそこいい時間になっていた。
「もうこんな時間か。んじゃ、俺は帰るから。残りの片付けは自分でやっとけよ?」
「え~。もうちょっとゆっくりしてってよ有兄~。あ、そうだ。今日は家に泊まってこ?ね?」
「ね。じゃないが。……煤だらけの工房を片付けさせたいだけだろ」
「えへ~。バレたか。手伝って!お願い!かわいい叶奈ちゃんからのお願いなら、優しい有兄は受けてくれるはず!ね?」
「ね。じゃないが……はぁ。しゃーない。手伝うだけだからな」
「やったー!有兄大好き!」
「はいはい。俺も叶奈が大好きだよ」
「……ゑ?」
このまま放置して帰ったら、叶奈の奴「どうせまた大失敗するから」とか言ってそのままにしそうだからな。やれやれ。とりあえず錬金釜から拭いていくか。最近どこぞから仕入れてきたらしいこの錬金釜は、無駄に装飾が凝ってる事もあり汚れが落ちにくそうなんだよなぁ。
「ぁ、有兄?今のもう一回言って欲しいかな……って、何してるの!?」
「え?いや、錬金釜が汚いから拭いてるんだが……」
「錬成反応が始まってる……有兄何か入れた?」
さっきまでのふざけた様子が消えさり、真剣な様子で尋ねてくる叶奈に戸惑うが、別に釜の中には何も入れてない。素人が錬金釜に勝手に素材を投入する危険性は散々習ったしな。だが、強いて言うならば、
「拭くために触ったぐらい……あれ?」
「有兄ッ!!」
直後、錬金釜が光を放ったかと思うと足が地面から離れた。急速にどこかへ吸い込まれて行く身体と意識。
焦った叶奈の声と、咄嗟に伸ばした手を掴まれた感覚がした瞬間。俺の意識はブツリと途切れた。
◆◆◆
ちょんちょん。
「……起きてください」
ちょんちょんちょん。
「……起きませんね。困りました。確かご主人様が遺した書物では、こう言う時にとるべき行動は……」
――― ちゅっ
「んあっ?」
口に何かが当たった感覚がして、意識が覚醒する。
体に当たる風。土の匂い。眩しい太陽。外、か?
「おはようございます。良かった。目が覚めて。心配しました」
すぐ近くで声が聞こえて体を起こそうとし、俺の手を握った叶奈が隣でスヤスヤ眠っている事に気が付く。ここは、どこだ?それに、さっきから女の子の声がしているが姿が見えない、いったいどこから声がしている?
「それでは、改めまして。
――― お帰りなさいませご主人様。それと、いらっしゃいませお嬢様。ようこそ。錬金世界『プリマ・マテリア』へ」
「はぁ……!?」
俺の眼前へと飛び上がりそう告げたのは、メイド服モチーフの洋服を着た、手のひらサイズの妖精だった。