第9話 罠と贈り物の選び方は同じ
10話まで来ると達成感がありますね。今後もまだまだ続くと思います。よろしくお願い致します
ネズミの討伐数の確認が終わり、すぐにヴィルは次の依頼に着手する。
今までの魔物よりもかなり大きい“マッドボア”の討伐に挑戦。
マッドボアは森林や野山に近い人里にとっては三大害獣の一つとして嫌われている。気性が荒く巨大な体、硬い毛皮に分厚い脂肪は生半可な力と武器を通さず、馬車だろうとレンガ作りの建物だろうと軽々引っくり返す怪力。
農作物被害も深刻でありこの町を悩ませているそう。
ブラックドッグの実力がどれほどか試すためとは言え危険な挑戦だ。本来なら冒険者数人がかりで苦労して仕留める相手、召喚士と言えど一人で受けるのは流石にギルド職員に難色を示された。
なので、もしもに備えてヴィルは準備をする。
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森にブラックドッグ5頭を解き放つ。優れた嗅覚は直ぐにマッドボアを捉える。
それは同時にマッドボアからも捉えられたと言うこと。嗅覚の鋭さはほぼ同等、探すでも誘い込むでも無い一騎討ち。
マッドボアは頭を下げ、湾曲した牙の先端をブラックドッグ達に向け突進してくる。
ブラックドッグ達は鋭い方向転換で牙を避け、マッドボアを囲う────イノシシは直進しか出来ないというのは迷信である。
マッドボアは突進を避けられたと見るやいなや激しく頭を振り、周囲を薙ぎ払う。背後に隙も作らず強靭な四肢で地面を蹴り荒らす。
あの蹴りをまともに受ければ骨が粉々に吹き飛ぶことになるだろう。折れるのではなく、言葉通りに。
それでもブラックドッグの身体能力が上回っていた。
荒れ狂う牙を避け、囮役が挑発し、攻撃役がマッドボアの体に爪を立てて張り付き脚に食らい付く。
それを振り払おうと気を取られたマッドボアの鼻にすかさず牙を突き立てる。
背中の毛皮と肉の装甲は厚く攻撃しても無意味だが、腹や鼻は柔らかく、特に鼻はマッドボアにとって重要な感覚器官、弱点だ。
マッドボアはブラックドッグを振り落とさんと木々に体を打ち付ける蛇行やわざと地面を転げながらを繰り返して走り続ける。
ブラックドッグは巨体に挟まれないよう器用に避け、振り落とされてもまた食らいついた。
身体能力は勝ったものの、マッドボアを仕留める決定打に欠けていた。体格に差がありすぎて5頭全員が張り付いていても平然と走り続ける。牙は急所に届かない。
「……」
ヴィルは近付いてくる戦いの音を待っていた。地滑りのような音と叫び声、木の倒れる音。
杖を固く握り締める。
「ブギィィィィーーーーッ!!!!」
「っ……!」
木々を薙ぎ倒して現れた黒い壁、ギラギラと血走る目は怒り狂いつつも極めて冷静だ。罠を見切り怪しいものには近寄らない高い知能を持っている。
ヴィル達が森に立ち入った時点でその動向は見られていた。マッドボアはこの人間と犬が協力していることを知っている、罠が無いことも知っている、この森の全てを知っている。
此処にまで駆け抜けて来たのは人間もろともに犬を仕留める為だ。
「──“血濡れの同胞よ、我が声に応えよ”!」
マッドボアが知らないことと言えばヴィルの唯一の武器が召喚であること。
鼻に食らいついていたブラックドッグが身を翻して飛び退き、代わりにブラッドスライムがマッドボアの顔面に貼り付き、大口と鼻に身を滑り込ませる。
「ブグォォォーーッ!?」
突然視界も嗅覚も呼吸も奪われれば流石に動揺する。
突風を起こす程激しく頭を振るっても、木に体当たりしても強い粘性を持つブラッドスライムには無意味。
唯一の弱点である核はマッドボアの体内に避難させてしまえば安全だ。
ヴィルは距離を取って見守る。
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20分ほど経過し、マッドボアは倒れてのたうち回り、やがてぐったりと動きを止めた。
念のためもう少しこのまま置いておく。
この巨体は恐らく召喚獣総動員でも運ぶのに相当苦労するので、ブラックドッグに手紙を持たせて冒険者ギルドとその提携の解体屋を呼んでもらうことにする、これならヴィルが町へ帰るよりずっと早いだろう。
職員を呼びに行ったブラックドッグの声が聞こえてきたのでもう大丈夫だろうとマッドボアを捕まえていた召喚獣達を帰還させる。……ブラッドスライムが貼り付いていた顔面部分は骨が出てしまっていた、恐るべし腐食性。
「おお!こいつは大物だ!」
「凄いな坊主、一人で仕留めちまうなんて」
「僕じゃなくて召喚獣たちが活躍してくれましたから……」
筋骨隆々な解体師が4人とギルドの職員が到着した。解体師達はヴィルの背を強めに労い、すぐに解体を始める。
職員は先ほどネズミを数えてくれた人だ。解体師からマッドボアの品質について聞き取り記録している。
「お疲れ様です、先ほどのネズミ駆除に次いで大活躍ですね」
「ど、どうも」
「そう言えば、先日のブラッドオークを討伐したと言うのも若い召喚士だったそうで。いやぁ有望な召喚士が増えてくれるのは嬉しいことですよ」
「そっ、そ、そうですか?お役に立てたなら、よかったです……」
ギルド的にも冒険者的にもあの事件はかなり重要視され未だに話に上がっているのを聞く。毎回心臓に悪い。
記録を終えた職員からマッドボア討伐の報酬確定の証書を貰う。これを窓口へ出せば報酬が貰える。
ヴィルは休憩と食事のために一度町へ戻ることにした。
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この宿では食事が出ないので外で買ってきたものを食べる。
「ヴィルくん」
「はい?」
「冒険者になるから、これ食べたらついてきてよ」
「げほっ!? ごほっ、え、本当になる、んですか?」
「なるよ?だって貧乏暮らしはやだもん」
思わず噎せた。だけど、しかし、まぁ、大国では召喚した異世界の人間を勇者として育成するとかあるし
無しでは、ない、のかな……?