第6話 自分ファーストお前ワースト
ヴィルは目深に被ったフードをぎゅうと握りながら表通りを小走りしていた。分かりやすく浮かれているというか今さら込み上げた恥ずかしさで熱い顔を冷まそうと足掻いているだけで。
(は~~言いたいことは言えた……もっと普通に言えばよかった、はぁ)
(……恥ずかしくないくらいに強くなりたい)
(……まだバクは戻ってないだろうし、もう少し遠出の用意をしよう)
速度を落として息を整える。
遠出には何が必要なんだろう、ともかく長持ちする食料とか……? うんうんと必要リストを脳内で埋めながら歩く。
「え────むぐっ!?」
体が横へ引き寄せられた。叫ぶ暇も無く口を塞がれて凄い早さで路地裏の奥へ、上へと連れ込まれる。
「ん! む」
「静かに?」
「んぐ……!? ぷはっ」
建物の重なりの影、屋根と屋根の隙間でやっと口を解放される。ヴィルを連れ回していたのはバクだった。
「君、尾行されてたけど気付いてないよね」
「え……!? び、尾行……ぼぼ僕何も悪いことしてないですよ……!?」
「君が何かしてもしなくても悪いことは向こうから来るもんだよ…まだ追っかけてきてる、しつこいなぁ」
お互い声量を落とし耳打ちのように話す。窮屈なので自然とそうなった。
バクは相当入り組んだ奥地まで連れてきてくれたがそれでもまだ追いかけてくるのは僕に追跡の魔法か何かが付けられているからかもしれない。
解除魔法や解析魔法なんて高度な物は無論扱えない。
「だ、誰が尾行なんて」
「君が虫酸が走るほど嫌いな“竜の背”とやらみたいだけど」
「そこまで言ってないしその話まだしてないですよね……!?」
一度僕に罪を被せて追い出したのに一体なんの用があるのか。心当たりはブラッドオークの件しか無いけどそれが“竜の背”に何の関係があるのか……
「このまま街を出てしまうというのは……」
「ん、もう準備できたの?」
「まだ、ですけど……隣の町で揃えるでも大丈夫だし……」
「うーん…」
バクは何やら乗り気で無さそう。何か街にやり残したことがあるのか、そもそも旅に付いてきてくれるのだろうか?
「あの宿のご飯美味しいんだよなぁ~」
そう来たか
「スケジュールをせせこましい輩に狂わされるのは癪だね…ちょいと遊んでやろっか」
「遊ぶ、って……わざわざ刺激しなくても……」
「君はいつまでアイツらの好きにされるつもり?」
「……そんなつもりは」
「ならやってやろうぜ、ストーカーを撒いて旅の準備もして夕飯も食べて煽り散らかして晴れやかな気分で出掛けようじゃないか!」
バクは僕を抱えたまま再び駆け出す。あまりの早さに景色は歪んで見え、周囲の音もうまく拾えない。
追っ手の姿は見えないけど、気配を微かに感じる。これはきっとバクの感覚だ。
この速度は流石の“斥候”系のメンバーでも追い付けはしない、はず……が気配が近い、いや、こっちが追っ手の背後を取った!?
「一匹!!」
「ぐはぁっ!?」
地面を削り取りながらの急ブレーキがてらに追っ手の背中に蹴りをお見舞いする。ドフッと肉の重い音と骨の軋むは聞く側も痛いくらいだ
土埃を立てながら激しく横転する追っ手をさらに捕まえて、上へ投げ飛ばす。
投げ飛ばされた彼を待ち受けていたのは住民の洗濯物とそれを干すロープたち。ぐるんと追っ手の手足を絡めて捕まえてしまう。おまけに異変に気付いた洗濯物の持ち主が出てきて怒鳴る始末だ。
「はぁ!? こらァーーッ!! あんただねさっきから屋根の上を走り回ってたのは!!」
「ち゛……違゛……」
バクは微笑んで、住民に見つからないうちにそそくさとその場を去る。
直ぐに二人目に狙いを定める。バクは複雑な路地を上手く立ち回り、曲がり角の死角を利用し相手に姿を見せない。既に地形を完璧に把握しているようで道の選びに迷いが無い。
わざと速度を落として追っ手を釣る。届きそうで届かないもどかしい思いをさせる────“竜の背”は僕を見下している、こうなれば必ず躍起になる。
誘い出したのは表通りに通じる直線。
────楽しい。
高速で流れる景色に目は回るし、バクの速度の中では呼吸も精一杯で苦しい。 胸の高鳴りはそれのせいでもあるんだろうけれど、体中が熱を持つ。
これもバクの感覚が伝わっているからかもしれない。
バクは壁を蹴り、身を翻して追っ手の死角から切り返し一気に背後へ回って攻勢に出る。
もう少しで追い付けると思ったら次の瞬間には背後を取られている、いや、背後を取られたと気付く暇も無い
「二匹っ」
「うぉあっ!? ぐわぁあーーっ!!」
単純に足を引っ掻ける。全速力を出していた追っ手はものすごい勢いでつんのめり、受け身も取れずに転がって、表通りの人混みを突っ切り露店に突っ込んだ。
「あの露店のおじさん、カタギじゃないよ」
「ひぇ……」
案の定地鳴りのような怒声が聞こえてきた。おじさん、ごめんなさい……
「さて、メインディッシュだ。どう食べてやろっかな~?」
「メイン……もしかしてトーカス……?」
一人だけ様子を見るように慎重な気配がある。先の二人より気配が薄いのは“斥候”の技能の高さだ
「知り合いかい?」
「うん……“竜の背”初期からのメンバーだよ」
「ははぁ、なら一等盛り上げてやんないとねぇ」
──────────
ドアベルが揺れる。専門店ではないものの女性人気が非常に高く連日人の多い服飾店。
(嫌~なとこに逃げ込みやがって)
そんな店にはまるで相応しくない格好の男、トーカス。様々な視線に晒されても仕方が無いが上位ランクの“斥候”ともなれば気配を消して狭い店内を人にぶつからず歩くなど容易なことだ。
人が多いと気配では追えないが、ヴィルには追跡魔法を付けてある。反応はすぐそこだ
トーカスが立ち止まったのは二番目の試着室の前。何室かある試着室は全てカーテンが閉まっているが追跡魔法は誤魔化せない。
「あー、ヴィル、追い回して悪かったよ。ちょっと話がしてぇだけなんだ」
「危害を加えるだとかは勿論ねぇ。むしろ話次第じゃ“竜の背”がお前さんを歓迎する。本当だぜ?」
「……あんなことの後だから戻りづれぇのは分かる。だがオレらはもう気にしちゃいねぇ。だから話だけでも……」
「………………」
「……おい」
「無視は酷ぇだろ! な……! ぁ……?」
トーカスが試着室のカーテンを開け放つ
「な……な……」
「あ、待て、間違えたんだ、そういうつもりは無くてだな……!」
そこには下着姿の立派なマダムが戦慄いていた。
「キャアァーーーーーーーーーーッ!!!!」
マダムの悲鳴が開戦を告げた。
沈黙の店内の全員がトーカスを凝視する。そしてすぐざわめき立ち、マダムの従者と店員が慌てて駆け付けトーカスを囲い糾弾する。
「ご無事ですかマダム!?」
「酷い、酷いわ……! あの人以外に肌を見られるなんてっ!」
「何なんですか貴方! 試着室を開けるなんて非常識な!」
「ご、誤解なんだ……人探しをしてて……」
「話は店の裏で聞きます!」
「っ、だあぁクソッ! やってらんねぇ!」
「きゃっ!?」
「うわっ!」
「あっ! 待ちなさい!」
人の壁を払い退け、すり抜けて店から脱出する。
一度拠点に戻って仕切り直すしか……
「誰かーー!! その男を捕まえてっ! 痴漢泥棒よ!」
「……は? ああっ!?」
ふわり、と懐から身に覚えの無い繊細なレースをあしらった薄桃色と黒がこぼれ落ちる。
ハッとした頃には大勢に取り囲まれていた。この街は冒険者が多く、屈強で正義に燃える男は珍しくない。
「は、離せっ! オレじゃねぇって! 誰かに嵌められたんだぁ!」
「そんな人居ませんでしたよ!……あ! ちょっと、アクセサリーも盗ってるじゃないですか!」
「おい! コイツの着てる服にも値札が付いてるぞ!?」
「他の店のも盗ってたの!?」
「なんだなんだ?」
「泥棒だってよ」
「いや痴漢泥棒らしい」
「あの人……“竜の背”のトーカスじゃない?」
「トーカスって“斥候”の?」
「泥棒しやすいスキル持ってるもんなぁ」
「意外とかわいい系が好きなんだな」
出るわ出るわの盗品騒ぎでとうとうトーカスの身ぐるみを剥がす祭りと化した。
──── 一方、静かになった店内
バクは窓越しのくぐもった喧騒を背に子供みたいに笑っていた。
「あははすーごい、お祭りになっちゃった……やっぱりローブにくっついてたんだねぇ、追跡魔法」
「表を歩く時フードを被ってたから、他に付けられる場所が無かったんだね……」
ローブを脱いで試着室に忘れ物のごとく掛けておいた。それから商品の影に隠れつつ売り物のローブを着て客に紛れてやり過ごした。
追跡魔法が“追跡効果を持つマナを対象に付与する”、効果はマナが触れた物のみにあると思い出しこの作戦に至る。
肝心の追跡マナがローブに触れたかどうかの判断をどうしたのかと言えば、単純にバクが追跡者とヴィルの位置関係を見ていたから。
付与系の魔法は多少のコントロールはあるが基本は真っ直ぐ飛ぶ、それならばローブに付いた可能性が高いとなったわけだ。
「で、なんかいい物あった?」
「ローブはもう一着買っておいた方がいいかもしれない……」
「じゃ違う色のがいいよねー。オレンジなんてどう?」
「派手じゃないかな……?」
留守番店員に会計して貰い、表は混んでるから、と裏口から出してもらった。
「解除屋で魔法取ってもらわなきゃ……」
「ならこっちが近道だね」
結局その後は追っ手の追加は無く、ゆっくり残りの買い物を済ませ、目当てだった宿の夕飯は美味しかった。
夜になってもあの事件は尾を引いていて、街行く人々が噂していた。
だいぶ尾ひれがつきまくって
『“竜の背”のトーカスはロリコンで、人妻を無理矢理スカウトし下着姿にして痴漢したあげく街の服屋を泥棒して回り裸で逃走していた所を冒険者に確保された(痴漢被害を訴える者が続出)』
と言うことになっていた。
号外新聞も出回ったようで、バクが10部ほど貰ってきて笑っていた。
「でも、痴漢被害者が続出っていうのはなんだろう……?」
「ああ、それも僕」
「…………」
「ちゃんと男にも触っておいたよ」
優雅に新聞読みながら珈琲を飲むときに言うことではない。
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