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第8話 ドブネズミは高い所が苦手

朝。古いベッドで目を覚ます。


 たっぷり歩いて足腰が痛むし体は重くベッドに沈んで目もしばしばするけど甘えていられない。


 あれから特に何事もなく“隣町メレフ”に到着し宿を借りた。

 冒険街(ドラゴネス)と比べると小さな町なのであまり選べないが、中でも一番良い所がいい、とバクに引き摺られて連れてこられた。


 歴史を感じる良い古さ。落ち着く狭さ。生活に必要なスペースにはほどよく余裕がある。機能的な部屋だ。

 ベッドも僅かに軋むがまだまだ作りは頑丈。マットやブランケットも清潔。


 体を起こして洗面器に水を入れ顔を洗う。水はほんのりと爽やかなハーブの香りがした。


「起きてるじゃん。おはよう」


「わ、おはよう」


 またしても朝の散歩に出かけていたバクがいきなり帰ってきて驚く。手には紙袋。


「はい朝ごはん」


「あ……ありがとうございます」


 投げ渡されたのは惣菜パン。具が多くて朝食として申し分無いボリューム。

 バクは棚から小皿を取り、カーテンを開けて窓の縁に腰かける。足が長くて窮屈そう。


「お」


「え?」

「待ちやがれテメェ! 今俺の財布盗ったろ!」

「離せッ! この!」

「ぐあっ!? や、りやがったコイツ! 汚ぇ流民が!」


 窓の外で怒鳴り合い殴り合いが始まった。砂利を踏み締める音、殴打の音、地面を転がる音……

 恐る恐るバク越しに見た窓の外は人が集まりつつあった。


「あはは治安悪め」


「ええ……前に来たときはこんなこと無かったのに……」


「西の大国同士の戦争から逃げ延びた人が沢山流れ着いてるんだってさ。こんな町じゃ働き口無いだろうに、可愛そうだ」


「戦争で……こんなことが良く起きるようになったんですね……」


「僕もサンドイッチ屋の女の子と話してたらお金盗られそうになってさー、つい銀貨一枚恵んじゃったよね」


「……サンドイッチ?」


「あー、そのパンのこと」


 バクは外のリンチ現場を眺めながらナイフでリンゴの皮をくるくると剥いている。手元を見ないで刃物を扱ってる様子は大丈夫だと分かってても怖いものがある。


「はいデザート」


「どうも……」



 綺麗に切り分けられたリンゴを渡される。 

 外では痩せ細った男性が町の住民達に蹴られ続けているのにこんな贅沢とも言えることをしてるのはいたたまれない気分になる。

 窓からそっと離れてベッドに座って食べる。


  ──────────


 冒険者ギルドの窓口は大体どこにでもある。村でも大きめの所にはあるので冒険者というのがどれだけ需要があるかよく分かる。


 この町の冒険者ギルドには二年前にも来たことがある。冒険者同士の仲が良くて楽しそうに酒を飲み交わしていた様子はよく覚えてる。けど


「…………」

「………………」

「……」


「……」


 めちゃくちゃに治安が悪くなっていた。新米冒険者にしては粗末すぎる装備、他人を信じない目、隅で声を潜め此方を見る者。なんとも言えない臭い。


 働けない流民が冒険者になって、元々居た町の冒険者はそれを嫌って他所へ移ったらしい。


「このギルド換気した方がいいんじゃない?」


「(バクーーーー!! やめてーー!!)」



 あちこちから舌打ちが聞こえてくる。怖すぎる。

 今殴られないのはギルドの目があるから! 町の外に出たらどうなるか分からないから!


 ローブの胸元を握り締めて恐怖に耐えながら依頼書が貼られているボードを見る。

 心なしかボードもなんか汚い。焦げた跡とか、なんか血を拭ったような跡まである。あと所々へこんでる。殴ったのだろう。


「どんな依頼受けるの?」


「うーん……召喚獣達がすごく成長してくれたので、ちょっとランクの高い依頼を受けてみようかな、って」


「ほぅ?チャレンジャー精神大変結構」


「……ところで、バクは手伝ってくれたりするんですか……?」


「動物殺すとかそーいう系はパス」


「ですよね……」



 この世の依頼の大半は討伐か、討伐を含む物だからバクには甘えられない。

 なのにヴィルの背後から身を乗り出してしげしげとボードを眺めるバク。


「僕も冒険者なってみよっかな?」


「えっ」


「楽しそーじゃない?僕でもやれそうな簡単なヤツばっかだし」

「(バクーー!! 刺激するのはやめてーー!!)」



「冒険者になるのってなんか試験とか資格とか住民票とか身元保証とかいるの?」


「い、いや、なるだけなら特に何も必要ないです……けど、“適性”の検査がありますね……」


「それはどうやるんだい」


「血を専用の魔法紙に垂らすんです。血からその人の“適性”を割り出して、その数値で協会が定めた段階評価が付きます……けど、バクがやったらどうなるんだろ……?」



「“適性”がスゴいと面倒とかある?」


「それはよく分からないんですけど……高い“適性”の人が出ると話題になったり、ギルドにマークされたり、色んな所から声をかけられるとか、聞いたことがありますね……」


「ふぅん、そっかぁ」



 ヴィルは依頼書を吟味し、これと決めたものを剥がし受付へ持っていく。書類にサインをし、依頼書の控えを受け取る。

 そうしてやっと恐ろしく空気の淀んだギルドから脱出する。


「あー外の空気おいしー!」

「(バクーーーー!!)」


 まだ中の人達に全然聞こえるから!

 慌てて町の外にまで逃げる。


「はぁ、はぁ……えっと、バクも来る……?」


「僕は冒険者になるか考えながら観光でもしようかな…あ、そうだ、スライム一匹貸してよ」


「え?いい、けど……どうするんですか?」


「護衛してもらおうかな?とか?あはは」


「い、要らなくないですか?と言うか護衛ならブラックドッグの方が……」


「スライムくんにも見せ場やんないとね?」


「うーん……?まぁ、いいか……でも僕から離れすぎると帰還しちゃうと思うので、気を付けて」


「りょーかい」



 バクとブラッドスライムは建物の影へと去っていった。

 バクには召喚獣のことちゃんと見せても教えてもなかったのにどうして知ってるんだろう……召喚獣(人)同士だと分かるものなのだろうか。


 ヴィルはブラックドッグを念のため3頭召喚し、バクの用事を考えてなるべく町の側で出来る依頼から片付けることにした。

 ……本当は遠く離れていたい気分だけど


 まずは“ローグラット(悪者ねずみ)”の討伐。

 町とその付近で大量発生しているらしく衛生的にも資産被害的にも大迷惑だそう。

 姿は巨大なネズミ。一匹では脅威はないものの常に群れで行動していて、群れが大きいほど狂暴になる。

 人間が近付いても恐れず何でも食い尽くし、時には人をも餌にする。


 言ってる側からもう居る。僕がいてもお構いなしに何か食べている。


「よし……みんな、ローグラットをとにかく沢山、倒して持ってきて!」


「ヴォンッ!」


 ブラックドッグは一斉にネズミ目掛けて走り出す。

 気の大きくなったネズミ達は向かってくるブラックドッグに対しても好戦的で、逃げるどころか向かってくる。


「ヴゥルゥ!」

「ギュヂーーッ!」


 ブラックドッグはネズミの牙を避け、がら空きの首を噛み砕けばネズミはぜんまい玩具のような掠れた断末魔を上げて痙攣し生き絶えた。

 他の個体はそれを見て途端に逃げ腰になり散り散りになったが、ブラックドッグは三手に分かれ凄まじい速さでネズミを噛み砕いていく。


 目に見える範囲のネズミ全てを砕き終えるとみんな口いっぱいに死骸を咥えて戻ってきた。


「わぁ……す、すごい」

「ヴォフ」

「……食べちゃダメだからね」


 巨大なネズミの死骸がずらりと並ぶ。流石にだいぶ気持ち悪いし、今から尻尾を切り取っていかなければならない。

 ギルドから支給された樹脂手袋に鋏と袋。ゴクリと固唾を呑む。


「~~っ! どんどん持ってきて!」

「ヴォンッ!」


 覚悟を決めた。これぐらいやれないで何が冒険者だ!

 ブラックドッグが狩りを行う間にネズミの尻尾をジョキジョキ切り取っていく。骨を断つ感触に鳥肌が止まらない。運ばれてくるネズミも止まらない。


 たまに反射か何かでのたうち回るネズミもあって阿鼻叫喚だった。

 冒険者って、大変だ



 ────


「はぁ、ス、ストップ! もう大丈夫っ!」


 四方八方に駆けていったブラックドッグ達が戻ってくる、口にいっぱいのネズミを咥えて。

 大きな袋を貰ってきた筈がパンパンになってしまった。この袋の中身を確認しなくてはならないギルド職員に申し訳ないくらいの惨状。


 今気付いたが、ブラックドッグにはネズミの死骸を直接指定された焼却場に持っていってもらえばよかったな、と。


「う、うーん……そうだ! “鮮血の牙達よ、我が敵に傷を”!」


 追加で5頭ブラックドッグを召喚する。


「君達はあっちの焼却場にネズミを運んで、君はこの袋を守っててくれる?」

「ヴォンッ」


 元気な一吠え、直ぐにみんなで協力して運び始める。

 僕はこの間にギルド職員を呼んで来て袋の中身を確認してもらう。焼却も職員が行う。


 職員は袋を見てとても驚き、中身を見てとても引き攣った顔になり、僕に引き攣ったままの笑顔を向けた。


「ご、ご協力感謝します」


「い、いえ……すみませんこんなに……」


「はは……大丈夫ですよ、沢山狩ってくれた方が助かりますので」


 職員と一緒に袋を運び、焼却場に到着したら尻尾を火に投げ入れながら数える。

 その様子を眺めながら待つ。


 そう言えばブラックドッグ達とそこそこの距離離れただろうけど帰還しなかった。マナが届く範囲も広がったのかもしれない。


「ん……?」


 口の中にうっすらと血の味を感じた。どこか切ってしまったかと思い舌で口内を確認するがそれらしい痛みは無い。なんだろ、う


「………………」


 物凄くとてつもなく猛烈に鳥肌が立った。

 伝わるのは感覚だけなので、衛生的な問題は無い。無いが


 振り返る。ブラックドッグが必死に首を横に振っていた。

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